蔵前仁一のレビュー一覧
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購入済み
あつい
途中から旅のお話よりも本の制作について書かれていて、あれ?って感じだったけど、作者が自分の旅を通して感じたことを本にしていく過程、本制作に対する考え(会社を大きくするというよりかは自分が書きたいものを書いて読者にも同じように楽しんでほしいという方針)、1冊の本ができるまで、そして仕事として本を発行していく大変さなどものすごく伝わってきた。制作側ではこんなドラマがあってノルマがあって、本当に色々な人の思いがあって、薄い雑誌1冊だとしても簡単なことではないのだな。
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バランス感覚の優れた人。想像以上に面白かった。 「旅行人」というガイドブックを創刊した人物として、少し前から気になっていた。読んでみて著者の蔵前仁一さんは、非常にバランスの取れた人だという印象を持ちました。それは、一昔前馬鹿にされていた「地球の歩き方」というガイドブックに対する態度でわかると思います。かれは、ガイドブックは旅の補助的な道具として使えば非常によいものだといっていて、いわゆるミーハーな「地球の歩き方」を携える旅行者と程よい距離感を保っています。著者も上手にそのガイドブックを使っていたのでしょう。この本を読む前は、もう少し独善的で行動力のある人なのかなぁとおもっていましたが、少し力の抜けた生き方やものの考え方、そして彼の描く優しい絵を見て、この人は非常にバランス感覚の優れた人なんだなぁとおもいました。押しつけがましくなく、淡々と読みやすい文章を書いています。旅行なれふうでなく、はじめて旅をするときの新鮮な驚きを大切にしている人だと思います。実際の本の内容も想像以上に面白かった。淡々と語るのにうすっぺらくないのがよいです。巷にあふれる旅行関係の紀行文本のなかではかなり面白い方に属する本だと思います。椎名誠の紀行文よりは面白いと思います。
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蔵前仁一(1956年~)氏は、慶大法学部卒業後、1986年にインド旅行の体験をイラスト入りで綴った『ゴーゴー・インド』で作家としてデビューし、その後長年、バックパッカー向けの雑誌「旅行人」(1993~2011年、前身の「遊星通信」は1988年~)を主宰した、バックパッカーの間で知らない人はまずいないイラストレーター、旅行作家、編集者。
本書は、1998年に刊行された『各駅停車で行こう』を改題・加筆し、2003年に文庫化されたもの。
内容は、著者得意の旅(大半はアジアとアフリカ)のエピソードを綴ったエッセイ集である。
私は、若いときに少々バックパッカー的な旅をし、その後仕事で海外駐在も経験したシニア年代で、ときに頷きながら、また、ときに爆笑しながら、リラックスして楽しむことができたが、最も印象に残ったのは、最後の「何のためにならなくてもいいのだ」という一編である。
そこにはこんなことが書かれている。
「旅に出て、こうならなきゃ旅じゃないよ、とか、そんなのは旅じゃないね、などというセリフは正直いってうんざりなのだ。・・・旅に決まったかたちなどありはしないのだ。われわれの人生に、かくあらねばならないというかたちや目的があるだろうか? 人の役に立つ人生があればそれでよいし、人を感動させられる人生があればそれもよい。だけど、そんなことできない人に人生がないのかといえば、やっぱりある。人はそれでも生き、生活する。旅だってそうだと僕は思う。どういうふうに旅しようが、パスポートを持って外国を歩けばそれは「海外旅行」だし、日本国内を歩けば「国内旅行」だ。・・・僕がそこで願うことはかなり単純だ。人に迷惑をかけず、そして無事でいること。それだけである。でも、これって当たり前なんじゃないかと思うんだが、それでもまだ、旅に出て何になるんですか? と質問したいかね。何かのためになる旅があれば、それはそれで結構。人類の発展に寄与するのもよし、世界平和に貢献できればなお結構。だが、何かのためにならなきゃいけないという考え方を押し付けるのはもうやめてくれないか。自分のために旅をしています、自分が楽しいから旅をしていますとしか僕にはいいようがないんだよ。」
また、その一編には、「ガンジス川の畔の火葬を見て、自分の心が何か変化するのではないかと期待していたが何も変わらなかった」という、ある読者の言葉が出てくるのだが、私は、人生後半に入った今、海外で一番見たいものは「ガンジス川の畔の火葬」である。
充分に笑わせてもらった最後に、本質的なことを考えさせられた一冊であった。
(2025年3月了) -
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蔵前仁一の自伝。
蔵前仁一は、バックパッカーであり、作家であり、また、「旅行人」という会社の代表。「旅行人」は、出版社で、かつて雑誌やガイドブックや旅行記などを発行していた会社。
以前、蔵前仁一の本を何冊か読んだことがあり、結構面白く読んだ記憶があったので、久しぶりに手にしてみた。
筆者の若い頃の旅は、いわゆるバックパッカーの旅。普通の旅と違う点が多いが、一番の違いは、旅にかける時間・期間だと思う。日本を出てから1年とか2年帰って来ないことが当たり前の旅だ。
私も旅好きだが、私の一番長い旅は、1ヶ月弱のヨーロッパを廻った旅。これだけの期間を旅行に割けるのは、ほとんど最初で最後だろうので、かなり欲張ったコースになってしまった。一ヶ所での宿泊は、長くても3泊。多くは1泊または2泊して移動を繰り返していた。
本書の中にも書かれているが、年単位の旅行の場合、一ヶ所の滞在は、もちろん個人によって大きく異なるだろうが、筆者の場合、月単位になる。一ヶ所に1ヶ月とか2ヶ月の滞在を繰り返す旅は、私の、それでも最も長い旅とは、全く異なるものだろう。
私は、長くても、あと数年で引退。その後は時間だけは山ほどある。しかし、年単位で旅を続ける体力はもうないだろうし、家族を放っておいて、勝手に旅に出るわけにもいかない。そう考えると、思い切った旅ができるのは、やっぱり若いうちということなのだろう。
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Posted by ブクログ
蔵前仁一(1956年~)は、バッグパッカー向けの雑誌「旅行人」(1993~2011年、前身の「遊星通信」は1988年~)を主宰した、バッグパッカーの間では知らない人はいない、イラストレーター、旅行作家。
本書は、著者の旅に関わるエピソードなどをまとめて1996年に出版された『沈没日記』を改題し、2003年に文庫化されたもの。
私は、1987年の年初、著者がバンコクから飛んできて30年振りの大雪で震えていたアテネの街(このあたりのエピソードは、著者の『あの日、僕は旅に出た』に詳しい)を、同じようにバッグパックを背負って歩いていた、著者より少々年下の元バッグパッカーのひとりで、その後、何年も仕事で海外に駐在した経験もあるが、本書のような本を読むと、当時の旅がなんとも懐かしく、年相応にもう少し無理のないようにとは思うものの、再び気ままに世界を歩いてみたいと強く強く思うのである。
著者は本書で、「旅をしていると、わからないことだらけだ。そして、そのわからないことの一つひとつが、実になんだか興味深いことばかりなのである。自分の体験から得た疑問は貴重なものだと僕は思う。それが氷解していくとき、新しい世界が広がったような気持ちになる。」と語っているが、若くしてこのような感覚を抱いた人間は、おそらく年をとっても根本は変わらないのだ。最近は海外に興味を持つ(海外赴任をしたいとか)若者が減ったと言われるが、寂しいことである。。。
往年のバッグパッカーにはなんとも懐かしく、若く海外に関心のある人たちにも、ぜひ手に取って、その世界を覗いて欲しいと思う一冊である。
(2019年8月了) -
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僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあって
ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった
ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること
みっつめは車の免許とってもいいかな
なんて思っていること
ーくるり「ハイウェイ」
大好きなくるりの曲がなぜだかふっと頭の中で流れはじめた。
旅に出る理由なんて、いくらでもあって、そのどれでもなかったりする。
蔵前さんもまたそうなのだ。
旅に出る。
人と出会う。
その半生はまるで点と点を結ぶように、偶然の積み重ねが必然かのように繋がっていく。
自分が面白そうだなと思ったことにただ一歩を踏み出す。うまくいくときもあればいかないときもある。それだけのことだ。
ー396ページ
人生も旅も意図したようには進まない。
でもそれが醍醐味なのかしらんと思う。
やってみなはれ、と背中を押されたような気がした。
バングラデシュのガイドブックを作った所、日本在住のバングラデシュ人男性からたどたどしい日本語でお礼を告げる電話がかかってきた、というエピソードがいちばん好き。 -
Posted by ブクログ
バッグパッカーを対象とした雑誌『旅行人』(1993~2011年、前身の『遊星通信』は1988年~)を主宰した蔵前仁一(1956年~)の、所謂半生記である。
本書は、蔵前氏が大学を卒業し、東京でフリーのイラストレーターをやっていた1982年、26歳のときに(沢木耕太郎が『深夜特急』の旅に出たのも26歳!)、東京での生活と仕事に嫌気がさして、友人の「インドにでも行ってみたら?」という一言に乗り、インドへ2週間の旅をしたところから始まる。
前半では、その後『遊星通信』を発刊するまでの中国、東南アジア、南アジア、中東、アフリカ等への旅の様子が主に描かれるが、日本人の見ず知らずのオヤジに、仕事を辞めて長旅をしていることについて説教される場面、「「あんた、『おしん』を見たことがあるかね」「あれを見なきゃダメだ。『おしん』を見れば、おれのいっていることがわかるよ」 ネパールがどこにあるのかも知らず、アフリカでなにが起こっているのかも知らない人間が、『おしん』を見ろと僕にいう。僕が興味があるのは『おしん』ではなく、あなたが興味のない世界のことなんだよ。それを知りたいのだ。ネパールがどこにあるのか知ることが僕にとっては大切なことなのだ。だから旅をしているのだ。」は、多くのバッグパッカー的旅行人の思いを代弁している。
そして、後半では、旅行人というよりも出版人としての、ミニコミ誌『遊星通信』・『旅行人』の発行、(他社が出さない辺境地の)ガイドブックの制作・発行、他のバッグパッカー仲間の本の出版などについてのエピソードがこれでもかと語られる。中でも、まだ『地球の歩き方』でも出ていなかったバングラデシュのガイドブックを発刊した際に、日本在住のバングラデシュ人から、「バングラデシュのガイドブックつくってくださって、ありがとうね・・・このガイドブック、とってもうれしいですね。ほんとにお礼をいいたくて電話しました・・・ほんとにうれしいですよ。いい本ですね。ありがとうごじゃいます」とお礼の電話がかかってきたというエピソードは、前述の説教オヤジへの蔵前氏の反論と本質は同じであり、世界に生きる人々がお互いに知り・知られることを求めており、そして、それを実現することが今の世界に生きる我々にとって最も大切であることを、図らずも思い出させる。
私は、1987年の年初、蔵前氏がバンコクから飛んできて30年振りの大雪で震えていたアテネの街を、同じようにバッグパックを背負って歩いていたが、もしかするとプラカ地区の道ですれ違っていたのかもしれない。。。
バッグパッカー的旅好き+本好きにとって、懐かしく、楽しめる一冊である。
(2016年6月了) -
Posted by ブクログ
読書録「いつも旅のことばかり考えていた」4
著者 蔵前仁一
出版 幻冬舎
p64より引用
“そう、インドでは手近にいる従業員がとり
あえず掃除をしてなんとか処置する、などと
いった便宜的な方法はありえないのである。
カースト制度のせいで、掃除をする身分以外
の人間は掃除などは決してしない。”
目次から抜粋引用
“機内食の食器
ベトナム土産
牛と抱き合う
両替の話
バックパッカーとは何ぞや”
グラフィックデザイナーで旅人である著者
による、旅にまつわる出来事などを記した
エッセイ集。
1998年に刊行された「各駅停車で行こう」改
題・加筆文庫版。
インドの列車でのコーヒーについてから読
者の質問への答えまで、自筆のイラストを添
えて書かれています。
上記の引用は、インドで著者が入ったレス
トランでの珍事についての一節。
著者夫婦が座った後ろの席に、ウンコがして
あったそうです。ソファの上でするなんて、
しているヒトもしにくいだけでしょうに…。
それにしても、さっさと掃除をすることも許
されない身分の人がいるとは、カースト制度
は難しいもののようです。
売ってあるミネラルウォーターの中身の量
が一本ずつ違っていたり、正体の分からない
獣の焼き肉が売られていたりと、読んでいる
だけでも驚くような話が多く書かれています。
安全なものかどうかを判別する、しっかりと
した眼力が無ければ、無事に日本に帰ってく
ることも難しそうですね。
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