植松努のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大学3年の息子の為に。
そろそろ就職活動が始まるので、少しでも役に立てばと思います。
今までバイトもサークル活動もせずに来た、省エネ青年です。
頼めば同居の祖母を病院へ送迎(ど田舎なので車が必要です)してくれたり、買い物を頼まれてくれたりはするのですが、自分からなにかをしようとか、やりたいということはありません。
テンションの高い激励には、最初から乗りません。
この本は激励調ではないので、テンション高いのが苦手な方でも、入って来やすいのではないでしょうか?
本来は中高生に向けて書かれた本だと思いますが、自分の読解力にさえ自信のない息子には、かえって読みやすいかもしれません。
私は読み始めて、自然と涙が出ました。
感動したとかではなく、目頭も熱くならないのに、気づいたら涙が流れていました。
これは年のせいかもしれませんが…
ちょっと手遅れかも、と思っている方でも、読んで見たら何か発見があるかもしれません。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ他人に勧めたい本で個人的No1に推薦したいのがこの本。現代社会を生きていると、様々な理想と現実のギャップに悩むことがあるが、この本はそうした悩みに対して明確なアドバイスをくれる本だ。
今世界中の人が、労働の意義や企業の存在価値について疑問を抱いていると感じる。その疑問とは、終わることのない大量生産・大量消費社会のについてである。似たような商品やサービスを次々に提供し、膨大な広告宣伝によって購買を勧める社会のあり方だ。次々と登場する商品やサービスを買うために人生の大半を労働に費やし、ローンを払う暮らし。
定期的に利益を出し続けるために、メーカーはわざと壊れやすい製品を作る。商品やサービスを買わせるために、心理的効果の強い広告宣伝で消費者を煽る。価格競争に勝つために人件費を削り、一人当たりの労働量を増やし、ブラック化していく企業。枯渇する資源。
こんな世の中に辟易している人たちが増えているように感じるのだ。「草食系」や「ミニマリスト」などの言葉がそれを象徴している。元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏のスピーチや本がヒットしたのも、氏の主張がこうした疑問に1つのヒントを示すものだったからだろう。
本書もこうした疑問にヒントをくれるものだ。著者の植松努さんは故郷の北海道の小さな町で宇宙開発の会社を運営している。過疎化が進み、雇用も少ない地域で敢えて宇宙開発をすることで「どうせ無理」という言葉を世の中からなくしたいというのが筆者の主張だ。
しかも、国の補助金や外部からの援助に頼らず、リサイクル事業で稼いだ利益を主な原資として宇宙開発を行っている。これも、「国に頼らずとも、民間の力で宇宙開発は出来る」ことを示したいからだと言う。その結果、無重力実験施設を独自に作ったりしてしまった。
植松さんは「誰もやったことがないこと」に挑戦するべきだと主張する。たとえ失敗したとしても「だったら次はこうしてみよう」と考えてやり直せばいいだけだと。その過程で分からないことがあったら調べればいいし、知らないことは「本」から人類の積み上げてきた叡智をいくらでも学べると言う。確かに、その通りだ!
誰かと同じことばかりやっているから価格競争に陥るのであって、それなら真似のできないものを作れば良い。
もちろん「それは理想論に過ぎない」「ヒト・モノ・カネのある大手に勝てるわけがない」という意見もあるだろう。そこで自分達が宇宙開発を進めることで、そうした「どうせ無理」という意見をなくしていくことが、植松さんの目標だ。
本書を読んで、これからの社会もそうあるべきだと感じた。すなわち、アイデアのある個人や小規模組織が前例のない価値のある商品やサービスを次々に作り出していく世の中。そしてその中から環境に優しい商品やサービスが現れ、社会を良い方向に変えていく。
現状そうなっていないのは「他社の模倣」や「二匹目のドジョウ」でリスクを冒さず利益を得たいという企業が多すぎるからだと思う。未踏の領域に踏み出すことは確かにリスクも伴うが、それをやることこそが社会的な労働の意義であり、企業の価値ではないだろうか。本書を読んでいるとつくづくそう感じる。 -
Posted by ブクログ
著者がTEDで発表している「どうせ無理」をなくし「だったらこうしてみれば」と言い合える世界にしたいという話をyou tubeに見て是非読みたいと思った。
You tubeの発表もよかったが、本も最近読んだ本の中で一番心が動かされる本だった。
是非家族全員に読んで欲しい。と思った。
「どうせ無理」と言う人は実際にやっていない人の発言、しかしその人が、そういう憶測で評論する人がどんな人かと言うと。
1.知らないことが恥ずかしいと思っている人。知ったかぶりの憶測をして、知らないものと出会った時それはくだらないと言って知ろうとすることさえもしない。
2.間違える事が恥ずかしいことだと思っている人。間違えを認めず、「自分が正しいんだ」と決めつけてしまう。
しかし知らなかったら調べればいいし、間違ったらやり直せばいいだけの話と言う言葉を聞いて、たったそれだけの事をしない出来ない自分がいる事を反省した。
楽をすると他人がする経験をさせて通ることで、経験しなくては身に着けられない能力が身につかないため結果「無能」にしかならない。
恐ろしい不幸の連続のスタート地点は「楽をする」。苦労する中努力する中に「面白い」と思う事を見つける、すなわち「楽しむ」。「楽」をしてはいけない。「楽しむ」のです。→楽をしないで努力しよう
諦めなければ状態がほんの少し良くなる。状態がほんの少し良くなるまで辞めずにやり続ける事が出来る事が大切。工夫し続ける。諦めるとどんなに素敵な幸運も公開の対象にしかなりません。
自分が今持っているものが手段なのか夢なのかを判断する簡単な方法は、その夢をかなえるためのプランBがあるかどうかです。プランBがない夢はきっと手段です。
人と仲良くなるために一番大切な秘訣はそういう人が困っている事を見つけて助ける事です。そうすると人から必要とされるんです。 -
Posted by ブクログ
☆6
僕は、宇宙開発はあることを実現するための手段だと考えています。
それは「どうせ無理」という言葉をこの世からなくすことです
「よりよく」を求めなくなったとき、社会はダメになる
顧客満足というものは、お客さんを「いやあ、すごいな」とうならせることにあります。お客さんをさらに成長させることにあります。
お客さんをチヤホヤすることは、お客さんの能力を低下させます
幼児というものは、やったことのないことをやりたがります。そして、あきらめません
アニメーションなんかくだらないと言う人がいますが、今、日本で、二本足で歩くロボットの開発が世界のどこよりも進んでいる理由は、
ひとえに『鉄腕アトム』があったからです
僕たちはもしかすると、自分の愛する子どもたちの将来のことを思うあまり「あんたのためなんだから、この位牌を買いなさい」という霊感商法のような勢いで大学進学を無理やり勧めてはいないでしょうか。そして、子どもの大学進学の費用を稼ぐために、子どもとのコミュニケーションも犠牲にして働いているんじゃないでしょうか
ばあちゃんは教えてくれました。お金はくだらないよ、一晩で価値が変わっちゃうからね、と。お金があったら本を買いなさい、頭に入れてしまえば誰にも取られないし、その知識が必ず新しいことを生みだすと教えてくれたんです
国家の総力というものは、そこで暮らした人たちの流した血と汗と涙の蓄積です。それを文明という形で蓄積する方法もあるというのに、日本はゴミ捨て場や埋め立て地に蓄積しているのではないでしょうか
人生、最後に勝つのはどれだけ「やったか」です。どれだけ「もらったか」ではありません
誰かが信じてくれることを期待していてはいけません。信じるというのは、自分自身の覚悟のはずです
僕はアポロの着陸そのものを覚えてはいません。僕が覚えているのはじいちゃんのあぐらの中の温もりです。じいちゃんのあぐらの中に座った僕にテレビを見せながら、「人が月を歩いているぞ。すごい時代になったぞ。おまえもきっと月に行けるぞ」とじいちゃんは言っていました。自分が大好きだったじいちゃんの、今まで見たこともない喜びぶりが僕の中に記憶されました。だから、僕は飛行機やロケットが好きになったんです -
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植松努さんの『どうせ無理と思っている君へ』を読んで、私は「どうせ無理」という言葉がどれだけ自分の可能性を狭めているかに気づきました。
これまで私は、難しそうなことや自信がないことに対して、最初からあきらめてしまうことがありました。しかし、この本の中で「やったことがないだけで、本当に無理かどうかは分からない」という考え方に触れ、挑戦する前にあきらめるのはもったいないと思うようになりました。
特に印象に残ったのは、失敗してもいいからまずやってみることの大切さです。失敗は終わりではなく、次に活かすための経験だという言葉に勇気をもらいました。
この本を読んでから、私は「どうせ無理」と思うのではなく、「どうやったらできるか」を考えるようにしたいと思いました。そして、これからは自分の可能性を信じて、いろいろなことに挑戦していきたいです。 -
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「どうせ無理」をなくすために
―『NASAより近い町工場』植松努を読んで―
植松努さんは、「どうせ無理」という言葉をこの世からなくすためにロケットを作っている。
最初は、そのスケールの大きさに驚いた。
町工場とロケット。
現実的に考えれば、どこか結びつかないようにも思える。
でも本を読み進めるうちにわかった。
ロケットは目的であり、同時にメッセージなのだ。
「やってみる」というメッセージ。
できるかどうかではなく、まずやってみる。
難しそうでも、笑われても、前例がなくても、挑戦する。
続けていれば、いつか届くかもしれない。
少なくとも、「どうせ無理」と言って何もしないより、可能性はゼロではない。
本書で強く印象に残ったのは、「評論」という言葉だった。
知らないことを知らないと言えない人。
知ったかぶりで憶測を語り、
理解しようともせず「くだらない」と切り捨てる人。
世界のすべてを経験することはできない。
だから、私たちが語ることの多くは憶測に過ぎない。
それなのに、人は間違えることを恐れ、
自分が正しいと言い張り、
挑戦している人を評論する。
その言葉は、人の自信を奪う。
そして奪われた自信は、また別の誰かを傷つける言葉へと連鎖していく。
一方で、優しい人ほど、人を強く否定できない。
だからこそ、外からの強い言葉に傷つきやすく、自分の自信をなくしてしまう。
本来、子どもは優しいし、好奇心のかたまりだ。
「やってみたい」が自然に湧いてくる存在だ。
でも大人になるにつれて、
「どうせ無理」という空気に触れ、
いつの間にか自分にも他人にもブレーキをかけるようになる。
他人の言葉に左右される人は多い。
評価、世間、常識、多数派の声。
けれど植松さんは言う。
自信を持って、好きなこと、やりたいことをやり通すこと。
それこそが人間の本当の幸福だと。
私は思う。
誰かの評論で小さくなる人生より、
不格好でもいいから、自分のロケットを打ち上げたい。
「どうせ無理」と言わない人が一人増えるだけで、
世界は少し優しくなる。
ロケットは空へ飛ぶ。
でも本当は、人の心を上に向けるために飛んでいるのかもしれない。 -
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教育は今、変化の時を迎えている。
学校教育からすっかり離れているが当事、私は教科書の内容にほんまか?もっと色々な見方考え方があると思いながら過ごしてきた。教科書より教科書以外が気になっていた。「本当にこれが真実なのか」と思い、何事も鵜呑みにはできなかった。
社会全体の一貫性を重視するあまり個人の違和感や納得できない思いはしばしば無視される。
人口減少や技術革新が益々進む中、従来の枠組みを維持することは難しくなりつつある。
未来を切り開くには過去の慣習や固定観念に囚われず柔軟で創造的な発想が必要だ。当事者意識を持ち自ら学び直すことができる、やり直しが可能な教育の在り方が必要だろう。
成功者がいつまでもその場にいることはない。分断から百人十色への道を提供することで未来がみえる。
時代が求めるのは既存の正解ではなく、未来を創造する新しい視点と行動である。 教育の再構築は個々の意識から始まる。
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Posted by ブクログ
幼いころ私たちは限りない夢を抱きます。大人になるにつれ「どうせ無理」「自分なんか」という言葉に縛られその夢は次第に霞んでいく。
植松努氏は好奇心を原動力に夢を実現する道を示す。「思い描き、思い込む」ことで可能性を信じ「だったらこうしてみたら」と問い続ける姿勢は制限を超える力となる。
楽な道を選ぶのではなく楽しい道を選ぶ。好きなことは全部やる。そうした生き方は感動を原動力とし人をも動かす。「どうせ無理」を無くした先には忘れていた夢が再び輝きを取り戻す。新たな可能性が広がる世界が待っている。
夢を諦めるのではなく思い切り追い求めることこそ人間らしい生き方ではないか問いかける。
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Posted by ブクログ
優しい文章で、すべてが納得の一冊
できないことなんてないと思っていた子供の頃にワープできる気がする本
最近よく耳にするのが、呪いの言葉なるもの
何かをやろうとしたときに周りの人間に言われる「どうせ無理だ」「できるわけがない」「やめた方が良い」「あなたの為に」等々…
著者曰く、やった事のない人間のやらない言い訳だそうだ
私もそう思う
この本は中学・高校生に特に読んでほしいと思える一冊だ
これから社会に出ていこうとしている若者に読んでもらいたい
夢を見る事は悪い事じゃない、夢を追いかけることは素晴らしいことだ
その実現に向けて、どうすれば?と問いかけて寄り添ってくれる気がする
応援してくれている気がする
これは教育者、親、社会に出て上手くいかなかった人達にも読んでもらいたい
夢を追いかけるには遅いことはない
前例がないことは前例を作ればいいんだと背中を押してくれる
読んでいてワクワクする一冊だ -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者の植松努さんは小さな町工場で宇宙に打ち上げるロケットを作っている。
彼はもともと勉強も運動も得意ではなかったけど、”夢”についてずっと考えている少年だった。
きっかけは小学校の先生に言われた一言。
卒業文集のテーマは「ぼくの夢」。
「自分で作った潜水艦で、世界中を旅したい」という内容を書いた。
というのも、200年前に存在した人類最初の潜水艦について図鑑で読んだことがあったから。
その潜水艦はエンジンもモーターもついてなくて、手動でスクリューを回すと前へ進む単純な作りでできている。「昔の人が作れるなら将来ぼくにも作れるかもしれない。」そう思って書いた彼の夢。
すると彼は職員室に呼ばれて先生に「もっとちゃんとした仕事を書きなさい」とめっちゃ怒られた。
夢を書けと言われたから書いたのに、「夢のようなこと」ではなく現実的な仕事を書けと怒られる理不尽さよ。
悲しくなって彼は先生に言われたことを考えた。
ちゃんとした仕事とは?
「実現しそうなこと」しか夢と言ってはいけないのか?
でも実現しそうかどうかは誰が決めるの?
やってみなきゃ分からないはずなのに。
そもそも「夢=仕事」なの?
だとしたら「すでにこの世にある職業」の中からしか選べないじゃない。
そうして彼は多くの時間考えて、彼なりの結論を出す。
夢とは「今できないことを、追いかけること」。
彼は勉強も運動も苦手、学校での成績は決して優れているわけではなく、先生からの評価も低い。今よりも頭の硬い大人たちに囲まれ「どうせ無理だ」と否定されて続けてきた。
曲がりくねった人生を歩みながら、自分なりに考えて実行していくことで、現在宇宙にロケットを打ち上げるまでに至る。
この本は、そんな彼が小学生の頃から現在に至るまでの間に、感じたこと、考えたこと、分かったことを彼なりの経験を踏まえて紹介してくれる優しくも力強い自己啓発本だ。