宮本常一のレビュー一覧

  • 忘れられた日本人

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    2024年の11月のwakayama読書会で
    「廃仏毀釈」をお借りし、著者の畑中彰宏さんの文章がいいなぁ…と思っていたタイミングで、ほんのれんラジオ経由で畑中さんが共同著者でもあったのが購入理由のひとつにもなった「会社と社会の読書会」を昨年から今年の年またぎで読んだ。
    宮本常一という民俗学者の名と「忘れられた日本人」という作品について触れられた箇所に興味を持っていたので、春先にいつもの工夫舎さんで、畑中彰宏さん著「宮本常一 歴史は庶民がつくる」と出会った際、衝動買い。
    内容がこれまた素晴らしくて、

    これは近いうちに本丸の「忘れられた日本人」読まなくちゃなー…

    と、思っていたタイミングで、またしても工夫舎さんで待ち構えていたのがコチラの本です。

    出会うべくして出会った本!運命!!笑

    ところがちょっと衝動買いした本が増えすぎて、私にしては珍しく暫くは積んでいた。読み始める少し前のタイミングで、「ラジオただいま発酵中」を聴いていたらバックパッカーズジャパンの石崎さんが、
    「最近、親の若い頃の話とか聞くようにしている。もし亡くなってしまったら、その頃経験した親の記憶も全てなくなってしまうから。できれば話を聞いて、文章に残したい」みたいなことを話されていて、
    本当にそうだな、としみじみ思った。

    私も、激動のこの時代に、なんでもない市井の人である両親や、義母の、何者でもないからこそ見てきた昭和の話を聞いておきたい、聞いてみようと思うようになった。

    さて、前置きがめちゃくちゃ長くなったが、この本と出会うタイミング、この本を読み始めた時の私の思考がドンピシャでハマって、最高の読書体験になったので、書き記しておきたかった。

    以下、内容。

    民俗学者、宮本常一が戦前から日本全国を足で集めた地域の世俗話。
    特に江戸後期から動乱の明治期に生まれて育った西日本の老人たちの話を集めたものが多い。
    為政者から見る世界ではなく、何者でもない地方に生きる無辜の百姓、世間師、博労の、男女を問わず聞きに行った話が収録されている。

    めちゃくちゃ面白かったのは、土佐源氏。
    人間の性、というか女性の本質をついた話だった。
    土佐寺川夜話の原生林の中で出会ったレプラ患者であろう老婆の話。
    その頃には村人にも気付かれない「カッタイ病の通る道」があったのだろうというのも衝撃だった。

    宮本常一の祖父の話も良かった。
    私自身が持ちたいと願う美学のようなものを垣間見る気がした。
    世間師(2)では、為政者…大きな歴史上の何物から見る長州征伐ではなく、小さな村の百姓目線から語られる歴史が違う角度の視点を提供されたようで脳が開く感じになった。ちょうどCOTEN RADIOで西郷隆盛を聴いているところなので、余計に面白かった。またここで登場した大川翁の人間性にも憧れた。
    あと今では考えられない「無字社会」「有字社会」の関係性と問題、その双方の伝承者についての記述もめちゃくちゃ興味深かった。

    数ヶ月前に読んだ半農半Xのハシリを見たような内容もあり、
    もう本当に私にとっては凄いタイミング、凄い出会いの本になった。

    まさに運命の本だわ。
    これは何度でも読み返そう。


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    2026年05月24日
  • 忘れられた日本人

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    昭和初期に西日本の山間部に暮らす老人から聞く暮らしの情報は、江戸時代の終わりから語られるものや戦中に、農村を囲む地域での職業を生きた語りと、当時の人が何を考えどのような暮らしをしていたのかが生々しく描かれている。
    あえて個人に絞って聞き取った語り口は読みづらくはあるが、その分に空気感や湿度を感じられ、もっと知りたいという気持ちで読み切った。

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    2026年01月22日
  • 忘れられた日本人

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    どこまでが本当なのかはわからないが、およそ本当のことだと考えると大変興味深い。
    江戸末期から昭和初期にかけての地方の日常がこんな感じだったのかと思うと同時に、だから、地方ごとに色々なことが異なるのかと合点がいく。
    移動時間やコストが下がり、SNSである特定の情報が瞬時にわかる時代になれば、そういう違いもだんだんなくなるのだろうと思う。

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    2026年01月22日
  • 忘れられた日本人

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    336P

    宮本常一誕生日同じ

    宮本常一の忘れられた日本人の命懸けでキンタマのデカさを自慢してくるタヌキが出てくる所好き。面白すぎる。

    宮本常一の忘れられた日本人の良さは、性を奔放に楽しむ日本人の野蛮な描写は"美しい日本"のメッキが剥がれるから、現代の"似非保守"にも都合が悪いし、"女性は性搾取にされていた"ということにしたい"偽善的左翼"にも都合が悪い所だと思う。


    宮本 常一
    1907年、山口県周防大島生まれ。大阪府立天王寺師範学校専攻科地理学専攻卒業。民俗学者。日本観光文化研究所所長、武蔵野美術大学教授、日本常民文化研究所理事などを務める。1981年没。同年勲三等瑞宝章

    柳田国男・渋沢敬三の指導下に、生涯旅する人として、日本各地の民間伝承を克明に調査した著者(一九〇七―八一)が、文字を持つ人々の作る歴史から忘れ去られた日本人の暮しを掘り起し、「民話」を生み出し伝承する共同体の有様を愛情深く描きだす。「土佐源氏」「女の世間」等十三篇からなる宮本民俗学の代表作。 (解説 網野善彦)

    「蚕を飼うようになるまで、このあたりで金になるものは、藍と茶と煙草と馬くらいであった。馬はたくさん飼うておりました。名倉馬というて、どこの家にも二頭や三頭はいた。十頭もいた家があります。田口から津具へぬけて信州へはいる伊奈街道も、稲武から根羽を通って信州へはいる飯田街道も、中馬*がたくさん通っていまして、その馬を名倉から出したもんであります。それで馬を家の中で飼うものだから昔から家が大きい。  藍もよいのができまして、それを筵に入れて海老まで持っていきました。買いに来るものもあった。買いに来るのは田口の谷五郎という紺屋でありました。稲橋にも紺屋があってそこからも買いに来ました。田口の紺屋は糸をそめるだけであったが、稲橋の紺屋は下の方から腕ききの職人をやとうて来て、糸ばかりでなく、しるしや模様もそめておりました。  煙草もよいのができました。山中でできたものはやにがすくなくて喜ばれたもので、これは吉田(豊橋)から買いに来ました。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「働く働くと申しましても、ただ牛や馬のように働くのはだめで ​ 。 ​この村ではみな仲よく働きましたが、もとはただ働くだけのことでありました。どういうものか、この村にはオイコ(背負子)のある家は私の家のほかに二、三軒しかありませんでした。オイコをもたずに百姓するのはおかしいようだが、百姓家には大工道具というものがない。金といえば鍋釜に 丁、鍬、鎌くらいのもの、鋸や鉋やのみをもっている者はありません。その上近くに大工がなければオイコをつくってもらうこともできません。それである者のところへかりにいく。私の家にはオイコが二十近くもある。ところが、こわれたらこわれたままでかえす。こちらもたまったもんでありません。そこで私の親父が、「オイコを借るのもいい加減にせえ、自分の家でつくったらよかろうに、大工をたのまなくても、自分で工夫すればいい」と文句言いましたら、それですっかり村中がつくりましたなァ。そういうもんでありましょう。ところが一軒一軒でオイコを持つと、みなよく働くようになりましたなァ。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「そうでないものでも、本人同士が心安うなるのが多くて、親は大ていあとから承諾したものであります。はァ、申すまでもなく、よばいは盛んでありました。気に入る娘のあるところまではさがしにいって通うたものであります。しかしなァ、みながみなそうしたものではありません。一人一人にそれぞれの性質があり、また精のつよい者もあれば弱いものもある。精のつよいものはどうしても一人ではがまんができんという者もあります。あっちの娘のところへ通うた、こっちの娘のところへ通うたというのがあります。しかし、みな十六、七になると嫁に行きますから、娘がそうたくさんの男を知るわけではありません。よばいを知らずに嫁にいく娘も半分はおりましたろう。若い者がよけいにかようのは、行きおくれたものか、出戻りの娘の家が多かったのであります。はいはい、よばいで夫婦になるものは女が年上であることが多うありました。それはそれでまた円満にいったものであります。はい、男がしのんでいっても親はしらん顔をしておりました。あんまり仲ようしていると、親はせきばらい位はしました。昼間は相手の親とも知りあうた仲でありますから、そうそう無茶なこともしません。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著


    「共同体の制度的なまた機能的な分析はこの近頃いろいろなされているが、それが実際にどのように生きているか。ここに小さなスケッチをはさんでおこう。これは周防大島の小さい農村が舞台である。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「 「昔、嫁にいった娘がなくなく戻ったんといの」「へえ?」「親がわりゃァなして戻って来たんかって、きいたら、婿が夜になると大きな錐を下腹へもみ込うでいとうてたまらんけえ戻ったって言ったげな」「へえ」「お前は馬鹿じゃのう、痛かったらなして唾をつけんか、怪我をしたら「親の唾、親の唾」って疵口へつばをつけるとつい痛みがとまるじゃないか。それぐらいの事ァ知っちょろうがって言うたんといの」「あんたはどうじゃったの」「わしらよばいど(夜 奴)に鉢を割られてしもうて ​ 」 ​「今どうじゃろうか。昔は何ちうじゃないの、はじめての晩には柿の木の話をしたちう事じゃが ​ 」 ​「どがいな話じゃろうか」「婿がのう、うちの背戸に大きな柿の木があって、ええ実がなっちょるが、のぼってもよかろうかって嫁に言うげな、嫁がのぼりんされちうと、婿がのって実をもいでもえかろうかちうと、嫁がもぎんされって、それでしたもんじゃそうな ​ 」」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「このような話は戦前も戦後もかわりなくはなされている。性の話が禁断であった時代にも農民のとくに女たちの世界ではこのような話もごく自然にはなされていた。そしてそれは田植ばかりでなく、その外の女たちだけの作業の間にもしきりにはなされる。近頃はミカンの選果場がそのよい話の場になっている。全く機智があふれており、それがまた仕事をはかどらせるようである。  無論、性の話がここまで来るには長い歴史があった。そしてこうした話を通して男への批判力を獲得したのである。エロ話の上手な女の多くが愛夫家であるのもおもしろい。女たちのエロばなしの明るい世界は女たちが幸福である事を意味している。したがって女たちのすべてのエロ話がこのようにあるというのではない。  女たちのはなしをきいていてエロ話がいけないのではなく、エロ話をゆがめている何ものかがいけないのだとしみじみ思うのである。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「どうも助平話ばかりじゃあいそがないのう。しかしわしは女と牛のことよりほかには何にも知らん。ばくろうちもんは、袂付をきて、にぎりきんたま(握り睾丸)で、ちょいと見れば旦那衆のようじゃが、世間では一人まえに見てくれなんだ。人をだましてもうけるものじゃから、うそをつくことをすべてばくろう口というて、世間は信用もせんし、小馬鹿にしておった。それでも、そのばくろうにだまされては牛のかえことをしておった。わるい、しようもない牛を追うていって、「この牛はええ牛じゃ」いうておいて来る。そうしてものの半年もたっていって見ると、百姓というものはそのわるい牛をちゃんとええ牛にしておる。そりゃええ百姓ちうもんは神さまのようなもんで、石ころでも自分の力で金にかえよる。そういう者から見れば、わしら人間のかすじゃ。ただ人のものをだまってとらんのが、とりえじゃった。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「なさる。「なめますで、なめますで、牛どうしでもなめますで。すきな女のお尻ならわたしでもなめますで」いうたら、おかたさまはまっかになってあんた向こうをむきなさった。わしはいいすぎたと思うて、牡牛を牝牛のところへつれていきました。すると牛は大きなのを立てて、牝牛の尻へのっていきよる。わしゃもうかけるほうに一生けんめいで、おかたさまのほうへ気をとられることはなかったがのう、牛のをすませて、おかたさまのほうを見たら、ジイッと見ていなさる。牡牛はすましたあと牝牛の尻をなめるので、「それ見なされ ​ 」 ​というと「牛のほうが愛情が深いのか知ら」といいなさった。わしはなァその時はっと気がついた。「この方はあんまりしあわせではないのだなァ」とのう。「おかたさま、おかたさま、人間もかわりありませんで。わしなら、いくらでもおかたさまの ​ 」。 ​おかたさまは何もいわだった。わしの手をしっかりにぎりなさって、目へいっぱい涙をためてのう。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    宮本常一『忘れられた日本人』。面白かった!主に昭和前半、地方に住む老いた男性の聞き書きで構成されている。東北地方と西南地方の文化の違い、識字の有無による語りの切り口の違い等、興味が尽きない。女性も伸び伸びと生きる知恵を持っており、文字通り今の私たちの忘れていることを教えてくれる。

    宮本常一『忘れられた日本人』143ページまで。面白い!昭和二、三十年代の地方を徒歩で巡り、古い証文などを写し取り、老人たちから昔話を聞いて記録している。百姓が美声の持ち主だったり、村娘が洗練された踊り手だったり、嬉しい予想外の文化の豊かさ。#読書中

    宮本常一『忘れられた日本人』179ページまで。地方に住む老人たちの聞き書きがとても興味深い。著者は優れた聞き上手なのだろう。昭和二十年代、明治の記憶が残る人々の語る土地の歴史と人生。今は都市部に住む私が正に忘れていた生き方。#読書中

    『忘れられた日本人』
    宮本常一

    西日本の辺境、下層社会に生きる人々や老人の伝承を描く。北と風習は似てるが違いは貧しくとも自由で生き生きしているところ。土佐寺川シライ谷のシライとはシレエ(彼岸花)のこと。飢饉の時これを餅にして食べたらしい。動物も食べないほどまずいらしいが食べてみたい

    忘れられた日本人
    ¥990 税込
    宮本常一/岩波書店
    文庫 336ページ

    昭和14年以来、日本全国をくまなく歩き、各地の民間伝承を克明に調査した著者(1907‐81)が、文化を築き支えてきた伝承者=老人達がどのような環境に生きてきたかを、古老たち自身の語るライフヒストリーをまじえて生き生きと描く。辺境の地で黙々と生きる日本人の存在を歴史の舞台にうかびあがらせた宮本民俗学の代表作。

    bokenbooks.com/items/60441437

    宮本常一なんかを読む限りでは、昔の日本人って避妊方法もないままやりまくってる。
    ヤリチンとヤリマン以前、貞操観念のない動物みたいな人が多い印象なんだけど、左翼にも右翼にも都合が悪いらしく、そういう「忘れられた日本人」には誰も触れないよね。

    そんなに性欲自体が変わるのかなあ。

    「人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ」(『民俗学の旅』)

    宮本一が父から授けられた「世間」を歩く際の心構え「十か条」の第十条

    100分de名著
    畑中章宏『宮本常一忘れられた日本人』
    より

    「 「おれのはどうだ」見ると、岩の上に腰をおろして前をひろげていますが、すごく大きいキンタマがだらりと下がっています。  「大きいのう」と言って、いきなり腰の脇差で、そのキンタマを切りつけました。するとキャッという声がして、そこには大きな古狸が死の苦悶をはじめていました。  こういう話はこの山中にはよくありました。百姓たちは谷の奥などで木を伐って焼畑をつくることがありました。そういう時、風もないのにすごいような風の音を聞いたり、また木の倒れる音をきくことがありました。これはこの土地から近い石 山の天狗や、黒森の天狗のしわざだと村の人々は信じていました。この付近には天狗のいる山は比較的多かったのだそうです。それが今ではどうも人臭くなったと言って天竺の方へとんで行ってしまったと申します。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「対馬ちうところは朝鮮へちかい。それで日本人が内緒でよく朝鮮へ人参を買いにいったものじゃちう。朝鮮人参ちうのはよくききもしたが、大そうな値のするもんで、手のひらいっぱいでも何両という値うちがあった。日本にはどうしてもでけんもんじゃから、内緒で買いにいったのよのう。それには銭屋五兵衛ちうのが大将で、加賀の銭屋か銭屋の加賀かちうて、加賀一番の大金持で、また大けな回船問屋じゃった。この人は対馬まで来るときは、日本の着物を着、日本の帆をまいてはしっておるが、対馬をすぎると、朝鮮の帆をまいて、朝鮮の着物を着て、朝鮮人になりすまして朝鮮へわたったちうことじゃ。銭屋はまァええとして、銭屋のまねをするもんが数知れんほどいって、対馬の役人の目をかすめては朝鮮へいく。どうにも手に負えるもんじゃなかった。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「祖父が死んでから盆踊りがみだれはじめた。あたらしいものにきりかえようとしたこともあったがうまくいかなかった。その豊富な昔話も私は十分にうけつがなかった。世間話はあまり持たぬ人だったが、その生涯がそのまま民話といっていいような人であった。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「 その頃まで芸人たちは船賃はただであった。そのかわり船の中で芸を見せなければならなかった。昔は遊芸の徒の放浪は実に多かった。それは船がすべてただ乗りできた上に、木賃宿もたいていはただでとめたからである。だからいたって気らくであって、いわゆる食いつめる事はなかったし、また多少の遊芸の心得があれば、食いつめたら芸人になればよかった。だから「芸は身を助ける」と言われた。芸さえ知っておれば飢える事もおいてけぼりにされる事もなかった。台湾へわたる船の中でも、そうした芸人たちが歌ったりおどったり手妻(手品)をして見せてくれるので退屈どころか、いつキールンへついたかわからぬほどだった。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「翁も十五になったとき、この一夜ぼぼへいって初めて女とねた。それから後もずうっとこの日は出かけていったが、明治の終頃には止んでしまった。  ところが明治元年には、それがいつでも誰とでもねてよいというので、昼間でも家の中でも山の中でもすきな女とねることがはやった。それまで、結婚していない男女なら、よばいにいくことはあったが、亭主のある女とねることはなかった。そういう制限もなくなった。みなええ世の中じゃといってあそんでいたら、今度はそういうことをしてはならんと、警察がやかましく言うようになった。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「その夏、隠岐島に国語教壇の講習会*があって、それに出席するため出かけた。そのまえに隠岐へは一度わたった事があり、その時十分見なかった牧畑などもできるだけこまかに見て来たいと思った。この旅で私は森脇太一氏に初めて うた。森脇さんもこの講習へ出かけた人であるが、おそろしくエネルギッシュな人で、もうその頃一〇〇〇ページをこえる大きな『邑智郡誌』という書物を出しておられた。森脇さんという人は学歴から言えば小学校を出ただけだったが勉強ずきで、独学で小学校の先生の検定試験に合格して小学校の先生になった人である。後に森脇という商家へ養子に行かれたが、根っからの百姓っ子で、百姓しながら先生をしていた。質素で勤勉で自分の力の出しおしみをしない人で、その上旺盛な知識欲をもっており、自分はまともな勉強をした事がないのだから、何とかしてよい先生について本当に生きた知識を得たいと思い、しかもその知識が自分にもまた子供たちにも役に立つものであるためには講習会などへいくよりは、先生に来てもらって直接指導をうけるのがよいと考え、家で百姓をして食う方は憂いのないものにし、月給をためて、それで島根師範から一人ずつ先生をまねいて、そのおともをして邑智郡内をあるきまわって実地について指導をうけたという。地理、歴史、動物、植物などあらゆるものにわたって郡内の自然人文現象を見、その見方を教えてもらい、かつ丹念に記録したのである。その費用はすべてためた金でまかなった。そしてその原稿が何千枚というほどになり、それをまた自分でためた金をもとにして、教育会などから若干の補助金をもらって出版したのが『邑智郡誌』で、森脇さんの二十歳から三十歳までの間の仕事であった。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「 「田中氏は既に七十歳を超える老人であるが、余裕綽々意気尚壮者を凌ぐ慨があり、談一度郷土の事柄に及べば談論風発一つとして知らざる事なく、夜を徹して語り、その博学と熱情とは訪ねるものをして驚嘆せしめずにはおかない。所謂地方の「生字引」として尊重される所以はここにあるのである。斯様にして「生字引」たらしめるのには理由がある。氏の「永久保存物目録」の序に「書き残す繰言」という題目の下に次の様な事が書いてある。「自分は幼少の時から何でも物を保存するという癖がある。そして学生時代から歴史的なものが好きである。(中略)今僕は若い時に書いたもの等出して見ても何の役にも立つものでもない。だがこれを歴史的に見ると、あの時はこんな事があった。僕が何歳の時にはどんな状態であった等という様な事を見るには矢張参考になる事がある。(中略)何の役にも立たない様なものでも歴史的に見れば、古くなる程面白味が出来てくるであろう」というのである。」」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「これは田舎にいて文字を解し、しかも百姓をしている老人に見られる共通した一つのタイプではなかろうか。地方をあるいていてこういう老人に う事は多い。その人たちは多くその故里を 愛している。しかし決して郷土自慢をしているのではない。酸いも甘いもかみわけた上で愛しているのである。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

    「高木さんの家を出るとき、高木さんは白米一升を袋に入れて、「一升くらいなら闇米としてとりあげられることもありますまい。これを持っておいでなさい。食うもののないところでは、これをたいてもらえばよい。なくなったら、また米のありそうな仲間のところへ泊りなさい」と言って下さった。  私は丘をこえて和田さんの家へいき、そこでお世話になって長友付近の調査をした。その夜であった。座敷で和田さんとはなしていると、「宮本さんいるか」と、土間の方から声をかけた人がある。高木さんの声である。台所の方へ出てみると、上りはなに腰をおろして高木さんはニコニコしている。」

    —『忘れられた日本人 (岩波文庫)』宮本 常一著

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    2026年01月05日
  • 忘れられた日本人

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    江戸後期〜明治〜大正〜昭和初期のころの日本の原風景を切り取ってきたような書籍です。田舎の村々での百姓の暮らしぶりが、とてもよくわかります。百姓の日常や村人たちの当時の暮らしっぷりを知ることができます。今より、性に対してゆるい社会で村の中で夜這いも日常的にあったようです。あとは、動物たちとの関わり方が、私はとても興味を持ちました。ミミズにションベンをかけてはいけない、こととか、可愛がっていた犬が山で迷っていた時に助けてくれたり、亀との逸話や狼との対話など当時の人々の考え方と、動物との関わり方がおもしろく感じました。八百万の神を感じながら自然とお付き合いしていた様子が伺えます。貧しいながらも懸命に暮らしていたこともわかります。今の豊かな暮らしに感謝しつつ、そう遠くない時代に生きた人々の息遣いを感じることができました。

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    2026年01月02日
  • 忘れられた日本人

    Posted by ブクログ

    明治から戦後すぐのあたりまでの、農村の生活や庶民の暮らしぶりを伝える名著です。
    舞台が四国、山陰、東北などということもあって、暮らしは質素で貧しい。
    その中にあっても、素朴にして明るく、そしてたくましく生きてきた庶民の生活や営みが生き生きと描かれています。
    当時の日本の地方部って、ある意味では民話の世界だったんだな。

    興味をそそられたのは、夜這いや性にまつわる話が頻繁に出てくること。
    性に宗教的タブーのなかった日本ならではの現象かもしれませんが、老人が昔の思い出として夜這いのことを語るさまや、農作業での女性の明るいエロ話など、性に対する疚しさは感じられず、むしろカラッとした解放感が見られるのが面白かったです。

    タイトルは「忘れられた日本人」ですが、むしろ今の日本人が忘れているものは、本書で随所に見られる明るさやたくましさなのかもしれません。

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    2025年11月19日
  • 忘れられた日本人

    匿名

    購入済み

    何気なく読んでみた本であるが、非常に興味深い内容で、すぐに読み終えてしまった。現代の都会に住んでいると、決して知ることのない村の生活について知れて、視野が広がったように感じる。

    #タメになる

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    2025年09月28日
  • 忘れられた日本人

    Posted by ブクログ

    大変面白く、そして貴重な本だと思う。
    山あい、海っぺり、日本各地にあった貧しい集落で精一杯生きてきた民の記録。やれることに限りがある中で、日々の楽しみを見出し、やるべきことをやってきた人生。現代人にはなかなかないワイルドなエネルギーがぎっしり詰まった、まさに「忘れられた日本人」がいる。

    何度か挫折した本だったが、10数年ぶりに手に取ったらスルスル読めた。どういう事かはわからないが、これが「機が熟す」ということなんだろうか。

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    2025年04月19日
  • 忘れられた日本人

    Posted by ブクログ

    日本の歴史のある時期のなかなか語られない部分が知れて面白かった。
    未だに名残が残っていること、消えていったこと、自分の時代もこうして変わっていくのだろうなあ。この辺りの時代の小説を読むときにも想像の手助けにもなりそう。

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    2025年02月24日
  • 忘れられた日本人

    Posted by ブクログ

    農業など前近代的な社会を私たちは下に見てしまう傾向があるように思えた。しかしその社会には知恵と工夫が張り巡らされていて、人々の繋がりも深い。
    わたしも農業やりたい!この時代に生きてみたい!と思えるような本だった。

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    2025年01月24日
  • 忘れられた日本人

    Posted by ブクログ

    老人達の語りが印象的だった。自分でも、年長の人の言葉に耳を傾けようと思った。
    当時の人々の感覚(の気配)が感じられた気がする。
    当時の人々の感覚は、現代の我々の感覚とは隔絶している。この本がなければ知ることもなかっただろう。
    肌触りのある本だった。旅に出たくなる。

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    2024年11月29日
  • 忘れられた日本人

    Posted by ブクログ

    とても興味深く読んだ。しばらく前に100分de名著で放送されており、その際に面白そうと思って購入していたが、読めずにいた。今回、機が熟して読んでみたが、想像以上、期待以上に面白みを感じた。
    東日本で育ち、東日本を出たことのない身としては、違和感があったがそれも、東と西では違う、とのことで納得。伝承者、というにはあまりにおおらかな土地の人々の話は、つい笑顔になってしまうような話が多くあった。
    油を売る、という言葉が当時当たり前だったけど、それを文字で説明することの意義。そんなところで、ふと、子供の頃、トマトに砂糖をかけて食べる、ということを職場で話した際の皆の反応が面白かったことを思い出した。私にでさえ、既に記憶の中だけの風習、習慣ってあるものだ。それを学問にするかどうかは別として、私たちと同じように一生懸命に生きて亡くなっていった人々がいて、今の私たちが存在するのだと当たり前のことだけども、感じた。
    文字を知る人と知らない人とでは話し方、考え方が違うということも興味深かった。もはや、日本に住む私たちは文字を知らない人と話す機会はほぼない。ということは、文字を知らない人たちの思考も知らぬままに生きていくのだ。それは誇りでもあるし、私自身が書くこと、読むことで人生を豊かにしていることを考えると複雑な気持ちになるのだが、多様性といいつつも、つまらぬ時代だなと思う。
    民俗学というと、柳田國男のイメージでほんわかとしていたが、もっと知りたいと思うようになったし、時代を書き記すことの意義を強く感じられた。

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    2024年11月04日
  • 山に生きる人びと

    Posted by ブクログ

    Eテレ100分de名著で宮本常一をやってたので、思い出して手持ちの本を再読しました。
    冒頭の章は「塩の道」。ん?山の話じゃないの?と思わせておいて、海で作った塩を山奥の村に運ぶ道について説きおこし、山で暮らし仕事をするサンカ、木地屋、炭焼きなどの生業を解説したかと思うと、そこから落人の末裔がどのように集落を作って暮らし、里の支配者に滅ぼされていったかという歴史の話に転じていきます。
    とにかく一つ一つの事柄が山より高く海より深い知識に裏打ちされていて、連れていかれる方はたまったものではない、と、いつも思います。(私が浅学なためそう思うのかもしれませんが)
    ジェットコースター好きな方は、宮本民俗学コースター、是非乗ってみてほしいです!私は毎回少し酔いますが(笑)

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    2024年09月22日
  • 忘れられた日本人

    Posted by ブクログ

    読んだと思い込んでたけど読んでなかったっぽい。
    NHKの100分de名著はよいまとめ方だったんだなぁと改めて思ったけど、常一のお父さんが常一に伝えた旅をするときの注意点は別の本からの引用だったんだな。あれ、ちゃんと読み直したい。
    それにしても、文字を知らない民は人を信じるしかなかったとか、歌で覚え伝えたとか、オングを思い起こさせられる。常一のおじいちゃんが動物や虫をいじめちゃいけないよ、と諭すありかたなど、愛おしくグッとくる。また、己の日々の生き方を考えさせられてしまうな。

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    2024年08月08日
  • 忘れられた日本人

    購入済み

    村落自治に民主主義の祖型あり

    司馬遼太郎「私の三冊」の一冊。主に江戸期から昭和30年頃までの西日本における村の暮らしを当事者インタビューで描く📝昔の村落の運営は、直接民主主義に基づき、皆対等な立場で様々な知識を持ち寄って熟議を凝らし、意見対立による禍根を未然に防いでいた。これは民主主義の本来のあり方を示唆する。令和の民主主義は、論破至上主義とSNS上の罵倒の連鎖から、著しい断絶を生んでいるが、民主主義自体を憂うのではなく、その劣化を憂わななければなるまい📝それにしても「土佐源氏」の後家ハンターぶりは凄い。男は女に対して、例え体目当てでも、心から寄り添って、存分に甘えさせれば、そこに偽りの愛ではなく真実の愛が生まれるようだ📝

    #タメになる

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    2024年07月11日
  • 日本文化の形成

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    本書は、民俗学の巨人・宮本常一氏が生涯にわたる実地調査から得た着想を基に、日本文化の形成過程を探求した遺稿集です。

    著者は、単に古典文献の解釈にとどまらず、東アジア全域を視野に入れながら、稲作や畑作の伝来、海洋民と床住居の関係など、日本文化の源流を徹底的に掘り下げています。『古事記』『日本書紀』はもちろん、『万葉集』『風土記』といった貴重な文献にも新たな光を当てています。

    特に注目すべきは、長年各地の民俗を実地に調査してきた著者ならではの問題提起です。畑作の起源、床住居の由来など、従来の通説に一石を投じる鋭い指摘が随所に見られます。文献資料だけでは看過されがちな民俗実態から、日本文化の淵源を探ろうとする試みは斬新です。

    一方、膨大な文献と実地調査から得た知見を一つの体系的理論に昇華しきれていない面もあり、断片的な印象は拭えません。しかし、民俗学の権威による日本文化形成論としては重要な価値を持つ好著と評価できるでしょう。

    文化の形成過程に関心を持つ読者のみならず、民俗学を学ぶ者にとっても示唆に富む一冊といえます。

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    2024年04月04日
  • イザベラ・バードの旅 『日本奥地紀行』を読む

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    時に外国人の視点は気づきにくい他国の真実を記録してくれる。魏志倭人伝、フロイス、サトーなど。同様にイザベラ・バードの紀行文を民俗学の泰斗が読み解くと実に新鮮な視点。

    やはり民俗学者の視点は面白い。実は普通の日常の生活文化や風習は記録が残らないので難しい再現、想像できない、ところが多いが、たまたま外国人の紀行文の記録が貴重な資料となる。

    イザベラ・バードはちょっと難しい本だが、本書は講演会の内容そのままなので読みやすい。

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    2024年01月31日
  • 日本残酷物語 1

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    難破船を糧としている海辺の人びとがいたことは、現在ではほとんど語られなくなっている。
     福山のそばで日本住血吸虫による被害があったことは現在では場所が特定されないように書かれている。
     からゆくさん、についても書かれているが、これは他書のほうがより詳しい。
     1959年版は、活字が細くて薄く、厚いのが欠点である。

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    2021年08月01日
  • 宮本常一 伝書鳩のように

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    民俗学、やはり最高。

    あとがきで自分を卑下しまくっているが、日本全国を歩き、普通の人達の普通の暮らしを書き残したものを我々が読めるというだけで圧倒的に偉業なんですよね。
    しかも読んでてとてもおもしろい。
    昔の人は性についておおっぴらに話しまくっていたことや、季節の折に玄関を訪れる旅芸人や、祭りだけが年通して少ない娯楽だったこと、海から遠い地域では塩がとても大事だったこと、昔の人は基本的に生活に必要な小物はすべて自分たちで作っていたこと、食事は主菜副菜というのではなく、芋だけとかそういうものも多かったことなどなど、少しだけ前のはずなのに、今の生活とは圧倒的に違う庶民の生活をとてもリアルに感じることができる。
    更に、著者の父母の人生を語ることで、自分を通して民俗学を語るというわかりやすさ。すごくためになる。やっぱり民俗学って面白いよな、という思いを改めて感じられる良書だった。

    この人の写真も相当民俗学的価値が高いらしいのと、単純に良い写真に見えるので今度写真集も買おうと思う。

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    2021年06月12日
  • 南方熊楠/柳田國男/折口信夫/宮本常一

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    神仏合祀、民俗学の芽生えから、小説、聞き書きなど多角的な内容。日本民俗学の芽生えや成果を知ることができる

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    2021年05月31日