宮本常一のレビュー一覧
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昭和39年の東京を出発点に、日本の都市とムラの成り立ち、失われていく伝統や地縁を記録した一冊。とくに明治期の都市の形成過程において〈村は古さを保つために、増えていく人を都会に送り出し、都会は村の若者たちと新しい知識を吸収して新しくなっていった〉という一節は印象的だった。日本の都市が伝統や固有の色を持ちづらいことが納得できる。
もう一つ気になった箇所は、中世の河原者の記述について。〈落伍者だけで町はできるものではなく、それらの人を支配し統制し、ばらばらの民衆をまとめて大きな生産力にしていくことによって、はじめて町としての機能が発揮せられる〉という部分。人生から落伍すると一発KOの現代社会にも -
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我々が習う歴史とは、貴族社会から封建社会、そして富国強兵へという統治機構の変遷ですが、そこに依存していない社会が日本の山の中にはありました。
とはいえ、彼らの暮らしが里の暮らしから隔絶していたかといえば、まったくそのようなことはなく、むしろグローバルまで繋がるような社会のダイナミズムをこの素朴なローカルの暮らしに見出すことができます。
たとえば、中国地方の山中においては炭焼きが盛んに行なわれていました。それは、鉱山で金属を精錬するために多くの木炭が使われたからであり、そこから得た金銀銅が日本から輸出されて中国に渡りました。
炭焼き職人は専業化し、貨幣経済のなかに組み込まれて農民や町人との -
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塩の流通だけに終わらず、日本の至るところまでの文化、生活基盤を見事に解き明かしている。日本の文化と生活を知る上では最高の一書です。
◆稲作は中国の雲南省のあたりから戦から逃れ朝鮮を経て九州に伝わった。一方で東北ではヒエの栽培が行われていた
◆稲作をする上で最大の懸念は風であり、風を避ける為に各盆地で集落が形成される。稲作における共同作業により祭りが行われて祭祀を司る人物が統治者として必要になった。
◆稲作が伝わった当初、米は炊くのではなく蒸したと思われる。最初の稲作はもち米が多かった為に炊くと土器にへばりつく破損に繋がる。竈の発達へ。
◆戦国時代に平戸へサツマイモが伝わり水田のない地域に広 -
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本の題は『塩の道』ですが
Ⅰ塩の道
Ⅱ日本人と食べ物
Ⅲ暮らしの形と美 の3部から成る。
塩を通して、また稲作を通して日本の成り立ちを読み解こうとする。
塩は糖と違って、自分の体の中では生成できない。しかしながら、
塩は循環機能を保つためには必須のものだから、この塩を手に
入れるために古くから交易が行われていた。その塩の道をたどり
暮らしの変化を見つめてゆく。
稲作は稲の作り方だけが流布したのではなく、家族、技術や高床式
の家と一緒になって日本にやってきた。それが後々の日本の文化と
なって定着してゆく。単に食べるだけの自給ではなく、仕事をするた
めに、その地で -
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歴史上の主要人物や戦時中の様子は歴史の教科書で知ることができるが、一般市民はどのような生活していたのかずーっと気になっていた。
一番興味を惹かれたのは民謡に関する事柄。夜、峠を越える際に民謡を歌いながら歩くことですれ違う人や生き物を判別したり、田植えをしながら歌を歌ったり。民謡に描かれた生活や土地の特徴について純粋にもっと知りたいなと思った。言葉に縁がある人、縁が薄い人との対比も興味深かったな。
生活を描いた内容だから良い出来事も悪い出来事も淡々と書かれており、私情を入れずにただひたすらに知る行為が民俗学というか学問のあり方なんだろうなと思った。
この本を書かれたのは1950年代で、発刊 -
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小学5年の初夏のことであった
おちんちんがとんでもなく腫れたのである
もうぱんぱんである
痛いし、痒いしでとてもじゃないが学校にも行けないということで2,3日休んで家で寝ていると当時一緒に住んでいた祖父が来て一体どうしたのかと聞いてきた
そこで実はこういう訳で学校も休んでいると答えると「お前どこぞで立小便をしてきたな」と言うのである
確かに立小便をしたと返すと「みみずに小便をかけるとちんちんが腫れるのだ」と言うのである
みみずの怒りを買ったのだと
しかし、みみずを見つけて、水できれいに洗ってやればみみずの怒りは収まり腫れはひくと続けるのである
そんな馬鹿なことがあるものかと思ったが、 -
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民俗学者、宮本常一の代表作。主に宮本常一が戦後、聞き取り調査を行った農村の古老たちの話をまとめたもの+α。
語られている内容は明治から昭和にかけての農村に暮らす市井の人々の日々の営みの中でも個人史や世間話のようなもの。いずれも面白いが読んだ印象は民俗学の本というよりは、もっと文学的な読み物といったほうが近い。有名な橋の下で乞食として暮らす元馬喰の色懺悔とでもいうべき「土佐源氏」は現在では宮本常一の創作であったとする説が有力であるようだが、それはそうかもなという感じ。
村の意思決定機関である寄り合いの実態や、世間師といわれる村と外部をつなぐ共同体の異端的な存在の話や、女達のエロ話や娘の家出の話、 -
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ネタバレもともと為政者の歴史より庶民の歴史に興味があるので面白く読めた。宮本常一の最高傑作と言われる本作だが、雑誌掲載のものをまとめた作品だからなせいか、一つの研究成果を起承転結でまとめた研究書ではなく、長年聞き書きしてきたトピックをオムニバス的にまとめたものだったことがわかった。
昭和の初めごろの老人というと幕末明治大正昭和と激動の時代を生きてきた人々。よくぞこの時期に聞き書きをして記録を残してくれたと感謝したい。
私たちが教科書で知っている長州征伐や西南戦争の時の話も田舎ではどう見聞きされていたのかが、よく知ることができた。
また直接慶喜公が大阪から船で江戸へ落ちのびる時の舟渡をした古老の話なども -
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社会に生業が生まれ、家業となり、やがて職業へと移り変わる。
そんな大きな流れを描いた本。
いつの間にか持っていたイメージのいくつもが、本書によってくつがえされた。
印象的だったのは、かつていたという押し売りのこと。
自分は「サザエさん」の中でしかその存在を知らない。
今話題なのは「押し買い」だが、押し売りもその手の「悪徳業者」「詐欺業者」だと思ってきた。
ところが、本書によれば、かつては相互扶助のようなものであったらしい。
自給自足でやっていけない土地で、凶作が起こったりすることで流浪の民が生まれる。
乞食になることをよしとせず、食べ物などをめぐんでもらう形ばかりの対価として、粗末であ