宮本常一のレビュー一覧
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小学5年の初夏のことであった
おちんちんがとんでもなく腫れたのである
もうぱんぱんである
痛いし、痒いしでとてもじゃないが学校にも行けないということで2,3日休んで家で寝ていると当時一緒に住んでいた祖父が来て一体どうしたのかと聞いてきた
そこで実はこういう訳で学校も休んでいると答えると「お前どこぞで立小便をしてきたな」と言うのである
確かに立小便をしたと返すと「みみずに小便をかけるとちんちんが腫れるのだ」と言うのである
みみずの怒りを買ったのだと
しかし、みみずを見つけて、水できれいに洗ってやればみみずの怒りは収まり腫れはひくと続けるのである
そんな馬鹿なことがあるものかと思ったが、祖父が「年寄りの言うことは聞くものだ。大した手間ではないのだから騙されたと思ってやってみろ」と言うので、みみずを見つけて洗ってみると次の日の朝にはきれいに腫れがひいて元の粗ちんに戻っていたのである
不思議なことがあるものだ
本書の中でもこのみみずの話が出てくるが、日本各地でこのような伝承は残っているようである
って、誰が粗ちんやねん!( ゚д゚ )クワッ!!
*ちんなみに本書『忘れられた日本ちん』はクマちんにおすすめ頂いた
たいへんおもちんろかったです
ありがとうクマちん -
Posted by ブクログ
社会に生業が生まれ、家業となり、やがて職業へと移り変わる。
そんな大きな流れを描いた本。
いつの間にか持っていたイメージのいくつもが、本書によってくつがえされた。
印象的だったのは、かつていたという押し売りのこと。
自分は「サザエさん」の中でしかその存在を知らない。
今話題なのは「押し買い」だが、押し売りもその手の「悪徳業者」「詐欺業者」だと思ってきた。
ところが、本書によれば、かつては相互扶助のようなものであったらしい。
自給自足でやっていけない土地で、凶作が起こったりすることで流浪の民が生まれる。
乞食になることをよしとせず、食べ物などをめぐんでもらう形ばかりの対価として、粗末であっても品物を置いていく。
富める者は貧しい者を助けるのが当たり前という発想の贈与=交換だったというのだ。
十分なのかはわからないが、貧しい人の誇りにも配慮した社会のありかたなのではないか、と感じた。
イメージが大きく変わったといえば、農業者も漁業者も、かつては移動しながら生活していたということも挙げられる。
たしかに、漁業者については、季節によって魚がいる場所がかわるから、それを追って住居も変えるのは言われてみれば納得する。
農業者の方も、出稼ぎが多い。
男性だけでなく、女性も、子どもも。
昭和の「出稼ぎ」のイメージだと、農閑期=冬に都会の工場に働きに行くという感じだが…。
土地にもよろうが、田植え、養蚕など、年中何かしらと出ていく。
それだけ自分の土地だけでやっていけなかったということだ。
農業者が報われないと感じていたのは今に始まらないことだったようで、特に女性に強くそれが内面化されるとう指摘にも、ぎくっとする。
女性が流出すると、集落の人口が減少する。
現在の状況は、急に成立したわけでなく、明治以前から用意されていたということか。
そのほか、どう一人前になるかという話も面白かった。
漁業者となるには、海のあらゆることを知らなければならない。
毎日海に行き、学ばないと一人前になれない。
学校へ行っている暇はないということだ。
商人の方も、厳しい修行を経る。
こちらは特に具体的に詳しく説明されていた。
大きな流れが書かれているのだが、そこはさすがの希代のフィールドワーカー、あちこちの集落の個別的な状況を通して語られる。
巨視的にも、微視的に読むこともできる、一冊で何度でもおいしい本といえそうだ。 -
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ネタバレ
道ばたに倒れ伏すものは数かぎりなく、はじめのうちこそ死体を埋めていたが、まもなくだれ一人としてかえりみるものはなくなった。いたるところに犬やカラスがむらがって、死体を食いちらす光景がながめられた。
この飢饉のときといえども人間が家畜に近かったのではなく、家畜が人間に近かったのである。
飢えの記録 より
明治十二年九月十三日埼玉県北足立郡中尾村の農民はコレラ流行防衛のために、県が避病院に患者を隔離しようとしたのに対し、村民は患者の生肝をとるのだと誤解しこれを妨害した。
新潟県西蒲原郡では消毒薬をまくのを毒薬を撒布すると誤解して暴動を起こしている。
そこには、無知の暗黒と、じぶんたちの仲間以外の者に対して冷酷なまでの非情が見られるのである。
自然の悪霊 より
堕胎のことを当時の隠語で「水にする」といい、水にされた子どもの死体を水子といった。水子は藁や菰につつんでひそかに川へ流したり、社寺の境内にうめられた。
間引きと堕胎 より
いわゆる「歴史」というスポットに当たることのない市井の人々の暮らし、またはその人間そのものに焦点をあてた編集書籍。まとまりがないと言えばないし、それこそ膨大なのですが、監修者、執筆の協力者(主に民俗学者や)は20人以上。
口承をまとめたもの、語りをほとんどまま(ばりばりの方言)収録したものなど様々です。語り部が暗い部屋でぽつりぽつりと話し始めているような生っぽさ。足を使って集めてきたその「話」の数々は、ときとして悲惨でどうしようもなく、情感溢れる形で、けれども淡々と語られています。
暗記を主にした学校の授業にはない、確かに人が生きていた、という距離感があったように感じました。そもそもそれが民俗学なのかもしれませんが、土地や地域にフューチャーしたというよりかは、暮らし、人、差別的な観点から見られていて、それは現代にも通ずることだと思います。
自然の悪霊の章などを読んで、今も昔も、という感想を抱くのは自分だけではないのかもしれません。コロナの風邪扱い、反ワクチン派、陰謀論。つい最近炎上した某メンタリストも似たような視点のようにも思える。
書籍や歴史をただの知の塊として見るのではなく、過去の悲惨な出来事、暮らしの積み重ねがこの国の一部としてあるということ。
面白かった、ではすまないほど、自覚と自問と気付きのある読者時間でした。 -
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バードの『日本奥地紀行』を、つっかえながら、しかしもう半年以上、読み終えられず。
今、青森あたりを、バードとともにうろうろしている(苦笑)。
いや、読みはじめたら面白いと思うところもあるのだが、なかなか手が伸びない。
これを打開するには、優れた先達あれ、と思い、本書を手にする。
この本を読むと、バードの紀行文のどこを面白がっていいか、とてもよくわかる。
自分だけでは、「へ~、当時はそうだったんだ」で終わってしまう。
それが、博識の宮本さんから、次々と関連情報が示されるので、バードの記述が立体的に見えてくる。
例えば。
バードが宿屋で障子に穴をあけて覗かれることに閉口する記述は有名だ。
彼女はお金が盗られるかも、とも心配しているのだが、宮本さんは昔の泥棒は放り出してあるものは盗らなかった、という証言を引っ張ってくる。
昔は家に鍵をかけなくても平気だった、と祖父母の世代の人からよく聞いたものだ。
これは狭い地域で限られた人間関係の中で暮らしていたから、と解釈してきたのだけど、泥棒の側にも今とは違う仁義の通し方があったのかも、と思わせられるエピソード。
こんな風に、バードの記述を通して、現代の日本との違いに目を開かせられる。
清潔度や健康の面で、本州にもずいぶん地域差があったことにもバードは触れているが、アイヌはこの点で高く評価されている。
まだ北海道に入ってからの部分は読んでいないので、どんなことが書かれているか楽しみになってきた。
やはり、この本を読むという判断は間違ってなかった、と自画自賛して、レビューを書き終えることにする(笑)。 -
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宮本民俗学なるものを一度くらい読んでみようと思って。話し口調で説明もわかりやすく、たいへん読みやすかった。
塩水をそのまま煮詰める方法から揚浜式へ、石釜方式へ。
山から材木を流してそれを海に行って焼く。材木と塩の物々交換。麻をさらすための軽い灰を売って塩を焼く。牛で塩を運ぶ。細い道の道草を食わせる。人の背で運ぶ、塩魚を売る。
米の伝来、騎馬民族、壺の発達、畳の発明、一つ一つの営みを合理的に限られた中でやっていくことに、文化の繋がりや社会制度が見えてきて面白い。
民俗学に詳しくないからこの見解がどこまで正しいのかわからないけど。
P200
それは、そこにいる人たちのたんなる美意識というよりも、そこにあるものを、長い生活の体験の中から見つけていって、そしてそれを美に転化していった。その美がたんなる美ではなくて、自分らの生活を守る強さをもつ美であった、ということを忘れてはいけないと思います。