石田文子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
天才の日課は様々だが、朝のうちに仕事に集中するパターンが多いように思えた。天才の日課ぎそれだからといって、その日課をすれば天才になれるわけではない。おそらく歴史に名を残すほどの成果を残すために個々に最適化された生き方をできたことで、その成果は生まれたのであろうし、自分に合った生き方、成果を出すために適した生き方ができることがポイントになるんだろう。ここに書いてあるどれかをその真似してもあまり意味はなさそう。
フレーズ
一生懸命働くんじゃなくて、うまく働く
ベンジャミンフランクリン
水も空気も基本元素だが、冷たい空気を浴びるほうが自分の体にはずっとよいことに気づいた。そこで、ほとんど毎日、朝早く起きて、なにも身に着けずに自分の部屋ですわっている。時間は季節によって三十分から一時間で、その間、本を読むか書きものをしている。それは苦痛ではないどころか、すこぶる心地よい。そのあと服を着る前にベッドに戻ることもあり、一、二時間、このうえなく快適な眠りについて、夜の睡眠不足を補っている。
カールマルクス
私はどんなときも、自分の目的を追求しなければならない。ブルジョワ社会によって、金もうけのための機械に変えられてしまってはならない」一八五九年、マルクスはそう書いている(じつはこのあと鉄道職員の仕事に応募するのだが、採用されなかった。理由は字が汚くて読めなかったからだ)。
ジョナサンエドワーズ
エドワーズはなにかアイデアを思いつくたびに、あとでそれを思い出すきっかけになるように、小さな紙切れを服にピンで留めていった。家に帰ってからその紙切れをはずして、思いつきをひとつひとつ書きとめていくのだ。
ジェイムズボズウェル
貴重な朝の時間を惰眠をむさぼって浪費するという悪習」
ヨハンヴォルフガングゲーテ
したがって、私のアドバイスは、なにごとも無理にやろうとしてはいけないということだ。気分がのらない日や時間は無為に過ごすか、寝るかしたほうがいい。そんなときに書いたところで、あとから読んで満足のいくようなものは生まれない」
ヴィクトルユーゴー
レ・ミゼラブル』
ポールエルディシュ
数学者はコーヒーを定理に変える機械だ」
「習慣は聡明な人間においては野心の表れである」 -
Posted by ブクログ
100年前に書かれた推理小説の新訳です
原作を読むのは初で、翻訳日本語でありながらも読みやすいほうでした
事件のネタは因習モノが多かったです。人種差別団体とか、政略結婚とか、そういった風習に巻き込まれた被差別者が登場し、頼るすべがなく藁に掴む思いでホームズのもとを訪ねする流れでした
あの時代にしてはですが、ホームズの魅力は奇抜なアイデアというより、身分の区別なく相談にのる優しさが魅力だと思いました
個人的には「五つのオレンジの種」、「青いガーネット」が好きです
依頼人が殺されてしまい、手遅れになってしまい一族が壊滅してしまった「五つのオレンジの種」はドキドキしました
差別団体に呪い返しのように一矢報うも、悪事は海の藻屑に潰えてしまうラストもおもしろかったです
法に裁かれることなく自業を終えてしまい償わせることができず、ホームズとワトソンと読者しか知らない真実をシェアしたような読み心地でした
「青いガーネット」は、呪われた青いガーネットと、ガチョウの内臓袋がグチャグチャに混ざったイメージが対比的でよかったです
家禽の臓物にガーネットを隠すも、市場に流れてしまい慌てふためく宝石泥棒がおもしろかったです
訳者あとがきの総括が読後感を整えてもくれて、推理の流れにセンスがある小説だなと思えました -
恐怖の谷が含まれていない
角川さんからは刊行されているので、版権はあるはずです。
新潮さんとかの合本版には含まれているが、会社の方針でしょうか。
表紙イラストが優秀なだけにすこうし残念。
その分安く作っていると言いたいのか?
お好みで。 -
Posted by ブクログ
作家、芸術家、音楽家など、創作活動を仕事にしている著名人たちの"日常"を、彼/彼女らのデイリールーティンから覗いてみる小伝風ノンフィクション。
朝方の人、夜型の人、専業の人、兼業の人など、ライフスタイルはさまざま。規則正しい生活を保つためだけに別の仕事を続けている人もいたりする。
夜型の人はやはり不眠や薬物依存に悩んでいることが多く、画家のフランシス・ベーコンが入眠時に古い料理本をくり返し読んでたというのは、心を穏やかにする方法として共感できるし、作風とのギャップで余計に切ない感じがした。「数学者はコーヒーを定理に変える機械だ」と言ったポール・エルデシュのように開き直る人もいたけど。
ボーヴォワールとサルトルのようなパートナー関係にも注目せずにいられない。直近で読んだ『龍彦親王航海記』から、やはり澁澤と矢川澄子のことを連想してしまう。自分と同じく作曲家だった妻の仕事をやめさせたグスタフ・マーラーや、ともに作家志望の夫と「片方がフルタイムの仕事に就いて生活費を稼ぎ、片方は創作に専念する生活を一年ごとに交代する」と約束しながら、先に売れて専業作家になってしまったカーソン・マッカラーズなど、創作者夫婦の苦悩が印象に残った。
「日課」とは違うんじゃないかと思いつつ、度肝を抜かれたのはマリーナ・アブラモヴィチ。博物館で座り続けるパフォーマンスのため、夜中に体内の水分をだしきるルーティンを守り、昼間トイレに行かなくてよい体を作り上げたという。パフォーマンスを習慣化し、自分の体を素材にして見せる人の異質さが光っていた。 -
Posted by ブクログ
天才たちの日課…キーワードは「早寝早起き」「早朝からスタートダッシュ」「散歩」「コーヒー」が多かった気がする。
誰に強制されたわけでもなく、自分で決めたルーティーンを淡々と過ごしているように見える。その中で、アイデアや素晴らしい作品が生まれてくるのだろう。
ヘンリー・ミラーは決まったスケジュールを守ることが毎日の創造的なリズムを作るためには重要だと強調した。「優れた洞察力が働く瞬間瞬間を維持するには、厳しく自己管理をして、規律ある生活を送らなければならない」という言葉が印象的。
村上春樹のルーティーンは、午前4時に起き、5,6時間ぶっ通しで仕事をする。午後はランニングか水泳、雑用を片付け、読書したり音楽を聴いたりして、9時に寝る。この日課を毎日変えることなく繰り返すこと自体が重要。一種の催眠状態というか、自分に催眠術をかけて、より深い精神状態にもっていく。深い井戸の中に入っていくんだね。 -
Posted by ブクログ
作家、音楽家、画家、学者、映画監督etc...161人の生活習慣を紹介するエッセイ集。各々1ページから4ページくらいの分量です。アジア人からは唯一、村上春樹さんが取り上げられていました。
そうそうたる天才たちのルーティンが明らかになっていくなか「おい! いったいなにをやってるんだよ!」と言いたくなる人だらけです。一人の空間や時間をもてないだとか大変な環境や境遇にいながら仕事をしている人は珍しくないし、自分の仕事をうまくやるために不器用な生活習慣を決めていたりする人がとても多い。
作家のケースならば、執筆を最優先事項として、その他の生活のあれこれは執筆に従属するものごととして処理している感じがつよい。執筆に支配された毎日です、それも自分のみならず家族も巻き込んでいたりする。生活を慈しみながら仕事もしている人もいるのですが、生活にも自由を許している人はまれでした。
息苦しい生活スタイルは、それこそそれ自体が「生みの苦しみ」のひとつであるでしょう。しかし、と同時に、「生みの苦しみ」をやわらげる工夫でもあると思うのです。
ですが、本書で描かれているのは、そういった息苦しくあるような生活習慣の記述だけではありません。<十二時ちょうどに、仕事を中断して昼食。チャイコフスキーはいつも昼食を楽しみにしていた。好き嫌いはなく、どんな料理でも、よくできているといって食べ、料理人をほめた>偉人たちのこういうほっこりエピソードがときどきでてきます。そしてどこか「かわいい」みたいに感じる部分だってあります。そして読んでいて、「あなた、苦労したね」「あなた、がんばって生きたものだね」なんてふうに共感に似た温かみすら感じもしました。
容赦なく自分を追いこんで生きた作家バルザック(そのひとつとして、一日に50杯のコーヒーを飲んだとも言われる)。彼はこう言ったそうです。「私は生きているのではない。自分自身を恐ろしいやり方で消耗させている――だが、どうせ死ぬなら、仕事で死のうとほかのことで死のうと同じだ」。<どうせ死ぬなら、仕事で死のうとほかのことで死のうと同じだ>というところ、最近、似たようなことを僕も考えるんですよ。大事に大事に、と思って怪我しないように生きても死にますから。たとえば、安定した人生で良かった、と死ぬときにほんとうに思えるのかな、と疑問に思えたりしちゃって。そこで行われている比較って間違ってないかなと。若くして死んでしまうのは悲しくて辛いけれど、待てよ、でも死んでしまえば一緒だし、死は平等ではないか、なんて考えています。
それはそれとして。
規律(自律性)をしっかり決めてやる人が多かったですが、コーヒー(カフェイン)やアルコール、薬物にまで力を借りた人たちも少なくなかった。取り上げられている人物たちが20世紀半ばに活躍した人が多かったせいか、アンフェタミンを摂取して夜通し執筆するという人が何人かいました。アンフェタミンは覚せい剤の親戚みたいな薬剤だったはず(覚せい剤そのものでしたっけ?)。人によっては、そういった薬物の助けを得て生まれた創造物は認めない、という人もいるでしょうが、僕個人はとくに気にならないタイプです。といっても、僕が原稿と向き合うときには、コーヒーやお茶、そして音楽以外は摂取しません。人それぞれのスタイルがありますよね。
そうなんです、人それぞれのスタイルがわかるんです。多くの天才が採用している傾向の強い習慣から、この人だけだなっていうものまで、それがすべて、モノをつくるためにそれぞれによって編み出された習慣なのでした。本書を読んでいると、すべての道はローマに通ず、なんだとわかることでしょう。たとえば日本の作家の生活習慣について、薄く知っているぶんだけでとらえてみると、それこそソール・ベローが評された「官僚作家」という言葉から喚起されるもののように、勤勉に毎日どれだけ書かなければ失格だ、というようなサラリーマン的なイメージが浮かんでくるんです。でも、それが、創造を仕事とするときにすべての人に適したスタイルではないことが、海外の人を扱った本書を読むとわかってきます。高い生産性を優先する習慣なのか、高い創造性を優先する習慣なのか、との違いもあると思います。そして、それらが人それぞれで異なることがわかります。
最後に。敬愛する作家であるトルーマン・カポーティと自分との共通点を見つけてしまって小躍りしました! カーナンバーなど数字の並びを見つけたら足し算してしまうことがそれです! くだらないでしょ!