虐待されて育ったシーラという子どもと、シーラを指導することとなったトリイという教師の出会いから別れまでの話。
シーラが辛い環境下で育てられ傷ついていることに胸が苦しくなり、とても重い内容だったが、私はトリイへの尊敬がとても強く心に残った。
自分が関わった子ども達との記憶を重ねながら、トリイならこ
...続きを読むのような冷静で温かい対応ができるのだと反省と感心が混ざった。
トリイはとにかく忍耐強い。またシーラの態度がどんな背景からくるものなのかを察する力を持ち、丁寧に愛情たっぷりに接した。
自分が話をする時も、シーラの話を聴く時も、言葉で伝えることの大切さを自ら示して心の距離を少しずつ縮めていく様子に、学びがたくさんあった。
「畏敬の念を感じた」と何度も出てくるように、「抱いてあげようか」ではなく「抱きしめてもいいかしら?」というトリイの、子どもへの見方が伝わってくる。
大人だからと決して上から目線ではなく、子どもに対しても人間として対等だという意味での深い敬意が見えた。
このほかにトリイの人間性がよく表れていたのが、シーラに謝ったり、降参したりする場面だ。
どんなことでも自分が間違っていたと認めることはなかなかできないものだ。
ましてや子どもへの指導に対して非を認めることはプライドも邪魔をして、私は素直に謝れたことがないかもしれない。
でもトリイは違った。シーラに対して、自分の指導が間違っていたのではないかと悩み抜き、間違っていたと認めたり、時にシーラに譲ったりと、誠実に彼女と向き合い続けた。
きっとそんなトリイの信念、情熱、愛情がシーラの心を少しずつ溶かして、良い方向に導いたのだと思う。
また私は、シーラから発せられる質問の一つ一つにとてもドキドキした。
「悪いことをしたらあなたもぶつんでしょ?」と聞くシーラに、父親から浴びせられる辛辣な言葉や、服も買ってもらえずぞんざいに扱われ殴られる日常がどれだけ彼女の成長に影響を及ぼしているのかを思った。
お母さんに置き去りにされた過去から、トリイが二日間出張でいないだけで、またすぐに帰ってくるということがどうしても理解できないというシーラ。これはひどく胸に刺さるものがあった。
人は経験したことからしか学ぶことができず、シーラの過去があまりにも酷いものなので頭で分かろうと思ってもできないとはこういうことなのかと胸が痛んだ。
そんなシーラにとって、トリイとの出会いによって得た温かい経験はこれからのシーラにどんな影響をもたらすのだろうかと、シーラのその後がとても気になった。
続編が出ているので時間を見つけてそちらも読んでみようと思う。
トリイ・ヘイデンさんの魅力にどっぷりとハマった読後感は、時代も国も違う場所で同じように悩み傷つき、成長する人々がいることを身近に感じられる素晴らしいものだったとともに、私の心の支えの一つになった。
【メモ】
p.32
私はいつも自分が担当するこどもたちに何を期待しているかをはっきりさせようと意識していた。
p.77帰りの会に「コーボルトの箱」
朝夕互いの親切を教え合う子供たち
すぐれた洞察力を示しているもの
p.96
私は子供がなにをしたかなんて気にしないの。ただ子供が好きなのよ。それだけよ。
p.106
生まれてから六年間、彼女はずっと疎んじられ、無視され、拒否されてきた。
シーラは私が示す親愛の情を一つ残らず吸収した。
自分がほしいものを手に入れるためには戦わなければならないということを身につけていた。動物のような攻撃性。
自分の価値を自分が受け取ったメモの数で量る必要があるなどとは感じていなかった。
p.116
私は筆記問題に降参した。
どうしても人は細かいことにこだわり、もし物事が自分の思っているようにならないと世界が壊れてしまうと考えてしまうのだろうか。一度この苦闘から逃れてしまえば、そのことがどうしてあれほど大事だったのか私にはわからなかった。
p.186
シーラのいうとおりだ。あの子は一度も自分を信用していいなんていわなかった。
自分の行動の仕方は確かに適切ではなかった。たが私だって人間なのだ。
〜悟った。私たちが自分以外の人間がどんなふうであるかをほんとうに理解することは決してないのだ。
人間はそれぞれちがうのに、浅はかにも自分は何でも知っていると思いこみ、その真実を受け入れることかできないということも。
p.
シーラはいまでも訂正されるということに過度に敏感で、まちがいをおかすと、むだつりとふくれてしまったり、悲痛な溜め息をもらしたりした。
ちょっと抱いてあげたり励ましてあげれば、またやる気を出した。
ドラマの一コマ一コマを、〜儀式のように繰り返し語ることでシーラの心は安定していくようだった。
おそらく、最悪の状態を見たことで、シーラは安心したのかもしれない。
シーラは自分の問題を言葉で解決することを学んだのだった。
だからもう身体的な接触を必要としないのだ。
p.298
私が急に無関心になったのは、彼女から離れたいという気持ちの表れだと思ってほしくなかったので、私は微笑んでみせた。そしてもっと時間のあるときにゆっくり話し合おうといった。
p.310
情緒障害の子供たちと一緒の仕事をしてきて強く印象づけられたことは、彼らの回復力の強さだ。
一般に広く思われていることに反して、彼らは決してもろくはない。
私たちの多くがあまりにも当然の道具を与えられれば、自分が持っているときにはそのことに気づかないことが多い愛と支持と信頼と自信が与えられれば、彼らはうまく生き抜いていく。