皆川博子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
12世紀。バルト海に浮かぶゴットランド島に住む15歳の少女ヘルガ、ノヴゴロドの貿易商の完全奴隷であるマトヴェイ、リューベックの有力者の妹であるヒルデグントを中心に、交易の新たな時代の夜明け前を描く歴史小説。
てっきり決闘裁判がクライマックスにくるのだと思っていたらそこは前座。ヘルガが海にでてからが本番なのだが、三人称視点とマトヴェイの一人称視点が入り混じることにどういう効果があるのかよくわからなかった。ヘルガはゴットランドの言葉も読み書きできないという設定なので、ヘルガに語らせなかったのには意味はわかるのだけど。
人称問題も含めてヘルガが主人公だとも言い切れない群像劇であると思う。だからこそ要所で挟まれる戯曲形式が効いていて、ここは傍白でそれぞれの思惑が語られるので面白い。決闘裁判の承認をめぐる討論のあたりは「ヴェニスの商人」のオマージュなのかなと思った。ヘルガはめちゃくちゃ戦闘的なポーシャ。
ただ、最後まで読むとプロローグだけで終わってしまった感が強い。ヘルガが女性貿易商として成り上がる冒険小説になるかと思えばそうじゃないし、ならばユーリイとマトヴェイが父を超える教養小説になるかと思えばそうでもなく、ヒルデグントの謀略がゴットランドを凋落させるといった単純な話でもない。読者と一番心理的距離が近いのはマトヴェイだけど、奴隷なので行動できないし観察者としても半端な書かれ方である。
歴史的な記述が続くときにも一本の美学が通っている皆川節を読むだけで楽しいといえばそうなのだけど、地図上に人物を配置して力学的関係を説明し、さぁドラマはこれからだというところで突然何十年も時を飛ばされて置いてきぼりを食らった気分。でもだからタイトルが〈風配図〉なのか。 -
Posted by ブクログ
本書の元版は2002年刊行の『はじめて話すけど…』(フリースタイル)で、文庫のボーナストラックとして北村薫との記事が新たに収録されている。聞き手の小森氏は「短編ミステリの二百年」の編著者であるから、そのご縁での創元推理文庫入りだろうか。
〇各務三郎さん、懐かしいお名前。各務さんもミステリマガジンの編集長をされているのか。田村隆一、生島治郎、都筑道夫、常盤新平など錚々たる人たちが早川書房の草創期に働いていたのだな。
〇皆川博子さん、皆川さんには濃いファンが多いと聞いたことはあるが、残念ながらその著作を一冊も読んでいない。子どものころに読んだ本のことをこんなにも覚えているものなのか。巻末付録の「皆川博子になるための136冊の本」は戦前の本から最近の本まで、日本のものから外国のものまでバラエティに富んでいて、タイトルを見ているだけでも楽しい。
〇三谷幸喜さん、「作戦もの」について熱く語っておられる。理想とする作戦ものの条件を占めつつ、具体的に作品の長短を指摘するのだが、中でも「スパイ大作戦」は名作との評価。これまたほとんどの作品を見たことがないのだが、文章からだけでもその言いたいことは伝わってくる。「古畑任三郎」シリーズのことなど自作品の作劇術のことなどを率直に語っているところも興味深い。
〇法月綸太郎さんはアントニー・バークリーについて語る。世界探偵小説全集で『第二の銃声』の新訳、さらに『ジャンピング・ジェニイ』の刊行などでバークリーの再評価が始まった時期に行われたインタビューだったが、まだその全貌は出ていなかった。『殺意』と『レディに捧げる殺人物語』もキモになる作品なのだが、あまりに昔に読んだきりなのでほとんど記憶に残っていない。このインタビューを読んで、バークリーを再読したくなった。
〇石上三登志さん、お名前は知っていたがその評論を読んだことはないので、このインタビューは興味深かった。自らの好き嫌いの評価軸がはっきりしている方のようなので、名作と言われている作品でもはっきり面白くないと言っているところなど面白かった。
〇松岡和子さん、劇団雲に2年弱在籍していとは知らなかった。主にシェイクスピア戯曲の翻訳について、役者さんの疑問から自分の訳語や訳文、解釈の見直しに至ったことなど、深い話が聞ける。
〇和田誠さん、本業のデザインやイラストのことはもちろん、アメリカ映画やミステリーなどバタくさいものが好きとのこと。
〇北村薫さん、イーディス・ウォートン「ローマ熱」を熱く語る。すぐにも読みたくなった。 -
Posted by ブクログ
まずこれは、如何な時も理不尽に虐げられ踏みにじられ続けてきた、女性たちの闘いの物語である。
そして、聡明かつ慧敏でありながらなも奴隷民という身分のためにその力を揮うことができない、青年の葛藤の物語である。
さらに、バルト海に面する3つの地域を舞台に、それぞれの領民たちがそれぞれの思惑を胸に往き交い、剥き出しの欲望をぶつけ合う群像劇でもある。
つまり、まさしく皆川博子節に他ならない。
ただ常と異なるのは、あれ、まだ話半ばなのにもう紙幅が尽きそうだぞ…大丈夫か…という漠とした不安の通り、ここからという時にぷつりと幕を下ろされたような感があるところ。
かつての氏であれば、ここから世界をさらに拡大し、ダイナミックなクロニクルを紡ぎ上げたはず、と思ってしまう。
とはいえ、実に齢90を超えてなお、これほどの作品を上梓されるという、その一点のみで十二分に驚嘆すべき素晴らしいことなのだけれど。
末永いご活躍を心より祈念する。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ24編の幻想小説集。
特にのめり込んだのは『妖瞳』だった。東京で男色研究をしている主人公が、因果な運命を背負った青年を目の前に、心の内で言葉が止まらないシーン。「内心舌なめずりする」のが文章だけで手に取るように分かって身震いした。主人公との対話によって硬く閉ざされた扉が開かれ、覆い隠された青年の心が再びその柔らかさを取り戻すのが切なく美しかった。
纏足の少女をテーマにした『紅い鞋』や生きたくも死にたくもない女の話『青い扉』も印象的だった。淡々と身の上を語る主人公に共感した。静かだけれどたしかな意思が彼女たちの中に渦巻いている。