杉山春のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ多くの児童虐待事件を取材してきたルポライターが、これまでの取材をもとに虐待や暴力、家族、社会のかかわりなど考察。以下、備忘。
・虐待する親も、人並み以上に「良い子育て」をしようと努力した時期がある。
・自らは子ども時代に虐待を受け、あるいは親の精神疾患などで結果的にネグレクトを受け、子育てモデルを持たない。
・困難に直面したとき、人は公的支援を含め環境調整をして乗り越えようとするが、子ども時代から暴力を受け、誰にも助けられず育つと、大人になってからも他者に頼ることができず、我慢、逃避、暴力に。
・将来を見通して行動する力が弱い。
・「満州女塾」の言及も。満州開拓民の花嫁として送られたが、戦局悪化で男性は兵として南下、残された女子供がロシア、中国の暴力と性暴力の標的に。帰国後、国家による堕胎。衝撃。
・川崎の中一殺害主犯は母がフィリピン人。フィリピン女性へのDVと子どもへの教育不足が社会的不適合を生む。(今後の在留資格緩和政策は家族への教育支援充実必要)
・人と関われない不幸を「虐待」と名付けてバッシングするだけではだめ。(滝川一廣医師)
・「新しい社会的養護ビジョン」。親への支援、カウンセリング。 -
Posted by ブクログ
【遅ればせながら読みました】
虐待をした親、とされた方々に「生真面目さ」がある、というところには強く共感しました。自分の仕事を振り返るいい機会になりました。
「新しい社会的養育のビジョン」について解説されていました。里親委託の件が波紋を広げているところです。たしかに里親さんもいろいろで、私も病院時代に里親さんの虐待事案に複数接し、通告してきました。それもこれも成功の鍵を握るのは「自治体の正規の職員として、専門職を置けるかどうかが重要だと思います」とあります。全くその通りで、ソーシャルワーカーがきちんと専門職として正規に採用され、きちんと能力を高めつつその力を発揮できる環境が整えば「新ビジョン」なんてそんな難しいことでもない、と感じています。
どの事案にも丁寧に情報を集められ、それを紡いでいった本書は、子ども家庭相談に携わる者として必読だと感じました。 -
Posted by ブクログ
名古屋市郊外で3歳の女の子がダンボールに入れられたまま、ほとんど食事も与えられず餓死した。
ネグレクト(育児放棄)の典型的な事例が数多くみられるこの事件を3年半に渡って追ったルポルタージュ。
このような事件があると激しいバッシングが起きるが、
誰かを叩いて自分の日頃の憂さ晴らしをするのが目的ではないなら、ちょっと一呼吸して同じ様な事件が起こらない為にはどうすれば良いか考えてみるといい。
バッシングは育児に追いつめられた人が声を挙げにくい社会にしていませんか?
・社会と隔絶され家に篭もりっきりで育児に明け暮れる妻
・家事は女の仕事と考え、仕事やゲームに没頭する夫
・友達のような親子だが、深刻な問題に気づいても踏み込んで解決しない
・子供の発達の遅れが恥ずかしく世間に知られたくないと考える
・支払いを考えずストレスを通販で発散する
・児童相談所などの現場のマンパワー不足
・DVと違い外部からネグレクトと判断する際の難しさ
ネグレクトは特別に自分たちと遠く離れた環境で起きるわけではないのがわかるはず。
三代続けて同じような養育環境でありながら、
家を建てる援助、できた借金を肩代わりする余力、家族が支え合う力が失われていき、悲惨な事件がおきたという点もなるほどなと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本を読むまで、私は虐待する親は単なる卑劣な人間なのだと思っていた。
読みながら母親だけを責めるのはおかしくないか?と思った。
ただただ虐待死させたという点だけを責めるのであれば簡単である。
しかし、この事件が起きたことで、行政だけでなく、周りの一人一人が近しい人に力を貸してあげることが、このような事件を以降招かないために必要なことではないだろうか。
読んでいけば、この母親は最初は子育てを頑張っていた。
身から出た錆とは言えども、専業主婦だった母に子どもを2人押し付け、自分は養育費も払わない、子どもを預かって欲しいと言われても拒否する元夫に対して、なんの糾弾もないのは不思議でしかたがない。
私からすれば、元夫が一切の援助をしなかったために起きたことと言っても過言ではない。
監禁にせよ、置き去りにせよ、元夫や父親が手を差し伸べていれば起きなかったのではないだろうか。
また、マンションで子どもが1日中泣いていて、通報したのが女性一人というのも、中々考えられない出来事である。
しかしながら、私も「よそはよそ。うちはうち」と育てられたし、ご近所トラブルは御免という認識がマンション住民にもあったのだろうと思う。
手当の申請に関しても、周りは簡単に言うけれど、離婚して子供二人を育てながら役所に言ってあれこれ書かされる。
収入がないことに関しても証明書を出せと。
そこに気力もいるし、理解力もいる。
いろんなことが重なっている中で、母親が優先順位を間違うのは当然のこと。
気持ちの整理もつかず、仕事はなく、途方に暮れるのは当然ではないだろうか。
張り詰めた糸が切れた結果、二児置き去り事件が起きた。
母親の行動には常識的には理解できないものも多くある。
しかし、自分が追い詰められたとき、果たしてこの母親と同じことをしないと言い切れるだろうか?
思いとどまれるだけの知識や教養、家族関係がある人なら別だが、この母親と同じ知識と教養、家族関係であっても「私はそんなことしない」と断言できる人はどれほどいるだろうか。 -
Posted by ブクログ
当時5歳の男の子を置き去りにして餓死させた、ネグレクトの事件。冒頭に出てきた報道の文章は記憶していた。そんなことがありうるのか、と胸が傷み、父親に対して強く憤ったことも覚えている。その報道がウソ、とはいわないまでも、事実はいくぶん違っていたのではないか、といわれると「え?」となる。父親には知的な障害があり、系列だてた証言ができなかったことによる誤解だったというのだ。生きたまま閉じ込められたというのも、果たして事実だったのか。男の子が亡くなった後、父親はしばらくいっしょに過ごしていたという証言もあるという。う~ん、なんとも考えさせられる。IQ69で、運転免許をとり運送の仕事ができるのかなぁ、という疑問はあるものの、数値では計り知れない部分があることも知っている。
虐待と一口にいっても、それをした親をただ悪いと責めて終わるものではない。そういう面について、深く考えさせてくれる本だったと思う。
5歳の男の子が、飢えながら閉じ込められて寂しく亡くなった、そういう事例ではなかっただけでも、少し気持ちが軽くなった気がする。軽くなってもいけないのかもしれないけど。 -
Posted by ブクログ
知的な水準が障害かそうでないかのボーダーライン上にあると思われる親たちは、その意図はなくても、支援を求められないため、結果的に子供を虐待してしまう。他方、こういう人たちは、職場では遅刻もなく高い評価を得ている。コツコツ積み重ねていくことは得意なのに、抽象的な思考や見通しを持つことに難があり、時系列で説明するのも苦手。普通の大人なら人に助けを求めるのに社会にSOSを出せず孤立感を抱えている。昔であれば地域や社会がそんな人たちの面倒をみてきた。
精神遅滞と呼ばれる人たちは生物学上では2%程度と言われる。日本には270万人いる計算になるが、障害者手帳を取得している人は全国に74万人。
社会の中で孤立するのは力の乏しい親たち。こういう人たちには必要な情報も行き届かない。役所は基本的には申請主義。激増する児童虐待の中にあって、そのあり方が問われている。