無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
過去の虐待事件の裁判傍聴や加害者への接見を通して筆者が得た情報を元に、虐待の背景にあるものは何だったのかが考察されている。普段見聞きするニュースではここまで深い情報を知ることができないため、とても勉強になった。
親になって改めて思うが、子育ては周りの助けがなければ絶対にできない。誰からも何の助けも受けず、親だけで育てることは不可能だ。それでも現代では「子育ては親の責任である」とい考え方が根強い。(確かに子どもは親のことをよく見ているなと感じることも多々あるし、子は親の鏡という言葉も間違ってはいないと思う。)
一方で、自身が自立できていない親、子どもをコントロールすることで自分自身を保つ親、自身も被虐待者で暴力以外での育て方がわからない親、等も一定数存在していて、「子育ては親の責任である」論で言うと、そのような親から生まれた子は運命を受け入れかろうじて生き延びるか死を待つかのどちらかになってしまう。
中には、虐待やネグレクトを受けても自身の力で立派な大人になる子もいる。もちろん個人の能力も関係あるとは思うが、そのような子たちは大抵、人生のどこかで恩師や恩人に出会っている。「人生に希望を見いだせる何か」があるというのはとても重要で、人生のどこかでそのような希望に触れられるかどうかが、子どもの成長においてとても重要なことだと思う。
「どの親から生まれたとしても子どもが社会に希望を見いだせる」そんな社会であってほしいし、そのために自分自身には何ができるのか(たとえ微力だとしても)、改めて考えるきっかけとなった。
Posted by ブクログ
子供を思い通りにできると思う「所有感」
裏を返せば思い通りにならないと苛立つ。
ハッとさせられます。
娘にも息子にも所有感は感じます。
でも強さが違うような気がする。
娘は早くに自立したので同じフォローでも息子のフォローとは違うように思います。
同じ塾の送り迎えでも娘の場合は主体が娘。
頼まれてから動きます。
しかし息子の場合は頼まれるより先に自分で動いてるような感じです。
虐待する親もそんな感じなんでしょうね。
親にもハンデがあれば余裕がなくなって。
例えば
子供時代に発見されなかった障害があったり
虐待があったり
シングルやったり
けっこう子供に暴力が向かうリスクは身近なところにあるんですよね。
僕が司法試験受験しようと思ったのは福祉の限界を感じて法律の知識をそんな家庭に届けたいと思ったから
法曹を断念してからは今の僕にできる範囲でがんばろと思ってます。
Posted by ブクログ
児童虐待がテーマというと、ひどい親といたいけな子どもという構図で見てしまうことが多いが、この本は親の境遇に焦点を当てた本といえようか。
冒頭に出てくる、閉め切ったアパートで命を終えた高橋優紀くんとその父・高橋健一親子の事例が象徴的だった。健一は知的能力が一般水準にやや達しないが、障害者の枠外で生きてきた。そんな健一の妻が家を出たことで優紀君との二人暮らしになり、最終的には優紀くんは家の中で亡くなった状態で発見される。確かに健一が恋人のもとに入り浸るといったこともあったようだし、健一が男手ひとつの育児を周囲に見せようとしなかったためもあるだろうが、二審まで経て結局は虐待親として罪を償うことになった。しかし、健一自身は虐待をしたという認識はなく、だからこそ優紀君の死も事故のような突然死のようなとらえ方をしていた。
「虐待対応の現場で話を聞けば、知的な力が障害か障害でないかのボーダーライン上にあると思われる親たちがその意図はなくても、支援を求められずに、結果的に子ども虐待してしまう例は頻発している。社会の中で孤立するのは、力の乏しい親たちだ。」(p.41)といったあたりを読むと、ついついあまのじゃくな性格ということもあって、自分の認識しない罪を課せられたという点で健一が気の毒になってしまった。健一(親)を責めたり罪を問うのは簡単だけど親の責ばかりに帰して自分たちが罪を逃れているような気がしてならない。読めば読むほど国や自治体、社会の支援の不足が優紀君の死を招いた面もあろうと思う。
また、著者が子をもちながら風俗店で働く女性たちにインタビューしたところ、多くが公的な支援につながることを望まず、あるいは考えもせず、自分が何とか稼ぐことで子どもの教育費や生活費に当てようとしているとのこと。結局、対象となるべき人たちに福祉の手が届いていない。ミスマッチというかアンマッチ、マッチレスな現状といえる。
いまは支援がほしけりゃ自ら声を挙げなければいけないことになっているけど、そのようなアプローチだから本当に支援が必要な人たちにつながらないことが多々あることだろう。まさに、社会は家族に負わなくていい、本来なら社会に分かたれるべき責任を強いてきたということ。
Posted by ブクログ
タイトル通り、虐待に詳しいルポライター杉山春の考察がまとめられた本書。子どもを死なせてしまった親の実像から社会のあり方まで様々な考察が収録されている。先日読み終わった森達也著『U』と同じテーマが含まれている偶然に驚いた。
あるシングルファザーはアパートに子どもを閉じ込めて働いていた。その末に死なせてしまうが、その後7年間家賃を払い続けていた。彼には知的障害があった。IQ69は境界知能より低いが、仕事はこなしていた。それを根拠に「子どもの死を予想できたはず」として長い懲役刑の判決が下った。
そこにはマスコミと裁判員制度の問題が絡んでいる。マスコミが虐待に対する市民感情を煽る。虐待死させた親は「鬼畜」(石井光太著『「鬼畜」の家』)とされる。それを背景に、虐待に対する厳罰化が進んでいる。それを加速させているのが裁判員制度だ。裁判員にはレッテルを貼った説明が分かりやすい。「残酷な親」というレッテルが裁判員の感情を揺さぶる。
虐待は親子という最小単位の問題だが、家族の問題でもある。そしてそれは、地域の問題であり社会の問題でもある。ゆえに、本書は様々な話題に展開していく。大変勉強になる良書であった。
Posted by ブクログ
ルポ虐待を読んでからすぐ拝読。
苦しい話だが、ただただ感情的な個人の悲しい 目を背けたい事件 で終わらせず、背景や物語を丁寧に伝えてくれる。
いま、自分が生きるために食事の準備をしたり栄養を考えたり運動したり、誰かと一緒にいきようとしたり、ペットのお世話をしたり、保育士になったり。それらは"普通のレール"かもしれない。けどそのこちら側の普通は、向こうにとっての"知らなかった生活"な場合もあるのだと。そうした若者が、小さい時にアタッチメントのなかった子どもが歳を重ね性に出会い親になっていく。
社会の仕組みや戦争時代のレポートを含めた聴取や、何より孤児を出さないことが虐待防止になると知った。フィリピンの在留孤児についても学びになった。
Posted by ブクログ
厚木男児遺体放置事件、大阪2児ネグレクド事件などの児童虐待事件について、丁寧に取材され、その上で考察されているので事件を深く理解するきっかけとなった。
満州女塾の話は初めて知り、とても衝撃的だったが、現代の孤立する家族に似ている。
この本で一番の衝撃は、大阪2児ネグレクド事件の母が語った「子どもが嫌になったのではなく、子どもの周りに誰もいないのを見たくなくなったから。」。実際、下の子の1歳の誕生日に誰からも連絡なく、翌日から外泊が始まってる。誕生日前には元旦那に一緒に過ごすことを提案しても断られていて、ギリギリまで母として頑張っていたことを知ると、必ずしもこの母だけが悪いのではなく、育った環境、元旦那との関係なども影響している。懲役30年は妥当なのか、、やはり母に子育てが押し付けられていると感じざるを得なくなる。
虐待親を攻めるだけでは何も変わらない。タイトルの通り、国家が家族に強いていることを念頭に置いた上で、私たちが出来ることを考えていかなければならない。
また読みたい。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
ビジネス・実用
試し読み
小説・文芸
ビジネス・実用