松本創のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ面白い内容でした、書き手が6人に分かれて、それぞれ興味のある、伊東市と田久保市長の当選の背景から、次に参政党とは何であるのか、3章では、地方で強固な地盤を築いた維新について、4章では立花孝志を中心にSNS選挙の負の側面を強調しながら、立花孝志が参考にした3章と関連の深い一人の政治家の名前を挙げて、立花孝志の選挙ハックを問題視し、5章では安芸高田市など地方の選挙と自治の解説があり、6章で本書の命題の締めくくりがされています。この章ごとに内容が違うのに、SNS選挙という一つのテーマを追うことで、読み物として連続した物語になっている点が本書の大きな魅力です。
だからこそ、地方の政治に思うことがあり、特に兵庫について吐き出したい感情があるので、勢い文章を続けます。
ここから、兵庫問題について、語りたくなった内容をつらつら書きます、関連していても本書そのものから少し遠く、私の記憶の整理のための文章になるのでネタバレにチェックを入れておきます
まず6章では、判明分として死者を2名とされていましたが、これには不満があります。
おそらく、告発をしたのちに亡くなれた元西播磨県民局長と、立花孝志の誹謗中傷の的となり、故人への名誉棄損で逮捕される事件の被害者である元県議の竹内英明さんを死者数2で数えているのでしょうが、もう少し多く感じています
元西播磨県民局長の告発文書は、多くの事項を述べた内容ですが、いの一番目は、斎藤知事が五百旗頭真理さんを急な解任の通告で死に追い詰めたという内容で始まり、文書の中で人事のルールを斎藤知事が乱していることを問題視しています、正当な告発として考えるなら、死者に算入されても良いものとは思いました
また、優勝パレードを担当した職員も亡くなっているので、これも兵庫問題として死者数に加えても良いものと思います。
それで、言いたいのが、こういう指摘をしたくなる私みたいな人が、別の側の主張を聞かずに言いたいことを言いに来るのが、地方政治をより混乱させているだろう、という点です。
いい人材は東京に行くじゃないですか、稼げるから、地方に収まるってことは、縁故が個人の能力より大きな利益をもたらすか、そもそも能力がないか、本当に地元が最高か、になってしまうじゃないですか、それを東京の基準で、つらつら問題点を挙げて限界だとか言い切られると、弱るしかできないじゃないですか、実際に対応とか出来ないし、改善しようもない乏しさと縁故でハマった既定路線の中にいるんだから、変えようはないですよ。
だから、記事として面白くなるからって、起きた出来事を物語として感情に訴える形に仕立てた内容から語る視点から離れて、
当たり前のことだけ挙げて、考えなおす必要があるわけです。
五百旗頭真理さんは享年80歳です、その急死に何の不思議があって、誰かのせいにできますでしょうか
竹内元県議は、慕っていた御母堂と死別してから、お亡くなりになりました 母親の死の三か月ほどのちに、竹内英明さんはお亡くなりになりました、心痛のほど甚だしいことだと思います。
死を誰かの責任にしたくなる気持ちは分かりますし、その背後に陰謀や加害者の影を感じて怒りを抱く気持ちも分かります
理論が予感させてくれる万物を分解して理解できる全能感は心強いです、物語が想起させてくれる新しい視点の解釈は、より強い感情で、事件への関心を高め、起こった問題の重要性を高く感じさせてくれるでしょう。
ただ、それらは賢い人たちが味付けした演出された姿であって、まずは、起きた出来事の要素を一つずつ拾う必要があると思います。
ながながと、関連のうすい文章を続けましたが、つらつら書いた内容は置いておいて、
この本は良い本で、面白かったですよ。 -
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ネタバレ最近、脱線事故現場の近くにたまたま行ったことで、祈りの杜にも伺った(本来は、目的を持って伺うべきだったと反省している。)
資料館の情報を見て、自分の前情報をも元に、日勤教育を良しとしていたこと、大組織の怖さみたいなものを再認識していた。その後もいろいろネットで事故のニュースを読んでいたりしたが、少し体系的に事故のことを知りたいと思って読んだのがこの書である。
事故というものを、これまでは、日勤教育とそんな文化を良しとしていた組織が悪いと思っていたが、全く違う視点を持てた。
淺野氏という方の被害者意識を置いて、事故を社会化するという視点。大企業相手に対話の糸口を、自分の言葉で話せる人を探していたということ。
そして、被害者側だけからではなく、JR内部、井手氏のインタビューや、淺野の何が企業の人に呼応し融解したかがわかること。
これが本で残ることの意味合いがすごく大きい。
自分が毎日乗る電車の前提、背景を思い計り、自分も安全にということをもっと関心を持たねばと思ったり、組織に属することで同じように責任回避や本質が見えなくならないかに意識が向くようになった。
多くの人に読んでほしい一冊。
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松本創編著. 2024. 大阪・関西万博「失敗」の本質. 筑摩書房 / ちくま新書 (1808).
- 結果的には万博行った後に読み切ったことになる。行った直後に交通機能麻痺の事件が起きて(2025-08-13)、不謹慎ながら維新および万博協会が無策すぎて笑ってしまった。
- 色々な問題点が語られているが、特に
(1) CFOが2024年まで割り当てられておらず、割り当てられたときにはもう予算の大半が肥大仕切った後だった
(2) 電通の非協力は東京五輪汚職事件が直接のきっかけではあるものの、電通が自民党以外の政党および大阪府・大阪市に対して相対的に冷淡であり、謹慎期間が解けた後も万博に非協力的だった
(3) 松本人志スキャンダル直後から吉本が公的事業への進出に完全に及び腰になった
(4) 司令塔の役目を果たすべき人物がおらず、その役目を果たすべきだった石毛博行事務総長が極めて無能だった
などの指摘が興味深かった。
(1) … 同書 pp. 149–151
(2) … 同書 pp. 112–126
(3) … 同書 pp. 138–146
(4) … 同書 pp. 146–149
この4つの指摘部分は全部3章(西岡研介による)に入っている。他の部分が面白くない・重要でないわけではないのだが、気になっていた「こういう感じだろう」に対して「実はそうでもない」部分と「もっとひどい」部分が特に多かったのがこの民間企業の関わりの部分だったので、特に印象付けられた。
とても良い本だったので★5としたが、個人的には「では大阪関西万博にとっての失敗の“本質”とは結局どれが要因として一番大きいのか」については適切に回答できているか、よくわからなかった点は気になった。もちろん、情けないレベルの欠陥が大小無数にあることはよくわかったのだけれど。
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以下余談:
ところで、2027年には自民党およびその盟友たる電通肝煎りの「横浜花博」(2027年国際園芸博覧会;神奈川県横浜市・旧上瀬谷通信施設跡地にて開催)があるらしく、それを大阪関西万博2025より盛り上げていこうという動きすらあるらしい。しかしこの座組は結局東京五輪2020(からの2021)のやり方と同じなわけで、ある意味で出力としては統率力が弱くてぐだぐだに終わりそうな大阪・関西万博2025の方が、結果的に現場の direction の自由度が高くて良い面もあるのかもしれない。東京五輪の開会式直前のごたごたみたいなことが来年から再来年にかけて聞こえてこないか、今から気になるところだ。 -
Posted by ブクログ
ネットニュースを見てがっかりすることが多い。見出しの印象と内容とに齟齬があるような、それも意図的にしているのが透けて見える。「誰のためにニュースがあるのか」(110頁)。
被害者報道については(第5章)、知る自由・表現の自由・取材の自由と、被害者・遺族のプライバシーが衝突し、それらの対抗する利益をどのように調整するのかと問題が整理される。しかし、取材の場で起きていることは、衝突などではなく完全なすれ違いである(188頁参照)。自らを公共の利益に「奉仕する」者として正当化しておいて、自社の経済的利益を優先させ、記者の昇進を優先させることは背理である。そのような矢印の方向のずれがジャーナリズムに不信感をもたらしている。
地球温暖化の影響がまず最初に貧困地域に圧力を与えるのと同じように、中心で起こっている問題のしわ寄せが来るのは周辺領域であるという構造があるようだ。それゆえ、地方をわがごととして直視している地方メディアは、中央に逆襲しうる存在となる。地方メディアが発信するのはローカルニュースなどではなく、日本全体の問題の核心であるかもしれない。
記者自身の昇進のため、pv数を稼ぐためのニュースは百害あって一利なしである。ドラマチックなスキャンダルなんかより、世の中にあるのは退屈な、凡庸な悪であること(250頁)は、ニュースを受け取る私にとっても、肝に銘じておくべきだと考えた。 -
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2005年に起きた福知山線脱線事故。
脱線してマンションに列車が突っ込み、見るも無惨な様子で横たわる様子を今でも覚えている人は多いと思う。
この事故で100名以上の命が失われたわけだが、そのある遺族が遺族という枠を超えて、JR西日本と一緒になって本気の組織改革を成し遂げる様子が描かれている本である。
この事故はたただのヒューマンエラーではない…以下の4つの要因が複雑に絡まり合って起こってしまった、偶然ではなく必然的に起こった事故だと訴えている。
① 高速化を追求しすぎたが故の無理なダイヤ編成
② 非常ブレーキ蔵置(ATS-P)の設置遅れ
③ 安全管理体制
④ 日勤教育(過度な罰を与える不適切な社員教育)
この4つの問題も最終的に根っこは同じところに行き着くわけだが、それが旧国鉄時代に培われてしまった隠蔽体質である。この組織風土が一番の問題だった。
自分も比較的大きな会社に勤めているので、組織風土が簡単に変わるものだということは良くわかっている。これを事故の遺族とともに変えていく姿、取り組みというものは非常に心打たれるものがあった。
今でこそ、不適切な社員教育やヒューマンエラーを責め立てるような犯人探し、吊し上げ的なことをする会社は少なくなってきていると思うが、このJR西日本の事故後の歩みがその一翼を担っていることは間違いないだろう。
失敗することを攻めるのではなく、失敗することを前提にしてシステムや環境、ルールを整備していくことの大切さを改めて感じた。
組織に属する人間であれば、読んで損はない本だと思う。非常に勉強になった。 -
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新聞やテレビ、大手メディアがネットに押される今こそ地方メディアの時代なのかもしれない。今後のジャーナリズムのあり方を示した良著。
こたつ記事や記者クラブでない、長期間にわたり丹念に取材を重ねる調査報道。地方紙、地方テレビ局だからこそ行える報道が実際にある。
すっかりサラリーマン、官僚化した感のある大手メディアに比べ気骨のある人物がまだまだ地方には多く存在する。
筆者の言う地方メディアの強み。
1.現場があること
2.時間軸が長い
3.当事者性を帯びている
イージスアショア計画をつぶした秋田魁新報、ネットの中傷やフェイクに対するファクトチェック報道の琉球新報、ドキュメンタリー番組の制作を続ける毎日放送、ゲーム条例や高知白バイ報道に疑問を投げかけた瀬戸内放送、京アニ事件で実名報道と遺族への過剰な取材に問題提起した京都新聞、自らが取材対象となったドキュメンタリーを放送し議論を呼んだ東海テレビ放送。いずれもジャーナリストとしての矜恃には深く感動。
実際の事案を紹介し、地方メディアの大きな可能性を示した良著。 -
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事故で大切な人を失った遺族について生々しい現実を教えてくれた。読んでいて本当に胸がつまる思いだった。同時に当時のJR西日本という企業に対しての不信感も込み上げてくる。
不幸にも遺族となった浅野氏の懸命な行動が凝り固まった官僚主義の企業に変化をもたらした。自身も辛い中にあっても「遺族の責務」といい、ここまでの事をやってのけた。
安全と利益追求のバランス。鉄道会社には強く求められること。安全なしでは鉄道を走らせる資格はないが、安全に投資するためには稼がなくてはならない。そのバランスを崩すと事故が起こる。安全が最も重要なことは当たり前なのだが経営者にとってこの両立は難しい事なのだろうと思う。
しかし、安全に対する意識を磨くことは金がなくても出来る。本書で語られた元トップ井出氏の安全に対する考えは、現在の鉄道業界では非常識である。ヒューマンエラーは起こるものという前提に立たなければ事故は決して減らない。その前提がなければ人がミスしないでやれば良いの一言で片付いてしまう。だとするとヒューマンエラーをバックアップするハードメンの投資も行われるはずもない。
鉄道マンは決められたことを正確に行うことを常に求められている。一方それを逸脱する事を躊躇してしまう。しかし、異常を感じた時、安全に対して不安に思った時、勇気を出してそれができるか。それができる鉄道マンであって欲しい。 -
Posted by ブクログ
大変不勉強なんですが、福知山線脱線事故というと「日勤教育」と井出天皇のイメージしかなく、その後に遺族とJR西にこんな事実があったことを全く知りませんでした。
本書は遺族の一人、浅野弥三一にスポットを当て、彼の視点での事故顛末を追っている。科学技術の使命、遺族の責務、問題の社会化視点、確率論の異議(ファクトを読み解く視点)、安全と経営の両立、という凡そ遺族とは思えない冷静な立場で巨大組織に挑む姿は神々しささえ感じました。特にそんなもの無いだろうと思われる「遺族の責務」に固執し続ける姿勢には心打たれるものがあります。
主人公に負けず劣らず、筆者の展開力・構成力・筆力も感嘆ものです。ノンフィクションの素晴らしさを堪能できます。
元神戸新聞記者は素晴らしいノンフィクション作家を誕生させる孵卵器のようですね。