無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
ネットニュースを見てがっかりすることが多い。見出しの印象と内容とに齟齬があるような、それも意図的にしているのが透けて見える。「誰のためにニュースがあるのか」(110頁)。
被害者報道については(第5章)、知る自由・表現の自由・取材の自由と、被害者・遺族のプライバシーが衝突し、それらの対抗する利益をどのように調整するのかと問題が整理される。しかし、取材の場で起きていることは、衝突などではなく完全なすれ違いである(188頁参照)。自らを公共の利益に「奉仕する」者として正当化しておいて、自社の経済的利益を優先させ、記者の昇進を優先させることは背理である。そのような矢印の方向のずれがジャーナリズムに不信感をもたらしている。
地球温暖化の影響がまず最初に貧困地域に圧力を与えるのと同じように、中心で起こっている問題のしわ寄せが来るのは周辺領域であるという構造があるようだ。それゆえ、地方をわがごととして直視している地方メディアは、中央に逆襲しうる存在となる。地方メディアが発信するのはローカルニュースなどではなく、日本全体の問題の核心であるかもしれない。
記者自身の昇進のため、pv数を稼ぐためのニュースは百害あって一利なしである。ドラマチックなスキャンダルなんかより、世の中にあるのは退屈な、凡庸な悪であること(250頁)は、ニュースを受け取る私にとっても、肝に銘じておくべきだと考えた。
Posted by ブクログ
新聞やテレビ、大手メディアがネットに押される今こそ地方メディアの時代なのかもしれない。今後のジャーナリズムのあり方を示した良著。
こたつ記事や記者クラブでない、長期間にわたり丹念に取材を重ねる調査報道。地方紙、地方テレビ局だからこそ行える報道が実際にある。
すっかりサラリーマン、官僚化した感のある大手メディアに比べ気骨のある人物がまだまだ地方には多く存在する。
筆者の言う地方メディアの強み。
1.現場があること
2.時間軸が長い
3.当事者性を帯びている
イージスアショア計画をつぶした秋田魁新報、ネットの中傷やフェイクに対するファクトチェック報道の琉球新報、ドキュメンタリー番組の制作を続ける毎日放送、ゲーム条例や高知白バイ報道に疑問を投げかけた瀬戸内放送、京アニ事件で実名報道と遺族への過剰な取材に問題提起した京都新聞、自らが取材対象となったドキュメンタリーを放送し議論を呼んだ東海テレビ放送。いずれもジャーナリストとしての矜恃には深く感動。
実際の事案を紹介し、地方メディアの大きな可能性を示した良著。
Posted by ブクログ
地方の新聞社・テレビ局によって、ここ数年で話題性のあった地方発の報道、ドキュメンタリーの担当者を取り上げたルポルタージュ。東京にいると全国紙やキー局が報道の中心と思い込んでしまいがちだが、地方にこそジャーナリズムの真髄と魂が気を吐いているということが伝わってきた。大手マスコミの地方支社の記者たちが中央に戻るための腰掛けになっていることや、特ダネを掴むためにセンセーショナルな仕掛合戦になっている背景もあり、地方メディアによる地域に目を向け耳を傾ける姿勢、凡事徹底で入念にファクトチェックを重ねることで大手メディアに"逆襲"し得るのだという筆者の想いを感じた。
Posted by ブクログ
「ニュース砂漠」という言葉をきいたことがあります。アメリカの全3143郡のうち、新聞がないか、週刊の新聞が1紙しかない地域が半分を超えたという現象のことです。それはジャーナリズムという草の根の生えないニュースの砂漠地帯。日本はまだまだ地方紙が頑張っているのでしょうが、デジタルメディアの成長で、経営が厳しくなっているのは事実。アメリカと同じ道を歩んでいるかもしれません。そんな中、地方紙、地方局の踏ん張りのアンソロジーがこの新書です。本書にも登場する秋田魁新聞のイージスアショア計画についてのスクープは、新聞協会賞も受賞しましたし、NHKの番組にもなってました。「地方紙は死ねない」とのタイトルでした。「死なない」ではなく「死ねない」というところに地方メディアのギリギリ感を感じてしまいました。だからこそ,この本とかNHKの番組化とかで、ニュースが地産地消だけでなく、全国という市場で価値を持つビジネスモデルが必要になってくるのだと思います。どんなに大義があっても、消えていくのはJRの路線で経験済みです。本書の題名にある「地方メディアの逆襲」の「逆襲」が本当になるのは、グーグルニュースショーケースだよりじゃ、ないはず。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
小説・文芸