四方田犬彦の作品一覧
「四方田犬彦」の「犬たちの肖像」「いまだ人生を語らず」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
2010年刊。四方田犬彦、57歳。書名から、彼の自分史シリーズの一冊だと思っていたが、そうではなかった。
場所はノルウェー、集中講義でやってきた雪のオスロ。山小屋風の宿舎にこもるところから始まる。自著は100冊を超えた。ここで一区切り、ひとつ、あることを試みてみよう。傍らになにもないなかで(本や日記や記録に頼らずに)、思索をする。どこまでやれるかやってみよう。
全部で17章。「職業と労働」「私はなぜ旅に出るか」「憎悪と軽蔑について」「功名心について」「世代について」「言語の修得について」「死について」……最初は無謀にも見えたのに、最後まで読まされてしまう。その筆力の冴え、その思索力たるや、さすが。
四方田が「プロローグ」にもってきているのは、グレン・グールドのエピソード。22歳でバッハの「ゴルトベルク変奏曲」を演奏・録音するグールド、そして49歳で同じ曲を演奏・録音するグールド。その対比。17章を一気に読ませてしまうのには、この呼び水も効いている。
(p.s. あれっ、このスタイル、モンテーニュのエセーではないか。モンテーニュも、中年になって、自分の城の塔にこもって、あの作品(その名も、Essais、試み)を書いたのだった。)
Posted by ブクログ
2015年刊。初出は「すばる」(2013年6月号~15年1月号連載)。
犬彦だもの、書かれるべくして書かれた。全部で18章。古今東西、文学や映画や漫画のなかのイヌ、重厚なイヌ談義。
よく練られている。各章、対比的な構成もみごと。たとえば、「二人の動物物語作家(シートンvs.ロンドン)」、「孤独の友だち(ブニュエルvs.セリーヌ)」、「東西名犬対決(タンタンvs.のらくろ)」、「犬を人間にできるか(ステープルドンvs.ブルガーコフ)」、「犬は人なり(谷崎潤一郎vs.川端康成)」、「愛犬と闘犬(江藤淳vs.川上宗薫)」といった具合。
ただし、エッセーとしての難易度はマックスに近い。漫画の「東西名犬対決」の章が一見読みやすそうだが、タンタンとのらくろ、それぞれの出自、作者の生涯、そして軍隊や植民地主義の話題へと展開を見せる(もちろん、タンタンはその相棒犬ミルーのこと)。犬好き&文学好きでないと、全章を読み通すのはかなりのハードワークかも。
Posted by ブクログ
2024年刊。『ハイスクール1968』の四方田少年もいまや古稀。これまでに付き合いのあった魅力的な女性たち、26人をめぐる回想。書名にもある通り、みな「神聖なる」女友だち。
映画つながり、韓国つながり、漫画つながり、駒場つながり、どの女性も最初の出会いからして印象的。淡い思い出も書かれている。
若桑みどり、宮田まり子、川喜多和子。岡田史子、弥永徒史子、山口淑子(李香蘭)、如月小春、矢川澄子……彼女たちへのレクイエムとしても読める。
もっとも印象的だったのは、カズコ・ホーキ(法貴和子)と寮美千子。そのパワフルな生き方。読んでいて、ため息が出る。いまも我が道を邁進中だ。
Posted by ブクログ
黒石の『俺の自叙伝』(岩波文庫)が同時発売。これがないと本書が成り立たない。
大泉黒石(1893-1957)、ロシア人外交官を父にもつハーフ。長崎、モスクワ、パリ、ペトログラードなどで少年期を過ごした。日本に戻った後は、三高や一高に入学するも、すぐに退学。その後ジャーナリストとして活躍。『俺の自叙伝』を出版し、作家として華々しい活躍をみせるが、30代半ば以降は鳴かず飛ばず。旅のエッセイなどを書いて糊口をしのぐ。戦後は進駐軍で通訳の仕事もした。本書は、その奔放で数奇なコスモポリタンの生涯(どこか平野威馬雄を思わせる)に光をあてる。
著者四方田犬彦の師は、黒石に大きな関心を寄せ、その全集刊行に関わった由良君美。が、刊行途中で由良は急逝。本書はその師の衣鉢を継いだものとも言える。もちろん、コスモポリタン的なところのある四方田だからこそ書けた評伝。
ただ、『俺の自叙伝』には、脚色や虚構と思える部分が随所にあり、そこが気になる。たとえば、パリの寄宿舎で会ったドーデのことを書いているが、ドーデはその10年前に亡くなっているので、これはフィクション。だとすると、11歳の時にトルストイに会ったというエピソードもほんとうなのか。パリやロシアでは放蕩な生活を送ったのに、そうした帰国子女が最難関の旧制高校、一高や三高の入試に合格できるものなのか。