松浦理英子の作品一覧
「松浦理英子」の「女性作家が選ぶ太宰治」「奇貨」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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小説・文芸
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Posted by ブクログ
相変わらず設定が絶妙で、書きたいテーマを効果的に表現する巧妙な構造に舌を巻いた。
主人公は趣味でBL小説を書いてきた50代の女性。しばらく執筆から遠のいてきたが、今度は趣向を変えて異性愛ものを書いてみよう、と試みる中での創作ノート兼日記という体裁になっている。同性愛、異性愛、だけでなく、女性に対する眼差し、男性に対する眼差し、性欲、魅力の感じ方など、観察と思索が仔細かつ留保なく書かれていて、普段深く考えず「そんなもんなのかな」と思っていたり、「私だけかな」と思っているほんとにありふれたやり取りについて、あっ、と思わせてくれることが多かった。創作ノートという体裁を取ることで、何か独り言のような文体でニュートラルに疑問や気づきがスッと懐に届く仕掛けになっていて、すごいと思った。
閉経を迎えると女じゃなくなる、という言説の不思議さについては私自身も長年、意味が全然わからない、と思ってきた。実際に周りの女性が言っているのは聞いたことがないけれど、それに近いことをテレビや本でなん度もみたり読んだりしていて、自分には女であるという皆が持っているらしい実感が欠けているのだろうかとぼんやり感じていたこともあったが、本書の中の描写でやっぱそうよな、と思ったし、自分の実感、体感よりも世間一般で言われていることの方が正しいらしいと思ってしまっていた自分に少し憤慨した。
通俗的に言われている「男ってこう」「女ってこう」「恋愛ってこう」というものにぼんやりと流されずに、自分の実感をちゃんと感じながら人との関係を結んでいきたいなと思った。
この感覚は女性や若い女の子が他者からの視線によって描かれる輪郭に無理やりこちらの存在を合わせさせられて生きてきている感受性から自由になれる感じを味わった同じ著者の「最愛の子ども」とも共通している。そちらは読み終わるのが惜しいと思うほど気持ちが揺さぶられたが、今回はどちらかというと知的に面白く読める本だった。
Posted by ブクログ
人を愛せず、犬を愛する女性が自らを「犬化願望」「種同一性障害」と呼び、理想の飼い主である女性を見つけ「あの人の犬になりたい」と願う。人の身では到底辿り着けない深い場所に、犬として、その女性の家族との間にある闇に触れていく話。
ファンタジーな世界観の中に官能的な描写を濁さずに書いていて、肉体を介在しなければ人間は愛情を感じることができないのか? 心と、肉体は、必ずしも一致していなければならないのか? を考えさせられる一冊だった。
動物は無償の愛を与えてくれるとは言うけれど、柔らかな毛並みと、優しい目を向けられるだけで、彼らはその愛で飼い主を守っているのだと思う。
Posted by ブクログ
舞台は私立玉藻学園高等部2年の女子クラス。彼女達は、クラスメイトの日夏、真汐、空穂の3人をパパ、ママ、王子様と模した『わたしたちのファミリー』の推し活をしていた。
人生の経験は不足しているが、知識、自意識は肥大化している彼女達の妄想は、それゆえに現実的な制約を受けずに理想の家族像を紡ぎ出し、『わたしたちのファミリー』に投影・神格化していく。
女子高校生純度が高そうな内容で、読み始めてすぐ「あ、苦手なやつだ」と思ったのだけれど、なぜだか引き込まれてしまった。
居心地が良いのだ。この居心地の良さは、『わたしたち』が物語りを語ると言う画期的なシステムによるものだと思われる。一人の語り部ではなく、皆で共同で一つの幻想を語る。読者である自分もひっそりと席に加わる。あの頃、何が気に入らず、何を求めていたのか。
評価5は付けすぎだと思うけれど、村田紗耶香さんの解説がこれまた素晴らしかったので、解説含みで星5つとしました。
Posted by ブクログ
わけの分からない胸の痛みで涙が出て仕方なかった。
とても巧妙な構成で高校生の女子達の心の中をのぞく。どの子も賢く、好奇心に溢れ、仲間想いで、観察眼が鋭い。
家庭環境、親との関係に痛みをかかえる真汐、日夏、空穂の関係性の変化を”わたしたちのファミリー”として観察(想像、捏造?)する同級生たちの視点から心象が描かれる。
真汐の最初の作文でいきなり引き込まれて、読んでいる間中今も心にある痛みがずっと胸で疼くような感じがした。
真汐に自分は近いと思った。心を鍛えなければ、といい、心に蓋をして懸命に傷つかないように自分を保とうとする姿。
うまく言葉にできないけれど、高校生の女子たちの賢さ、優しさ、仲間の痛みを思う気持ち、色々な姿が発光するようにうつくしく、女子であることへの語り口のフラットで誠実な様に、心を抱きしめられたように感じた。男子と女子の対立、鞠村の示すトキシックな男性性。同級生の幼馴染、磯貝と女子の間にあるフラットな関係性が可能だと示すやり方。空穂の母伊都子の未熟さとその毒、真汐の母の息子と娘への対応の差別。藤巻先生や合唱に参加した教師、美織の両親などが示す大人の有り様の可能性。日夏が示す愛情に、私もそんな風に人に扱って欲しかったんだ、と感じさせるやり方。
社会において、私たちが何に傷つき、どう支えあいたいのかが示されている。
ミソジニーから自由な場所、毒されていない場所、そこでの安堵と安心感をひととき感じられる、そんな読書で、女性同士の連帯、支え合いの可能性を感じられる時間だった。