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4.880年代は『アップダウンクイズ』『クイズタイムショック』など素人参加型のクイズ番組がひしめいていた。そして、誰もがニューヨークに行きたいと憧れた『アメリカ横断ウルトラクイズ』。最強のテレビ観察者・てれびのスキマこと戸部田誠が、ウルトラクイズのなかでも伝説として語られる第13回大会を中心に、当事者たちの証言を基に描く青春群像劇。運動でもなく勉強でもなく、クイズを選んだ青年たちのノンフィクションノベル!
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4.4時は1980年代―― 暴力、犯罪の渦巻く都市・ニューヨーク。警察も頼りにならず、自分の身は自分で守るしかないこの街で、人々に戦い方を教えるジェド・豪士。無敵を誇る彼の正体とは!? 連作短編全10話を収録! ※この作品は1985年~1988年連載当時のカラーを完全再現のうえ、1995年~1996年に刊行された『パイナップルARMY』文庫版全6巻を再編集した、デジタル特別版です。 世界各地の戦場を渡り歩いた最強の元傭兵ジェド・豪士。民間の軍事顧問機関「CMA」に所属する彼は、実践で学んだ知識を活かし依頼者にサバイバル法を教える、戦闘インストラクター。彼の元を続々訪れる、犯罪組織に狙われる者や仇討ちを志願する者たち。自らは手を下さないことを信条とする豪士だが、生き延びる術をレクチャーするうち、人々と関わっていく。争いの虚しさを知りながらも戦場でしか生きられない男の姿を描いた、累計725万部のミリタリーアクション・ヒューマンドラマ!
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3.5中国解放運動の中心メンバーで、現在ニューヨークに亡命中の陳破空氏の日本初の著書。陳氏自身の半生を振り返り、陳破空とはどんな人物かの紹介から始まり、中国共産党の内情やこれからの中国について鋭く斬り込む。本書の前半は陳氏幼少期、文化大革命時の凄惨な体験から始まる。民主化運動に身を投じた1980年代後半から天安門事件の舞台裏、そして逮捕・投獄から、亡命に至る激動の時代が描かれている。亡命を勧めた公安の話など、日本ではあまり語られなかった天安門事件後の民主化運動活動家を巡る中国当局の動きなどは非常に興味深い。後半は陳氏が欺瞞に満ちた中国共産党の内情に鋭く斬り込む。尖閣諸島を巡る問題は実は、習近平と薄熙来の権力闘争と軍部掌握、毛沢東左派が複雑に絡んだものであるという指摘はこれまでの日本のメディアでは報道されなかった事実である。特に習近平と薄熙来の親子二代にわたる政争についての記述は内情に精通した陳氏だから書けたものである。さらに本書では腐敗する人民解放軍の呆れた実態を暴露。ソマリアの海賊に負けて帰ってきた海軍や入隊するのにも賄賂が必要な解放軍の実態に迫っている。
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-手術なんてイヤ! なんとかなんないのー? 子宮筋腫とむきあってるうちに、以前より体調も良く、そしてハッピーになっちゃった! まだ子供を産んでいないのに、子宮筋腫を宣告された著者が様々な病院を渡り歩き、漢方や食餌療法など、あらゆる方法をトライ。 健康ってなに? 病気ってなに? そして幸せとは? すべての筋腫持ちの女性に捧げる愛のメッセージ。 手術ギライの著者があの手この手に挑戦! 子宮筋腫との共存を模索する様子を赤裸々に綴った、笑いあり、涙ありのエッセイです。 第1章 筋腫治療ファーストステージ 第2章 筋腫治療セカンドステージ 第3章 筋腫治療サードステージ 第4章 筋腫治療ファイナルステージ ●横森理香(よこもり・りか) 作家、エッセイスト。1963年5月19日山梨県生まれ。母は国語教師、父は美術教師。高校一年までを山梨県で過ごす。父の死後、母親の転勤にともない、高校二年からで東京三鷹・明星学園高等部に編入。多摩美術大学グラフィックデザイン科映像デザインコースに進む。在学中は、ビデオアートとインスタレーション、ビデオドラマ作り、ドラマの台本、映画評執筆などに熱中する。卒業後、映画評、美術・トレンドのコラムから執筆活動を開始。その後ニューヨークに2年滞在し、NYのカルチャー情報を日本の雑誌に寄稿する傍ら、小説を書き始める。帰国後は、女性誌『クレア』の突撃ルポライターとして、数多くの体験記事を手がけ話題になる。29歳の時に『ニューヨーク・ナイト・トリップ』で作家デビュー。1980年代東京を舞台にした『ぼぎちんバブル純愛物語』は、現代日本人の経済と愛、女性の自立をリアルに描いた小説として話題になり、文化庁の現代日本文学の翻訳・普及事業の、JLPPに選ばれ、『TOKYO TANGO』というタイトルで翻訳された。現在イギリス、アメリカで発売中、ドイツでも同書と『LOVE&EAT』が翻訳中である。『地味めしダイエット』『愛しの筋腫ちゃん』『横森式おしゃれマタニティ』などの、女性の生き方をテーマにしたエッセイも定評がある。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ※この商品は固定レイアウトで作成されており、タブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ゴーギャンの足跡を辿り、原色の島・タヒチへ旅立つ 2014年3月に急逝したイラストレーターで作家の安西水丸さん。本書は雑誌「旅」(2004年10月号)に発表された彼の文章とイラストスケッチに、雑誌未掲載のイラストと写真を多数追加。水丸さんが他界される10年前の旅の記録です。 “楽園”を求めて南太平洋の島・タヒチへ渡り、晩年の10年余りを過ごして1903年に没したフランスの画家ポール・ゴーギャン。島の女性たちをはじめ多くの作品をこの地で描き遺したゴーギャンの足跡を辿り、タヒチ島、モーレア島、ヒバ・オア島を巡ります。 ●安西水丸(あんざい・みずまる) 1942年東京都生まれ。イラストレーター、作家。日本大学芸術学部美術学科卒業。電通、ADAC(ニューヨークのデザインスタジオ)を経て、平凡社でアートディレクターを務めた後、フリーに。装丁、イラスト、漫画、絵本、小説、エッセイなど、多方面で才能を発揮する。朝日広告賞、毎日広告賞、1987年日本グラフィック展年間作家優秀賞、1988年キネマ旬報読者賞受賞。TIS、JAGDA、日本文藝作家協会、日本ペンクラブ会員。 ●小平尚典(こひら・なおのり) 1954年福岡県生まれ。写真家、フォトジャーナリスト。日本大学芸術学部写真学科卒業。欧州を放浪後、エディトリアルカメラマンとして数多くの雑誌で活動。1980年、新潮社「FOCUS」誌専属カメラマンとして創刊に参加。1987年、米国ロサンゼルスに移住。2009年に帰国後は、米国での経験を生かし、メディアプロデューサーとしても活躍。安西水丸氏との共著『彼はメンフィスで生まれた』『アトランタの案山子、アラバマのワニ』の他、『おやさと写心帖』など著書多数。公益社団法人日本写真家協会会員。早稲田大学理工学部非常勤講師。
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-初めての出産はわからないことだらけ 出産はもうあきらめた。「地味めし」のおかげで筋腫を抱えていても元気なんだし…。 そう思っていた39歳の春、念願の妊娠兆候があった! 食いヅワリに効くレシピを考え、おしゃれなマタニティ・ウエアを探し、アロマテラピー、ホメオパシー、ヨガ、ベリーダンスと、貴重な9か月をエンジョイしてウリちゃん誕生を迎えた横森式マタニティ・ガイド。 現代女性にとって、妊娠にはネガティブな印象が多々あるかもしれませんが、本書はそんな不安を吹き飛ばす、抱腹絶倒の妊娠・出産体験記です。 ●横森理香(よこもり・りか) 作家、エッセイスト。1963年5月19日山梨県生まれ。母は国語教師、父は美術教師。高校一年までを山梨県で過ごす。父の死後、母親の転勤にともない、高校二年からで東京三鷹・明星学園高等部に編入。多摩美術大学グラフィックデザイン科映像デザインコースに進む。在学中は、ビデオアートとインスタレーション、ビデオドラマ作り、ドラマの台本、映画評執筆などに熱中する。卒業後、映画評、美術・トレンドのコラムから執筆活動を開始。その後ニューヨークに2年滞在し、NYのカルチャー情報を日本の雑誌に寄稿する傍ら、小説を書き始める。帰国後は、女性誌『クレア』の突撃ルポライターとして、数多くの体験記事を手がけ話題になる。29歳の時に『ニューヨーク・ナイト・トリップ』で作家デビュー。1980年代東京を舞台にした『ぼぎちんバブル純愛物語』は、現代日本人の経済と愛、女性の自立をリアルに描いた小説として話題になり、文化庁の現代日本文学の翻訳・普及事業の、JLPPに選ばれ、『TOKYO TANGO』というタイトルで翻訳された。現在イギリス、アメリカで発売中、ドイツでも同書と『LOVE&EAT』が翻訳中である。『地味めしダイエット』『愛しの筋腫ちゃん』『横森式おしゃれマタニティ』などの、女性の生き方をテーマにしたエッセイも定評がある。<
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-新米ママ必見! ウリの成長日記 無我夢中の出産と産後のズタボロ母体を立て直す間もなく、育児が始まった。 母乳から離乳食へ、ハイハイから伝い歩きへ行動範囲も日々拡大。お出かけ大好き、おしゃれ大好き! 理香ママのDNAをしっかり受け継いだウリちゃんだから、もう大変。 デイタイムはベビーシッターの手を借りて、仕事と息抜きもバッチリの横森式おしゃれマタニティ完結篇。 ●横森理香(よこもり・りか) 作家、エッセイスト。1963年5月19日山梨県生まれ。母は国語教師、父は美術教師。高校一年までを山梨県で過ごす。父の死後、母親の転勤にともない、高校二年からで東京三鷹・明星学園高等部に編入。多摩美術大学グラフィックデザイン科映像デザインコースに進む。在学中は、ビデオアートとインスタレーション、ビデオドラマ作り、ドラマの台本、映画評執筆などに熱中する。卒業後、映画評、美術・トレンドのコラムから執筆活動を開始。その後ニューヨークに2年滞在し、NYのカルチャー情報を日本の雑誌に寄稿する傍ら、小説を書き始める。帰国後は、女性誌『クレア』の突撃ルポライターとして、数多くの体験記事を手がけ話題になる。29歳の時に『ニューヨーク・ナイト・トリップ』で作家デビュー。1980年代東京を舞台にした『ぼぎちんバブル純愛物語』は、現代日本人の経済と愛、女性の自立をリアルに描いた小説として話題になり、文化庁の現代日本文学の翻訳・普及事業の、JLPPに選ばれ、『TOKYO TANGO』というタイトルで翻訳された。現在イギリス、アメリカで発売中、ドイツでも同書と『LOVE&EAT』が翻訳中である。『地味めしダイエット』『愛しの筋腫ちゃん』『横森式おしゃれマタニティ』などの、女性の生き方をテーマにしたエッセイも定評がある。
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-横森式おしゃれマタニティ 産後篇 疾風怒涛の出産から一夜明けた理香ママは、サボテンの花のような脱肛と股間の痛みに耐え、大失禁にショックを受けつつ、いかにして産褥期を乗り切ったのか? 産後のお助けグッズ&フーズ、使えるベビー用品、着せやすいベビーウェア、母体の心と体を立て直し、プロの手や友人知人の助力を得て育児態勢を整えるまでの、横森式産後の楽しみ方。 赤ちゃんの成長はもとより自身の失禁、脱肛など産後の“恥ずかしい体験”と対策を詳細に記録。新米ママへ、画期的な産後ライフもおすすめします。 前作に引き続き、ココロが温かくなって、大いに笑える妊娠・出産体験記です。 ●横森理香(よこもり・りか) 作家、エッセイスト。1963年5月19日山梨県生まれ。母は国語教師、父は美術教師。高校一年までを山梨県で過ごす。父の死後、母親の転勤にともない、高校二年からで東京三鷹・明星学園高等部に編入。多摩美術大学グラフィックデザイン科映像デザインコースに進む。在学中は、ビデオアートとインスタレーション、ビデオドラマ作り、ドラマの台本、映画評執筆などに熱中する。卒業後、映画評、美術・トレンドのコラムから執筆活動を開始。その後ニューヨークに2年滞在し、NYのカルチャー情報を日本の雑誌に寄稿する傍ら、小説を書き始める。帰国後は、女性誌『クレア』の突撃ルポライターとして、数多くの体験記事を手がけ話題になる。29歳の時に『ニューヨーク・ナイト・トリップ』で作家デビュー。1980年代東京を舞台にした『ぼぎちんバブル純愛物語』は、現代日本人の経済と愛、女性の自立をリアルに描いた小説として話題になり、文化庁の現代日本文学の翻訳・普及事業の、JLPPに選ばれ、『TOKYO TANGO』というタイトルで翻訳された。現在イギリス、アメリカで発売中、ドイツでも同書と『LOVE&EAT』が翻訳中である。『地味めしダイエット』『愛しの筋腫ちゃん』『横森式おしゃれマタニティ』などの、女性の生き方をテーマにしたエッセイも定評がある。
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-働く女の幸せってなによ? OLの杏子29歳。製粉会社の開発部に就職して8年。仕事にはそれなりの自負がある。だけどこのまま独身のお局になるのはイヤだし、かといって腐れ縁の彼との結婚にも踏み切れない…。 30の大台を目の前に、こころは宙ぶらりん。意味不明の不安にかられ、わけもなく泣きたくなったり、もしかしてプチ鬱? そんなある日、杏子の前に、オカマの天使があらわれた。 すべての悩める働く女たちに、救いあれ。 悩めるOLたちに贈る、抱腹絶倒の“愛の福音”小説です。 ●横森理香(よこもり・りか) 作家、エッセイスト。1963年5月19日山梨県生まれ。母は国語教師、父は美術教師。高校一年までを山梨県で過ごす。父の死後、母親の転勤にともない、高校二年からで東京三鷹・明星学園高等部に編入。多摩美術大学グラフィックデザイン科映像デザインコースに進む。在学中は、ビデオアートとインスタレーション、ビデオドラマ作り、ドラマの台本、映画評執筆などに熱中する。卒業後、映画評、美術・トレンドのコラムから執筆活動を開始。その後ニューヨークに2年滞在し、NYのカルチャー情報を日本の雑誌に寄稿する傍ら、小説を書き始める。帰国後は、女性誌『クレア』の突撃ルポライターとして、数多くの体験記事を手がけ話題になる。29歳の時に『ニューヨーク・ナイト・トリップ』で作家デビュー。1980年代東京を舞台にした『ぼぎちんバブル純愛物語』は、現代日本人の経済と愛、女性の自立をリアルに描いた小説として話題になり、文化庁の現代日本文学の翻訳・普及事業の、JLPPに選ばれ、『TOKYO TANGO』というタイトルで翻訳された。現在イギリス、アメリカで発売中、ドイツでも同書と『LOVE&EAT』が翻訳中である。『地味めしダイエット』『愛しの筋腫ちゃん』『横森式おしゃれマタニティ』などの、女性の生き方をテーマにしたエッセイも定評がある。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ※この商品は固定レイアウトで作成されており、タブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。アメリカン・フォークアートを巡る旅 ニューヨークで暮らしていたとき、五番街にあるスクリブナーという書店で一冊の本と出会った。掲載されている絵は、ほとんどが無名の人の作品で、わかりやすく一口で言ってしまえば、子供が描いたような絵だった。デッサンだの、遠近法だのはほとんどでたらめだが、でも、そこには自分なりにこういうふうに描きたいんだという気持ちがこもっている。常々、絵の魅力はそういうものではないかとおもっていたので、彼らの絵に感動した。(「プロローグ」より) イラストレーター安西水丸が少なからず影響を受けたアメリカン・フォークアーティストたち。彼らとその作品の数々を巡るアメリカ南部へのアート紀行。アメリカの神々……ハワード・フィンスターネヴァダの夕焼け……プリス・バトラーアトランタの案山子……R・A・ミラーキルティングの巨人……クリス・クラークサンタクロースはやるせない……モーズ・Tアラバマのママ……アニー・T鉄のロックンローラー……チャーリー・ルーカスアラバマのワニ……ジミー・リー・サダス●安西水丸(あんざい・みずまる)1942年、東京都生まれ。日本大学芸術学部美術学科卒業。電通、ADAC(ニューヨークのデザインスタジオ)、平凡社でアートディレクターを務めた後、フリーのイラストレーターとなる。広告、装幀、漫画、小説、エッセイ、絵本など、多方面で活躍。朝日広告賞、毎日広告賞、日本グラフィック展年間作家優秀賞(1987年)、キネマ旬報読者賞(1988年)等を受賞。著書に、『たびたびの旅』『アマリリス』『がたん ごとん がたん ごとん』『安西水丸 地球の細道』『ちいさな城下町』など多数。TIS、JAGDA、日本文藝作家協会、日本ペンクラブ会員。2014年3月逝去。●小平尚典(こひら・なおのり)1954年、福岡県生まれ。写真家、フォトジャーナリスト。日本大学芸術学部写真学科卒業。欧州を放浪後、エディトリアルカメラマンとして数多くの雑誌で活動。1980年、新潮社「FOCUS」誌専属カメラマンとして創刊に参加。1987年、米国ロサンゼルスに移住。2009年に帰国後はメディアプロデューサーとしても活躍。安西水丸氏との共著『彼はメンフィスで生まれた』『神が創った楽園タヒチ ゴーギャンを辿って』のほか、『おやさと写心帖』『4/524 日航123便御巣鷹山墜落事故写真集』など著書多数。公益社団法人日本写真家協会会員。早稲田大学理工学部非常勤講師。
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3.6表現力、論理的思考力、コミュニケーション力・・・「生きる力」を育むアート鑑賞 「どこからそう思う?」って聞いてみて! これからますます求められる「主体的に学ぶ力」はどうすれば伸ばせるのだろう?芸術鑑賞の手法としてニューヨーク近代美術館で生まれ、効果抜群の学習スタイルとして幅広い学年・教科、さらにはビジネス界にも広がり始めた「対話型鑑賞」の入門書。 ★新たな学習法として注目高まる「対話型鑑賞」、待望の入門&実践書。 ★実際の授業のやり取りの様子、幅広い教科・分野での実践事例を紹介。 ★新学習指導要領が目指す「主体的・対話的で深い学び」を促す手法としても有用。 対話型鑑賞とは・・・作品についての情報や解釈を専門家や教員が一方的に伝えるのではなく、鑑賞者自身の思いを尊重し、グループでの対話を通して作品を味わっていく鑑賞法。1980年代にニューヨーク近代美術館(MoMA)で生まれた。鑑賞力だけではなく、観察力・批判的思考力・言語能力・コミュニケーション能力といった総合的な「生きる力」の育成につながる手法として、他教科での応用や企業研修への導入が進んでいる。 第1章 問いかけの魔法――対話型鑑賞とは何か 第2章 学びを促す仕掛け――対話型鑑賞の4つの柱 第3章 ある日の「教えない授業」 第4章 対話が生まれる理由――授業の中で起きていること 第5章 さまざまな分野で「対話型授業」 第6章 ナビゲーションの実践 第7章 よりよい学びの場づくりのために 第8章 対話型授業がひらく未来 ニューヨーク近代美術館で始まった「対話型鑑賞」。これを4年間かけて、美術にとどまらず全教科に応用・普及させた愛媛県。本著は対話型鑑賞の基礎とその可能性を具体的に提示する待望の一冊。――京都造形芸術大学教授福のり子
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-2001年9月11日に起きた、悲惨なテロ事件。写真家・佐藤秀明は、ビルが何もない場所から誕生する姿を撮っていた。 ワールド・トレード・センタービルの誕生から完成、そして世界を震撼させたテロによる受難。それはまさしく「ゼロからゼロへの旅」であった。ワールド・トレード・センタービル29年の生涯を撮り続けた、世界唯一の写真集『鎮魂・世界貿易センタービル』。その作者が、写真家人生とともに綴るフォトエッセイ。 【目次】 ●写真家修行 ・走る衝撃 ・ニューヨークへ ・皿洗い ・老オカマを撮る ・貸した金の代償 ・すり減った靴で ・バワリーに消えた男 ・初めての冬 ・警官ラスとの出会い ・ニューヨークの警官 ・面倒見のいい男 ・部屋代の滞納 ・建設現場 ・アポロ11号取材 ●世界を旅する ・アフガニスタン取材 ・ニューヨーク再訪 ・完成したワールド・トレード・センタービル ・街から野性へ ・アラスカの川で ・強行突破 ・恐れを振り切って ・臨死体験 ・北極点を目指して ・北極点はどこだ ・ラスとの再会 ・グランド・ゼロに立つ ・当日、ラスは…… ・当日、ある知人は…… ・当日、ある新聞記者は…… ・ある幸運な男 ・帰りのタクシーで ●あとがき 【著者】 佐藤秀明 新潟県生まれ。日本大学芸術学部卒業。フリー写真家。日本写真家協会会員。1967年ニューヨークへの旅を振り出しに世界を旅し、雑誌グラフ誌を中心に作品を発表。 主な写真集 「LONESOME COWBOY」ボイジャー。「ガクの冒険」本の雑誌社。「地球極限の町」情報センター出版局。「海まで100マイル」共著 晶文社。「鎮魂 世界貿易センター」ICG MUSE。「ユーコン」スイッチ・パブリッシング。「ノースショア 1970~1980」ブエノブックス。「川物語」本の雑誌社。他多数。
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4.0「アートは難しい、わからん」から「わからない。だから興味がわく」へ。 1980年代後半、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された対話型の美術鑑賞法(VTC)は、その後派生したVisual Thinking Strategies(VTS)をふくめ、日本では「対話型鑑賞」として徐々に広まりました。近年、この鑑賞法は美術鑑賞のみならず教育現場や医療、サイエンスの分野でも評価され、さらにビジネス界にも普及しつつあります。本書は各分野の専門家が対話型鑑賞の現状を把握し、問題や課題を浮き彫りにした上で、対話型鑑賞の可能性を見つめ直す一冊です。※2022年夏に開催されたフォーラム「対話型鑑賞のこれまでとこれから」をもとに書籍化。
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-今井千恵(いまい・ちえ) 鹿児島県隼人町生まれ。1977年、レイナ貿易株式会社設立。1980年、初めてのファー&レザーコレクション開催。 ファーブランド「ロイヤルファー」のデザイン開始。フィンランドの工場で「モザイク ドゥ チエ」のコート制作開始。 1989年、「社団法人ニュービジネス協議会」より女性経営者第3号のアントレプレナー賞受賞。 1991年、ブランド名を「ロイヤル チエ」に改称。宮内庁御用達の株式会社フタバファーを継承、 東京・帝国ホテルに「ロイヤル チエ」帝国ホテル店オープン。 ホテルニューオータニ博多サンローゼ2Fに「ロイヤル チエ」サンローゼ博多店オープン。 1999年、ニューヨーク・ファーコレクションにアジア人初のデザイナーとして招聘され、参加。 北米で販売開始。ホテルニューオータニ東京サンローゼ2Fに「ロイヤル チエ」サンローゼ赤坂店オープン。 2002年、ニューヨークのマディソンアベニュー59丁目に「ロイヤル チエ」ニューヨーク店オープン。 世界女性起業家40人に選出され、世界女性起業家賞をパリで受賞。 2006年、デンマークコペンハーゲンファー最高品質の「パープルレーベル」取得権を日本で唯一獲得。 2010年、本格芋焼酎「MORRIS」をプロデュースし、販売開始。 2011年、オーガニック・エキストラバージン・オリーブオイル「オロ・デル・デシエルト」の畑のオーナーと契約し、 スペインより日本へ直輸入、販売開始。 2014年、「フィンランド獅子勲章コマンダー章」受章。2015年、株式会社フタバファー代表取締役社長を今井千晶に引き継ぐ。 2017年、ブランド名を「CHIE IMAI」に改称。2019年、第40回CHIE IMAIコレクション開催。
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4.1「飛行機の実現までには百万年から一千万年はかかるだろう」 ニューヨーク・タイムズがこの記事を掲載してわずか数週間後、ライト兄弟は人類で初めて空を飛び、この予測を覆しました。 一流紙でジャーナリストを務めるほどのエリートが、なぜそんなことを自信満々に書けたのだろうと、当時の人々は笑いました。 しかし、彼らもまた、こう考えていました。 「宇宙船? そんなものは夢のまた夢だ」 現代を生きる私たちも、未来を見誤るという意味では、宇宙船を夢と考えた人たちを笑うことはできません。 現在日本で2800万(2017年9月)を超えるユーザー数を誇るFacebook ですが、「実名登録なんて日本でははやらない」と言われていたのは、ほんの数年前のことです。 今では多くの人が使っているiPhone にしても、発売当初は「おサイフケータイが使えない」「赤外線がないなんてありえない」などの理由から、はやらないという意見が多数派でした。 これから私たちの社会がどう変化していくのかは、今の社会を真剣に眺めるだけではわかりません。巷にあふれる未来予測本を読んでも、わかることはないでしょう。私たちはいつも未来を予測し、そして外し続けてきました。人間は本来、未来を見誤るものなのです。 私たちの多くは、今目の前で起きていることからしか将来のことを考えることができません。しかし、現在の景色という「点」だけから行う未来予測は、だいたいにおいて外れます。 なぜなら、その一点においてでさえ、現実世界は膨大な要素にあふれているからです。それらが互いに複雑に影響し合って社会を発展させているのですが、それらをすべて把握することは、人間の脳というハードウェアの性能では、まず不可能なのです。 一方で、驚くほどの先見性を発揮して大きなリターンを得る人が稀にいます。 たとえば、スティーブ・ジョブズは1980年代、当時30代だったころから、すでに個人がスマートフォンを持つ未来を予言し、それを自分の手で実現させることを決めていました。 彼らはどのようにして「線」を見ているのだろうか。その思考法を汎用性のあるロジックとして整理できれば、ビジネスを進めるうえで大きなメリットになる。そう考えて、これまで自分なりに探究を続けてきました。 本書では、そこで見出すことができた技法をお伝えしたいと思います。 ※ 本書は、2015年に小社より刊行された『未来に先回りする思考法』を再編集・改定したものです。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 1979年、ニューヨークで映画『ロッカーズ』の Uマチック(業務用ビデオテープ)を預かったことからすべてが始まった—— フリーペーパー『Riddim』の発行やミュート・ビートのマネジメント、その他膨大なリリース/海外アーティストの招聘によって、日本におけるレゲエ/ストリート・カルチャーの発展に貢献してきたオーバーヒート・ミュージック代表、石井"EC"志津男が自らの経験と足跡を語った初の書籍。複数のインタヴューで構成されており、聞き手を務めるのは、編集者の故・川勝正幸+下井草秀による文化デリック、ILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB)、アーティストのUSUGROW+若林廣之(POSSESSED SHOE)、八幡浩司(24×7 RECORDS)、有太マンの5組。さらに映画『ロッカーズ』の日本初公開時(1980年)のポスターや各種イヴェント・ポスター、キング・タビーがカッティングしたミュート・ビートのダブ・プレートといった長年保管されてきた貴重な資料のほか、石井が撮影したレゲエ・ミュージシャンのポートレート、オーバーヒート・レコード全ディスコグラフィ、『Riddim』全表紙など、カラーページも充実しています。 CONTENTS ARCHIVE ポスター/フライヤー/レコード/写真 LOST INTERVIEW 『ロッカーズ』~ミュート・ビート~『Ruffn' Tuff』 聞き手:川勝正幸+下井草秀 LIFE STORY 1950年代からリアルタイムで経験したカルチャー 聞き手:ILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB) SHOT by EC 石井"EC"志津男が撮影したミュージシャン JAMAICA レゲエとジャマイカ 聞き手:八幡浩司(24×7 RECORDS) INDEPENDENT インディペンデントで活動すること 聞き手:USUGROW+若林廣之(POSSESSED SHOE) STAY FREE プロデューサーとして 聞き手:有太マン OVERHEAT RECORDS DISCOGRAPHY ディスコグラフィ 表紙イラスト:ゲイリー・パンター
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-六本木〈エンバシー〉から芝浦〈ゴールド〉までダンスカルチャー怒濤の歴史が今、ここに蘇る! 70年代のソウルディスコの時代から活躍し、90年代には芝浦"ゴールド"のメインDJ&サウンド・プロデューサーを担当し、日本にハウスミュージックを根付かせたベテランDJ、高橋透の半生記。新宿・六本木のディスコ全盛時の話から、ニューヨークでの2度にわたるクラブ体験、帰国後のクラブカルチャー創世記までを、その時々の時代背景と共に今に伝えます。また、当時のお店の写真や主要な街のお店マップ、各時代のヒットシングルなどを掲載し、資料的価値も抜群。当時ディスコやクラブに通っていた人はもちろん、"ザ・セイント""パラダイス・ガラージ"といった80年代のNYのクラブに関心のある人、そして昔を知らない若いクラバーまで楽しめる、現場から見た地下ダンスカルチャー史の決定版! ■本書に登場する主なディスコ/クラブ 六本木〈エンバシー〉〈アフロレイキ〉、赤坂〈マンハッタン〉、六本木〈エル・コンドル〉、NY〈ザ・セイント〉、新宿〈ツバキハウス〉、六本木〈玉椿〉、原宿〈クラブD〉、NY〈パラダイス・ガラージ〉、芝浦〈ゴールド〉 【CONTENTS】 第1章:ソウルディスコに魅せられて(1975-1980・東京) 第2章:ダンスクラブ〈ザ・セイント〉の奇跡(1980-1981・NY) 第3章:クラブへの移行とニューウェーブ旋風(1981-1986・東京) 第4章:〈パラダイス・ガラージ〉とハウス創世記(1986-1989・NY) 第5章:巨大クラブの金字塔、芝浦〈ゴールド〉(1989-1995・東京)
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5.0デヴィッド・ボウイが演じた「魂」と「美意識」 不世出のロックスター、デヴィッド・ボウイは、様々なキャラクターを演じ、常に人々を魅了してきた美しきアクターでもあった。本書は映画や映像作品、そして自ら演出した音楽作品の中でボウイが演じたそのキャラクターを各時代毎に徹底検証。⾳盤の中に録⾳された⾳だけでは⾒えてこない、デヴィッド・ボウイというパフォーマーの表現⽅法を探る。"俳優"としてのボウイの美意識とは? 【CONTENTS】 Photographs 1970-1976 Photographs 1976-1983 Photographs 1983-1986 Photographs 1992-2015 第1章 演劇に目覚め、パントマイムを駆使 The Image Love You Till Tuesday Pierrot In Turquoise 第2章 「トランスジェンダー」の先駆者 『世界を売った男』『ハンキー・ドリー』のジャケット考察 第3章 異星から来た予言者:ジギー・スターダスト Ziggy Stardust : The Motion Picture 1980 Floor Show 第4章 舞台表現への開眼~ハロウィーン・ジャック 第5章 ハリウッドへの決別:シン・ホワイト・デューク 『地球に落ちてきた男』 第6章 ベルリンから世界へ、そして新時代へ 『ジャスト・ア・ジゴロ』 『エレファント・マン』 『クリスチーネ・F ~麻薬と売春の日々~』 『バール』 『ハンガー』 第7章 スターのふるまい Serious Moonlight 『戦場のメリークリスマス』 『スノーマン』 Jazzin' For Blue Jean 第8章 映画産業への参入 『ビギナーズ』 『ラビリンス 魔王の迷宮』 『ニューヨーク恋泥棒』 第9章 カメオのカリスマ 『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』 『バスキア』 『ズーランダー』 『プレステージ』 『エキストラ:スターに近づけ!』 第10章 最期の演出 演劇/衣装/映像/デザイン 関連人物 特別インタビュー:ヴィヴィアン佐藤
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3.5ウォール街で50年勝ち抜いたデービス三世代の投資必勝術 デービス一族の物語は、いわば過去半世紀にわたるウォール街の物語である。ジョン・ロスチャイルドは圧倒的な筆力によって、成功を収めながら世に知られていないアメリカ屈指の投資家一族の活躍とともに、その舞台となったウォール街の変わりゆく顔をそれぞれの時代背景の中に見事に描いた。 デービス家三代――第一世代シェルビー・カロム・デービス、息子シェルビー、孫のクリスとアンドリュー――が読者をウォール街の峡谷にいざなう。投資への情熱を持ち続ける彼らは、「妥当価格の成長株」という投資哲学を貫き、常に市場平均を上回る運用成績を残した。 シェルビー・カロム・デービスはイリノイ州ペオリアの中流家庭に生まれ、金融より歴史に興味を持っていた。そんな彼の人生が大きく変わったのは、38歳のときだった。1947年、彼はニューヨーク州保険局の要職を辞め、妻の持参金5万ドルを元手に投資の世界に飛び込む。1940年代末はダウが180ドル辺りをうろつき、保険株にはだれも見向きもしない時期だったが、デービスは自分が一番よく知っている業界に狙いを定め、保険株のありふれたポートフォリオから王朝を築いた。 証明された戦略と倹約精神を武器に、デービスは1950年代の戦後の上げ相場から1980年代の華々しい相場を経て莫大な富を蓄積した。彼は将来の世代に自分の経験を 伝えたが、9億ドル近い信託財産は保守的な目的のために残し、子孫には自力で王朝 を維持するよう仕向けた。 息子のシェルビー・デービスは株高に沸いた1960年代にウォール街に挑んだ。彼は小さな投資会社を始め、誕生したばかりのニューヨーク・ベンチャー・ファンドの経権を握った。同ファンドは彼が運用を担当してから28年のうち、22回も市場平均を 上回る成績を残している。インフレが高進した1970年代の市場を航海するのは至難の業だったが、シェルビーは無傷で切り抜けた。孫のアンドリューとクリスは1990年代 を通じてデービス王朝のかじを取り、新世紀になっても最前線で活躍している。彼らはデービス家の洗練された投資戦略を駆使してウォール街に挑み、一族の名を冠した 転換社債や不動産などのファンドを運用している。 市場は変化するかもしれないが、投資の極意は変わらない。デービス家は、「複利装置」――投資金を何倍にもしてくれる可能性がある会社――に対する信念と、長期投資は生涯続くとの考えに基づき、2回の長い上げ相場、2回の大幅な下げ相場、7回の緩やかな下げ相場、1回の大暴落、25回の調整を乗り越えてきた。 本書でジョン・ロスチャイルドは、デービス家、彼らの投資哲学、そしてウォール街を歴史的かつ文学的な語り口で紹介している。情報量の多さもさることながら、読み物としても面白く、人物描写の妙につい引き込まれてしまう。アメリカで最も成功した投資家一族とともにウォール街を旅する一生一度のこの機会を生かし、王朝がどのようにして築かれたかじっくり見てほしい。
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3.0■なぜ、ブームとバストは何度も繰り返し生じるのか? なぜ、あるバブルは経済的にも社会的にも政治的にも壊滅的な結果をもたらし、なぜ、あるバブルは社会に恩恵をもたらすのか? バブルを生み出す必要十分条件とは何か? ■この答えを見つけ出すために、本書は魅惑的なバブルの旅へと読者を誘う。1720年代のパリとロンドン、1820年代のラテンアメリカ、1880年代のメルボルン、1920年代のニューヨーク、1980年代の東京、1990年代のシリコンバレー、2000年代の欧米、上海・深センへの旅だ。 ■金融史・経済史の研究者が、「合理性」「不合理性」という従来の議論にとらわれず、バブルの規模、経済全体への影響の度合いを基準に、世界史上の巨大バブルの原因と帰結を明らかにし、教訓を指し示す。そしてバブルには、イノベーションを促し、企業や組織、経営者を淘汰し、社会に恩恵をもたらす「良いバブル」もあると説く。 ■さらに、バブルは投資家、投機家が新しい技術や政治的なイニシアティブに反応することから始まるとし、将来のバブルを予測できることも示す。実証的なアプローチでバブルのメカニズム解明に迫る魅力的なバブル論。
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3.0クレイジー・ヘッド&グッド・ハート。それが、マンハッタン島でのベスト・ウェイだ。輝く光の塔、ボトム・ラインのビート。凍えるハドソン川と、さまざまな色のイルミネーションに飾られたパーク・アベニュー。 音楽とコカインと眠れないミッドナイト。ファンタスティックな詩人のロン・ブラックウェルと、心優しいアーティストであるビル・リード。華やかな娼婦達。 EXITを求めて、浩司は青春の喧騒のただ中を駆けぬけていく。 1980年代の冬から81年の春にかけて、凍てついたニューヨークで生活する川本浩司の、友情、ローラとの愛、そして孤独をたおやかな感性でストイックに描く、青春四部作の1作。
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-時代の最前線にいる「プロフェッショナル」はどのように発想し、斬新な仕事を切り開いているのか。どんな試行錯誤を経て、成功をつかんだのか。時代をどのように見つめ、次に進んでいこうとしているのか。NHKの人気番組 『プロフェッショナル 仕事の流儀』より、本気で「仕事」を考え、取り組もうとするすべての人にお届けする、待望の電子書籍シリーズ! ■心動かす広告 命宿す写真 上田義彦(写真家) あふれ返る広告写真群の中で、ひときわ強い印象を残す写真に出会うことがある。写真家・上田義彦の作品はその代表といえる。現在は、写真にとどまらずテレビCMの撮影や演出も手がけ、上田の作品を見ない日はないといわれるほどの人気ぶりだ。なぜ、上田の手がけるものは人々の心に残るのか。写真と向き合う上田の流儀から、その秘密を探る。 上田義彦(うえだ・よしひこ) 1957 兵庫県生まれ/1980 ビジュアルアーツ専門学校卒業 福田匡伸氏に師事/1981 有田泰而氏に師事/1982 上田義彦写真事務所を設立。ファッション写真を撮りはじめる/1985 広告写真で、ドイツ文学者・高橋義孝氏のポートレート撮影/1987 ニューヨークADC賞受賞/1989 東京ADC賞受賞/1992 東京ADC賞受賞/1993 カンヌグラフィック銀賞受賞/1994 東京ADC賞受賞/1995 東京ADC賞受賞/1996 ニューヨークADC金賞受賞/2000 東京ADC賞受賞/2003 写真展「Photographs」(東京都写真美術館)/2005 東京ADC最高賞受賞、ACC撮影最高賞受賞/主な写真集に「INTO THE SILENT LAND」(91年)、「QUINAULT」(93年)、「AMAGATSU」(95年)、「FLOWERS」(97年)、「FRANK LLOYD WRIGHT」「PORTRAIT」(ともに03年)、「at Home」「CHAMBER of CURIOSITIES」(ともに06年)
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-ファインダーを通し見つめたアメリカ/荒野にポツリたった一人のカウボーイ/写真家・佐藤秀明、一つの集大成がここにある この写真集は1967年から2017年秋までの個人的な写真である。作家の片岡義男の短編集『ロンサム・カウボーイ』に触発された写真家・佐藤秀明による、小説に登場する町や風景、男や女の全てが撮らえられたアメリカと言ってもいいだろう。自分自身ロンサム・カウボーイとなり放浪し撮影したアメリカの姿がここにある。乾ききった荒野に囲まれての孤独な旅、最大の慰めは、昔、ファインダー越しに眺めた風景が荒野の中のそこここにまだ残っていたことだと佐藤秀明は述べている。アメリカの持つ普遍的な風景もあれば、新しい、知らなかったアメリカも見ることができる。 【著者】 佐藤秀明 新潟県生まれ。日本大学芸術学部卒業。フリー写真家。日本 写真家協会会員。1967年ニューヨークへの旅を振り出しに世 界を旅し、雑誌グラフ誌を中心に作品を発表。 主な写真集 「ガクの冒険」本の雑誌社。「地球極限の町」情報センター出 版局。「海まで100マイル」共著晶文社。「鎮魂世界貿易セン ター」ICG MUSE。「ユーコン」スイッチ·パブリッシン名ワー スショア1970~1980」ブエノブックス。「川物語」本の雑誌社。「伝説のハワ イ」東京書籍。「秘境マルケサス」平凡社。他多数。
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