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-日本でいちばんよく知られている仏教経典『般若心経』。300字足らずの短さが、人気の一因だろう。本来、お経には物語性があり、釈迦世尊が、いつ、どのような状況でその教典を説かれたか、詳しい説明が書かれているが、私たちが慣れ親しんでいる『般若心経』には、それが省略されている。一方で、状況を説明した600字程度の『般若心経』がある。序文と結文があり、お経の体裁が整った、大本『般若心経』だ。(これに対して、300字足らずのものは「小本」と呼ばれる)本書では、大本『般若心経』を元に、・此岸を支配する欲望原理・此岸を支配する競争原理・世の中に振り回されないための智慧・未来を心配しない智慧・過去をくよくよ考えない智慧・反省するな!・希望を持つな!・損するための智慧・問題を解決しない智慧など、釈迦世尊の教えをわかりやすい解説とともに、その教えをどう実践するかを紹介する。
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-金・かね・カネと血眼になっても心の隙間は埋まりません。人生の意義とか価値なんて、死ぬまでさっぱりわかりません。でも、人生劇場はあなたが主役です。大根役者ではなく、立派な名優になりましょう。【主な内容】I:生まれて死んで人生は回転木馬――現世は百年、地獄は一兆六千二百億年 死んだあとの心配など無用です 莫妄想――「分からない問題」を考えるな! 人生は不完全。しっかり迷えばいいんです 怠け者は怠け者のままで最善を尽くせばいいんです II:あなたもわたしもみんなみんな観音様――嫌いな人も憎む人も観音様です 遁れられない苦しみはしっかり苦しめばいいんです 全員が水戸黄門にはなれません 逆境は人の心を豊かにはしません III:お浄土はわがふるさと いずれは帰る ふるさとへ――「生活の危機」と「人生の危機」を混同してはいけません 地獄の心より仏心を大切に 未来の心配なんていりません 安心してお浄土に往きましょう
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4.0世間の期待に応えようとして生きるからつらくなるのです。「目の前の問題は解決しない」「脇役として生きる」など世間の尺度から逃れて生きる術を、仏教の教えなどを交えながら解説する。
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5.0迷ったり、つまずいたり、自信を失ったり…、そんな困った経験はどんな時代でも、誰にでもあるものです。特に今のような不安な時代ならなおさらです。私達の祖先は大きな苦しみや災難にあっても、しなやかに、したたかに立ち直ってきました。その強さの根源には仏教の教えである「諸行無常」の精神が根付いていたにちがいありません。本書は仏教研究の第一人者としておなじみのひろさちやさんを監修者として迎え、日本の仏教の宗派の祖師や名僧が説いた教えを集めました。その教え=言葉を、現代を生きる私たちの辛い心境を穏やかにできるようやさしく解説しました。仏教のいい言葉は、私たちの悩みや不安で曇った心をさわやかに掃除してくれます。あなたの座右に置いておきたい1冊です。名僧のひと言で、人生が好転します。
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-☆神話と現代を結ぶ“二大聖域”の起源と謎に迫る「古社寺の謎シリーズ」第9弾! アマテラスを祀る伊勢神宮と、オオクニヌシを祀る出雲大社は、日本の神社を代表する古社であり、往古より人々の崇敬を集めてきた。 世間の流行に関係なく人々の関心を集めつづけており、いつ何時も参詣者の波が途切れることはない。 そして、神社や神話、古代史に興味をもつ人の関心は、最終的にはこの二社に収斂するといっても過言ではない。 それは、日本の歴史・文化・伝統・精神の真髄がここに凝縮されているからである。事実、両社をめぐる神話やその草創には、日本古代史の深層が示されている。 だが、両社がいつ、どういう経緯で建てられたのかといった基本的なことは、『古事記』や『日本書紀』にいちおう書かれてはいるものの、何しろ古い時代のことなので、確実なことはあまりわかっておらず、諸説が唱えられているのが現状である。 そこで、伊勢神宮や出雲大社の起源や古代史、信仰に関連する重要トピックをそれぞれ7つほど挙げて解説し、二社をめぐる謎を探り、その奥深さや魅力を紹介する。 【本書の目次】 第一章 伊勢神宮、七つの謎 第一の謎 なぜ天照大神が祀られているのか 第二の謎 なぜ内宮と外宮があるのか 第三の謎 伊勢神宮に仕えた斎王とは 第四の謎 伊勢神宮の別宮とは 第五の謎 心御柱の秘儀とは 第六の謎 天照大神は男神なのか 第七の謎 なぜ20年ごとに建て替えられるのか 第二章 出雲大社、七つの謎 第一の謎 なぜ大国主神が祀られているのか 第二の謎 出雲大社はいつ創建されたのか 第三の謎 古代には超高層神殿だったのか 第四の謎 出雲大社を司る出雲国造とは 第五の謎 出雲のもうひとつの大社とは 第六の謎 天皇に奏上された『出雲国造神賀詞』とは 第七の謎 出雲に弥生王国はあったのか 第三章 「伊勢と出雲」をめぐる謎 第一の謎 なぜともに垂仁朝が創建年代なのか 第二の謎 伊勢の土着神は出雲系の神なのか ※内容は予告なく変更となる可能性がございます。
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3.3※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 記紀の歴史から八百万の神々、神社のしくみまでやさしくわかる! 『古事記』『日本書紀』などに記された日本の起源と神々の物語、現代の日本に祀られている八百万の神様たち、お参りで役に立つ神社のしくみ…など、知っておきたい日本の神様と神社の知識を、豊富なイラスト・図解と資料・写真とで紹介していきます。 クイズ形式で神様や神社のことが学べる選んでわかる 日本の神様と神社」といった特集記事も充実。 日本の神様と神社に関するあれこれが、これ1冊でわかります。 【著者プロフィール】 三橋 健: 1939年、石川県生まれ。神道学者。神道学博士。國學院大學文学部日本文学科を卒業。同大学院文学研究科神道学専攻博士課程を修了。1971年から74年までポルトガル共和国のコインブラ大学へ留学。帰国後、國學院大學講師、助教授を経て教授となる。1992 年、「国内神名帳の研究」により國學院大學から神道学博士の称号を授与。定年退職後は「日本の神道文化研究会」を主宰。著書に『図説 神道』『伊勢神宮と日本人』(以上、河出書房新社)、『かぐや姫の罪』(新人物文庫)、『伊勢神宮―日本人は何を祈ってきたか』(朝日新書)などがある。 <電子書籍について> ※本電子書籍は同じ書名の出版物を紙版とし電子書籍化したものです。 ※本電子書籍は固定型レイアウトタイプの電子書籍です。 ※本文に記載されている内容は、印刷出版当時の情報に基づき作成されたものです。 ※印刷出版を電子書籍化するにあたり、電子書籍としては不要な情報を含んでいる場合があります。また、印刷出版とは異なる表記・表現の場合があります。 株式会社西東社/seitosha
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4.0開運招福・延命長寿・商売繁盛…神様からご利益を頂いている人はいつも何をしているのか!神様に好かれる日々の習慣を、神道学博士が詳しく紹介。第一章「神社」のしきたり─なぜ神社にお参りするとご利益があるのか第二章「開運招福」のしきたり─なぜおみくじを二度引いてはいけないのか第三章「延命長寿」のしきたり─なぜ七五三を祝いに神社に行くのか第四章「商売繁盛」のしきたり─なぜ家を建てるときに地鎮祭をするのか終章「神道」のしきたり─なぜ神道を学ぶと幸せになるのか
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4.2お葬式とは、本来、宗教ではなく習俗である。すなわち、成人式や結婚式と同じ儀式にすぎない。しかし、日本人の多くが、そこに格別な宗教的意義があると誤解している。戒名、お焼香、北枕、火葬、年忌法要、お墓の問題……。本書では、葬儀にまつわる習俗と宗教を腑分けし、神道、仏教、儒教との関わりを解説している。まず、釈迦やキリストが葬儀に格別な意義をもたせてはならないと戒めた言葉を紹介し、宗教と習俗の違いを明確にする。ではなぜ、「葬式仏教」と呼ばれるようになったのか。それは、江戸時代以降、キリシタン弾圧を目的とした檀家制度により、葬式は僧侶がとり行うようになったからである。その他、お通夜、末期の水、お骨上げなどの意味についても易しく解説。著者は本来の仏教思想に基づいた、弔いの心、偲ぶ心があれば、しきたりにこだわる必要はない、と説く。死を迎える側も、弔う側も今から読んで考えたい「本当のお葬式の話」。
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-本書でいう「お迎え」とは、臨終において仏が、あの世から出迎えにくる、「ご来迎」という意味をさしている。平安時代には1052年から末法の時代に入るという考えが広まっており、死と隣り合わせのすさんだ現実に、人々は不安を掻き立てられた。大地震や台風、疫病、戦など混乱が度重なったことを受け、人々は極楽に救いを求める。極楽浄土を模した平等院などの寺が建てられ、来迎図が描かれるなど、次第に極楽浄土に往生できるという浄土教が広く信仰され、人々は心の安寧を得られるようになった。 しかし、近代以降の日本は、科学の発展や西洋文化の浸透により、浄土教への信仰心や信頼感が揺らいでいった。現代を生きる私たちは、死んでもお迎えはこない、お迎えの思想は信じない、という現実的な認識になっているのではないだろうか? 本書では、お迎えの信仰の起源から衰退した経緯、他宗教との死後の世界の違いを考察していく。「お迎え」を説明するには切っても切り離せない、「死」という重たいテーマをも調和させる著者ならではのユーモアを交えた文章が特徴的。極楽浄土への行き方を、「仏さまが出迎えてくださる」という視点で解説する浄土教入門書。
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-厄とは何か、厄除け・厄祓いの方法とは、家内安全・商売繁盛・学業成就・病気平癒の「祝詞」は…毎日が幸せで満たされる神様との正しい向き合い方。【巻末特典】ご祈願別「祝詞」、日本全国ご利益別神社一覧
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ★★神道のことをよくご存じでない方でも、図やイラスト、写真などを交えて神道・神社・祭などを正しく理解できることを目指した入門書です。★★ 神道についての面白いコラムも満載。*本書は、当社ロングセラー「決定版 知れば知るほど面白い!神道の本」(2010年12月発行)をオールカラーにリニューアルして再編集し、書名・判型・価格を変更したものです。 【目次】 【1章】日本神話と神々の系譜 【2章】神社に祀られる神々 【3章】全国展開した神社信仰の分布 【4章】神社の仕組み 【5章】全国の有名な神社 【6章】暮らしの中の神々と神社 【付録】全国の主な神社一覧 <電子書籍について> ※本電子書籍は同じ書名の出版物を紙版とし電子書籍化したものです。 ※本電子書籍は固定型レイアウトタイプの電子書籍です。 ※本文に記載されている内容は、印刷出版当時の情報に基づき作成されたものです。 ※印刷出版を電子書籍化するにあたり、電子書籍としては不要な情報を含んでいる場合があります。また、印刷出版とは異なる表記・表現の場合があります。 株式会社西東社/seitosha
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-1982年(昭和57年)に大蔵出版から刊行されたもの。復刊シリーズ「ひろさちや仏教名作選1~3」と並ぶ、これも名著復刊といっていい。『観音経』は、「諸経の王」と呼ばれる『法華経』の一部『妙法蓮華経』の第二十五品(第二十五章)、「観世音菩薩普門品」をとりだして独立させたもの。釈尊が、観音さまの名前のゆえんを説明し、観音さまがわれわれ衆生をそのさまざまな苦難から救ってくださり、また衆生救済の方便のために観音さまが三十三の変化身をとられることを解き明かしている経典。『般若心経』と並んで広く親しまれている『観音経』が、筆者の手にかかると見ごとに現代に生き返り、無類の面白さと深い真理の世界を見せる。新鮮な発想とやさしい文体で、『観音経』理解のための絶好の入門書とも言えましょう。
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4.7「ここにきて、日本の社会は行き詰まりになったのです。いくらがんばっても、百頭の牛を百五十頭にできなくなりました。泥沼と同じで、がんばればがんばるほど、ますます苦しくなります」(本書「まえがき」より)。これを読んで「たしかにそのとおり」と思った人は少なくないはずです。さらに著者はこう続けます。「では、どうすればいいですか? どうすれば、『のんびり、ゆったり』としたほんとうの喜び、本物の人生の幸福を味わうことができるでしょうか?」本書では、努力は『いいかげん』に 過去を反省しない、未来に期待しない ただひたすらにお茶を飲む時間を持つ 「おいしいもの」を食べるより、「おいしく」ものを食べるなど、「あくせく、いらいら」の人生をやめ、「のんびり、ゆったり」とした人生を送るための72のヒントを紹介。仏教思想に基づく意外なアドバイスを読んでいくうちに、こころが不思議と穏やかになっていく1冊です。『「いいかげん」のすすめ』を再編集。
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-「心理臨床とは、その個人がより生きやすくなることを、心理学の理論に基づいた技法を用いて援助していくことである」(著者識す)。 本書は,村瀬嘉代子の「心理臨床」を理解する上での重要な論稿を収録し,著者が日常臨床を通じて帰納法的に会得した技術や知見を数多く紹介した実践編である。 心理療法の理論や技法を生活に繋ぐ意味とは何か。対人援助職の要諦は,クライエントの生活を視野に入れることである。本書収録の1980~90年代の時期の村瀬の臨床論文は,質・量ともに圧倒的なスケールのものとして表されている。それらは、臨床心理学の世界にある者にとっての黄金の羅針盤ともいうべきものであった。本書は、その奇跡の著作群からセレクトされたエッセンスである。 クライエントからの視点を鍵概念とした一連の秀抜な治療者―患者関係論。それらは,読後すぐに実践応用しようとする操作的マニュアル的なこととは無縁ともいえるものである。そこにある発想の深みや治療の多様性は,時間をかけて自らの頭で考えることのできた者にのみ心理臨床の「常識」となるものといえよう。
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3.8今の世の中、狂っていると思うことはありませんか。世間の常識を信用したばかりに悔しい思いをすることもあるでしょう。そうです、今は社会のほうがちょっとおかしいのです。当代きっての仏教思想家である著者は、だからこそ「ただ狂え」、狂者の自覚をもって生きなさい、と言います。そうすれば、かえってまともになれるからです。人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく生きましょう。「狂い」と「遊び」、今を生きていくうえで必要な術はここにあるのです。【目次】I 「狂い」のすすめ/II 人生は無意味/III 人間は孤独/IV 「遊び」のすすめ/あとがき
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4.0■日本神話・文化・歴史の源泉『古事記』。そこには神話・伝説の舞台として数多くの土地が登場する。 編纂者・太安万侶没後1300年を迎えるいま、『古事記』を読み解くうえで重要な地域・聖地を30ほど選び、その奥深さに触れていく。 [目次] 第1章 神話を歩くⅠ 第2章 神話を歩くⅡ 第3章 古代天皇の足跡Ⅰ 第4章 古代天皇の足跡Ⅱ 【編者略歴】 三橋 健 (みつはし・たけし) 1939年、石川県生まれ。神道学者。神道学博士。國學院大學文学部日本文学科を卒業。同大学院文学研究科神道学専攻博士課程を修了。1971年から74年までポルトガル共和国のコインブラ大学へ留学。帰国後、國學院大學講師、助教授を経て教授となる。1992年、「国内神名帳の研究」により國學院大學から神道学博士の称号を授与。定年退職後は「日本の神道文化研究会」を主宰。『神社の由来がわかる小事典』(PHP新書)、『図説 神道』(河出書房新社)ほか著書多数。 <本文執筆> 古川順弘(ふるかわ・のぶひろ) 1970年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。宗教・歴史分野を扱う文筆家・編集者。『人物でわかる日本書紀』(山川出版社)、『古代神宝の謎』(二見書房)、『仏像破壊の日本史』『古代豪族の興亡に秘められたヤマト王権の謎』(以上、宝島社)ほか著書多数。 【写真提供】 環境省ホームページ、国立国会図書館、写真AC、古川順弘、三橋健、Adobe Stock ※この電子書籍は株式会社ウェッジが刊行した『古事記に秘められた聖地・神社の謎 八百万の神々と日本誕生の舞台裏』(2023年7月19日 第1刷)に基づいて制作されました。 ※この電子書籍の全部または一部を無断で複製、転載、改竄、公衆送信すること、および有償無償にかかわらず、本データを第三者に譲渡することを禁じます。
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4.3◎「孤独を生きる」にはちょっとしたコツがいる! ――世間の物差しに左右されず、孤独をむしろたのしむ、ひろ流・逆説的生き方のすすめ 現代日本がつくり出した、本当は誰しも感じている「孤独」な状況――。 昔の共同体のような「閉じた社会」での密な関係はなくなり、 今はネットで不特定多数とも広く繋がれる希薄な人間関係の中に生きています。 いつでも人と繋がれる時代に生きていながらも、 昔に増して孤立感・疎外感を抱いている人は多いようです。 そして厳しい世間の荒波にもまれ、人間関係をこじらせ、 ときに一個人としての孤立や無力さを感じたり、 孤独に苛まれることがよくあります。 そもそも今の世の中は狂っているともいえます。 人は世間の物差し(常識)を押しつけられて生きており、 かえって疎外感や生きづらさ、孤立感を感じることにつながっているのです。 そう、そんな狂った世の中で、現代人が寂しくなく「孤独を生きる」には、 実はほんのちょっとコツがいるのです。 本書は、「孤独」というものの本質に立ち返り、 般若をはじめ古今東西の偉人賢人の考えも参照しつつ、 ついつい癒(解消)しがちな「孤独」を恥や悩みとせず、 むしろおかしな世の中で自分の状況をしっかりと肯定し、 孤独と上手に向き合うことで、楽しく生きていく術を書き下ろすものです。
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3.6団塊の世代が70歳まであと3年、「終活」が定着しつつある。お墓、葬式、遺言、相続などの法律や費用面をガイドした情報はすでにあるが、欠けているのは思想面、考え方の面である。巷にある「周囲に迷惑をかけないため」をメインとした終活指南のアンチテーゼとして、仏教思想家が、知的ベースを押さえながら、自由な終活を提案する。
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4.0宗教評論家「ひろさちや」が教える、宗教学の総論と各論! 日本人にとっての宗教を多角的に分析し、論じるやさしい宗教講義! ●突然ですが、質問です。 人が二人いて、パンがひとつ。 さぁ、どうしますか? A 半分に分ける B 一人だけが食べる C 二人とも食べない D パンをもうひとつ買ってくる ――この答えであなたの宗教センスが問われる! (本文参照) 「信じる」から「救われる」は、大まちがい! 日本人の誤解を解決する 正しい信仰のあり方とは何か? 本書では宗教音痴の日本人に 宗教に関する歴史や変遷、現代の宗教観 「宗教のすばらしさ」と同時に、 「宗教のこわさ」を知っていただくための本です。 日本だけでなく、世界の宗教の歴史や誤解しやすい知識をやさしく教えてくれる 宗教講義1時間目、開講です! ■目次 ●第1章 宗教とは何だろう ●第2章 宗教の根本を考えてみよう ●第3章 宗教は「人生の問題」に関わる ●第4章 宗教と道徳はどう違うの? ●第5章 宗教心を失った日本人 ●第6章 宗教心のある暮らしへ ■著者 ひろさちや
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4.0なぜこの世は無常なのか。平家物語の時代と震災後の共通点から、けっして思うがままにならない人生をよりよく生きるためのコツを伝授する。
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-どんな最期を迎えるかなんて、誰にもわからないし、クヨクヨ思い悩んでもなんにも解決できません。でも、多くの人が、年をとるとともに肉体的不安や経済的不安に恐れおののくようになり、切実な思いで“ピンピンコロリ”を願い、“終活ブーム”に踊らされています。そんな人々に、ひろさちや氏は呼びかけます。「年をとったらしょぼくれていいんです。ボケたらボケたでいいんです。今を感謝して生きる。今を楽しんで生きるべきです。 人は、“いつまでも若くありたい、健康でいたい、死にたくない”という欲を捨て去ったとき、はじめて人間本来の姿が見えてくるのです。死の恐怖を克服する必要もありません。死の恐怖というのは、人間が人間であることの証なのです。われわれは、人間である喜びとともに、死の恐怖もじっくりと味わうべきです」。 自分らしく生き、自分らしく死ぬためのキーワードと発想法が詰まった一冊です。
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4.2必要なのに誰も教えてくれない「宗教」の知識、基礎の基礎!――キリスト教とイスラム教は、どっちが侵略的? 神と仏はどう違う? 首相の靖国参拝はなぜ悪い? 味の素事件はなぜ起きた? 宗教とはどう接したらよい?・・・知りたいことの基本的考え方がよくわかる! ●人間に宗教は必要なのでしょうか? わたしには、「人間に宗教は必要か」という「問い」自体が、ナンセンスに思えます。というのは、人間は宗教を持つから動物と区別されるとわたしは思っているからです。宗教を持たない人間は、「損か得か」の経済原理でしか動きません。他人が困ろうが、他国の人が苦しんでいようが、自分たちだけが繁栄すればいいのだというエコノミック・アニマル、すなわち動物に成り下がっているといえないでしょうか。
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5.0出会いの大切さとは,「治療者がクライエントを瞬時に観察し,クライエントの何気ない言葉やささやかな思い出,そして微かな興味や関心などの素材をもとに,その瞬間に,クライエントの体験してきたことやそれに伴う思いを考え抜くこと」(著者識す)。 村瀬嘉代子の「心理臨床」は,我が国の臨床心理学において他に比較しがたい重さを持っている。本書には,心理臨床の技術的側面を考える優れた論考を収録した。 卓抜な着想,迸るような臨床センスの煌めきが溢れ,このうえもなく現実的な臨床的治験が全編に亘ってちりばめられており,本書の各論考からは,仕事を通してよく生きることと学ぶこととは不可分であることが伝わってくる。すべてのセラピスト,心理援助者に読んでほしい本である。
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3.0日本の風土から生まれた固有の民族宗教・神道。私たちの日常に深く根を下ろしながら、その由来や作法を知らない人が多いのでは? 「二拝二拍手一拝」にはどんな意味があるのか。なぜ禊(みそぎ)や祓(はらえ)が大切なのか。天皇と稲作の関係とは……。神道の根本思想を説きながら、興味深い話はさらに広がる。「神道」という語は中国で造られた熟語であるという。割り箸のルーツは神道儀式にあった。神職のことを禰宜(ねぎ)と呼ぶのは神を「ねぎらう」から。神棚は、南向きないし、東向きの高いところに設けるのがよい、など日本人なら知っておきたい神道の基本知識を教えてくれる。さらに、『古事記』『日本書紀』をはじめ、国学の四大人(うし)といわれる荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤などの国学者についても紹介。また、伊勢神道、吉田神道、山王神道など、神道の様々な流派についても解説する。碩学が太古より伝わる神の道を解き明かしている。
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3.8『正法眼蔵』は、日本における曹洞宗の開祖・道元の主著。生涯を掛けて全100巻の著となる構想だったが、54歳で示寂し、未完の大著となった。同著は、哲学的で難解といわれているが、たとえば道元思想のキイ・ワード「身心脱落」について、訳者は「角砂糖が湯の中に溶け込んだとき、角砂糖が消滅したのではないのです。ただ角砂糖という状態――それが<俺が、俺が……>といった自我意識です――でなくなっただけです。砂糖は湯の中に溶け込んでいるように、自己は悟りの世界に溶け込んでいるのです。身心脱落とはそういうことです。」と、わかりやすく解説を加える。坐禅の指南書としてではなく、釈迦の教え、すなわち仏教を正しく理解するための智慧を与えてくれる書として読み解きたい一冊。
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-序段の「つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、……」から始まる『徒然草』。今からおよそ700年前に生きた作者が、『徒然草』を通して本当に伝えたかったこととは何だったのだろうか?その真意を探るべく、全二百四十三段の文章から厳選し、大胆かつ斬新な現代語訳によって、作品世界を理解し、愉しんでしまおうというのが、本書のねらい。兼好法師のメッセージの謎を解く手がかりとして注目すべき点が、彼の境遇と「つれづれ」という言葉。出家したとはいうものの、どの教団にも属さない。世を捨てながらも、生活に困らない安定収入源を確保する。悠々自適の生活を維持しながら、「つれづれ」の時間を、むしろ積極的に楽しむ。これらをひろ流に解釈すれば、自身が捨てた俗世間を、「高見の見物」と決め込んで馬鹿にしつつも、あたたかい目で眺めた人間模様を描写した、いわば観察日記なのだ。古典エッセイの醍醐味を知るためには最良の一冊。
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-「心理療法とは,患者に出会ったそのときから別れるときまでの全てである」また, 「心理臨床とは、その個人がより生きやすくなることを、心理学の理論に基づいた技法を用いて援助していくことである」(本文より)。 本書の各編においては,著者長年の経験に基づいた,「生活に根ざした困難事例での工夫」が懇切に述べられる。とくにこの最新論集は,著者の文体もあえて行間に漂う情感を抑え,無駄を省いたかのように,ものごとの本質をとらえ浮き彫りにしたものとなっている。 クライエントの「心理支援と生活を支える」ために著者は,「個別の状況に即応した考え方や方法が必要である」と説く。それは,目前の事実を認め,的確にとらえ,事実に対して素直であるという基本的視座に拠るものである。コロナ禍を越え様々な価値観,多様性が重視される昨今,著者の眼は,変容する社会においても変わらざるものと移ろいゆくものを見極め,クライエント個々に合わせた多面的治療アプローチを実践適用している。 村瀬嘉代子の「心理臨床」を理解するための,集大成とも言える最新の重要論稿を収録した臨床家必携の書である。
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-「心理的援助とは、他者の生きる上での痛みや苦しみがあることによって、必要とされている……」(本書より)。 こころがかかわる課題は、社会の変容を反映してますます多様化、複雑な問題を引き起こしている。心理援助職の仕事の重要性が高まりつつある現在、セラピストにはバランス感覚を持った対処能力が要請されているといえよう。 本書においては、臨床家としての著者の「プロフェッショナル論」が全編に亘って展開される。村瀬の方法は、臨床現場の事実から帰納法的に導き出され形成されたものであり、このうえもなく現実的、実践的に洗練されたものである。それが「統合的心理療法」であり、クライエントと援助者を繋ぐ、クライエントの内的現実と外的現実を繋ぐ、またさまざまな理論と技法をクライエントの状態に応じて活かす意味での統合、といった多面的な内容を含んでいる。 収載された著者最新の論考を読むことで、心理療法面接の理論と技術、原則と治療のプロセスを学ぶうえでの多くの有益な知見が得られるであろう。
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-「本書には,読んではっと気づくという即効性もあるが,時間の中で熟成し自分がいくらか変わるという遅効性もある」(青木) 「心理療法に「天性」などということは殆ど関係なく、この道を志し、歩み入ったならば、自分の中の知見(これはただの暗記でなく、自分の経験と知識に照合し、自分の中を潜らせて、自分のものとして納得し、使いこなせるものになっている)を豊かにするべく不断に努め、安易に自分の生の感情に自分を委ねるのではなく、考える、その結果生じる感情を大切にする、という態度を磨いていくことが求められていると思われるのです。」(村瀬) 初級者からベテランまで,治療者のセンス・資質・心理療法に求められる基本的条件を二人の卓越した臨床家が論じる。「村瀬嘉代子の心理療法」を読み解くための最適な副読本であり,心理療法家をめざすすべての人に。