あらすじ
ウォーカロン。「単独歩行者」と呼ばれる人工細胞で作られた生命体。人間との差はほとんどなく、容易に違いは識別できない。研究者のハギリは、何者かに命を狙われた。心当たりはなかった。彼を保護しに来たウグイによると、ウォーカロンと人間を識別するためのハギリの研究成果が襲撃理由ではないかとのことだが。人間性とは命とは何か問いかける、知性が予見する未来の物語。
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Posted by ブクログ
約20年前、『すべてがFになる』を読んだ時、私の読書史上では五指に入るぐらいの衝撃を受けました。
それ以来、森作品を追いかけ続けていた私ですが、次第に仕事の忙しさや体調の波に押され、十年ぐらい前、ちょうどこの「Wシリーズ」あたりから足が遠のいておりました。
「いつか必ず」と思いながらもそのまま延び延びになっていた1冊目を、ようやく読みましたが……これがもう、本当に素晴らしかったです。
時代設定は、あの「百年シリーズ」のさらに先でしょうか。
近未来というより、森作品史上、最も遠い未来だと思います。
「ウォーカロン(Walk Alone)」という切なくも美しい名を持つアンドロイドが限りなく人に近似していき、逆に医学の進化でほぼ死ななくなった人類はまるでアンドロイドへと近づいていくような世界。
そこから生じる「人間と科学の境界線」という重厚なテーマを、相変わらずの洗練された静かな文体で問いかけてきます。
そして何より、森作品特有の理知的でロジカルなやり取りは最高です。
数学的な美しさに満ちた会話に、もうずっとうっとりしっぱなしでした。
何度も深い溜息をついてしまい、もし溜息に重さがあるなら、この1冊で激痩せできたと思います。
特に痺れたのは、主人公たちが「人工知能にインスピレーションはあるのか」を考察していくシーンです。
計算や解析において、人間を遥かに凌駕する性能を持つウォーカロンに対し、「彼らは何が不得意なのか」と問われた主人公の研究者は、「インスピレーションだ」と答えます。
しかし、それは「人間が抱いている幻想」ではないか、と追及されるのですが、その時の以下の返答が印象的でした。
「その観測は、ある意味正しい。(中略)人間にしかできないものだ、という最後の砦というべきものだが、その実態は深い霧の中。けれども、もし、こういった回路で、こういったシステムでそれが成されている、つまり、ここが人間に特有の部位だ、と特定ができれば、それは即座に人工知能にも、もちろんウォーカロンにも適用されるだろう。そうなったら、結果として、人間という存在が消えてしまうかもしれない」
この静かな会話に、一瞬でも心を揺さぶられた方は、間違いなく本作に魅了されるでしょう。
Posted by ブクログ
『人はウォーカロン(Walk-alone)と共存できるのか?』
ロボットから進化し、人間に限りなく近づいた【ウォーカロン】 色々な意味を含んでいて、かつ、近未来を予想させるこのネーミング、天才か! 森さんは初読みでしたが、他の作品(シリーズ)も読んでみたくなりました!
Posted by ブクログ
科学技術の進歩で人間と機械の差はどんどん縮まっていくと思います。
現代ではアートやブランド品がこの話に関係があると思います。
偽物を作成する技術は日進月歩で進歩しており、新たな判別方法を見つけると、それを真似る技術が発達するといった、いたちごっこの状態です。
仮に、現在数億円の値が付く数百年前の絵画に対し、全く同じ染料、紙、ペインティングで偽物を再現できるようになった際、本物の絵画の価格は無に等しくなると思います。
鑑定士ですら真贋を区別できなくなった時、その作品は価格ではなく、価値だけで語られる芸術品になるのではないでしょうか。
Posted by ブクログ
英語のタイトルのdoesをisに変えたら「彼女はウォーカロンか?」になるのが面白い。
パラサイトこそが人類を繁殖させていたというのは楽しい発想だと思った。
アダムとイヴが食べた実には寄生虫がいて、それが人間の脳に変化を与えて、二足歩行になってとかだったら…。
パラサイトを作ることができればアップデートが可能ということ?作中であったウォーカロンのアップデートもそれなのかしら。
Posted by ブクログ
【購入本】S&Mシリーズから飛んでWシリーズに着手。講談社タイガからの出版ということもあり、話の内容もかなりライトな印象。〈人間×ウォーカロン〉の世界。「人間」とは、「命」とは、何なのか。曖昧になった社会の中で、ハギリとウグイの''日常''が動き出す。ただ、森ワールド(仮)の中でここまで不明瞭な話の展開はあっただろうか。ミチルは人間か、真賀田四季は生きているのか。謎は謎のまま明かされることはない。次作が楽しみだ。
Posted by ブクログ
ヴィルヌーブの『Blade Runner 2049』とキュアロンの『Children of Men (トゥモロー・ワールド)』が複合的に組み合わさり、著者のエッセンスがふんだんに散りばめられたような作品。ブログでブレードランナーの続編を観た氏が森博嗣が作りそうと形容していたように、驚くほどすんなりと物語が頭に入ってくる。
当然、このシリーズも四季のいる世界の延長線上にある。最初はSF小説を書きたいのかなと思ったけど、根底にあるテーマは最初から一貫しているように思えます。私たちはどこに行くのか。どこにも行かない。そのはずだけれど、どうにも違う気がする。エキソダスを書こうとしているのかなと想像。だからSFのようでいて、非なるものを、あるいは本当にあるかもしれないいつかを描いているような、どこか不思議なシリーズ。