あらすじ
昭和41年春、大学生になった伸仁は部活動にアルバイトに青春を謳歌し、房江は兎我野町のホテルで賄い婦の仕事を得て働いている。別居の熊吾は進行する糖尿病に苦しみながらも、木俣の高級菓子の夢、中古車センターの運営、森井博美の活計等、大小様々な難事の解決に奔走していたのだが……。37年の時を経て紡がれた奇跡の大河小説圧倒的な感動のフィナーレ。(解説・堀本裕樹)
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Posted by ブクログ
とうとう最終巻まで読み終わってしまいました。
第八部で妻子と別居することになり、殺伐とした第九部になるのかと思いきや、意外にものどかな日常が綴られていきます。
一緒には暮らさないけれども、家族として互いを思いやりながら暮らす熊吾と房江は、もしかすると初めて穏やかな生活を手に入れたのかもしれません。
作中でも語られますが、熊吾は人と人とをつなぐのがとてもうまい。
自分の部下にはしょっちゅう裏切られるし、家族とは別居するはめになるのだから、もしかすると親しい他人という距離が、一番熊吾との安定した関係を築けるのかもしれません。
”雑用が満足にできない人間は、どんないい大学を優秀な成績で卒業していても使い道がないのだ。”
苦労人の熊吾だからこその、人を見るポイントです。
苦労しながら一生懸命に生きている人たちに、なんとか生きる道筋を示しながら、少しずつ熊吾はその人生を清算しているように見えました。
裏切った人たちも多いけど、敵対した人たちも多いけど、それでもなお熊吾を慕い支えようとする人たちがいたことは、熊吾の人生が豊かなものであったことの証だと思います。
最後の最後に病院を転院することになり、まさかの展開でしたが、温かで穏やかな読後感でした。
ちょっと熊吾ロスになるかも。
第一部を読んでいた時は、もっと嫌なやつと思っていた筈なんですけどね。
Posted by ブクログ
10年ほど前に読み始めたが、当時まだ第5巻までしか書き上げられておらずそこで中断したままだった。このたび遂に全巻完結し文庫化されたとのことで第1巻から再読したが、1か月で全9巻一気読み、圧倒的な面白さでした。
なにより松坂一家のみならず登場人物ひとりひとりが背負う人間性を丁寧に描き、自分自身の遠い記憶を呼び覚ますような昭和30~40年代の大阪の下町に浸り続けたひと月でした。
登場人物があまりにも多く、人間関係が複雑にまじりあってわからなくなるので今回は人物相関図を作りながら読み進めていったのが大正解。前半で登場した人物ややりとりを最後まで絡んでおり丁寧に回収されていることなどあらためて素晴らしいと感じた。
完結編を前にして商売も家族も最悪の状況になりそうで心配したが全員それなりに幸せの形を迎え穏やかな結末になった。
物語の登場人物が死んで冥福を祈る気持ちになったのはア初めてでした。素晴らしい作品に感謝します。
Posted by ブクログ
【「自伝に戻って来た?小説」、遂に完結!】
宮本輝「野の春(流転の海 第九部)」新潮文庫
宮本輝が34歳で書き始めた「自伝的小説」が、物語を進めるに従ってだんだん「自伝」を離れていった、と作者本人が振り返る作品である。2018年に発刊された単行本の文庫版が今月売り出されたのて、文庫しか読まない僕もようやく手にした。
最終巻にふさわしく主な登場人物が一通り現れ、主人公松坂熊吾はそれまでやって来た複数の事業を整理し、妻・房江はホテル・多幸クラブの食堂での仕事を軌道に載せる。ひとり息子・伸仁が二十歳を越え、五十で彼を持った熊吾なりに責任を果たしたという思いに浸るが、(僕にとっては)まさかの結末を迎える。
「自伝からどんどん離れていった」はずの小説だったが、熊吾の長い語りや、病院のやたらと詳しい描写(僕には作者の批判とも読めるくらい詳しい)など、作者の本当の想いや気魄が相当こもっている気がした。その意味でこの物語は、最終巻にして「自伝に舞い戻って来た」感じさえするのである。
戦後すぐから万博直前にかけての大阪の街の細かい描写、そして物語の最後でようやく僕が幼稚園に入るかな?という時代背景(「駅前第一ビルと第二ビルがもうすぐ建ち始める」んやそうです)なども含め、9巻通して僕には忘れ難い作品になった。