塩野米松のレビュー一覧
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おじいちゃんの小さかったとき
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試し読み
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Posted by ブクログ
すごく、すごく良い絵本!
はたこうしろうさんの絵が本当に良い!
ゆかちゃんの一つ一つの表情が輝いて眩しくて、
「わたしのうみ」に魚がいたと気付いた時の顔に脱帽!
そして、くじらを見るゆかちゃんと両親の表情はここでしか描けない最高の時間が描かれている!
そこからの最後のページのへたさんとゆかちゃんの顔に感服◎
土の道は嫌だなと大人心に思ってしまうけれど、土はとても大切な場所だと改めて思わせてくれる絵本。
これから大きくなるゆかちゃんにとってこの場所で過ごした時間、へたさんとの時間は一生の宝物になるだろうことがとても伝わる一冊。
素晴らしい絵本にまた出会えたことに感謝します◎ -
Posted by ブクログ
「藤の木山砦の三銃士」に大幅に加筆したものということでした。前作も読んでいるのですが、全く違った作品のように楽しむことができました。既視感というようなものを感じたのはわずかだったように思います。自分の記憶力の減退のせいかもしれませんが、極めて新鮮に、そして一場面一場面を印象的に読み終えました。
登場人物たちは私と比べるとおそらく一まわり上の年代となりましょう。それでも描かれていることの一つ一つに思い当たることがあり、我がことのように懐かしい気持ちで満たされました。これは大切な記録として残しておきたい物語です。忘れてはならない物語だと思います。
少年時代に特有の揉め事もあり、当時の解決方法で解決されていくのですが、現代ならおそらく許されずに指弾されてしまうようなことがいっぱいだと思い出されました。遊びの一つ一つには現代なら危険と言われることが多く、むしろ危険だらけの中で遊んでいたようにも思い出されます。
しかし、その背景には揉め事の相手に対する尊敬と大切にする気持ちがあり、自分の環境に対する尊敬と大切にする気持ちがあり、大人や年上の少年に対する尊敬・敬意があったように思います。だから、問題を解決し、危険をスリルの中ですり抜け楽しみ、そのような少年時代を通過して、社会の中で生きていく力としていったのだと思います。
現代の尊敬・敬意・思いやる気持ちの乏しい世界を振り返るとき、ノスタルジーだけでは解決できないものを見つめている自分がいました。
これは当時の思い出に、これからの指針に、大切な記録です。 -
Posted by ブクログ
今は後継者がいない、あるいは数少ない手仕事の現場を訪ね、職人さんたちの聴き書きを重ねて出来上がった本。
以前から手元にはあったのだが、なかなか読めずにいた。
先日読んだ梨木香歩さんの書評にも取り上げられていたのを機に、読み始めた。
第一章では、昔は小さな集落にもいたという野鍛冶や、箕作り、屋根板を挽く木挽、手作りの釣り針の職人さん、サバニ舟の大工などの聴き書き。
たしかに、石垣を作る職人さんの章などは、ただただ面白い。
職人さんの聴き書きを、著者の塩野さんは、その地方の言葉を交え、きっとそんな風に語ったのだろうと思わせる書き方をする。
でも、たくさんの職を見ていく中では、正直、写真が欲しいな…と思ったり、こういうのって、NHKかなにかのフィルムに残しててほしいよな、と思ったりしていたが。
しかし、それはとても皮相な読みだったに違いない。
本書はこうした手仕事が滅びる理由を、ただ効率化や消費者の嗜好の変化だけに求めない。
一つの職が消えると、それが利用していた山の資源の再生の輪が途切れ、他の職人が使っていた材料も得られなくなるといったことが起きるというのだ。
職人の倫理ということにも目を啓かれる思いがする。
職人はよい材料を使い、技を磨いて、少しでもよい品物を世の中に出そうとする。
だから、職人が世を去る時、大名人であったとしても、その人のもとには何も残っていないのだという。
人ともに消えてしまった考えかたもたくさんあるのだろう、とも想像される。
また、職人の養成についても、聴き書きがある。
通いが許されたり、家事雑用に追われることがなかったりする場合もあるが、基本的には若い時から住み込みで、師の技を見て学ぶことが求められる。
師匠は教育の専門家ではないから、教え方は知らない。
育っていくかは、弟子の向上心次第。
うちの子どもは頭が悪いから漁師にはしなかった、という漁師さんの言葉が重い。
このような職人養成のあり方が、近代的な教育とは相いれないことは想像がつく。
職人の滅びの原因は、ここにもあるのだなあ、と気づかされる。 -
おじいちゃんの小さかったとき
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試し読み
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Posted by ブクログ
手仕事に生きる職人たちを筆者が一人一人訪ね歩き、話を聞き書きしたものを纏めた文庫版です。僕は偶然本書を手にすることが出来ましたが、新しいものと古いものの間で揺れ動き続けるものを記録した貴重な一冊です。
僕がこの本を読むきっかけとなったのはとある施設に用事があって、暇をもてあましていたときにそこに所蔵してあるライブラリーの中の一冊であったからでございます。ここに記されているのは野鍛冶、萱葺き、箕作り…といった連綿と続く手仕事の世界に生きる職人たちを筆者が訪ね歩き、彼等の話を聞き、まとめ、自らの考察を加えたものを文庫した一冊です。
こういうことを言うのは自分でも口幅ったいことですが、職人のなりそこないで、ここに登場する彼等のようなきびしい職業観を持ち合わせていない男がこの文章を書くことは非常に躊躇を心のどこかで感じているわけですが、登場する職人たちの言葉は、非常に含蓄に富んだもので、そういうことを感じ取れるだけでも、自分が過ごした人生に無駄な箇所はないのかなと、自分で自分を慰めているのが現状でございます。
竹細工を作る職人や、炭を焼く炭焼き、山から切り出された木を板にする木挽。彼等に脈々と伝わってきた「わざ」と「こころ」が現在の大量生産、大量消費の風潮によって、もはや風前の灯であると筆者は後半で説いております。職人の持つ技術はそれを使う消費者や、諸君が精魂こめて作った商品をを買い上げ、流通させる商人たちの厳しい『目』があったからこそであるという記述を読んで、あまりそういったものを求めていない自分に気づかされて、とても複雑なものを感じました。
そして、厳しい徒弟制度をとおして培われる職業観や、仲間内での仁義や礼儀作法を通じて「人が育つ」という文化にも触れられており、こういうこともなくなりつつある、という記述もあり、これで育った人間は文字通り『一人前』になるのでしょうが、なかなかついていくのは大変であると、個人的には思っております。ここに記されているものは『失われていく』技術や人間たちへの『惜別の辞』であり、『挽歌』のようなものであると、読み終えた後にそういうことを感じ入った次第でありました。 -
Posted by ブクログ
高井田の町工場のおっちゃん達へのインタビュー。平成20年の統計では東大阪は工場の数は全国4位、密度では大田区の5割ましでダントツの1位。しかし全盛期の半分に減っている。
紹介されているのはバネ、金型周り、金属加工などなど。
生き残るための考え方は各社それぞれだが共通するのは、機械を買って来て機械任せでは大手や中国に勝てないこと。
また、中国の技術が上がってきていることもわかっていてそれでも勝てる部分は有ると。
ちょっと気になったのは工場が減った分住居が増えて工場に対する苦情が増えていること。
おっちゃん達の多くは同世代からちょっと上が中心なので中国に負けん様に頑張って欲しいもんですわ。