川上量生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
KADOKAWA・DWANGOの代表取締役会長である川上量生氏がネットの未来について自身の所見を書いた一冊。
ネットの世界やコンテンツとプラットフォームについて、コンテンツのオープンとクローズドの問題などネット業界に精通する氏ならではの視点での指摘が満載で読み応えのある一冊でした。
ネットの世界についてのことが理解でき、また電子書籍やネットとテレビの関係の話やビットコインは非常に興味深いものでした。
また氏の手がけるニコニコ動画の話なども面白かったです。
本書を読んで、業界の第一人者が語るネットの業界のワンランク上の知識の得ることのできた有用な一冊だと感じました。 -
Posted by ブクログ
面白かった。ジブリの鈴木プロデューサーに弟子入りした
ニコ動ドワンゴ川上さんの魅力的なコンテンツとは何かという分析。
まずアリストテレースの詩学から紐解いて、①異なった媒体によって、②異なった対象を、③異なった方法で再現、していればそれは違うコンテンツだと。つまり、映画とTVとDVDは異なるコンテンツなんですね。
それで、ジブリのようなアニメがどうして実写より人気が長続きするのか。それは、写実よりも脳にとって真実に近い再現をしているのではないか、と言うんです。
風立ちぬの飛行機は実際の縮尺より大きく描かれている。それは宮崎駿監督が飛行機が好きだから。でも実は彼にとっては本当に飛行機が大きく見えていて、それに忠実に描くと脳にとって心地良いのじゃないか、というのですね。
・叙事詩と悲劇の詩作、それに喜劇とディーテュラムボスの詩作、アウロス笛とキタラー琴の音楽の大部分、これらすべては、まとめて再現といえる。しかしこれらは三つの点、すなわち、①異なった媒体によって、②異なった対象を、③異なった方法で再現し、同じ方法で再現しないという点におい て、互いに異なる。
―アリストテレース 詩学
この文章が2000年以上前に書かれていたというのは、すごくないでしょうか?アリストテレスの時代には、アニメも映画もマンガもありませんでしたし、コンテンツの大量複製の技術もありませんでした。詩作と音楽は当時の時代のコンテンツ全般を指していると解釈できるでしょう。ちなみに「ディーテュラムボス」とは合唱舞踊歌、「アウロス笛」とはオーボエに似た管楽器、「キタラー琴」とはギリシャの竪琴のことだそうです。
・長戸さんによると、ボーカルの才能で一番重要な要素はなにかというと、歌の上手さとか、魅力的な声質かどうかとか、いろいろあるけど、大事なのは歌詞がはっきりと聴きとりやすい声質かどうかなのだそうです。
・コンテンツのつくり手側の人たちは、プロであればあるほど、とかく「本物」を届けることにこだわりがちです。しかし、長戸大幸さんがボーカルの声の聴き取りやすさを重視した例や、ぼくらの着メロサイトが音圧を上げることで支持された例のように、一般の消費者のなかでも感度の高い人たちこそ、プロやマニアが軽視しがちなコンテンツの原初的な特徴の「分かりやすさ」を求める傾向があるというのは、真面目に受け止めるべき事実であるようにぼくは思います。
そして、それはコンテンツが「クリエイターの脳のイメージを観客の脳のなかに再現するための媒介物である」ことから、当然のことだと思うのです。
・UGC(ユーザージェネレイテッドコンテンツ)サイトというのは世界中のユー ザーがコンテンツをつくるので、とにかく数が多くなる。コンテンツは無料だからユーザーが集まる。無料でコンテンツをつくる人も実はインターネットのなかにはたくさんいる。そこで競争も生まれるのでコンテンツのクオリティもどんどん上がっていって、いずれ商業コンテンツもいらなくなる。しかも数が多いので、商業コンテンツでカバーできない多様性のあるコンテンツがたくさん生まれる。
そういう夢のようなふれこみで、インターネットにUGCサイトがつぎつぎと誕生したのです。
ユーザーが自由にコンテンツをつくるUGCサイトは、世間の予想や期待とは逆に、コンテンツの実質的な多様性を減らす作用があるというのがぼくの持論です。
コンテンツとはほうっておくとワンパターンになるので す。だから、ユーザーが自由にコンテンツをつくるUGCサイトはむしろワンパターンになりやすいのです。
…コンテンツの多様性を守るためには激しい競争をしてはいけないのです。
・あるとき、鈴木敏夫プロデューサーが『かぐや姫の物語』の予告編をどうやってつくればいいか、西村義明プロデューサーにアドバイスしていたのですが、そのとき鈴木さんは、「予告編は高そうなカットをつないでつくればいい」と教えていたのです。
ぼくがびっくりして、「高そうなカット、ですか。すごい表現ですね」と言ったところ、「これ、外では行ってないんだよねえ」と、鈴木さんは悪戯っぽい笑顔を見せたんです。
「人間、高そうなものが好きだから」
人間は高そうなものにしかお金を払おうとしな いと、鈴木さんは断言したのです。
・マリアを描き、彫刻に彫るときの大きなテーマはキリスト教の祈り。ルネッサンスの始まりは、そのマリアを荒々しいリアリズムで表現したことにあったそうです。
それが、時代が進むと、マリアにはその古典となるべき完成系が誕生し、さらに時代が進むと、今度は細部にこだわるようになり、最後はぎらぎら飾り立てるものになったといいます。細部にこだわったときには、本来のテーマであった「祈り」はどこかへ行ってしまい、残ったのは、たんなる女体だったそうです。
・ストーリーか表現かで、なぜクリエイターは表現にこだわるようになるのか、その理由は、ストーリーは表現に比べてパターン化されやすく、かつパターンの数が少ないからだとぼ くは思います。
・もし、宮崎作品の魅力がストーリーにあったとしたら、こんなに何度もお客さんに見てもらえるわけがありません。これだけテレビで再放送をやっているのですから、視聴率が下がらないわけがありません。ストーリーが目的だったら、分かってしまえばもう見る必要はないからです。
・庵野さんは実は中学生のとき、『宇宙戦艦ヤマト』が大好きでしたが、当時はビデオデッキなんてまだなかった時代ですから、テレビ番組の音だけをカセットテープに録音したのだそうです。そうして、カセットテープで何度も何度も聴いて、セリフも完全に覚えたと言います。
庵野さんは、音に対する感性がとても優れた映像作家なのだと思います。音の使い方がうまくて、おそらくは音だけで も物語を構成できるのです。そして音に合わせて補強するように映像をつけているのではないでしょうか。その意味では音楽PVに近い作り方をしているんじゃないかと思います。
庵野さんに、アニメにおける音の重要性について尋ねたことがあります。
「割合で言うと、どれくらいでしょう?」
庵野さんはしばらく考え込んでいたのですが、「作品の50%、60%…うーん」、その後さらに考え込んで、「いや、80%ですかね」と、最終的に言ったのです。
それぐらい庵野さんは音を大事にするアニメーション作家なのです。たぶんそういう感覚は宮崎駿さんにはないと思います。
・鈴木さんによると、独特の映画論を唱えているのが押井守監督だそうです。
押井さんによると、映画の構成要素は三つしか なく、それは、①ストーリー、②キャラクター、③世界観だそうです。
そしてこのなかのどれを優先するかで、映画の種類が決まってくるのだといいます。
押井さんがアメリカで、ジェームズ・キャメロン監督と話したときに、キャメロン監督は次のように言ったそうです。
「ハリウッドでは、キャラクター、ストーリー、世界観の順番でつくる。つまり、ユニークなキャラクターがいて、おもしろいストーリーがあって、最後にロケーションやセットという世界観を考える。この順番を守らないとハリウッドでは成功できない」
それに対して、押井さんは、
「それは逆だと思う。まず世界観があって、それからキャラクターがあって、最後にストーリーを考えればいい。だってそういう順番でつくれ るのは映画だけじゃないか」と答えたといいます。 -
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・任天堂のような自分でコンテンツを作っているプラットフォームは、コンテンツの値段を下げません。むしろゲーム機本体を安く売って、ソフトの売上で回収しようとする。
・多くの人は少ない理屈でビジネスをしようとするから、競争相手がたくさん現れてうまく行かないんじゃないでしょうか。
・どんなコンテンツ市場も、成熟していくと、コンテンツそのものではなくてブランドが評価されるようになるんです。
・プラットフォーマーにとって一番いいのは、突出したクリエイターがいなくて、取り替えられる消耗品としてのクリエイターがたくさんいるという状態です。
・プライドや自尊心がなくなったら、人は起きて飯を食って寝るだけの生き物になってします。
・リスクについて考えるなら、その起こる確率とリターンがどのくらいかということも併せて考えないと行けない。リスクがあるかないかしか考えていなくて、期待値の計算をしていない。
・レアなところが共通していると、似ていると思いやすい
・論理って突き詰めると、自分じゃなくてもいいものなんです。つまり、非論理的な部分にしか、最終的な個性は残らないわけです。 -
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ネタバレドワンゴ会長の川上さんのインタビュー集。
この人を見ていて思うことは、技術や知識に明るいこともそうだが、洞察力、思考力、表現力が抜群に高いということ。また、理系出身らしく自説を論理的に伝えるのが得意である。書籍の内容自体も秀逸で興味深かったし刺激的ではあったが、それ以上に、1つのテーマに対する着眼点、分析の仕方、そして表現の仕方などに唸らされることが多かった。私などは普段多くの情報に接しても、それらの情報を大して考えもせず鵜呑みにしてしまい、疑いを持たず、そのまま取り入れてしまうようなところがある。しかし、彼はそのように一筋縄で納得する人間ではない。常識とされているようなこと、世間で言われているようなこと、当たり前すぎて誰も目を向けない所にスポットを当て、分析を加え、確固とした自説を組み立てていく。
ホリエモンにも似たような所があるが、共通点としては「自分の頭で発想し、思考し、行動する」ということに対して不安を感じていないように見えるという点ではないだろうか。その説が正しいか、違っているかなどは問題ではなく、自分なりのスタイルを確立しているところである。川上さんがいる限り、今後もドワンゴは若者にフィットしたサービスや企画を提供し続けていくだろう。 -
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川上量生監修。執筆者は他にばるぼら、佐々木俊尚、小野ほりでい、荻上チキ、伊藤昌亮ほか。
日本におけるネットカルチャーの歴史について。特にリア充と非リア充の対立、炎上、コピペ文化に頁を割く。既知の事が多いので斜め読み。90年代の忘れていたネット文化が思い出され興味深い。
小野ほりでいさんの章が少し浮いていて面白かった。文化史というよりはルサンチマンとの戦い方についての文章。インターネットで色々なものが可視化されるとルサンチマンが増大してしまいがち。それをいかに上手く発散させるかが最近の自分の課題でもある。
テーマが重複する章は不要な気も。