木田元のレビュー一覧
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20世紀の思想家たちは、自らを「哲学者」とは呼ばずに「思想家」と呼ぶ。
なぜなら、西欧哲学とは唯一無二の思想体系ではないと彼らは考えるからだ。確かに、哲学とは真理を探究する学であると位置づけられる。しかし、その「真理」とは、古今東西の普遍の真理ではなく、西欧哲学史の枠組みの中で真理であるに過ぎない。つまり、良く言えば「ヨーロッパの伝統的知」となるだろうし、悪く言えば「ヨーロッパのローカルな知恵」ということになるのだろう。
いずれにせよ、西欧哲学を「西欧において発展した知識体系」と位置付け、それを克服することは、それこそプラトン主義vsアリストテレス主義から始まった西欧哲学の流れそのものを克 -
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[ 内容 ]
現象学は今日、哲学のみならず、人文・社会科学に広く影響を及ぼし、一つの大きな潮流をかたちづくっている。
本書は、現象学をフッサール、ハイデガー、サルトル、メルロ=ポンティといった哲学者の思想の展開のうちに生きた知的運動として位置づけ、「われわれにとって現象学はいかなる意味をもつか」を明らかにする。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間 -
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ネタバレ[ 内容 ]
主著『存在と時間』の精緻な解読を通じて、ハイデガーの存在論や哲学史観の全貌を描く。
と同時にその作業を通じて、なぜナチスに加担したのか、その理由をさぐり、思想の核心に迫る。
[ 目次 ]
序章 一つの肖像
第1章 思想の形成
第2章 『存在と時間』
第3章 存在への問い
第4章 ハイデガーの哲学史観
第5章 『存在と時間』の挫折
第6章 形而上学の克服
第7章 ハイデガーとナチズム
第8章 後期の思索?言語論と芸術論
終章 描き残したこと
ハイデガー略年譜
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー -
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ご自身の幼少から、哲学に没頭していった大学時代、そして現在に至るまでを書かれた本。
タイトルの「哲学は人生の役に立つのか」という問いについて、ご本人は「おわりに」の中で以下のように答えられています。
はじめにも言いましたように、「人生の役に立つ」ということが、世のため人のためになるという意味なら、やはり私には哲学が役に立つものだとはとうてい思われません。しかし、もしそれが私自身の人生において救いになったか、ということなら、確かに私は哲学に出会うことによって救われた、と言っていいところがあります。ですから、哲学は役に立ったと認めざるを得ないでしょう。」
これは、本当に素直に書かれたことなん -
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第六章 形而上学の克服
ヘラクレイトスらのプレ-ソクラテスの思索:自然哲学;生成されたものとしての自然ではなく、生成する自然(natura naturans)についての驚き
この自ら生産するピュシスとしての存在は、本質存在と事実存在へと分かれておらず、原初の単純さを保持している。/
「存在とは何であるか?」という形而上学の問いは本質存在と事実存在を分離せしめる。そして、この分離自体が形而上学の成立の条件である。
第一章 思想の形成
「いわゆる存在者レベルでの神への信仰は、結局のところ神を見失うことではなかろうか」p45
第三章 存在への問い
ウィトゲンシュタイン:「神秘的なのは、世界がい -
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おなじ著者の『現代の哲学』(講談社学術文庫)の姉妹編です。
「哲学」はどの文化圏でもどの時代でも通用する普遍的な知を意味すると考えられてきました。しかし、19世紀の終わりから20世紀にかけて、こうした「哲学」の見方を解体する試みが多く現われてきたと著者はいいます。本書のタイトルになっている「反哲学史」ということばは、こうした観点から「哲学」という知の様式の歴史を解体する企てを意味しています。
ソクラテス以前の哲学者たちは「自然」についての思索をおこないました。ただしこの「自然」は、こんにち自然科学が対象としているような自然ではなく、人間や神々さえも含めたすべての存在者の真の本性、つまりすべ -
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ネタバレ現象学についてフッサールからハイデガーへの流れ、メルローポンティの思想が大まかに書かれてある。
哲学の歴史や一応の哲学的知識があまりないので読むのが難しかった。
メルローポンティは全体を一つという考え方でアフォーダンスに繋がっているような気がする。
最後の6ページは作者の現象学に対する期待と希望が現れていて感銘を受けた。
一部抜粋する。
「現象学とは、世界のなか、歴史のなかでのわれわれの経験に問いかけ、その意味を解読しようとする果てしない努力である。いいかえれば、(略)全体的経験の文脈のなかで個々の経験が何を言おうとしているのか、何を意味しようとしているのかを、不断に問いつづけようという