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Posted by ブクログ
読み終わってから時間が経ってしまったので記憶がぼけてしまったり、理解が間違ってるかもしれないのでご了承を。哲学に疎い自分でも読めるように分かりやすく解説されてる本だった。同時代の人たち、詩人や哲学者との関係について紹介し、またナチスとの関連についても解説されている。当時は第一次大戦に敗北した極限的な状況だった。
ハイデガーの有名な著書「存在と時間」。この本は発表された当時、人々に大きい影響を与えたらしい。戦争中であったのでそういうことに敏感な人が多かったのだろう。
僕がハイデガーを勉強しようと思ったきっかけは、存在とはいったいなんなんだろうって疑問から。自分のことに自信がもてなくて、自分は一体なんなんだろうって悩んだりしてて、そういうことを教えてくれるものはないかなと思って。
でも、ハイデガーは、人間のあり方はどうあるべきか?ということを考えていたのではなく、むしろ「存在」とはなにかを探っていたのだという。表現が難しいのだが、「~デアル」と「~ガアル」の違いだとこの本では述べている。 難しく言うと、事実存在と本質存在の違いだという。哲学史上、いろいろな考えの哲学者がいたが、プラトン的な考え方とアリストテレス的な考え方がある。プラトンとしては、なにか純粋的な概念があり、それをもとにしてモノが存在する、と考えていた。アリストテレスは、なにかモノが先にあり、それがしめす性質があるという考え方だ。ハイデガーによるとモノは被制作物であるという。なにか純粋的な概念な概念があり、その概念をもとにだして創りだしたのがモノだと。英語のcreatureはcreateから来ているように。そして、一見相反するようだが、アリストテレスも実はこの考え方だといっている。しかし、こういった事実存在と本質存在という区別化は本当の自然(ピュシス)を忘却してしまうことであるらしい。ピュシスは英語のnatureに相当する単語らしい。natureといえば、自然であるが、nature of …という用例だと~の本質という意味にもなるように、本質という意味が近いのかもしれない。ハイデガーはこの形而上学の存在の区別の克服を目指していたが解決できなかったらしい。ちょっと自分の理解が怪しい範囲になってきたのでここまでで…
あと、後期の芸術論についても述べてあった。思索とはつまり創造すること、createすることで、芸術の本質とはそういうことだということが書いてあった。芸術作品の中に世界をcreateすることが本質だと。詩作も思索であるとかだじゃれっぽいことを言ってたり(違 ここらへんも誤解してるかも
こうまとめてみると、ハイデガーの思想をとてもわかりやすく解説してあるいい本だったけど、自分の中でちゃんと噛み砕けてないなあと痛感。またの機会に借りなおしてよもうかな。
Posted by ブクログ
第六章 形而上学の克服
ヘラクレイトスらのプレ-ソクラテスの思索:自然哲学;生成されたものとしての自然ではなく、生成する自然(natura naturans)についての驚き
この自ら生産するピュシスとしての存在は、本質存在と事実存在へと分かれておらず、原初の単純さを保持している。/
「存在とは何であるか?」という形而上学の問いは本質存在と事実存在を分離せしめる。そして、この分離自体が形而上学の成立の条件である。
第一章 思想の形成
「いわゆる存在者レベルでの神への信仰は、結局のところ神を見失うことではなかろうか」p45
第三章 存在への問い
ウィトゲンシュタイン:「神秘的なのは、世界がいかにあるかではなくて、世界があるというそのことである」(論考)p78
「私はハイデガーが存在と不安について考えていることを、十分に考えることができる。人間には、言語の限界へ向かって突進しようとする衝動がある」p79
「この体験を記述する最善の方法と私が信ずるのは、私がこの経験をするとき私は世界の存在に驚く、ということである。その場合私は、<何かが存在するとはなんと不思議なことだろう>とか、<世界が存在するとはなんと不思議なことだろう>といった言い方をしたくなる」(倫理学講和)/
「不安の無の明るい夜の中で、存在者としての存在者の根源的な開示がはじめて生起する」(形而上学とは何か)
第八章 後期の思索―言語論と芸術論―
「詩人とは、真剣に酒神を歌うことによって、逃げ去った神々の痕跡を感じ取り、その痕跡の上にとどまり、自分と同類の死すべき者たちに転回への道筋をつけてやる者たちのことである」p207
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