室谷克実のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
韓国の新聞記事等を引用しての分析、解説があり、あの国・民族の習性を知るのによいと思う。
「滅公奉私」の精神とはよくいったものです。
誣告の多さも国民性を象徴するものではないでしょうか?国をあげて日本に対する誣告も継続中なわけですし。
言ってしまえば、顔だけではなく、いろんなところを「整形」しているわけですよ。
内面(真実)の美しさを追求するよりも、外見ばかり取り繕うのに必死。
この本を読んで、あらためて友好的な関係はあり得ないと感じました。
話せばわかる、話し合いで解決を、などと言っている日本のマスコミ・政治家その他大勢はどうしょうもない。 -
Posted by ブクログ
著者の室谷克実氏は時事通信社のソウル特派員として半島の様子をつぶさに見てきた。半島に伝わる「三国史記」や「三国遺事」、中国に伝わる「隋書」などを正確に読むと、今まで常識と思われていたことが全くの嘘だということに気付いたという。
例えば稲作などの先進文化は半島から日本が学んだという「定説」はウソだというのだ(これは既に科学的に証明されている。)その他にも
・倭国の勢力が半島南部に存在した。(広開土王碑文に出てくる「任那加羅」は実在したのだろう。)
・倭国の王が半島出身という根拠は全くない。
・従軍慰安婦は強制だったと言いながら、昔は「献女外交」、現代は「海外遠征売春」を行っているのが韓国。韓国の中央日報が報じている。
こんな事実を隠して、歴史を反日教育のために捏造してしまい、今ではほとんどの韓国人がウソの歴史しか知らない。我が国でも遠慮してそのままにして抗議しないし、知る人はあまりいなくなってしまった。
そういう意味で日韓ともに正しい歴史認識が必要だ。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
古代日本は朝鮮半島から稲作などの先進文化を学び、国を発展させてきた―という“定説”は大嘘である。
半島最古の正史『三国史記』には、新羅の基礎を造ったのは倭人・倭種、中国の『隋書』には、新羅も百済も倭国を文化大国として敬仰していたと明記されているのだ。
日韓古代史の「常識」に異義を唱え、韓国の偏狭な対日ナショナリズムと、日本のあまりに自虐的な歴史観に歪められた、半島史の新常識を提示する。
[ 目次 ]
序章 陛下の「お言葉」ではありますが
第1章 新羅の基礎は倭種が造った
第2章 倭国と新羅は地続きだった
第3章 国民に知らせたくない歴史がある
第4章 卑怯者を祀るOINK
第5章 「類似神話」論が秘める大虚構
第6章 「倭王の出自は半島」と思っている方々へ
終章 皇国史観排除で歪められたもの
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
韓国は音楽や映像などのクリエイティヴな創作物に非常に優れた結果を残しており、世界中が韓国アイドルやドラマに席巻されている。私は韓流ドラマなどはほとんど見たことないが、韓国料理のお店で流されている映像を見るだけでも、何かわかりやかすぐ感情に訴えかけてくる内容で、音声はほぼ聞こえなかったがかなりの興味を惹かれた。音楽にしても映像にしても、人の心を掴むのが得意な民族なのではないかと思う。
本書の筆者は韓国・北朝鮮のある朝鮮半島の歴史書について、日本に関する内容があまりにも創作的である事に怒りを感じている。本書は朝鮮半島の歴史書である「三国史書」に記された内容の検証が中心になる。韓国ルーツ論は現代の韓国でも多く発信されているが、我々日本人に言わせれば笑える内容は多い。真偽のほどはわからないが、
・日本食は韓国がルーツ
・天皇家は韓国人
・日本という国は韓国人が建国した
など、多くの説が韓国では流布される。日本だけならまだ良いが食も音楽も宗教も言語も古代の技術も何もかもが韓国から生まれて世界に発信されるという韓国起源が未だに生まれ続けている。科学技術が進歩し、地質学や生物学などの研究と証明が進んだ現代において、韓国人がそれらを本気で信じているとは思えないが、そうした教育を受けた韓国人もいるかもしれない。
そうした事実の作り替えが現代でもなお行われているから、過去の半島の歴史書も疑ってかかるしかない。
歴史書などはどこの国でも自国を正当化したり、外部(海外)に向けて権威を示す為に作られることが多い。日本でも「日本書紀」は明らかに中国に向けて作られた創作的な内容は含まれる。それが全て事実なら、神がかり的な出来事により日本が出来上がった事になってしまう。こうした歴史書の経緯や存在意義を考えれば、創作的な記述から実際にあった出来事を想像するための歴史であり、そこに歴史研究や解明の面白さがある。科学の進歩や新しい遺跡の発見などが、遡ってそれまでの通説を覆していくのは少し違和感を持っていたジグソーパズルのピースがピッタリハマるような感覚ではないかと思う。
本書に記載された筆者の考えも一つの考え方であり、事実を同時に遡って見ることはできないから、真実か否かはわからない。だがそうした読み方もあることを受け入れ、自身の考えや認識と照らし合わせて想像して見るのは楽しいであろう。異説を知らなければ視野の狭い考え方に陥ることは避けられない。そのような意味で非常に面白い内容だ。