マーク・ピーターセンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ日本語の表現をそのまま英語にしても、なかなか伝わらないなぁと痛感することが多く、手に取った一冊。
文法や単語を一通り学んだ後は、英語的発想やことわざ、英語圏における共通思想みたいなものを身につけないといけないんだろうなぁ~
本書で取り上げられていた全ての表現を覚え、日常利用することはなかなか難しいですが、
ポイントポイントだけでも身につけて、使っていきたいです。
以下、印象的だったところ。
・silver tongues(雄弁家)(p.19)
・the Mother of~は抽象的なものにも使えるが、the Father of~は「創始者」等の抽象性のないものに使う。また、前者は”母なる大地”のイメージで、後者は”時の翁”のイメージ。(p.29)
・old personよりelder personの方が語感が優しい。(p.57)
・And now here is my secret, a very simple secret: It is only with the heart that one can see rightly; what is essential is invisible to the eye.(p.101)
・lost generationは「失われた世代」ではなく「人生の迷子になった世代」(p.142) -
Posted by ブクログ
とても有名な『日本人の英語』の続編。「日本語を母国語にしている人が日本語独特の構成上の特徴や思考方法にとらわれて書いたり話したりする英語」(pp.178-9)についての分析で、可算・不可算、時制など。
このタイトルそのものについて著者が分析しているところが面白い。「前の本に『日本人の英語』という偉そうな題名をつける気はもともとなかった。人の反感を買うだけだろうと思ったし、ことに日本人の外国語学習の苦労に対する私の態度が誤解されるのではないかと、心配していたのである。」(p.177)とあったが、まさにおれはこのタイトルは鼻持ちならないものとして認識していただけに、10年以上前、大学生のとき前著を読んで以来長い間、その続編は読む気もしなかった。このp.177を読むまで、おれはこの著者の態度を誤解していた。そして、"The English of the Japanese"も、"English among Japanese People"も、どれも著者の意図するところにあてはまらないという。本当にこころを外国語に訳すというのは、本当はとても難しいことだと思う。この点は、最近読んだ『井上一馬の翻訳教室』という本でも、繰り返し述べられていた気がする。
いくつか勉強になったことのメモ。I watched a movie last night.とI saw a movie last night.の違い、について、どっかでwatch a movieは家でテレビで見ること、see a movieは映画館で見ること、と書いてあったのを読んだ気もするが、この場合はそうでもないらしい。「"seeing"は、目という"道具"でもって、あるものをvisual informationとして頭脳にいれること」(p.150)で、「"watching"はまさに時間の経過していく間、ものの変化を意識する、『観察』に近いことである」(同)らしい。なんとなくはわかるんだけど、確かにWhat did you do last night?に答える時はsawよりwatchedの方が自然なんだろうなあとかは分かるが、そのなんとなくが説明できなくて困る。
あとは色んな本で話題になる、「時や条件を表すif節の中は未来のことでも現在形」についての話題で、英語の教師としては、ここをどう説明すればわかりやすく、かつ本質を外さない説明ができるか、3年前に高2を教えた時はそれなりに考え抜いたはずだけど、今となってはもう、その時の教え方もベストではなかったかと思う。"We shall be most pleased if you will accept our invitation."(p.125)とか、"If it will make you unhappy, I won't go." (p.129)みたいな例を、著者がいうように「例外」とか「意志未来」云々とか言わずに、何か説明できる方法はないのか、あらためて考えようと思う。
最後に、英語とは全く関係ないのだけれども、1960年代のアメリカの話がpp.41-2で端的にわかりやすく説明されており、興味深いと思った。(17/05) -
Posted by ブクログ
英語を母語とする著者が日本語で、「日本人が使ってしまいがちな英語」
はなぜそうなるか、を説明。
こちら、「続」とあるように2作目です。
こちらも1冊目と同時に買ったんだけど1冊目が中々読めなくって長らく積読してたのをようやく読みました。
が!今回はすらすら読めましてしかも面白かった(笑)
文例が映画だったりするのが良かったのかな。。。あと基本的には1作目と内容はあまり変わっていないので予備知識があって読みやすかったのかも。
こういう本を読むと言語というのは宗教だったり環境だったりに深く関連していて、単純に日本語→英語、で訳している限りその文脈にたどり着くのは困難というのがよくわかります。
グロービッシュ系の本を読むと、ビジネス英語のほうがむしろラク、とあるのは確かにビジネスだと使う言語が違っても目的が共通だったりするので通じやすいんでしょうね。
1作目にもa,theなどの冠詞について、日本人が頭で考えた日本語を英語に直そうとすると名詞を先に考えて、そしてこの冠詞はどれ?と考えてしまうけれど、そもそもそれが違う。冠詞は先に決まっていてそれに名詞をつけるんだ。。と。
書くと何のこっちゃ?ですが、読むとあーこういうことを言ってるのか!というのがわかって、意識できるようになりました(とはいっても使いこなせませんけど)
A tiger is a dangerous animal.
The tiger is a dangerous animal.
Tigers are dangerous animals.
日本語に訳すとすべて「トラは危険な動物である」になるけれど、英語を母語にしている人にとっては3つが違う情景が浮かぶ事。
アメリカ人は日本人をThe Japaneseというのに、自分達を The Americansとは言わずにはAmericansというのは何故か。
文法という問題ではなく、そこにある意識で言葉が作られているというのがよくわかる例でした。
しかし、これだけの事を外国語である日本語で書いて、しかもそれがとってもよくわかるなんて、著者すごすぎ。 -
Posted by ブクログ
前「日本人の英語」を読んでいたので「続・・・」の方も読んでみました。
前者はどうもすっくり「すとん、すとん」と落ちてこなかったのですが、今回は「ほ~」と思えるところも結構ありました。
やはり文体はいまいち好みではなかったですが、例文で安田成美とか藤谷美和子がでてくるところがかわいらしい感じはします
~Quote~
A:What did you do on Sunday?
B:I went to a movie.
A:who did you go with?
B:I went with my friend.
ここのmy friendは「決まった一人、例の友達」という意味である。
この会話でいきなり"with my friend"といわれても困る。「例の友達」が具体的に誰のことかわからないからである。
世の中のすべての人間から候補者を絞るのに"my"という言葉しかない。"friend"の意味的範囲は「決まった一人」を意味する"my friend"はBにとって「世の中で唯一の友達」といういみになってしまいBには友達が一人しかいないということになる。
"I went with one of my friends."
"I went with a friend of mine"
がここでは適当。
~Unquote~
ここでいう"my friend"普通につかってました。。。
やっぱり英語はおもしろい。やればやるほどいろいろな発見があるんだもの。
(って、レベル低すぎる???私。。。)