高野悦子のレビュー一覧
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ネタバレとても興味深い本だった。
この本は19歳の誕生日に母からプレゼントされた本だった。今現在私は20歳5ヶ月ほどになり急に思い立って読んでみることにした。作者の高野さんは私の祖母と同い年であり、当時の大学生ということもあり、親近感かつ新鮮感という不思議な印象を持った。
高野さんが綴る日記は、今の私と重なる部分もありつつ、やはり私が考えてもいないようなことを考えていたりして、とても面白かった。
今このように私が綴る文章は小学生のようで大変稚拙であるが、高野さんが今の私と同じくらいだとは信じられない。私はAIに頼りすぎて、難しい文章を読み、自分でよく考え、自分の考えを書き起こすという作業を怠っていたのかも知れない。
しかし、彼女はいろいろ考えすぎてしまったが故に自殺してしまったのか、、。だとしたら私のように何も考えずとも生きている方がよいのか。難しいところであるし、彼女が言いたかったことを私は本当に理解したのだろうか、、
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Posted by ブクログ
正直最初は読むのを諦めようかと思うくらい理解することができませんでした。詩人になりたかったようで文章が詩的ですし、そもそも学園闘争ってなんぞや?と
しかし、高野さんの背景、そして自殺という結末を知りながら読み進めることでこれは彼女の心の叫びであると私の中で理解しました。
アンネの日記と似ているなと思いました。いつナチスの親衛隊に捕まるか分からない。明日命がなくなるかもしれない状況下でアンネは常に前向きに日記を書き続けましたが、そんな中でも隠せない心の不安。
高野さんのノートにも闘争への意気込みや自分が自分であるための高い志が書かれていますが、いざ現実世界に戻ると何もできない自分への絶望。そんな心の叫びであると。
私も数年前、仕事の怪我で人生に絶望していたとき、同じように日記を付けていた時期がありました。日記の中ではどんな勇ましいこと、崇高なことも何でも言えて何でもやるぞ!という気になれるんです。けど、いざ現実世界に戻ると人間関係や自分の心の弱さで日記に書いたように行動できない自分に絶望する。そしてそのことを日記に書き、また妄想する。
私にはそのとき心の支えになってくれた人がいましたが高野さんにはいなかった。というより高野さんはそれを愛に求めてしまった。
そしてどんどん孤独になっていってしまったと感じました。
高野さんがご存命ならば80歳手前くらい。自殺ではなく結婚して家族に見守られながら暖かい布団の上で臨終する。そんな世界もあったかもしれないことを考えながらこの本を読み終えました。 -
Posted by ブクログ
去年古本市でふと目に止まって購入した本。二十歳を目前にして読むべき本だった。出会えて良かった。
特に「独りであること」について彼女は何度も思考を巡らせている。考えることは苦しい。それでも考えることをやめない、向き合うことをやめないこと、それが彼女を支えて、やがて追い詰めたのか…。学園紛争の最中、この本の時代の大学生、大学の様相は今とはあまりにも違う。彼女が綴った日記は正直で、赤裸々で、理想と現実の狭間でもがいている。読んでいるこちらも苦しく、恥ずかしく、彼女の感情の波に飲まれていった。ときおり挟まれる美しい自然の詩は、現実を離れ、心の羽を伸ばしているようだ。
自分について、大学について、孤独について、性について、労働について…50年前の同い年の学生がここまで自分の周囲の物事を深く、内省的に考えていたことに驚き、その熱量に圧倒された。彼女の人生の最期の半年間。薄い本だけどとても重かった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ青春というものは如何なるものかを思い出させてくれる本。読んでいると、自分が生きていること、存在していることに不思議な自信が湧いてくる。
全共闘の時代に自殺した大学生の手記。終始灰色なトーンで日々の生活や心情が綴られている。理想と未熟な自分のギャップに悩み、自分の弱さをいつも反省している。
一方で、時々に綴られる詩や自然の描写はとても美しい。純粋無垢な心を持ちながら、仄暗い自己批判を続けているアンバランスさが愛おしい。
漠とした不安を抱きながら、形のないものに真剣に悩む経験こそが青春だと思う。
そして、自分もこのような経験を持っていることを時折思い出す必要があると思う。
年を取ると青春を経験できなくなってくる。青春には孤独が必要だが、孤独は特権だ。孤独を手放さなければ、生活ができなくなる。生活のために、仕事、家庭、お金など目に見える具体的なものに悩むようになる。具体的なものは自分の外にあるものだ。他人や社会によって、常に変わっていく。青春を忘れてしまうと、これらに右往左往することになる。
この本の中で「青春を失うと人間は死ぬ。」という言葉が書かれている。青春を失うことは精神の熱的死だ。青春という経験を思い出すことで、自分の中に目を向け直すことができる。1個の自分というものを意識することができる。現実に対する1個の自分。それが存在の矜持と自信。 -
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「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
1969年6月、立命館大学の学生であった高野悦子が自ら命を絶った。享年20歳。『二十歳の原点』は彼女が書き残した日記である。1969年1月2日、20歳の誕生日からそれは始まる。
立命館大学文学部に入学した後、彼女は読書やアルバイト、そして学生運動との狭間で、自己を確立しようと努める。考え、迷い、悩み、叫び、行動を起こす。喫茶店「シアンクレール」で思案にくれ、あるべき自分を模索し続ける日々。
時として、その終着点は「死」に向けられた。しかし多くの場合、彼女は「生」への強い想いを抱き続ける。明るさとせつなさを交錯させながら、強く生きることを切望する。
6月22日、彼女は長い長い日記を綴る。睡眠薬を大量に飲みつつも、それに打ち勝って眠らずにいられるかを試し、最後に一編の美しい詩をうたう。それが彼女の最後の日記となった。
20歳の日々。何を考え、どのように生きていただろうか。そんなことを考えさせられる本でした。 -
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「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
1969年6月、立命館大学の学生であった高野悦子が自ら命を絶った。享年20歳。『二十歳の原点』は彼女が書き残した日記である。1969年1月2日、20歳の誕生日からそれは始まる。
立命館大学文学部に入学した後、彼女は読書やアルバイト、そして学生運動との狭間で、自己を確立しようと努める。考え、迷い、悩み、叫び、行動を起こす。喫茶店「シアンクレール」で思案にくれ、あるべき自分を模索し続ける日々。
時として、その終着点は「死」に向けられた。しかし多くの場合、彼女は「生」への強い想いを抱き続ける。明るさとせつなさを交錯させながら、強く生きることを切望する。
6月22日、彼女は長い長い日記を綴る。睡眠薬を大量に飲みつつも、それに打ち勝って眠らずにいられるかを試し、最後に一編の美しい詩をうたう。それが彼女の最後の日記となった。
20歳の日々。何を考え、どのように生きていただろうか。そんなことを考えさせられる本でした。 -
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「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
1969年6月、立命館大学の学生であった高野悦子が自ら命を絶った。享年20歳。『二十歳の原点』は彼女が書き残した日記である。1969年1月2日、20歳の誕生日からそれは始まる。
立命館大学文学部に入学した後、彼女は読書やアルバイト、そして学生運動との狭間で、自己を確立しようと努める。考え、迷い、悩み、叫び、行動を起こす。喫茶店「シアンクレール」で思案にくれ、あるべき自分を模索し続ける日々。
時として、その終着点は「死」に向けられた。しかし多くの場合、彼女は「生」への強い想いを抱き続ける。明るさとせつなさを交錯させながら、強く生きることを切望する。
6月22日、彼女は長い長い日記を綴る。睡眠薬を大量に飲みつつも、それに打ち勝って眠らずにいられるかを試し、最後に一編の美しい詩をうたう。それが彼女の最後の日記となった。
20歳の日々。何を考え、どのように生きていただろうか。そんなことを考えさせられる本でした。 -
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「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
1969年6月、立命館大学の学生であった高野悦子が自ら命を絶った。享年20歳。『二十歳の原点』は彼女が書き残した日記である。1969年1月2日、20歳の誕生日からそれは始まる。
立命館大学文学部に入学した後、彼女は読書やアルバイト、そして学生運動との狭間で、自己を確立しようと努める。考え、迷い、悩み、叫び、行動を起こす。喫茶店「シアンクレール」で思案にくれ、あるべき自分を模索し続ける日々。
時として、その終着点は「死」に向けられた。しかし多くの場合、彼女は「生」への強い想いを抱き続ける。明るさとせつなさを交錯させながら、強く生きることを切望する。
6月22日、彼女は長い長い日記を綴る。睡眠薬を大量に飲みつつも、それに打ち勝って眠らずにいられるかを試し、最後に一編の美しい詩をうたう。それが彼女の最後の日記となった。
20歳の日々。何を考え、どのように生きていただろうか。そんなことを考えさせられる本でした。 -
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「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
1969年6月、立命館大学の学生であった高野悦子が自ら命を絶った。享年20歳。『二十歳の原点』は彼女が書き残した日記である。1969年1月2日、20歳の誕生日からそれは始まる。
立命館大学文学部に入学した後、彼女は読書やアルバイト、そして学生運動との狭間で、自己を確立しようと努める。考え、迷い、悩み、叫び、行動を起こす。喫茶店「シアンクレール」で思案にくれ、あるべき自分を模索し続ける日々。
時として、その終着点は「死」に向けられた。しかし多くの場合、彼女は「生」への強い想いを抱き続ける。明るさとせつなさを交錯させながら、強く生きることを切望する。
6月22日、彼女は長い長い日記を綴る。睡眠薬を大量に飲みつつも、それに打ち勝って眠らずにいられるかを試し、最後に一編の美しい詩をうたう。それが彼女の最後の日記となった。
20歳の日々。何を考え、どのように生きていただろうか。そんなことを考えさせられる本でした。 -
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20歳と6ヶ月の若さで自ら命をたった高野悦子の14歳から17歳までの日記です。僕がこの本に書かれた年齢のころはバカなことばっかり考えていました。
この書評を書くためにもう一度、この本を読み返していました。これは、多感な年頃といわれる14歳から17歳までの3年間を高野悦子がつづった日記です。
自分自身の中学、高校のころを考えても、これだけ厳しく自分の内面を見つめたことはありませんでしたので、正直、『中年の門』が目の前に差し迫っている身の上としては読んでいてかなり息苦しゅうございました。
時々勉強を怠けたり、感情的に不安定になる箇所が見受けられるのは思春期特有のものなのでしょう。そして宇都宮女子高校に入学した彼女はバスケットボール部に入部しますが、心臓を患いマネージャーに転向しますが、後に退部してしまいます。
正直、この辺のところは僕自身も似たような経験をしているので、(とはいっても病気ではないのだが)彼女のことは人事とは思えませんでした。そして大学を受験する際の心の揺れ動きは、自分自身の浪人時代を思い出して、かなり気分が重くなったことを覚えています。
そして、彼女があの怒涛の大学生活になだれ込むのかと思うと、読んでいて複雑なものを感じずにはいられませんでした。
今、手元に在りし日の彼女が正面を向いてはにかむ様にして笑っている写真があるのですが、もし許されるのならば彼女をそっと後ろからぎゅっと抱きしめて
『僕が傍にいるよ、それじゃダメか?カッコ(高野悦子のあだ名)…。』
と耳元でささやきたい衝動に駆られます。 -
Posted by ブクログ
「独りであること、未熟であること、それが私の『二十歳の原点』である」この言葉を残して、貨物列車に飛び込んだ女子大生、高野悦子の手記です。読んでいてあまりにも純粋で、そして痛々しかったです。
「独りであること、未熟であること、それが私の『二十歳の原点』である」
高野悦子
いやぁ、やっと読み終えた。これは、有名なのでさらりとしか書かないけれど、二十歳で鉄道自殺を遂げた大学生の十四歳から亡くなる直前までのころを綴った手記である、僕がこれを知ったのは、単なる『ジャケ買い』で、彼女のことは当時何にも知らなかった。
でも、経歴を見て、『あぁ、やっぱり何か惹かれるものがあったんだなぁ。』というものがあった。やはり、僕のなかにも彼女は、いる。だけど、彼女は純粋すぎた。
僕は、年をとったので、永遠に時間をとめてしまった彼女よりは少しだけいろいろなことを知っている「つもり」である。だから、いろいろなことがあってもなんとか、生きていける。読んでいてつくづく思うことは、あそこまで自分と格闘すればその先に待っているのは「死」のみである。
ということに他ならない。彼女の手記を見て、「純粋」さと「危うさ」というのは本当に表裏一体であると感じずにはいられなかった。だけどここまで自分と向き合ったのか?ときかれると正直「ウーン」といわざるを得ない。
読んでいて非常に内容が生々しく、後半の死に向かっていく過程はあまりにも痛々しいものだった。
でも、一見の価値はあると思う。できれば十代、二十代のときに読んでほしい本である。 -
Posted by ブクログ
彼女が高校三年生からの立命館大学二回生までの三年間が記されております。このころから「自殺」という言葉がノートの中に散見されるようになってきます。彼女の時間は永遠に時間がとまっている事実が重いです。
この本を読んだのは確かもうずいぶんと前のことで、今回ここに書評を書き下ろすために読み返したのですが、彼女の「穢れのない」魂に向き合うのは正直に申し上げて非常にしんどかったです。
これでしばらく彼女の言葉に向き合うのはこれで少し距離をおきたいと思っています。さて、高校三年生の彼女は立命館大学と明治大学を受験し、立命館大学に合格した彼女は京都へと赴くことになります。
当時は学生運動がピークの時代だったので、ちょっとここから日記が「左」がかってきますが、彼女は学長の挨拶に感動したり、部落問題研究会に入部も入部したりと、幸先のよい京都・立命館大学での学生生活をスタートさせます。
ですが結局、翌年の四月に部落差別研究会を退部してワンダーフォーゲル部に入部し、山歩きをしたり、アルバイトをしたりと、普通の学生生活をしています。そして、彼女が吸っていたというハイライト。
再読して初めて気づいたのですが、
「ずいぶんきついタバコ吸ってんなぁ~」
なんて読んでいると、飲み会で酔っ払った勢いでほかのワンゲル部員に「お持ち帰り」されたことに深く傷ついたりと、どうしても下世話な部分に心が行ってしまうのですが、このことはずいぶんと彼女の中でひきずっていたことみたいですね。
現在では考えられない話ですが。当時の男女交際に関する事情もあったのでしょう。この日記は彼女が実家に帰って、家族旅行で塩原に行くところで終わっていますが、
「二十歳の原点」の方になっていくと、彼女が「死」に引き寄せられていく過程が克明に記されていますので、ここで書かれていることはまだ、牧歌的であるとさえいえます。