佐藤愛子のレビュー一覧
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サウンド文学館・パルナス エッセイ「男友だちの部屋」佐藤愛子 朗読:中野良子
タヌキちゃんのソファ 北海道に別荘を建てたときのエピソード。ここから「私の遺言」に繋がる。
バラの話
「あのバラを伐ってしまったのは、ちょうど十年前だ。なんといっても私は元気だった。いまならば私は伐らないだろう。そして季節が来ると、咲ききった無数のローズ色のバラが、色を失いつつ、露の雨に打たれて無惨に朽ちていくのをじっと眺め、胸に湧き広がる悲哀の中に沈む事を、むしろこころよいものに思うかも知れない。」
たまに気を引く文があるけど、お年寄りが得意がってするおしゃべりを、思いやりのために聞いてあげてる気分だった。昔の人のリアルカマトトぶりパネェ。 -
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教育への信念、情熱だけを生き甲斐にしてきた
元小学校校長の丈太郎。
戦後の苦しい時代に夫に黙って忍従することが
妻の務めだと思ってきた妻、信子。
民主主義社会の中で、自己の主張を抑え
優しい夫を演じる、息子の謙一と
教育熱心でキャリアウーマンな妻、美保夫婦が2世帯住宅で同居しています。
物語は、信子が戦時中に夫の為に忍んで失った青春の日々を
今から取り戻すと決意するところから始まります。
これからは自分のために、楽しい余生を送るのよという妻、
家族から時代が違うんだからとその熱血さを疎まれる、夫。
熟年夫婦の葛藤が、和やかなタッチで描かれています。
特にこれと言って読みたい本が無い人、
サスペンスとかミステリーは飽きてしまって
ちょっと心穏やかに小説をのんびり楽しみたい人にお勧めです。 -
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にちゃんねる用語でDQNという言葉がありますが、この佐藤家はまさに全員がDQN。す、凄まじい。
この本を手に取ったきっかけは、NHKのドラマでした。この本が原作だったのですが、ドラマのほうは、「野放図で、でもどこかほっとけない悲しみを漂わせたサトウハチローと、それに振り回される家族の物語」的に描かれてて、主題歌もいかにもホロリとこさせるのを狙った曲を使ってたんですよ。
この原作本を手にとって、何度も何度も、描かれている家族模様をドラマのテイストに変換しようと、この本を最後まで読んだときに救われなさそうな自分の心を妄想の力で救おうと頑張ったんですけど、無理でした。「宿命の一族」とかそういうギリシャ悲劇的なキャッチも似合いません。「家族崩壊」ってわけでもありません(っつーか一人ひとりが既に壊れ気味)。
ただ血縁で結びついているだけで、何か条件を設けて選出されたメンバーではないのに、こんなに「本気でヤバい」面子がそろうなんて。これぞまさに偶然の必然、血脈の凄みなんでしょうか。 -
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北海道に山荘を建ててから起こった心霊現象・・
やがてそれは彼女の東京の自宅でも起こるようになる。
三輪明宏や江原啓之など多くの霊能者や祈祷師、心霊研究家の力を借りながら、20年以上霊と戦い続けたその精神力には驚かされる。
私自身「科学的に証明できないこと」があると思っているから、とても興味深く読んだ。
それにしても凄まじかった。
彼女がなぜこの体験を遺言としたのか。
霊界のこと、日本の現状、先行き、読んでいると、今日本人が忘れてしまっている、日本人本来のかつて持っていた気質、私が常々感じていたことと符号する。
「一人一人が自分の波動を上げれば社会の波動が上がり、国の波動も上がる。
国民の波動が上がれば質の高い政治家が出てくる。一人一人の波動の高まりが優れた政治家を産み出すのだ。」文中より・・
それは決して難しいことではなく、昔は当たり前のように親から教えられた「ありがとう」と言う感謝の心とかなのだ。
人を蹴落としまでいい学校を目指し、いい就職先を見つけ、そういう世の中になってから、親は子どもに一番大事な心の部分を教えないで来た。
そのことが人の波動を下げてしまっている。
私達はもっと人として謙虚な心を取り戻さなければと切に思う。 -
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解説の池上永一氏と同じように私の佐藤愛子との出会いは母を通してであった。いまはお互い落ち着いたが、母も私も若かった頃は佐藤愛子と張り合えるような大騒ぎ母娘だった。佐藤愛子の娘、響子とちがい、私も懲りずに言い返していたので大騒ぎの二乗だった。今思うとご近所の皆様、大変失礼いたしました。
いつも母を通して読んでいたので、気持ちとしては母の友人だ。自分の子供どころか孫が通うようになっても「幼稚園は近いが一番」なんて豪語するところは類友といえよう。
その佐藤愛子の本がひょんなところから私の手元にやってきた。彼女は相変わらずだが、私は随分変わったような、自分の事がわかってきたような気がする。(2006.1.11)
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著者の一族に流れている、破滅的な『血』をテーマに描かれた、私小説的な作品。
物語は、著者の父親である、作家の佐藤紅緑と、著者の母親である女優の万里子(シナ)との出会いから始まり、その時から歯車が狂ったように、家族がバラバラになっていく。
義兄のサトウハチローを始めとして、佐藤家の男達の生き様の凄さ、酷さと言ったらない。どうしてこうも、揃いも揃って身を持ち崩していくんだろう。
家族を捨てたとも言える、紅緑が一番の元凶と言えなくもないけれど、同じような境遇の人間は、彼らだけではないだろうし、そんな中で真っ当に生きてる人間も世の中には多くいる。
見てると、結局は悪い事はみんな自分の環境や周囲の人のせいにしてるだけって感じで、結局のところ、自業自得としか思えない。読んでて正直なところ胸糞悪くなった。
著者は、結局はみんな同じ血が流れてる、その血脈から逃れ切れない、ような事を作品内で暗示してるようだけれど、こちらからすると、それも単なる言い訳に過ぎない感じがした
確かに血筋の影響も強いとは思う。でも、そこから逃れられない程に強いものなのか、疑ってしまう。
あと、これって小説?と疑ってしまう。だって、全員実名で出てるんだもの。
サトウハチローの息子なんて、まだ生きてるし、長い時間をかけて描かれたものだから、執筆中に存命してた人もかなりいる。こうやって実名で大々的に描かれて、トラブルとか無かったのだろうか。なんせ、描かれてる様は、酷くて、まさに駄目人間って感じだからね。
小説としてかなり脚色してるという感じはしなくて、赤裸々な暴露書みたいな感じ。
元々佐藤愛子は毒舌家だから、書き方が厳しいんだよね。
佐藤一族の自堕落な故に自滅していく人々の人生を、ゴシップ雑誌を覗くが如くに読まされたって感じが、私にはするのだけれど、この作品を絶賛する人も少なからずいらっしゃるんだよね。。。菊池寛賞まで受賞してるけれど、内容の凄さに誤魔化されただけじゃないの?と言う気がしないでもない。
ここまで書いたら名誉毀損とかになっちゃうかな?好きな人にはごめんなさいです。