塩見鮮一郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
紹介文にこう書いてあります。
<「世界のどこにもない社会」の日常を、寸描してみたい>。都市機能が充実し、独自の文化を醸成した江戸に暮らした数々の「貧民」たち。
差別にあいながらも、直向きに生きた弾左衛門や車善七、香具師たちの生態を克明に描き出す!
読んでみて、「貧民」に対する著者の温かいまなざしを感じます。
また、江戸幕藩体制において、町奉行、寺社奉行などの公権力も真摯な対応をしていたように感じました。
今、アメリカを毒している「ポリティカル・コレクト」とは違って、日本特有の「ホンネとタテマエ」がうまく機能していた時代だとも感じました。
それに比して、明治維新政府のとった、非常な措置、西欧発の文明文化の名のもとに、非常な平等主義に翻弄された「江戸時代の貧民たち」、幕末、弾左衛門の取った態度は立派だったと思いました。 -
Posted by ブクログ
何気なく新刊文庫本の棚から目を移すと、横の本棚に塩見鮮一郎という名前を見つけて、驚くと同時に懐かしさがこみ上げて来ました。
またずいぶんと遠くまで来たものですね。
でも、あいかわらず、少し堅すぎませんか?
彼が、1980年代に部落解放同盟と伴走し、部落差別を激しく糾弾する活動家として活動しただけでなく、『表現の装置 来るべき言葉のために』や『都市社会と差別』などで、権力者がこの世界をいかに差別構造によって造形してきたかを暴き出すという、つまり単に差別意識や表現だけが問題なのではなく、この社会の成り立ちそのものの根底からの問題性を鋭く指摘した類まれなる思索者として存在したことを知る者としては、その後の時代小説家への転身を見届けなかったことを恥じるばかりです。
といっても、真相は高1のある時期、部落問題に少し首を突っ込んだ際に、その著作を何冊か読んだだけというものですが。
被差別部落はじめ在日朝鮮人・中国人やハンセン氏病患者などの差別問題は権力論としてももっとも重要な主題で、支配・被支配を明確に企図して構造的に作られたものであり、この時期、塩見鮮一郎の他にも『アジアの賎と聖』『日本の賎と聖』(共に野間宏と共著)の沖浦和光や、『われらの内なる差別』『歴史の奪還』『戦略とスタイル』の津村喬を着目して読んでいました。
それにしても、≪来るべき言葉のために≫とは、1970年に出た畏敬する中平卓馬の写真集『来るべき言葉のために』にピッタリ符合するというか、そのまんまの引用あるいは換骨奪胎したタイトルでビックリした記憶がありますが、彼が真正面にそのことを自覚的だったかは知る由もありません。
ええっと、この本は、徳川家康より前の、太田道灌以前の江戸、つまり中世の江戸がどういうふうに作られて来たかを、河川を中心にそれらを地形の特徴と関係づけて語られる壮大な歴史分析なのですが、聖:城郭/賎:河川という視点から、水運・馬事・監視などを一手に使役させると同時に、見事に完璧なまでに差別構造を創造して賎民制度を完成させていく過程を描いていますが、驚くことに、それを彼は実際に歩き回って自分の足でひとつひとつ確かめて書いているのです。
お手製の古地図もふんだんに掲載されていて、最初はいくらなんでも、昔のよしみとはいえこんなマニアックな本を読む羽目になるとは、トホホ・・、と恨めしく思っていたのですが、案外けっこう、目からうろこ的でもあり、楽しく読めました。
読んでいると、毎回かかさず見ている好きな「ブラタモリ」が、いかに表層だけしかとらえていないか、色あせて見えるのを思い知るほどでした。 -
Posted by ブクログ
なんで浅草には革製品を扱う業者が多いのか、って話から弾左衛門の事を知って気になって読んでみた。内容としては革製品に関する部分は後半の製革工場の行くらいしかなくてなぜ浅草に革製品がの直接的な答えは書いてなかったんだけど、まあ浅草新町(シンチョウ)の囲内(カコイウチ)が穢多頭である弾左衛門に支配されてたことに繋がるんだろう。そもそも穢多と非人の違いもわかっていなかった(穢多は皮革加工や死体処理などの職業に従事し、非人は物乞いや遊芸などに従事していたという違いがある。また非人には元の身分に復帰できる可能性があったのに対し、穢多はその身分が固定されていた)。穢多(長吏)は被差別民だけど穢多頭の弾左衛門は特別な支配階級で地方の大名に近いような特権を与えられていた。いやあ知らない事が世の中には沢山あるね。髷も裃の着用も許されていたし裁判権すら持っていた。そんな世襲の職名として弾左衛門というものがあり江戸時代に13代も続いていた。江戸末期には平人に引き上げられもし、維新においては新勢力に素早く恭順を示し解放令までは特権を維持していた。この本を読んでわかったのは知らなかった弾左衛門という制度もそうだけど、支配者達が穢れを取り扱う上で被差別民を必要としてそれを維持してきたという歴史かな。とてつもなくリーダビリティが低くて読みづらかったけど内容は面白かった。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ事件の概要とかオチとかは良かったんだけどな。ヨーロッパ人から見た明治初期の日本っていう視点も、面白かった。文章も軽快で読みやすく、猟奇的な冒頭部分にも引き込まれた。
モモちゃんだけ地の文でも“ちゃん”づけなのは、賛否両論あるかもだけれど、私は好き。
何が悪かったのかなあ…。
構成かしらね。
オロチはほんとに不要だったし、巡査やおっかあの行く末はちゃんと説明しなきゃ、「やめよう」じゃないよ。虐待のくだりも落とし前をつけてほしい。
このテーマであの作家さんとかあの作家さんが書いたら、絶対もっと面白くなったと思うんだ。残念。(2019-11-12L) -
Posted by ブクログ
備忘メモ。
・「隔世の感」。とたびたび語られる。そうなんだろうな、私にはわからないけど。
・差別の「原因」は差別する側の意識にある。差別に関する用語の規制は、政治的検閲があるわけではなくて、大衆の好みに合わせたマスメディアの自己規制があるだけ。つまり差別は「差別をしている悪い人たち」と「差別をされるかわいそうな人たち」の問題なのではなく、「大衆」を形成している者全員の問題である。
・差別は作りだされる。誰かが「おかしいのでは」と言挙げし、「なるほど確かにそうだ」と複数(多数)の人が賛同すると、それは差別となる。同じようなプロセスを経て、差別が消滅していくこともある(かつて差別的だとされたある用語に、もう誰も差別的意味を見いださなくなるように)。
・市民社会が差別を生み出す、ということを説明した「差別としての水俣病」は示唆に富む。心理ホラーのようだ。 -
Posted by ブクログ
古本で購入。
江戸に4人存在した非人頭の中で、最大の勢力を誇った浅草の車善七。
「車善七」という世襲制の役目が何であったのか。
以前読んだ同じ著者の『弾左衛門とその時代』が関八州の賎民を支配した「弾左衛門」というシステムの実態に迫っていたように、本書では江戸の非人を支配した「車善七」というシステムについて明らかにしようとする。
とは言うものの、車善七には謎が非常に多い。
まず江戸初期の居住地が定かではない。
寛文7年(1667)に新吉原に接する役宅に移り、そこで江戸時代の終わりを迎えるが、それ以前の十数年間のことがよくわかっていない。
浅草の鳥越にいた車善七が山谷堀のどこかに移り、そこからまた新吉原へ移る。その「どこか」を、著者は文献資料などから砂利場(日本堤と山谷堀の間)であると推定している。
また、代々の「車善七」の伝記がよくわからない。
このあたり、写真も残っている最後の穢多頭弾左衛門こと弾直樹とは大違いだ。「長谷部」と名を変えた最後の車善七も、どこへ行ったかわからない。
この他、野非人などの収容施設「溜」や非人たちの生業、弾左衛門とその支配を受ける車善七の対立などをテーマに、謎多き車善七の実態を浮かび上がらせようとする。
中でも紙数を割いているのが、弾左衛門との訴訟に敗れたことに不満を持った非人による、享保年間の火付け騒動についてである。
これまでの「火付け事件の犯人として濡れ衣を着せられた非人」という教条を覆し、これを「非人の反乱・一揆」と位置付けているところに著者の独自性がある。
「車善七」その人の登場はほとんどないが、巨大都市江戸の一面を支えたシステムを知ることのできる本としてオススメ。上述の『弾左衛門とその時代』と併せて読むべき。 -
Posted by ブクログ
古本で購入。
江戸時代、穢多頭として関八州の非差別民を支配した弾左衛門。
職名であり人名として代々受け継がれた「弾左衛門」というシステムとは何であったかを解説するのが本書。
弾左衛門は役所を持ち、町奉行の下部組織としてお仕置御用やお尋ね者の探索など、警察の下級機関のような職掌を務めていた。
筆者はそれら警察・司法の下級の仕事こそが「弾左衛門」の本来の任務であり、そこに皮革を取り扱う穢多がくっ付いた、と仮定している。
つまり、「弾左衛門」という職掌があり、それは武士階級と強く結びついている。
そこへ武具・馬具の材料(皮革)の生産者として武士階級に必要とされた穢多身分の人々が呼ばれ、いつの間にか弾左衛門と一緒にされた―
これが筆者の想像であり、
「どうも『弾左衛門』という存在は穢多身分一般と、その本質ですこしずれている」
のだとする。
これら筆者の仮説の当否は別として、「制度としての差別」という、時代のひとつの様相を体現した「弾左衛門」という存在は実におもしろい。
「頼朝以来の穢多」を称する弾左衛門の歴史的意義とは何だったのか、興味深いところ。
また、最後の「浅草弾左衛門」弾直樹の伝記も、多くのページを割いて描かれている。
幕末~明治に生きた弾左衛門の生涯を追うことで、明治維新の新たな側面が見えてくる。