永井均のレビュー一覧
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筆者の問い2つを例に、外の哲学(実際の批判や考えうる哲学的立場からの批判)を織り交ぜながら筆者の哲学を走らせていく。それぞれの考えが錯綜しながら進むが、語り口が易しく明快なので、ゆっくり読んでいれば振り落とされることはない(と、思う)。前半はやや難解だが、後半は大人にも響きやすい内容だと思う。
大人が「当然こうだよね」と説明しないで作り上げている上げ底の世界に適応するために、その差をどのように埋めていくか底上げを模索するのが青年期の哲学だと表現していたのが、なるほど過ぎて笑ってしまった。そして、結局その差をうめたとて、0にしかならないという儚さゆえにも、哲学を必要とする人と必要としない人がくっ -
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ウィトゲンシュタインの思想を前期・中期・後期に分けて解説し、その変遷を語っている。彼の思想は表面的には言語の思想であるが、そこから読み取れる問いは実に幅広く、著者は『私』の問いというものをウィトゲンシュタインを通じて考察している(永井氏の思想は全く詳しくないが、他の著作でも『私』というものを語っているらしい)。
難解な思想ながら、あまりにも魅力的で読んでいて刺激的だった。多くの哲学徒がウィトゲンシュタインに惹かれては、そのキャリアをおじゃんにするのも頷けた。個人的には彼が最晩年に取り組んだ懐疑論への考察は重要に思われる。
しかし、ところどころヴィトゲンシュタインの言葉を借りただけの永井氏の -
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実践としての哲学入門書。
筆者が〈子ども〉のころから抱いた二つの問いである「なぜ〈ぼく〉は存在するのか」「なぜ悪いことをしてはいけないのか」について、筆者の施策の筋道が語られている。
哲学者の引用も少しあるが、そういう前提知識を必要とせず、とにかく筆者が考えを深めていく過程が書かれている。比較的平易な単語を使っており、難しい書き方で読者を煙に巻くようなこともない(それでも難しいところはあるが)。
そして筆者は言う、「哲学は、哲学なんてぜんぜん知らないうちから、なんのお手本もなしに、自分ひとりではじめるものでなければ、けっしてはじめることができないものだ。つまり、哲学の勉強をしてしまったら、 -
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正直、あまり分からなかった。ニーチェ思想がニヒリズムの代表例で、生に意味がないという事を自明にした上で、生を味わい尽くそうとする姿勢であることは、改めて理解することができた。よく誤解されてるのは、ニーチェは生きる意味なんてないから、退廃的で何も頑張る必要もないんだと諦めの思想で捉えられることがある気がするが、実際にはそうでなく、どうせ意味なんてないのだから、期待を捨てて前向きに味わおう、という視点なのだろうと思った。宗教の権威性が失われてきている現代社会だからこそ、求められる思想なのではないだろうか。毎日上司と嫁の言いなりになっているロボットのような日本のサラリーマンも、考え方としては救われる
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ネタバレそれが実際の人間の存在であろうが言葉であろうが絵や本や創作物から感じた人間的な概念であろうが理想の未来の伴侶であろうが過去の想い出であろうが動物や真の世界などの非人間的なものであろうがなんでもいいが、たとえばどんなに孤独な人間であってもなんらかの所謂「繋がり」を感じる瞬間がなければ生き続けていられないような気はしている。しかしそれにも関わらず真の意味で「 “本当に” ひとりになってしまった(しまう)」と思い知る瞬間が人生のどこかの段階で必ず来るような気がする。そしてそう考えたりそれを敢えて言葉にしたりすることによってそれ以上のまだ「なにか」があると信じたいということだろうか(そのなんと心強いこ
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「上品な人は道徳的な善悪なんてたいして重視しないから、けっこう平気で悪いとされていることができるからね。逆に、下品な人は、道徳的な善悪を重視しがちだな。-達成される目標じゃなくて、過程そのものを味わえるようになるって点は同じだな。それが、人生が遊びである人があまり悪いことをしない理由だな。」
「人間は自分のことをわかってくれる人なんかいなくても生きていけるってことこそが、人間が学ぶべき、なによりたいせつなことなんだ。そして、友情って、本来、友だちなんかいなくても生きていける人たちのあいだにしか、成り立たないものなんじゃないかな?」
「ちゃんとした人っていうのは、自分の未来のために自分の現在 -
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たまに読み返すが、一回目に読んだときより数倍面白い読書体験ができる。スルメ本や。
著者の言っている「哲学」が本当の哲学ならば、勘違いしている人が多い気がする。("本当の"なんて書いてしまっている。何事にも明確な答えがあると思っていたんだね。2025/10/20)
私は哲学も好きだが、それ以上に思想が好きだったのかな
著者の言う「哲学」というのは、問いに対して正しく考えていく作業のことだと解釈した。
実在論 懐疑論 可能世界 余人
p37二重スリット問題
「彼女がほんとうは怒りっぽいとか、この部屋は見られてないときには存在しないとか、ぼくたちが培養脳の中の脳だとか、そ -
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哲学書と自己啓発本がおり混ざっており、評価も難しい。自己啓発本というジャンル自体はろくでもないが、それに哲学的バックグラウンドが合わさるだけで評価を難しくする。
この本の作者(ペネトレ)は、様々な問題に対して答えをあまり用意していない。これにより、読者は作者が何を言いたいか考えなければならない。『この本のほんとうの意味っていうのは、この本の読者のひとりひとりにとって、それぞれちがっていていいのさ。だいじなことは、自分で発見するってことなんだ』
『ネアカな人や上品な人はちがうよ。そんなものなしに、未来の遊びのための準備それ自体を、現在の遊びにしちゃうことができるんだよ。他人のための奉仕それ自 -
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難しい. どうまとめたら良いか,上手く表現できない. ただ多くの気づきがあ流と同時に味わいきれない歯痒さもある.
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筆者の問い
・ニーチェや彼の哲学について書かれたにある何か有益なものを抜きだそうという姿勢への批判
・多くの書物がニーチェから問いではなく答えを受け取っている。
"哲学は主張ではない。それは、徹頭徹尾、問いであり、問いの空間の設定であり、その空間をめぐる研究である。"
"子供は無垢であり、忘却である。新しい始まりであり、遊びである。自ら回る車輪であり、自動運動であり、聖なる肯定である -
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永井均は、大学一回生の頃に『転校生とブラックジャック』を読んで一目惚れし、それ以来ずっと気になっている哲学者である。とは言え、彼の著作は今までほとんど読めていない。それは、彼の著作に挑むには、かなりの勇気を要するからだ!
本書は、副題に「哲学的諸問題へのいざない」とあることからも分かるように、哲学の入門書である。読むのに哲学の特別な知識は必要でない。中学生の翔太と猫のインサイトが対話をする中で考えを深めていくという内容になっている。だが、この設定や可愛らしい表紙に騙されてはいけない。入門書と言いつつも非常に本質的な議論が展開され、読者は、普段の生活のなかでは気にも留めなかったがよくよく考え