永井均のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ニーチェはニヒリズムの人だ。ニヒリズムというのは一般的には全てのものごとには意味や価値なんてないという考えだろう。
以前,哲学史の本でニーチェの考えに触れたとき,私の心はすごく動揺した記憶がある。もちろん,ニーチェの考えの表面的なことしかそこにかかれていなかったが,自分の心をひどく動揺させた。
道徳的に正しいとか言われることは,ただ偶然に社会に好都合であるから,誰かが考えたその論理が「正しい」とされ残されてきたにすぎないのかもしれない。世の中で正しいと言われていることは偽りなのかもしれない。
強者は優良であることを,弱者は善良であることを「よい」とする。しかし,どちらも自分の立場から見た視点から自分を正当化する論理でしかないのだ。
これを見て,キリスト教において,キリストの言った言葉を思い出した。
”この青年は言った。「そういうことはみな守ってきました。まだ何か欠けているでしょうか。」イエスは言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。
イエスは弟子たちに言われた。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」”
もし,これを金持ちが実践し,資産を投げ出し,貧しくなったときに前記の考えに至った場合,どうすればよいのか。正しいと思っていたことが,ただの虚偽でしかなかった場合,絶望するだろう。正しいとして行ったはずなのだが,宗教の教えや道徳は弱者が自分を正当化するための一つのツールであり偽りに過ぎないんだったら,どうすればいいのだろう。
ニーチェの考えを知るためにこの本を手にとった。入門書というわりには,そのことについて説明される前に,その後の概念がちらほら出てくるため,思っていた以上に難しく感じられた。
しかし,最後まで読んでみて,なんとなく少しわかったような気がする。もちろん哲学者が人生をかけて考えたことを一瞬で理解することはできないのだろうから,これからよく考えてみないといけないだろう。
結びにニーチェの引用でこのようなものがあった。
『私に「道」を尋ねた者に私はこう答えた。「これが――私の道だ,――きみたちの道はどこか?」と。万人向きの道など,存在しないからだ。』
私の生きていく道についてこれからも考えていきたいと思う。 -
Posted by ブクログ
話の内容としてはどこかで聞いたことがあるようなものばかりだが、特に印象に残ったのは、「培養器の中の脳」である。小さいころ、巨人がいて宇宙を飼っている(小さな箱のようなものに「宇宙」というものが入っている)持っているのではと妄想していた。雨が降るのは巨人が泣いているからだ、地震が起こるのは箱を落としたからだ、と考えていたが、あながち嘘ではないのかもしれない。
「培養器の中の脳」は、人間の脳だけを培養器で培養され、そこからコンピューターに接続されている。人間が見たり、感じたり、考えたりするのは脳の電気信号だと考えれば、ありえない話ではないだろう。
ただ小説ということで、しつこかったり、少年の考えのプロセスが載せられているのが邪魔である。こんなに面白い内容なら紹介するだけでいい、あるいは批判的な文章がいい。プロセスがあることで、自分が考えることに方向性が出てしまう気がする。
印象に残ったのは次の文章。
「もし、すべての子どもに哲学が必要だとすれば、それは裸一貫でものを考える訓練としてであり、それ以外ではないと思う。われわれの文明はすでに多くの学ぶべき学知を蓄積しており、学校教育は知識の習得のの場とならざるをえなくなっている。だが、ものごとを深く考えるためには、根底に達するまでの理解なしに覚えこんだ知識はかえって邪魔になるのだ。世界があり、自分がいて、他の人もいる。物が見え、体が動かせ、言葉がしゃべれる。それだけでも、思考の素材としてはじゅうぶんすぎるほどなのだ。まずそこからものを考え始め、知識を学ぶのはその後からでも遅くはないのだけれど……。(p.218)」
(まっちー) -
Posted by ブクログ
ネタバレ「この本は中学生・高校生向きの哲学の本です。」とのことですが、既にオジサンになってしまった私にとっても、とても難しい理解しにくい内容です。本書は1995年12月25日に刊行されたとのことですが、後の1997年7月に刊行された「子供のための哲学対話」の方が、ずっと分かりやすい内容にです。
この違いは、対象としている年齢の違いにもよりますが、翔太~の方が、読者自身が読者自身の疑問を読者自身で考えることを促しているのに対し、子供の~の方は、永井均さんなりの答えを明記しているという違いによるものだと思います。
つまり、哲学的な問いは、その問いそのものの意味を共有することが難しいので、そこに何らかの答えが書かれていることで、ようやく問いの意味を共有するということが、できるからなのだと思います。
はじめにより
哲学に関する予備知識などはまったく不要です。
よくわからないところにあまりこだわる必要はありません。
むしろ、自分にとってよくわかる問題を考えぬいてみてください。
哲学に関しては、色々な学説を知るよりも、ひとつの問題を
考えぬく方が遥かに大切です。
哲学に限らず、自分の中に芽生えた疑問について、
考えぬくという姿勢は、とても大切なのではないかと思います。
何故ならば、他人の欲望を模倣するために奔走しても、
決して幸せになれないような気がするからです。
自分の中に芽生えた疑問は、往々にして哲学的な難問であり、
私たちは、答えの出ない問題を前にして立ちすくみ、
考えぬくことを放棄してしまいがちです。
しかし、その難問を考える苦しみの中に、私たちが、自分の
生をかける価値のあるテーマが隠されているのだと思うのです。
巻末の中島義道氏による解説 正確で清潔な言葉より
「哲学」とは、徹底的に思索し、厳密な言葉で語り続けるという積極的な
営みなのであり、永井さんが本書で提案しているのはこのことだ。
そして、これこそ多数の共感を呼ばず、永遠の負け戦であり、だから
私にはとても潔く見えるのだ。
この書の「はじめに」は次の文章で終わっている。
哲学とは人生と世界に関する深い真理を教えてくれるものだ、
というのも嘘ではないのですが、その真理に触れることができるのは、
この遊び場でクタクタになるほど遊びほうけた後のことなのです。 -
Posted by ブクログ
もしも「ニーチェが愛読書です。」という人がいたら、ヤバいやつかもしれないと警戒すべきだ。ニーチェの思想自体は社会の中では、いかなる意味も持たない。どんな意味でも役に立たない。それだけではない。徹底的に反社会的な思想ですらある。にも関わらず、彼の仕事は偉大であったし、最も重要な哲学者のひとりであるということは永遠に変わらないだろう。
彼の論理空間はどういったものであったのか。
ニーチェの第一空間は、誠実さと嘘が対立する空間である。キリスト教道徳が誠実さというものを育て、やがて、その誠実さがキリスト教道徳の欺瞞を暴き破壊する。
第二空間では、力への意志説、パースペクティブ主義が誠実さから生成される。
第三空間では、運命愛と永遠回帰説が示される。
「神は死んだ」とは有名な言葉であるが、どういうことであろうか。それは世の中の神性全体がもはや修復不可能なほどに破壊されてしまったのではないかという誰も立てたことがなかった問いを立てたのである。神なき世界ではニヒリズムが生まれることになる。
三段階のニヒリズムが。
第一は、人格神的なキリスト教の「神」が死んだということ。
第二は、「神」が生きている。ゆえに<神>は死んでいるという根源的ニヒリズム
第三は徹底的に「神」が死んだゆえに<神>が生きかえるという徹底的なニヒリズムだ。 -
Posted by ブクログ
論理的に位相の同じ話を「空間」という比喩で語る。初めに、三つの空間を設定し、空間相互の関係を随時紐解く。ニーチェその人を崇拝するような本ではなく、ニーチェが自身の思考において何をしようとしたのかを分析し、評価を加える本である。解釈と批評がまぜこぜにしてあるので、読みやすくもあり、詳細な理論はわかりにくくもある。第一空間ニヒリズム、第二空間パースペクティブ主義、第三空間永遠回帰という構成で組まれている。高度に論理的である反面、論理そのものに内在するジレンマを明確化したことに意味があると感じた。少なくともニーチェの世界観に共感することのできる人間は、感受性は高いのかもしれないが、ある面でとても鈍感で、また絶望的な人間だと思う。
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Posted by ブクログ
[ 内容 ]
哲学は主張ではない。
問いの空間の設定である。
ニーチェが提起した三つの空間を読み解く、画期的考察―。
[ 目次 ]
第1章 道徳批判―諸空間への序章
第2章 ニーチェの誕生と、『悲劇の誕生』のソクラテス像
第3章 第一空間―ニヒリズムとその系譜学
第4章 第二空間―力への意志とパースぺクティブ主義
第5章 『反キリスト』のイエス像と、ニーチェの終焉
第6章 第三空間―永遠回帰=遊ぶ子供の聖なる肯定
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読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
世紀末のウィーンに生まれ、20世紀初頭の英国ケンブリッジを舞台に活躍した天才哲学者ウィトゲンシュタイン。
ユダヤ系の鉄鋼財閥の裕福な家庭に育ちながら、その後たどった数奇な生涯と一風変わった人となりによって、彼の思想の全貌はいまも神秘的な色彩を帯びている。
彼が生涯を賭けて問いつづけた「語りえないもの」とは何か。
初期の写像理論から中期の文法理論、後期の言語ゲーム理論へと展開する独特のアイディアにみちた思想の核心にわけ入り、読者とともに考える、清新な魅力にあふれた入門書。
[ 目次 ]
序章 ウィトゲンシュタインの光と陰
第1章 生い立ち
第2章 像―前期ウィトゲンシュタイン哲学
第3章 復帰
第4章 文法―中期ウィトゲンシュタイン哲学
第5章 言語ゲーム―後期ウィトゲンシュタイン哲学
第6章 最期
終章 語りえぬもの―光と陰、再び
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Posted by ブクログ
[ 内容 ]
〈私〉が〈今〉いるとはどういうことか。
カント、ウィトゲンシュタインなどを自在に横断し、ここから本当の哲学を始める会心の傑作。
[ 目次 ]
第1章 開闢の神をめぐってたゆたう序章(時間的閉所恐怖 全能の神も打ち破れない壁 五十センチ先世界創造説 ほか)
第2章 ライプニッツ原理とカント原理(ライプニッツのお勉強 何が見えていようと見ているのはつねに私だ 現実世界とは私がいま存在する世界のことである ほか)
第3章 私的言語の必然性と不可能性(同じ新聞をいくつも読みくらべるとは? みんな一緒の混沌とひとりだけの秩序 他者の言葉が理解できるためには過去の自分の言葉が理解できていなければならない ほか)
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