能町みね子のレビュー一覧

  • 私の身体を生きる

    Posted by ブクログ

    「汚してみたくて仕方なかった」鈴木涼美
    売春が無くならないのは、男側の問題の方が大きいけど、自分に値打ちが付くことに依存する女側の問題もあるのかもしれないと思った。女は性処理として利用されてきた時代が長く続いたせいもあり、完全に無くすことは難しいのだと悟った。

    「トイレとハムレット」宇佐見りん
    面白かった、、!確かに腹痛と苦悩のポーズは似ている。舞台が好きな理由として「シンプルだから」っていうのはすごく腑に落ちた。たった一つの物語、感情を演じているだけだもんな。現実の方が感情ごちゃ混ぜで騒がしいもの。

    「私の三分の一なる軛」児玉雨子
    生物は毎日ちょっと死んでおかないと生きられないって興味深い。睡眠を取ること=意識を手放すことが「生」繋がるのだとしたら、なんか「死」も生の延長のような気がして、恐怖心が払拭できる気がする。


    自分は随分と「身体」というものに向き合っていなかったのだと思ったのと同時に、向き合わなかったという事はそれだけ健康であり、真っ当な人生を歩んでこられたという事なのかもしれないと思うと、親や環境に感謝した。でも1番大事な事は、何も深く考えず、ただ「人間」という生物として生きていく事だけを考えることかもしれない。

    0
    2025年11月22日
  • あなたのフェミはどこから?

    Posted by ブクログ

    19人各人のフェミニズムがどこから始まったのかを綴ったリレーエッセイ。

    フェミニズムが様々な差別を社会構造の問題として認識しているということを初めて知って、目からウロコの気分。

    女性と男性、マジョリティとマイノリティ、そんな対立構造や、個人としての問題と考えていたが、この本で見方が変わった。

    これまで味わった対応に理不尽だと感じても言語化できていなかったものが、フェミニズムという言葉を理解したことによって言語化できた。

    時代が変われば立場も変わる。
    誰であれ、自分が他者の権利を不当に奪っていないか?を考え続ける必要があると思う。

    もっとフェミニズムについて知りたいと思った。

    0
    2025年11月06日
  • 私の身体を生きる

    Posted by ブクログ

     身体や性についてのエッセイ集。この中で柴崎友香さんが呈示していた疑問「なぜ書き手の性別を限っているのか」、私もこれと同じことを思った。もう、このフェーズは終わっていないか。いま、同じテーマで、男性やその他の性の人の語ることも聞きたいし、それらが同じひとつの場所に並べられているところを見たい。
     どのエッセイもそれぞれ興味深かったし、色んな方向に心動かされたが、上記の意味で、柴崎さんが「このような疑問を私が持っていることを編集者と共有できたので、書くと返答した」という経緯を書いてくれていたことが、いちばん嬉しかった。もちろん、疑問の詳細は私が書いたこととは違ったけれど。

    0
    2025年11月02日
  • 私の身体を生きる

    Posted by ブクログ

    どんなことをどんな風に語るかは自由なはずなのに、不思議と受ける印象が近い方も多い。圧倒されたのは、自身の自慰について複数名の方が赤裸々に書かれていたこと。もちろん秘めておくべきかどうかは個人の自由だが、同じことを目の前の男性に言われたらきっと眉間にシワを寄せてしまうと思うので、(こんな性差を感じてどうかとも思うが)そうならないのを織り込み済みの、女性性を逆手に取った表現ような気もする。私のお気に入りはセブンルールで見たことのある藤原麻里菜さん。「もし、技術が発達して、アバターを作って仮想空間で生きれるとしたら、私は女の身体を選ばず、カービィみたいなピンク色の球体を選ぶだろうと思うのだ。そうしたら、女であることの不安や恐怖から解放される。ピンク色でかわいいし。丸くてかわいいし。そういった願望があるけれど、身体からは解放されない。生殖器があるからだろうか。生殖器が私の身体にばっちり組み込まれてるからかな。テトリスだったらセックスしたときに消えそうだけど、そうもいかない。私の身体は消えない。だから、愛するしかないのだ」。

    0
    2025年10月05日
  • 私の身体を生きる

    Posted by ブクログ

    テーマはとても興味深い。
    面白いかと言われれば分からない。
    人の隠しておく部分を覗き見したような気持ちになった。「隠しておく」部分ではないのである、もっとオープンに話そうよ、自分の身体のことなんだから、がメッセージか?

    年を経ると病気の「身体」のことをしょっちゅう話すようになるのに、この本読んで「隠しておく」部分と感じたのは何故なのだろうか? 社会による刷り込みか?

    0
    2025年09月18日
  • あなたのフェミはどこから?

    Posted by ブクログ

    様々な分野の19人のフェミニストによるエッセイ。自分がフェミニズムに目覚めたきっかけについて語っています。

    はっきりとコレ!というきっかけがあるひともいれば、子どもの頃からなんとなく世界に違和感があった…という人まで、きっかけは様々だ。

    自分には理解が及ばないような苦しみからフェミニズムに辿り着いた方もいれば、自分の感覚と近くて分かる分かる!と思いながら読んだ方もいるのですが、鴻巣麻里香さんのエッセイは特に自分の感覚を言語化してくれたような感覚になりました。
    若いときは「女性として抑圧を受けているという文脈が内面化されていなかった」という鴻上さんが、子どもを産んで仕事をしているときに、子育てに専念したらどうかと諭されて、これって私が「女だから」言われたのだと、男性優位主義の現実に気づいたとき「それは生まれてはじめて眼鏡をかけたときの感覚に似ていた。こんなによく見える!という驚きに勝る「今までほとんど見えていなかった」ことに気づいた衝撃」と書いていますが、自分自身の経験とも重なりました。

    バックラッシュもあるし、一部のフェミニストたちがトランス差別をしていたり、落ち込むことも多いですが、フェミニズムは社会を良くするものだと信じていますし、同じように思っている人たちがこんなに沢山いることが心強い。

    0
    2025年09月18日
  • 私の身体を生きる

    Posted by ブクログ

    高橋源一郎さんのラジオで紹介されているのを聞いて読んでみた。
    同じ状況でも「気づいてしまう人」と「気づかずスルーする人」がいると思うが、
    「女であること」で少なからず嫌な思いをした経験は誰にでもあると思う。
    痴漢について、本筋からはずれるかもしれないが、これだけ多くの女性が被害に遭ってる、ということはそれだけ痴漢をやったヤツがたくさんいる、ということよね?
    もしかしたらそこにいる善良そうなおぢさん、爽やかそうなお兄さん、しょぼくれたおじいさんだって!
    それでもみんな知らんぷりして普通の生活をしているんだろう、と思うとものすごく腹立たしい。
    またまた話がズレるが最近読んだ大谷晶さんが自分をすごく好いている、と書かれていたことがとても印象的だった。
    いろんな思い、様々な経験をした上での発言だと思うが、ぜひともこのリレーエッセイに、大谷さんも寄稿してもらいたい、と思った。

    0
    2025年09月09日
  • 私の身体を生きる

    Posted by ブクログ

    こんなにも赤裸々に皆書いて良いのか!?と最初動揺したが、それぞれ考えさせられるものが多く、有意義な時間が過ごせた。

    0
    2025年08月29日
  • あなたのフェミはどこから?

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    自分の無意識さ、に気付かされた本だった。無意識とも言えるし、考えてもどうせ何も変わらないし、と諦めというか、考えようともしていなかったんなあと。フェミニズムって女性の不平等をなくそうっていうことだろうという浅い知識だけだったけれど、そうではなく、男性やあらゆるマイノリティの人も含め全ての社会の問題なんだなあと思った。男とか女とか、いろんなラベリングで人を評価したり判断せずに、ただの人間、として個人が見られる社会だったらいちばんいいけど。果たして自分はそれが出来ているか?他人を色んな物差しで測っていないか?偏見はないか?と問われたら自信がない。でもちょっと意識を持つだけでも、それだけで何か変わる気がする。

    0
    2025年08月23日
  • 私の身体を生きる

    Posted by ブクログ

    西加奈子さん、村田紗耶香さん、千早茜さん、、他にも豪華な方々のお名前が、、
    もうこれ買うしかないやんと思って購入して即読みました。
    それぞれの女性作家さんたちがご自身の身体をテーマにリレー形式でエッセイをつづられていて、どのエッセイもすごく赤裸々に描かれていて同じ女性として共感するところもあれば、驚かされることもあり、、それこそ、読んでからは「私の身体は私のもの」を強く感じた。
    それぞれの身体に色々な経験や傷が合ったり、コンプレックスが合ったり。
    それでも一つしかない自分の身体。
    こんな私でももっと堂々と生きていていいんだと思わせてくれる作品でした。

    0
    2025年08月15日
  • あなたのフェミはどこから?

    Posted by ブクログ

    自分がいかに男性優位性や家父長制を内面化してしまっているか痛感するし、違和感がある時に無理に合わせたりしない、を実践できるようになりたいと思うばかり。まだ名乗れるほど理解できていないし、世間的には「強者女性」側になりうる自覚も忘れてはならない。

    0
    2025年08月03日
  • 正直申し上げて

    Posted by ブクログ

    時事コラム集。ここ2年くらいの話やからあぁあれをこう書くか、とかえ?こんなのあったっけ?とか時事にもっと興味持とうってなった。読みながらそういう風に捉えることもできるか、と斜めからの見方も知れて時事を多角的に見れそう。時事コラム、って読みやすいね。

    0
    2025年05月12日
  • 正直申し上げて

    Posted by ブクログ

    下世話な話題はうんざりだけど、敢えて斜めから(いや直球?)切り込む文体、なぜか吸い込まれていく。
    文章で語りきれないところを鋭く絵で表現する巧みさ、上手さに脱帽です。

    連載時にリアルタイムに読むよりも、文庫になってちょっと遅れて読んだ方が忘れ去られた時事ネタをとどまらせてくれる威力もあるな。

    0
    2025年01月21日
  • トロピカル性転換ツアー

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    絶対辛いじゃん!という出来事を明るく楽しく、でも弱音を吐くところは赤裸々に描いた素晴らしいエッセイ。

    0
    2025年01月14日
  • 結婚の奴

    Posted by ブクログ

    能町みね子さんの結婚(偽)に至るまでの本。
    私も未婚で、たぶん結婚することはないと思っている。こんな風に、適度な距離感、パートナーシップというぐらいの結婚が出来たら、それはとてもいいなと思わないでもないが、自分自身がここまで自立できるか、そういう相手が出来たら、やっぱり依存してしまうだろうと思うとたぶん無理。というか、こんな相手どうやって見つけたらいいんだ(笑)
    能町さんの、特にみんなに理解してもらおうとも思ってない、こういう形もありでしょ、ぐらいのスタンスで書かれている感じがとても好きだ。

    0
    2024年10月27日
  • カウンセリングするつもりじゃなかった~久保みねヒャダこじらせ雑談~

    Posted by ブクログ

    テレビで放送されないところ、イベントの楽屋裏で、これだけ面白いってなんだろう。これ読んで笑っているけど、いまだに猫も犬も飼えないし、海外旅行にも行けない自分って一体…

    0
    2024年06月18日
  • 結婚の奴

    Posted by ブクログ

    いろいろな人がいるもんだなと、知らない世界に触れました。重い話でも、思わずクスッとするような軽さになっていて、器の広さを感じました。

    0
    2024年05月17日
  • 慣れろ、おちょくれ、踏み外せ  性と身体をめぐるクィアな対話

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    タイトルのインパクトと「クィア」って何?と思い読んでみました。

    クィア・スタディーズを専門に研究している森山先生とエッセイストの能町みね子さん、二人によるクィア・スタディーズについての対談形式の本です。

    いわゆるLGBTQ+の「Q」は、「クエスチョニング」と「クィアQueer」二つの言葉の頭文字を表しているそうです。

    「クエスチョニング」はなんとなく意味わかりますよね。自分自身の性自認や性的指向がまだ定まっていない、またあえて定めていない人たちのこと。

    それに対して「クィア」って耳慣れない言葉ですよね。私も今回初めて知った言葉でした。元々はとても侮辱的な言葉なんだそうで、あえて日本語に訳すと「オカマ」だそうです。

    「クィア」とは、性的マイノリティや既存の性のカテゴリに当てはまらない人々の総称なのですが、この本の内容を私的にまとめてみると…
    性的マイノリティの人々は実際に「いる」のだから、受け入れるとか受け入れないとかではなく、「いる」ことに「慣れろ」というスタンス。分類して整理したら終わりじゃない、カテゴライズするのではなく、踏み外して世界を広げようというような、いわば生き方だったり心意気のことのようです。

    多くのセクシャル・マイノリティのアイデンティティの総称として、以下の13個が上がってたんですが、いくつわかりますか?

    L:レズビアン
    G:ゲイ
    B:バイセクシャル
    T:トランスジェンダー
    Q:クエスチョニング
    Q:クィア
    I:インターセックス
    A:アセクシャル
    A:アライ
    P:パンセクシャル
    P:ポリアモリー
    O:オムニセクシャル
    2S:トゥー・スピリット

    私はこの本を読むまでは7個しか知りませんでした。でもこれ以外にもまだまだいろんなセクシャリティがあるようです。そういえばアロマンティックもノンセクシャルも入ってない…。

    ちなみに異性愛者のことはヘテロセクシャル、生まれたときの性と自身の性自認が一致している人のことはシスジェンダーといい、そしてそれ以外の人たちを総称して「クィア」と呼ぶようです。

    正直なところ、カタカナ用語がめちゃめちゃ多いし、頭の良い方たちの対話なので、知らない言葉や考え方が当たり前のように話されていたりして、内容を理解するのがちょっと難しかったです。でも改めてセクシャリティってグラデーションだよなぁと。男とか女とか言う前に人間であること。たまには凝り固まった固定観念や「普通」を疑って問い直していかないといけないなぁ…と思いました。

    0
    2024年05月03日
  • 結婚の奴

    Posted by ブクログ

    私にとっては未知の世界のオンパレードだったけど、改めて同じ言葉ひとつをとっても人によってその捉え方、背景にあるものひとつひとつ違うものだなと。ノンフィクションだからこそのリアルで面白かった。
    婚活中に結婚とは?を考えた時に、ヒントになりそうと思って読みたい登録してて、2月読書スイッチが入らなくて、軽めを読み物をと思ってたら見つけたので読んでみた。

    印象に残ったのは、
    ★有益な無駄な会話、他人の物理的な動きによって、消えてしまいたい気持ちに浸ってぬかるむ時間が平らかになり、普通の日々になる
    ★1人のために何がかするではなく、2人のためになにかする、だから意味を為す
    もう、本当にそうだなと。何もない日常にも感謝しよう、と思いました。

    0
    2024年03月03日
  • 慣れろ、おちょくれ、踏み外せ  性と身体をめぐるクィアな対話

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    慣れろ、おちょくれ、踏み外せ
    性と身体をめぐるクィアな対話

    著者:森山至貴、能町みね子
    発行:2023年7月1日
    朝日出版社

    書き出しから「クィア・スタディーズ」と出てくるので、クィアって何だ、から始めないといけない。「LGBTQ」とか「LGBTQ+」とかいった時に出てくる「Q」の一つがクィア(クエスチョニングの意味もあり)。6章立ての第1章で、まさにこの言葉についての説明を森山がしている。Queerという単語は、もともとは男性同性愛者やトランスジェンダーの女性に対するかなり侮辱的な言葉だった。日本語にあえて直すなら、ニュアンスは「オカマ」になるのかな、とも。クィア・スタディーズは1990年代に始まった学問で、東大助教である森山の専門分野。

    言うまでもないが、LGBTやLGBTQ(+)は、セクシャル・マイノリティであるが、この本を読んでいると、そのマイノリティのなかにもマジョリティとマイノリティがあるのではと思えてくる。LGBTを二つに分ける場合、BとTの間に/が入ると解説している。なんとなく分かる。レズビアン、ゲイ、バイと、法律でもある意味で保護されているトランスジェンダーとは、確かに異質さがあるようにも思える。しかし、最近ではすっかりお馴染みになり、まだ一部の人たちではあるがある程度の市民権を得るようになったLGBも、Tと同じで、その他の性指向やセクシャリティであるQに比べると、マジョリティっぽいようにも感じる。

    なお、QはLGBTに含まれない性指向やセクシャリティなどを差すだけではなく、LGBTを含めた全体を差す場合もあるらしい。クエスチョニングという意味で使うQでは、自身の性や、性的にひかれる他者の性について定まってない、もしくは定めないあり方を言う。

    L,G,B,Tにおいても、それぞれに(各個人で)違うということを、まず対話を進める著者2人は確認する。そして、それに含まれないクィアは、さらにいろんなパターンがあることも確認しあう。能町が自らの経験(MtoFのトランスジェンダー)や感性により得た感覚や考え方を表現すると、森山が専門家として研究事例を引き合いに出しながらそれを解説していく、そんなパターンが多い。森山はゲイとのことだが、どちらも考え方はリベラルに属し、LGBTQには様々なパターンがあっていい、当然だ、という立場。読んでいるこちらも同じようなものなので、読み進むうちに、正直、少し退屈になるところもあった。

    ただ、こちらは、人に迷惑をかけなければ(例えば小児性愛はいいが実行してはいけない)、個人がどういう性の指向だろうが自由だろうという考えは、当事者である彼らと、当事者でなく大きな関心を持っているわけではない僕とは、意見が一致しても、その思考の熱量が大きく違うという面はあるので、その意味で退屈してしまった要素は少なくないかもしれない。

    最後まで読んで、結局、クィアというのは単なるセクシャルな分野でのカテゴリーではなくて、生き様というか、心意気というか、ムーブメントにもなりうる、セクシャル・マイノリティの自由な日常ではないかという気がする。個人的には、ジャズやジャジーという言葉と使い方は似ているようにも思える。ジャズはカテゴリーじゃない、ジャジーなやつがやる音楽だからジャズになるんだ、という言葉がタモリから出たことがある。能町みね子も出ていた「ヨルタモリ」という番組で。今の朝ドラ「ブギウギ」でも、服部良一役が似たようなことを言い、曲を作っているように思える。

    私たちは「みんな」なんかじゃない。クィアは、既存の制度に乗っかりながら、それを自分なりに流用していくみたいなところもあるし、既存の制度に対して他の人が馴れ合っちゃうところですら馴れ合わず、徹底的に反旗を翻していくところもある。死に向かって突っ込んでいくみたいなものもクィアの態度。 
    クィアっていう態度には、「そいうのやってらんねえわ」っていうスピリットがある。そうすると、全力で逃げるか、使いこなしてやるとか、いろんなある種、不真面目と言われかねないようなやり方を進んでやるっていうところがある。  森山(307-308P)

    *************

    LGBTという言葉自体は1980年代後半にはあった。日本だと2000年代ぐらいに散発的にマスメディアが使い、2012年にいくつかの経済誌が特集を組んだ。

    いがみあっていたLGBTが連帯する契機になったのは、HIV/AIDSの流行。

    1873(明治6)年に、肛門性交が鶏姦(けいかん)罪として犯罪化されたが、1882年の旧刑法制定でなくなった。実際に懲役刑を科された人は、ほとんどいなかった。

    インターセックス:生物学的に非典型的な生物のあり方をしている人をそう呼んできたが、今はそう呼ぶこと自体も議論の的。疾患名ではDSD(Disorders of Sex Development)=性分化疾患。

    アロマンティック:恋愛感情みたいなものを他者に抱かない
    クワロマンティック:他者に抱く好意が恋愛か友情かわからなかったり、決めなくていいかなと考えたりする人たち
    アセクシュアル:他者に性的な欲求を抱かない
    ポリアモリー:複数人同士で恋愛関係を結ぶ
    BDSM:Bondage(拘束) Discipline(懲罰) Dominance (支配)Submission(服従) Sadism Masochism

    ヘテロセクシズム:セクシズム(性差別主義)をもとにした言葉。男は美人が好き、女はイケメンが好き、MCが男性でアシスタントが女性・・・

    ホモフォビック:同性愛者に対する差別や嫌悪

    アマトノーマティヴィティ:性愛規範性。1対1で成立しているカップルが素晴らしい、いい生き方だ、、、、

    森山は幼稚園のときにあったお泊まり会で、男の子と同じ布団に入ってどきどきした。能町は、男女は恋愛するものと聞かされてきたため、女の子を好きになった経験があり、少し違和感があったものの、まあ男子として高校生ぐらいまで順応してきた。20歳を超えてから、女子とつきあってみたけど。セックスする段階になって吐き気を催したりしはじめた。

    世の中にある男らしさ、女らしさのコードがなくなれば解決するというわけではない。例えば、男がスカートを穿いてもなにも抵抗のない社会になった時、ジェンダー規範がなくなったんだから、トランスの人はトランスしなくて済むと、トランジションの権利が保障されなくなることも考えられる。

    マイノリティを題材にした物語(小説など)は、マジョリティのビルドゥングスロマン(教養小説)と呼ばれる。さまざまな体験を経て主人公が精神的に成長していくが、最初、マイノリティのことをしらないマジョリティが成長してくパターン。マイノリティをしらないうちに出てくる言葉は、見ていてしんどい。母親役がマイノリティに不理解で、父親は無関心とか許すパターンがなぜか多い。NHKの「恋せぬふたり」など。

    最近、気になるのは、ゲイでありながら現状をものすごく肯定してナショナリズムや保守思想に走る人たち。ホモナショナリズム。

    フェミニズム
    第1波:19-20世紀前半
    第2波:1960-80年代
    第3波:90年代初頭に始まる(外見や行動における個人の自由や主体性をより重視)
    第4波:2010年代から #MeToo運動など

    「性同一性障害」という言葉が広まったとき、「体が男(女)だけど心は女(男)だ」という説明が広まったが、それがよくない。心が女かどうかなんてわからないし、体が男かどうかもわかないこと。心も体も二種類しかない、心は100パーセント女、なんて。個人個人でグラデーションがあるはず。

    子育て支援、保育所、託児所の充実といった政策は雑な言い方をすれば左派的、少子化対策という言葉が乗ってくると右派的な感じがする。

    能町が参加したBBSのオフ会で出会ったクィアな人。
    巨大な女の人に酷い目に遭わされるということにしか性的興奮を得られない人。実在の人間では無理で、高さ何十メートルというイメージ。
    また、ネット上では、ピアノにかけるビロードのカバーに興奮する人もいた。

    0
    2024年02月07日