神谷美恵子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『生きがいについて』を書いた神谷恵美子が翻訳しているので、そのうち読もうと思って買っておいたものだ。まさに彼女の言葉で綴られている。
祖父からは清廉と温和
父からは慎ましさと雄々しさ
母からは神を畏れること惜しみなくあたえること
を教えられた・・・という文章で始まる。
マルクス・アウレーリウスが二千年前、生きていくうえで心しておかなければならないこと、人としてのありようを自省したものを短文で紡いだものだ。
エッセイのような形式だが、二千年の風雪に耐えた
古今東西人類共通の箴言集だ。
ローマ五賢帝時代最後の皇帝が執務中や激戦の闘いのなかで覚書のようにその時々の思いを書きとめた。
『ローマ帝国衰亡史』で史家ギボンは父アントーニヌスとマルクスの治世を評して「二人は42年間ローマ帝国をたゆみなき叡智と仁徳とをもって治めた。‥‥彼らの御代こそ大民族の幸福を統治の唯一の目標とせる歴史上唯一の時期であろう」といった。マルクスは
正義、博愛、社会連帯感情等が特徴の統治であった。
今も昔も、ローマ皇帝ほどの権力者であっても、人間として心すべきことは何も変わらない。
宇宙のことや自然、時間の概念などスコラ哲学の影響ともいわれるが、時代がかった不自然さはなく、当たり前の人間のあるべき姿が語られる。
限られた時間を大切に生きるということも繰り返されている。
「評議の際、ものを徹底的に検討しようとする態度。粘り強さ。安易な印象で満足し、いい加減のところで詮議を切り上げてしまうようなことを決してせぬこと。」などの言葉はリアルである。
この作品は生きていくうえでの定規か尺度のようなもので、読む毎に感じる「共感か違和感」の反応で自分の心の居場所を教えてくれる。
精神の形成期、中学生や高校生の時に教科として脳を通過させるといいと思う。そうすれば一生機能する“良識の錘”を持つことになる。 -
Posted by ブクログ
全て思うことは、特に悲観することについては自分の内側で起きているということを理解することが大事であり、つまりそのような出来事は全て自分次第で思い通りにできるということなので、苦しみたくないなら苦しまないように容易にできるだろう。また、悪いことを企む人間に対して、自分が被害を被った時に悪いことをされたことに憎むことは大変愚かなことであり、それは被害を受ける方が予め認識予測できたことであろうことだからだ。世の中には、悪いものがあるからその反射として良いものたろうものが現れる。良くも悪くも、全て自然の摂理であるということなのだから、全く悪い人に何かされた方が悲劇的であるとは言うことは難しいだろう。
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Posted by ブクログ
松岡享子さんのエッセイ集、『ランプシェード』に著者のことが書かれていたので、興味を持って読んでみました。
途中は飛ばし読みしましたが、共感できるところも多かったです。
「生きがいということばは、日本語だけにあるらしい。こういうことばがあるということは日本人の心の生活のなかで、生きる目的や価値が問題にされて来たことを示すものであろう。たとえそれがあまり深い反省や思索をこめて用いられて来たのではないにせよ、日本人がただ漫然と生の流れに流されて来たのではないことがうかがえる。」
「生きがいを英、独、仏などの外国語に訳そうとすると、「生きるに値する」とか、「生きる価値または意味のある」などとするほかはないらしい。こうした論理的、哲学的概念にくらべると、生きがいということばはいかにも日本語らしいあいまいさと、それゆえの余韻とふくらみがある。それは日本人の心理の非合理性、直観性をよくあらわしているとともに、人間の感じる生きがいというものの、ひとくちにはいい切れない複雑なニュアンスを、かえってよく表現しているのかも知れない。」
「たしかに何か利益や効果を目標とした活動よりも、ただ「やりたいからやる」ことのほうがいきいきしたよろこびを生む。金のためのアルバイトばかりやることを余儀なくされているひとは、金のためでない仕事をする自由にどんなにかあこがれることであろう。」
「子供にとっては「あそび」こそ全人格的な活動であり、真の仕事、すなわち天職なのであるから、そこで味わうよろこびこそ子供の最大の生きがい感であろう。」
「現代文明の発達はオートメーションの普及、自然からの離反を促進することによって、人間が自然のなかで自然に生きるよろこび、自ら労して創造するよろこび、自己実現の可能性など、人間の生きがいの源泉であったものを奪い去る方向にむいている。」
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Posted by ブクログ
生きがいとは何か。
その問いに対して、一つの応えを示してくれる本である。
生きがいとは千差万別十人十色である。そう本書にも示唆されており、私もそうだと思う。
生きがいという大きなテーマに対して、今すぐに誰かがあなたにとっての生きがいを教えてくれるものではない。ある種の人生においての思考であり、思索であり、体験であり、実験であると私は思う。
この本では、生きがいとは自分自身で掴み取るものであり、この現代文明において、テクノロジーがいくら発展しようとも、そのあなたの生きがいというのはあなた自身で日々考え学び活動し、その先に得られた副産物であると私は考える。
「生きがい」自体が人生では過程に過ぎない。
人生何が起きるかは、誰にもわからない。だからこそ、あなただけの生きがいを歩みを止めることなく、自分で考えて活動していくのだろう。