あらすじ
あたかも一万年も生きるかのように行動するな。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ──ローマ皇帝でストア派の哲人マルクス・アウレーリウス(121-180)。多端な公務に東奔西走しつつ、透徹した目で自らを内省した記録は、古来、数知れぬ人々の心の糧となってきた。神谷美恵子の清冽な訳文に、新たな補注を加えた。(改版)
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Posted by ブクログ
解説を読んで、このさっぱりした美しい思想がストア哲学というのを学びました。
善い人間でいるために、どう考えていくか。
短文でつらつらと書かれています。
自身の内省を紙にぶつけている感じがあり、読みやすいです。
わからない単語、考え方が下敷きになっていることが多いです。完全に理解するにはギリシアの思想理解が必要そうです。
とはいえ、言葉自体はシンプルで分かりやすいので、自分の人生の教訓にするにはとてもいいと思います。
私はこの手の本に影響されやすいので、読み終わった後少しスッキリとした気持ちになりました。
マルクスの理想とする人間像は、もはや人間ではない者の領域に足を踏み入れてます。
読んでいて、こりゃ無理だろう…と、思いましたが、至れないからこそ、悶々と紙に書きつけたと思うと腑に落ちました。
みんな悩むところは一緒なんですね。
Posted by ブクログ
マルクスアウレーリウス。
実在したローマ帝国の王の日記を翻訳したもの。
1900年前に書かれたものだが、現代にも通じるものがある。
攻めてくる敵との戦いの悩み、国を治める王としての悩み、哲学者として生きたかった悩み、
日記にはその悩みを分解して記録していることが伺える。
自分が悩み、苦しんだ時は、本書を良薬として服用していきたい。
以下、学び
思索の連鎖において、でらためなことは避け、人から何を考えているか聞かれたら、正直にこれこれと答えられるような、思考習慣を身につける。
常に信条を用意しておく。
宇宙即変化。人生即主観。
誰かによくしたら、利益を得ようとせず、すぐ別の行動に移る。
苦痛は耐えられないものではないが、これに想像を加えてはならない。なんらかしらの,原因で不機嫌になるのは、苦痛に降参したということ。
他人の行為の目的に対して、なぜ?の疑問を常に持つ。また自分自身の行動に対しても。
人に対しての行為、それが善行であっても口に出さない。醸し出される雰囲気が、事実を明らかにする。人に気づかれないわけがないんだ。
苦手なものに慣れる。
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本来、出来事そのものに良い悪いはなく、意味付けをしているのは自分の主観であるという考え方が刺さった。すべては自分の解釈次第であり、外部で何が起きようとも、自分の内面まで直接傷つけることはできないという、その精神的な強さに惹かれた。
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身体、霊魂、叡智、身体には感覚、霊魂には衝動、叡智には信念。感覚を通して印象を受けることは家畜どもにも見られる。衝動の糸にあやつられることは野獣や女のような男やパラリス(ファラリス)やネーロー(ネロ)でもやる。また義務と思われることに向って叡智を導き手となすことは、神々を否定する者や、祖国を見棄てる人間や、戸を閉めてから万事を行う連中でもやることだ。
さてもしすべて他のことは以上のものに共通だとすると、善い人間に特有なものとして残るのは、種々の出来事や、自分のために運命の手が織りなしてくれるものをことごとく愛し歓迎することである。また自分の胸の中に座を占めるダイモーンをけがしたり、多くの想念でこれを混乱させたりせずに、これを清澄にたもち、秩序正しく神にしたがい、一言たりとも真理にもとることを口にせず、正義に反する行動をとらぬことである。そして自分が誠実に、謙遜に、善意をもって生活をしているのをたとえ誰も信じてくれなくとも、誰にも腹を立てず、人生の終局目的に導く道を踏みはずしもしない。その目的に向って純潔に、平静に、何の執着もなく、強いられもせずに自ら自己の運命に適合して歩んで行かなくてはならないのである。
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マルクス=アウレリウスは、ストア派系統の思想で理性を重んじた。パクスロマーナという「平和の時代」を生きた、五賢帝時代の最後の皇帝だが、異民族との戦いも頻発しており、統治に対する葛藤も感じられる。
不安定な世界、自己の中でも、内省と自律を突き詰めた生き様がとても印象的。弱さを認めつつ、力強い言葉で現代にも通用する哲学を確立しており、一文一文を咀嚼しながら読んだ。
匿名
「ミステリと言う勿れ」から
「ミステリと言う勿れ」で作品内の暗号を解くのに本書が使われていて、興味を持ち購入しました。
内容はとても示唆にとみ、現代でも十分通じる言葉が記されており、自戒のために手元に置いておきたい一冊です。
*注意点として
自省録の内容自体は満足しておりますが、私と同じように「ミステリと言う勿れ」の暗号を解く目的での購入は控えた方がいいかと。
「ミステリと言う勿れ」の暗号は最初に自省録のページ数が書かれておりますが、電子書籍だとフォントの大きさでページ数が変わる為かページ数が記載されておりません。つまり暗号は解けません。
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善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切り上げて善い人間になったらどうだ。(第10巻 16)
もっとも高貴な人生を生きるに必要な力は魂の中にそなわっている。ただしそれはどうでもいい事柄にたいして無関心であることを条件とする。(第11巻16)
最初悲劇というものは、人生途上の出来事を人に思い出させるために演ぜられたものであった。またこういう出来事は自然にこういうふうに起るものであることを示し、舞台の上で演ぜられることが諸君を魅了する以上、同じ事柄がもっと大きな舞台の上で起ったとしても、これを苦にしてはならない、ということを考えさせるためであった。
なぜならば、舞台で見るところによれば、こういう出来事はこういうふうに起らねばならぬことであり、「ああキタイローンよ!」と叫ぶ者といえどもやはりこれを耐え忍ばねばならないのである。(第11巻6 ※「オイディプス王」について言及している)
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ミステリと言う勿れで初めて知りました。翻訳者の神谷美恵子も初めて知りました。
2000年前の為政者の言葉とは思えない内容で座右に置きたい1冊だと思います。
神谷美恵子はこの本を唯一の恩師の三谷隆正に捧ぐとした。三谷隆正の師の新渡戸稲造や内村鑑三に連なる精神的系譜があるのを知った。
彼女のこの翻訳は幼い子供の子育ての傍ら執筆であったという。本人はまさかこれほどのロングベストセラーになるとは思いもよらなかったろう。
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1900年近く昔の本だが、そこに書かれたことは全く古びては感じなかった。
読む前に身構えていたほど読みにくい文章ではなかった。
読み進めているとモヤモヤしていた思考が落ち着きを取り戻し、整理されていくのを感じた。
現代のビジネス本を読むより遥かに学びが多く、得るものの多い読書体験となった。
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この書物のいくつかの言葉が、私の人生の教訓となりました。二千年近く前の、遥か遠くの地の、思考も習慣も違うローマ皇帝から、そのようなものを授かるというのは、非常に感慨深いことです。
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そんなに強く生きていけないけれど、たくさん励ましてくれたね。全て全体の一部にも満たない単なるわたしに織り込まれた運命で、日常茶飯事で、もう何十年となくわたしは全てにかえってゆくというのに、いったいいつまで自分の正しさと愛以外のものに心揺さぶっているつもりなのか?
私の好きなドラマで登場していて気になったため購入しました笑年代が違くても人間の悩みは変わらないなと思いました。これで私も暗号で会話できるかな?笑
マルクス・アウレリウス帝
・マルクス・アウレリウス帝(ローマ帝国最後の五賢帝)のパルティア戦役→勝利→
帰還兵たちが新感染症(天然痘か麻疹と言われている)をローマに持ち込んだ=『アントニヌスの疫病』→
6000万人のローマ帝国で、1000万人の人が死亡→急激な人口減少→ローマの経済力の減退→
国家の安全保障に揺らぎ→ゲルマン民族がドナウ川口境を脅かすようになっていく。
・マルクス・アウレリウス帝「まもなく土は我々全てを覆い隠してしまうだろう。
次に土自身も変化し、更には次から次へと無限に変化して行く。
この変化と変形の波の動きと、その速さを考えて見る者は、諸々の死すべきものを軽蔑するに至るであろう。
全て君の見ているものは、まもなく消滅してしまい、その消滅するところを見ている人間自身も、
まもなく消滅してしまう。極めて高齢に達して死ぬ者も、結局は夭逝した者と同じことになってしまうであろう」
・マルクス・アウレリウス帝の死→ローマ帝国衰亡の始まり→
かつては享楽的で世俗的であったローマ帝国→三世紀にはキリスト教的(禁欲的で来世的)な雰囲気に変わった→
「神々はローマを見放した」「それならキリスト教だ」→
キリスト教「肉体の死を恐れてはならない」「魂を滅ぼすことのできる方、即ち神を恐れなさい」
「疫病による死は現世からの解放であり、キリスト教徒を天国での新たなる生へと導くものである」
→キリスト教徒は死や感染を恐れず病人を看護し、病院の経営も行った→
キリスト教の勝利→ローマの滅亡→中世の時代へ。
Posted by ブクログ
うーん。暗いな。ひたすら暗い。人間の営みなど宇宙スケールでみたら大したことないし、どうせみんないずれ死ぬんだし、現世での名誉とか地位なんてものにこだわらず、他人の意見とか評判なんてきにせず、自分でコントロール出来る事だけに集中せよ!って事をひたすら繰り返し述べている。まぁもちろん、それはそうなんだけどね。。。
自分でつぶやきみたいな事を書き留めてあるので短い文章も、ちょっとだけ長い文章もあるが、基本は散文集。そういう意味で論語っぽいし、日本の松下幸之助の「道」とか稲盛さんの「心を高める、経営を伸ばす」にちょっと近い。当時の色んな有名人の名前が出てくる点はおお、そうか、同じ時代かとか思うのはちょっとだけ面白い。
でも、たまに難しい漢字があって読め無い。。精進が必要だな。
Posted by ブクログ
人生で本当に大切なのは、周囲の評価や出来事に振り回されるのではなく、自分自身の考え方を整えることであると感じた。
嫌な出来事や思い通りにならないことは避けられない。しかし、それをどう受け止め、どう行動するかは自分で選ぶことができる。マルクス・アウレリウスが繰り返し自分自身に問いかけている姿から、正しい答えを他人に求めるのではなく、自分の感情や欲望を一度見つめ直し、理性に照らして考えることの大切さを学んだ。
日々の小さな出来事の中でも、自分で調え、自分の頭で考え、より良い行動を選び続けていきたい。
Posted by ブクログ
ローマ皇帝=マルクス・アウレーリウスは、西暦121年~180年に生きた人物。つまり今から1900年前に実在した人物であり、皇帝としてのその多忙な生活の中で、己の心と対話し、その思索の中から紡ぎだされた言葉を、忠実に記し残したものが、この「自省録」である。
第1巻~第12巻に分けて記載されているが、第1巻のみは、祖父、両親、家庭教師、友人、そして先代皇帝アントニヌス・ピウスなど、自分に影響を与えてくれた人々や神々への「感謝」や「受けた教え」など記しているが、第2巻以降は特に、なぜこのような区分にされているのかは、理由や意味は思い当たらない。
おそらく、思い当たった順に書き留められものだろうが、それが1900年の時を経ても、まだ我々の心に響いてくるフレーズがある。おそらく人間に普遍的なことがらを、日々、日記のように書き留めたのだろう。
ストア学派の哲学を信望し、自身の皇帝としての生き方の糧としてきたもの思われる。
死を恐れず、敵を憎まず、マイナスをプラスに転換し、理性を軸に生きる。彼の生き方の哲学であり、決意でもあったのではないかと想像する。そういうマルクス・アウレーリウスの手記といえる。
Posted by ブクログ
ローマ皇帝の中で唯一の哲学者であったマルクス・アウレリウスの日々の内省を綴った本でしたが、西暦100-200年を行きた皇帝の思考や価値観が今にも通ずる、むしろ今だからこそ大切にしたほうがよい感覚などがあり、学びだらけでした。
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日々生きていく中でいろんな理不尽なことに出会うけど、外部のことはどうすることもできないので諦めて耐え忍び、我が道を進もうと思います。
一度読んだだけでは理解が追いつかないので何回かよみかえしたいです。
Posted by ブクログ
孤独な皇帝の葛藤
本書にある「君は…せよ」「君は…するな」という言葉は、すべて自分自身(TA EIS HEAUTON:本書原題)にも向けられた言葉。それを支える思想は「ストア哲学」と呼ばれ、古代ギリシアで生まれた一大潮流でした。その思想にしたがって文字通り「ストイック」に生きようとした皇帝の手記。
ただその思想を何度も何度もおもい巡らせて実践している様子が見られるからこそ、かえって彼の葛藤=自省が想起されます。自制心のあらわれといってもよいでしょう。そこに胸を打たれ、何世紀も読み継がれることになったことがよくわかります。数々の修羅場をくぐり抜けた彼の言葉には重みがあります。
10-16「善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切り上げて善い人間になったらどうだ」というふうなピシャリと言い放つ物言いには、実践ではなく理論を優先する人々に対して釘をさす力があります。その力は随所に込められていますが、それは当時の戦争の日々によって実践を余儀なくされたからかもしれない…とも考えさせられます。
読み物としては、ソクラテス以前の哲学者たちの思想や世界観を少しでも知っておくと読みやすいです。その手間も惜しまれるという方は、訳者解説から読み始めるとよいでしょう。訳も洗練されていて注解も多くあります。……まず第一に、読書を始めてみよ!
4-16, 6-3, 7-59, 9-29, 12-5
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今でも充分に通用するような哲学的思考が、こんなに昔に完成度高く出来上がっていたとは驚き。
註釈が多過ぎて読みにくいってのはあるけど、良い本。
時間ができたらまた読んでみたい。
Posted by ブクログ
ローマ皇帝で賢帝と評されるマルクス・アウレーリウスが書いた日記みたいなものです。タイトルのとおり自分を省みている本で、本人は出版することを前提に書いていないので、自分だけがわかっているような文章もあります。それでも、ローマ皇帝という権力の頂点に立つ人物が、自分を省みているところが貴重であり、すごいと思います。ストア哲学を基盤に、他人を怒らず、自分のできることをして受け入れる精神が書かれて書だと感じました。この本がどのようなものであるかは、解説を読んでもらうの一番早いと思います。すべてをまねることはできませんが、リーダーとしてどのような心構えが必要か、自分を省みることの大切さを感じました。
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ーもし社会が損なわれたなら、社会を損なう者に対して腹を立てるべきではない。「彼はなにを見あやまったのだろう」と問うべきである。
ー生きることが可能なところにおいては善く生きることも可能である。
ー最もよい復讐の方法は自分まで同じような行為をしないことだ。
ーしかし私は、自分に起ったことを悪いことと考えさえしなければ、まだなんら損害を受けていないのだ。そう考えない自由は私にあるのだ。
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哲学書だった。
自分なりの理解として、カラダは、いつかなくなる。
自分の今思っていることも、今だけのこと。
いずれは、宇宙に返す。
今、感じたことを大切に。
大きなことをしようとせず。ただ、与えられたカラダを大切にすること。
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全て思うことは、特に悲観することについては自分の内側で起きているということを理解することが大事であり、つまりそのような出来事は全て自分次第で思い通りにできるということなので、苦しみたくないなら苦しまないように容易にできるだろう。また、悪いことを企む人間に対して、自分が被害を被った時に悪いことをされたことに憎むことは大変愚かなことであり、それは被害を受ける方が予め認識予測できたことであろうことだからだ。世の中には、悪いものがあるからその反射として良いものたろうものが現れる。良くも悪くも、全て自然の摂理であるということなのだから、全く悪い人に何かされた方が悲劇的であるとは言うことは難しいだろう。
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大学のゼミで扱った。他人からの評価を気にする愚かさについての内容が多かったので、マルクスは他人からの評価がすごく気になっちゃう人だったんだと思う。親近感が湧いた。
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ギリシアの哲学者による本…
現代にも通じるものがある、と勧められて読んでみたがかなり難しく、本文と注釈を行ったり来たりしながら読み進めるも理解できず…挫折してしまった…
解説本や参考書と併せて読むのがよかったかもしれない…
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●現代でも通用する人生訓。「君の不幸は、何が不幸であるかについて判断を下す君の能力にある。ゆえにその能力をして判断を控えさしめよ、しからばすべてがよくなるであろう」や「これは不運ではない。しかしこれを気高く耐え忍ぶことは幸運である」など心に留めたい言葉がある。
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ちびちび断片的に読んだ。
自分を律して生きるための指南書
第3巻四の"人は自身の内面を常に把握し、他人から問われた際には即座に答えられるように"は色々と響いた。
Posted by ブクログ
世界史で名前が長くて覚えにくいランキング堂々の1のローマ皇帝による哲学思想呟き雑記。
全体を通じて、理性こそ人間を人間たらしめるという考えが強調されており、現代の人間観とは異なっているように感じた。マルクスの主張には、自分の身体や精神の欲にただ身を任せるのは、「動物的」であるというものがある。これは、欲も理性もまるっきり含めて受け入れた現代の人間観とは大きく異なる。そのため、数千年前の常識はいまの非常識であり、改めて新鮮な考え方を受け取ったようにも感じ、目から鱗が落ちる思いであった。「自分は動物なのかもしれない...!」と恒例の反省タイムもとった。
⚠️この本はあくまでも雑記であり、思想の解説書ではないことに注意されたい。マルクスの思想はストア派哲学が源流にあるため、本を読む際にはそれらへの理解も多少は必要になる。
そのため、あとがきでマルクスの思想やバックボーンにあるストア派哲学について概要を掴んだのちに、原文に触れると一番効率良く理解が進むと思う。