神谷美恵子のレビュー一覧
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前半に出てくる四つの問いが重い。
自分の生存は何かのため、または誰かのために必要であるか。
自分固有の生きている目標はあるか、あるとすればそれに忠実に生きているか。
以上あるいはその他から、自分は生きている資格があるか。
一般に人生というものは生きるに値するものであるか。
これを読んで、叔母のことを考えた。
叔母は独身のまま、親や兄妹の面倒を見て、順に看取り、独りになった。
気丈で聡明だったが、それが災いしたのか、人付き合いが上手ではなく、親しい友人はいない。
これまで病気ひとつしたことが無かったが、昨年から急に腰痛になったあたりから急激に衰え、一人で生活できなくなり、老人ホームに入居せざるをえなくなった。
入れば生活はできるが、自分でやることが何もなくなり、結果的に記憶力や理解力が信じられないくらい低下してしまった。
これは、上記の4点が全て満たされなくなってしまったからではないか?
ただ、高齢になると多かれ少なかれ、この様な状況が訪れるはず。しかし全員がなるわけではない。
神谷さんは隔離施設に入っている方々との交流を通じて論考を深めたと思うが、これは誰もが直面するかもしれない恐怖であり、だからこそ多くの人に読まれるんだろうな。 -
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神谷美恵子さんの「生きがいについて」の補足として、書かれた本。連ちゃんのエピソードを微笑ましく思いながらも、連ちゃんの入所に至るまでの生い立ちに驚いた。100年前の話ではなく、昭和、恐らく戦後のことだろうと思われる。野良犬のように生きてきた連ちゃんの優しさのエピソードには、なんとも言えぬ気持ちになった。
「うつわの歌」に、生きることへの感謝、そして謙虚さを感じ、自分には欠落していると自覚し、やはりなんとも言えない気持ちになる。
神谷美恵子さんの文章はとても読みやすい。時に優しく、時に力強く語られる言葉に励まされ、見守られているように気持ちになる。 -
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以前、神谷美恵子のことを知り本を買った。
今回それをを気分転換のつもりで読んだ。
取り返しのつかない悲しみや絶望からの脱出には「生きがい」を見つけて、それをを支えに命を保つことだという。精神科医になりハンセン病の療養者に交わり病理や心理学の分析をへて、人間の生きがいの効用を確信する。彼らへの共感の思いをエッセイに綴る。
神谷は恵まれた境遇に育ち英文学を学ぶなかでハンセン病という業病の存在に遭遇する。患者は不治の伝染病として強制隔離され、故郷の家族や友人から遮断され存在も抹消される。そんな人達に寄り添うために精神医学を学び、瀬戸内海の長島愛生園に勤める。見聞きした煩悶と呻きに触発されて生きる意味を考える。他にもパール・バックの障害をもつ娘の話など不幸に直面する多くの人のことも知る。
この類の本に接するといつも、若い時に読んでいたらどうだったのか、当時の自分ならこれをどう受け止め、その後の人生にどんな影響を及ぼしたか考える。
今の自分は「平穏で安全」なところに身を置いて他人の不幸や絶望を眺めている。気分転換どころか、鉛を飲み込んだ気持ちで自分の来し方を振り返る。
ビクトール・フランクルの『夜と霧』を読んだ時もそうだった。
この作品は彼女が夫や子供そして尊敬する父親と忙しく生活しながら不幸に悲しむ人に「寄り添う」心の記録であり人生の結晶である。
巻末の「執筆日記」では実際の創作の日々が描かれている。 -
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■まとめ
★ 自分に与えられた命をどう使って生きていくか、と思い悩んだなら、それはあたらしい自分を創造する第一歩。この自己実現のプロセスを怠ると、深刻な生きがい喪失に陥る。
- 純粋なよろこび、未来への前進、義務と欲求の一致、自分が採用している価値体系、使命感、日常生活のルーティン(「その日、自分のなすべき仕事」)、選択の自由、成長や自己実現、など。これらのものが生きがいを形づくる。
- 生きがいをなくしたとき、安易なごまかし(「にせの生きかた」)に走らず、耐えがたい生をなんとか持ちこたえるだけのストイックな抑制と忍耐をもってやり過ごすことが大切。くわえて、しかるべきタイミングで「生きる勇気」(パウル・ティリッヒ)を奮い起こせるかどうかで、その後の一生に天と地の差がうまれる。
- ときに深い悲しみに打ちのめされることも、人生にはある。その傷を癒やしてくれるのは結局のところ、時の経過と忘却。悲しみを意識の外に押しやるために、なにかしら具体的な短期の目標を持って生活するとよい。また、自然とふれあうことによって、自然の持つ癒やしの力に癒やされてみるのもよい。
■感想
初版発行の1966年からすでに半世紀がすぎたものの、人間愛と精神医学への信頼に裏打ちされた著者の観察と洞察は、生きがい喪失の闇をほのかに照らす、いまだ古びない灯りであり続けていると思う。
その一方で、「クソどうでもいい仕事」(ブルシット・ジョブ)の増加や少子高齢化の進展など、現代は仕事にも家庭生活にも価値を見いだせない人が増えつつあるようだ。そういう人たちの生きがいは、本業とは別の社会活動に参加したり、あるいは余暇の趣味を楽しむ、「推し」を推すことにリソースを全振りする、といったあたりに落ちつくのだろうか。 -
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ネタバレ【生きがいという体験の解体】
本書では、生きがい喪失の深淵をさまよった人の変革体験などを考察し、これらを心理現象として論じている。
1980年、45年前に書かれた本。そしてこれを書き終えるにも10年近く(7年!!)かかったということだから、50年以上前の聞き取り調査とかなのだと思う。英訳されて世界的にもよく読まれているみたいだったので手に取った。
たしか、教科書とかにも載っていたけれど、これまで読んだことはなかった。
個人的には、私の知る日本語では、「生きがい」は一般的な概念として、とても便利だなと思う。感覚的にそれがいいものであることが分かる。(今のサステナビリティみたいな?)一方、実態はよく分からないし実現しようとしてもその方法は分からない。だから言葉として便利であり、実在としてあまり意味を持たない(ように思ってきた。)
そうやってバズワード化した言葉の本来持つ重さ、みたいなものを学べる本でもある。生きがいに求めている人間の欲求とは何なのか、生きがいを奪うものは何なのか、などな、精神医学的に、実際の患者の証言・哲学・文学的思索を分析し、「生きがい」とは何か、解体することが試みられている。
とくに著者が興味を持って研究対象としているのは、極限にある人々。そこで生きがいを見出す人々とそうでない人々。そこでいわゆる悟る人は何をどう悟るのか、みたいなことが具体的に書かれている。だから、ある意味この本は、そのような闇と新たな光を体験をした人々の声を代弁している部分もあると思う。
今、極限状態にいなくても、生きてるといつかそんなときがある。でも生きがいについての知識はその時のためだけじゃなくて、今、自分は自分の生きがいを感じているか、何かうまく行ってないことはあるか、なんで退屈を感じているのか、など、今の生き方を見直したり、意識的に新しい価値体系に適応することを助けてくれるものでもあると思った。
私たちは普段、何かしらの出来事がきっかけを作って、小さな自分の価値体系の変容、適応が起こっていると思うし、そこで欲求不満になったり、生きることへの高揚感を見出したり、し続けているように思う。
読書も、そんな好奇心からしていると思う。
全ての生きがいの体験は個性的であるという。
それぞれにある生きがい感、その喜び、そこにある周りとの関係性、たぶんその多様性、独自性、変化や成長の過程、未来への希望の持ち方、みたいなものがまた自分への励みにもなったりする。だから人は、いろんな本を読んだり、ドラマ・映画を見たり、そこでまた自分の価値形態をずらきっかけに出会ったり、影響しあっているのかなーと思う。
生きがいを求める健全な精神。 -
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神谷美恵子 25歳から65歳までの日記
苦しみながら 生きていたことがわかる。苦しみに耐えられたのは 神と対話し、自分で叱咤激励しながら、社会的使命を全うしようとしたから。自身の医師や翻訳者としての功績を誇った記述はない。自己評価が厳しすぎる
エリートの弱さを自分で克服した記録としても読める
時間の捉え方が面白い
*人間は〜生物が脱皮するように 過去と決別して新しい生活に移る
*時が羽を生やした様に飛んでいく
*仕事に熱中しているとき ひとは 無時間の中にいる
昭和14年(25歳) 〜
*自分の問題は 自分と神様のみで決めるべき
*下層の人のために働く。人、人の心、体、社会を健全にするために働く
*人の使命は 人の存在意義に関わる
昭和47年(58歳)〜
*神に委ねて残る日々を生きる
*医師になっても 何一つ人間のことはわかっていないのを知る。これを知るための勉強であった
*私は痴呆の近くまでいって ようやく全てのものから自由になった。何より 自分の限界を〜知った
*痛み〜来るべきものが来た。すはおに頂こう
昭和54年(65歳)
*くるしみに耐えること、ことに他人に与える苦しみに。 -
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もともと日記文学が好きなのと、ヴァージニア・ウルフ研究者という面で、どんな方か興味があったので、彼女の他の著作はまだ読んだことがなかったが、読んでみた。
書きたい、表現したいと強く思っている人によくある葛藤の日常と、医療従事者として、家庭の主婦としての三つ巴の高い志は、少女のころから亡くなるまで変わらず高くより強固に変化し、その意思の強さに頭が下がる。家事育児に時間をとられていることも葛藤は感じつつも、彼女の著作の泉の形成の一端を担っているのだと思った。今現在仕事と家事との葛藤を抱える自分にとっても風穴的な一冊だった。
他の著作を続けて読むことにした。 -
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『生きがいについて』を書いた神谷恵美子が翻訳しているので、そのうち読もうと思って買っておいたものだ。まさに彼女の言葉で綴られている。
祖父からは清廉と温和
父からは慎ましさと雄々しさ
母からは神を畏れること惜しみなくあたえること
を教えられた・・・という文章で始まる。
マルクス・アウレーリウスが二千年前、生きていくうえで心しておかなければならないこと、人としてのありようを自省したものを短文で紡いだものだ。
エッセイのような形式だが、二千年の風雪に耐えた
古今東西人類共通の箴言集だ。
ローマ五賢帝時代最後の皇帝が執務中や激戦の闘いのなかで覚書のようにその時々の思いを書きとめた。
『ローマ帝国衰亡史』で史家ギボンは父アントーニヌスとマルクスの治世を評して「二人は42年間ローマ帝国をたゆみなき叡智と仁徳とをもって治めた。‥‥彼らの御代こそ大民族の幸福を統治の唯一の目標とせる歴史上唯一の時期であろう」といった。マルクスは
正義、博愛、社会連帯感情等が特徴の統治であった。
今も昔も、ローマ皇帝ほどの権力者であっても、人間として心すべきことは何も変わらない。
宇宙のことや自然、時間の概念などスコラ哲学の影響ともいわれるが、時代がかった不自然さはなく、当たり前の人間のあるべき姿が語られる。
限られた時間を大切に生きるということも繰り返されている。
「評議の際、ものを徹底的に検討しようとする態度。粘り強さ。安易な印象で満足し、いい加減のところで詮議を切り上げてしまうようなことを決してせぬこと。」などの言葉はリアルである。
この作品は生きていくうえでの定規か尺度のようなもので、読む毎に感じる「共感か違和感」の反応で自分の心の居場所を教えてくれる。
精神の形成期、中学生や高校生の時に教科として脳を通過させるといいと思う。そうすれば一生機能する“良識の錘”を持つことになる。