奥泉光のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
テーマもページ数も分厚い力作。不穏な空気を垣間見せながらも、軽妙な石目の章を織り交ぜながらなので、単なるミステリーかとも思わせるテンポで延々と話が進んでいく。かなりの終盤になって物語は一気に混沌の度合いを増し、虚構と現実の並行世界を体感できる。
とにかく文章が抜群に上手いのでいつまでも読み続けていられるけれど、並みの文章力でこの話を読まされたら「なんじゃこりゃ」になってしまうかもしれない。K文書や第一の書物のことなどを始めとして、様々な謎がスッキリと解消されずにモヤモヤが残ってしまった。
石目とか橿原いう名前に既視感があったのですが、これは「神器」とリンクしている作品なのでしょうか?(的外れだったらごめんなさい。「神器」の記憶は相当あやふやなのですが)
昨今の日本の状況を見るにつけ、真の日本を欲した教団の人々の気持ちもわかるような気がするのはなんとも複雑な気持ちにさせられました。
-
Posted by ブクログ
夏目漱石の作品について、筆者の二人が対談する本。
自分の好きな作品が多くて嬉しかった。やっぱ「猫」はサイコーですよね!「門」もいいよね!「坑夫」好きだっていう意見は今まで見なかったから、同じ意見で嬉しい!
夏目漱石の作品を読み込んでるんだろう二人の意見はとても参考になった。夏目漱石はコミュニケーション不全の話をずーっと書いてるんだということは今まで気づかなかったけど、言われるとそうだな…
「坊っちゃん」も威勢が良くて好きだけど、坊っちゃんってあんまり話してない、と書かれてて、あ、確かに…と気づいた。なんか坊っちゃんが可愛く思えてきて、再読したくなった。猫も門も坑夫も読もうかな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ将棋は知らんし……と敬遠していたが、次を読ませる展開に乗せられて一日で読んでしまった。
さすが奥泉の筆力。
例によって例の如く冴えない中年男性が語り手だが、クワコーシリーズのユーモアよりは、ややシリアス。
というか暗い。
もともと奥泉光って、たぶん根が暗い、というかペシミスミティック。
それを糊塗するのが、ジャズや音楽や落語や将棋やミステリやといったカルチャー全般であって、糊塗されて初めて面白くなるのだ。
希望を謳う根底にある悲観という点では、手塚治虫や藤子・F・不二雄や宮崎駿や富野由悠季や押井守や庵野秀明に通じると思う。
で、本作、「バナールな現象」「シューマンの指」を思い出す、暗さというか陰惨というか遣り切れなさが横溢していて、……そこが好きなんだ。
中盤くらいか? 字の文に「かたる」と、ひらがなで出てきて、ちょっと気になると思っていたら、まさか終盤そんなふうになるとは……。
また字の文の面白みという点では、棋士らしい「寄せてみる」とか「投了しそうだ」という言葉遣いが、いい。
幻想場面へのシームレスな描写の移行も奥泉の筆力だが、ミステリの枠でも高水準の驚きを齎してくれるのも、筆力というか知性に裏打ちされた奥泉のサービス精神。
そしてその根底にはペシミズム……(負け=少しだけ死ぬ)。
いつものロンギヌス物質は登場しないが、いわゆる「鼠的人物」「鼠性」とか「かたる」とかが現れ、同時に将棋という極めて数学や真理探究に近い「魔」に魅入られた人物たちの、挫折や失敗や裏技や懊悩が描かれる、高水準の人物ドラマでもある。
こりゃ幾重にも美味しい小説だ。 -
Posted by ブクログ
上巻に引き続いて、一気読み。
体に障るというのに…。
千代子と蔵原による調査は進展する。
寿子のはがきに押されていた消印は仙台、けれど死体が見つかったのは青木ヶ原。
時刻表と路線をめぐるミステリーの様相を帯びる。
『点と線』かいな。
寿子の死に関わりそうな人物が鹿沼の紅玉院の庵主を信奉するという接点も浮かび上がる。
惟佐子は巻き込まれながらも、わずかなところで彼らの企図を妨害する。
そして、二・二六事件が起こり、その人物は志を遂げることなく滅ぶことになるのだが…。
「日本人は自ら滅びたがっている」という「彼ら」の主張は、しかしその後の歴史を考える上で、なんとも苦い味わいをもってよみがえってくる。
どう考えてもおかしい選択を、歴史上私たちはこれまでにもしてきてしまっているわけなので。 -
Posted by ブクログ
以前から読みたかった作品。
昭和10年、松平侯爵邸で開催されたサロンコンサートの場面から始まる。
雰囲気的には、どうしても三島由紀夫を思い出す。
が、そこで語られるのは青年貴族の内攻でもなく、輪廻転生のロマンでもない。
一人の女性の死を糸口に展開するミステリーなのだ。
ちょっとびっくり。
華族の政界での権力争いに天皇機関説や、東北の大飢饉を受けた陸軍の動静が利用されていく様も生々しく描かれる。
ドイツの心霊音楽協会やら、人種主義、国粋主義団体、新興宗教まで出てきて、もはや百鬼夜行の趣だ。
その物語のヒロインとなる笹宮惟佐子という主人公がきわめて印象的。
笹宮伯爵家に生まれ、美貌と才知(囲碁や数学)に恵まれるものの、人付き合いを好まず、人並外れた鈍感な味覚と嗅覚を持つ。
母方が和歌山の日和佐神社の神職の家系で、幼いころから神域に魂が行ってしまうような神秘体験をしている。
西洋的な合理性と、そこから逸脱するものの両方を体現するような人物。
そして、魅惑的でありながら、どこか薄気味の悪い人物でもある。
謎解きは、彼女自身と、彼女の「おあいてさん」である千代子とその仕事仲間である新聞記者・蔵原らによって、少しずつ進んでいく。
その間にも、ドイツ人ピアニストのカルトシュタインら、第二、第三の死が重なってくる。
だんだん、最初の寿子の件がかすんでしまうほど。
文体というか、文章のリズムも独特だった。
印象としては一文の息が非常に長いなあ、と思っていたのだが、実際見直してみると、むしろ短い文がいくつも重なった中に、長大な一文があらわれてくる。
長い長い一文は、描写対象に這い上がっていくような、粘着性を感じる。
『坊ちゃん忍者幕末見聞録』や『吾輩は猫である殺人事件』の作家だけに、文体模写をしているのかなあ、なんて思う。 -
Posted by ブクログ
中村文則さんのエッセイを最近読んだので、その繋がりで読みました。
太宰治の人となりについてはほとんど何も知らないので、読む前の勝手なイメージでは「気難しく人嫌い」な人かと思っていましたが、作品を読むと「ユーモアの感覚もあって、実際に話せばあんがい話好きな人だったんじゃないか」という印象を受けました。
個人的に良かったのは富嶽百景の一場面で、天下茶屋の2階に寄宿している主人公が店の人間とも親しくなってきた頃、店の若い女性店員が1人で客の相手をしている時に、わざわざ1階に降りて隅でお茶を飲みながら遠巻きに見守ってあげているところです。
そんなにあからさまな優しさを出す感じの主人公じゃないんですが、さりげない描写の中に書き手の優しさが滲み出ているなぁ、と感じました。 -
Posted by ブクログ
この作家の本は初めて読んだが、面白かった。
シューマンの楽曲に関するいろいろ(うんちく)はほぼ飛ばし読みではあったが、ついついつられて音楽を探して聴いてしまった。あー、この曲もこの曲もシューマンだったのかと音楽に疎い私は恥ずかしくなりました。
完成された音楽を演奏するというのは、完全なものの一部だけが外に滲みててくるもの、みたいな感覚はなるほどなあと思った。ピアニスト(演奏者)は音楽への奉仕者、とか、音楽をやったことのない人間にはよくわからない世界である。私は楽譜も読めないし(ピアノはやってたけど、書いてあることを鍵盤に投影して音を出すという作業ができなかった。ほんとうに下手くそだった)頭の中で音楽が鳴ることもないで、よくわからないが・・・。
ぐいぐい読ませるストーリー展開だったが、途中で「風と樹の歌」か??という展開にまでいき、びっくりしつつ、最後で「はー、やっぱりそうきたか」というところで落ち着いた。だいたい、なくなった指が再生するなんてことは不可能だしな・・・。
文庫の装丁が素敵。血がついてたの、最後まで気がつかなかったけど、最後まで読むと、内容にぴったりの装丁。