伊東豊雄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
3.11の震災後、著名な建築家がどのような想いでいるのか、ベネチアビエンナーレ金獅子賞の「みんなのいえ」ができる過程などが気になり、読んだ一冊。
建築に携わるいろいろな人の講演で、震災後、建築家が求められていないことの虚しさともどかしさから活動を始めたという話を聴く機会があった。
本著では、社会的背景や歴史などを踏まえて、なぜ建築家が求められていないのかという、著者の見解が語られている。
なぜ海外で評価されている建築家が、日本で評価されていないのかなど、納得。
読みやすい文章で、建築の知識がさほどなくても、理解できる。本著に登場するひとつひとつの建物について、詳細を知りたくなった。 -
Posted by ブクログ
地球、陸地、国、地域、町、家、住む人。
機能や生産性だけに特化すると、
住む人を抽象化し、必要な箇所だけ構築することになる。
それは地球上のどこで通じるものかもしれないが、それだけでしかない。
抽象化することができない個人の部分、
これをお互いに認め合って生きていくことができるようにする、
人が特化するのではなく自然に溶け込ませてもらう、
それを実現するのが建築をはじめとする、
人が作るもののあるべき姿なのかもしれない。
(以下抜粋。○:完全抜粋、●:簡略抜粋)
○やはり「管理」ということなのです。本来であれば、こうやっても工期は延びないか、費用は上がらないかという質問をしてくる以前に、主催者として、自分たちも一緒にがんばりますよ、一緒に努力していいものをつくりましょう、という、前向きな姿勢があっても良かったはずです。それがまるで言質をとるような質問をしてくるということは、何か問題があった時に、自分たちは責任をとりたくない、とれない、ということの表れにほかなりません。(P.50)
○「ミニ・メディアテーク」などと言っても、その場所を必要としているお年寄りたちには、何のことだかさっぱり伝わらないでしょう。(P.66)
○しかし彼ら自身は、恐らく、地縁ができて、心地よいから行きたいと思うだけであって、何か「都会から逃げ出したい」「島で何かを成し遂げたい」など、強い動機をもって大三島にきているわけではないでしょう。(P.168)
○そのためには、ただ待つ、という時間も必要になります。この「待つ」という時間のなかで、徐々にこちらの考えに賛同してくれる人が一部に出てきて、じゃあ、耕作放棄地があるから使ってみたら、ということになってくるのです。(P.171)
○ここで絵を描くことができたことには、「くまもとアートポリス」がこれまで二十八年間にわたって続いてきた意義を感じました。(P.181) -
Posted by ブクログ
誰が見ても素晴らしいと思うモノを追求する必要はない。
それよりも今近くにいる人たちと、幸せを感じられるほうが大切である。
その幸せを形にし、積み上げていくことが、
建築が担ってくれる一つの役割なのかもしれないと思いました。
(以下抜粋。○:完全抜粋、●:簡略抜粋)
●「経済の豊かさより心の豊かさへ」
一、自然との関係を回復する
二、地域性を取り戻す
三、土地に固有の歴史や文化を継承する
四、人々の繋がりやコミュニティの場をつくり直す(P.56-57)
○一方、設備環境はというと、構造や空間が固まってから検討を始めます。つまり設備は後づけだったのです。けれども最近はテクノロジーが発達して、初期の段階から、構造と並行して光や空気の流れもシミュレーションできるようになりました。(P.66)
○まるで空間のなかにいるような感覚でリアルに想像することができました。今では構造と設備を同時に進めていくことによって、より自然に近くて快適な空間ができると確信しています。(P.67)
○建築というのは、このよに目指していることを共有できるたくさんの人たち、みんなでつくりあげるものなのです。(P.87)
●フランク・ゲーリー、菊竹清訓、ル・ゴルビジェのカップ・マルタン(P.142)
●コミュニティデザイナーの山崎亮(P.148)
●丹下健三さんの香川県庁舎、倉敷市庁舎、広島ピースセンター、前川國男さんの岡山文化センター、大高正人さんの坂出人工土地(P.158)
●カーテンウォール、プレキャスト工法、ブリーズ・ソレイユ(P.168)
●コンスタンティン・プランクーシの無限柱、磯崎新の水戸芸術館(P.171)
●アルヴァ・アールト(P.178)
○そして少しずつわかってきたことは、私たちが日常的に使っている建築言語では、建築の専門家ではない普通の人たちと同じ目線で対話ができないということでした。(P.183)
●村野藤吾、白井晟一(P.196)
○プロジェクトは単なる調査研究ではなく、より実践的に、「大三島を日本でいちばん住みたい島にする」に近づくために、自分たちも楽しみながら行動してみようということです。そのため、プロジェクトの運営方法やゴールはあえて決めていません。効率的に進める近代主義的な発想ではなく(P.114)
○私たちのように、島とはもともと関係のない人間がゼロから何かを始めようとするときには、まず島の方々かに受け入れられることが重要です。信頼を得なければならないのです。その一歩は、誤解を恐れずに言ってしまうのならば、「この人たちもいいやつなんだ」と認めてもらうことだと思うのです。(P.119)
○最近、ハーバード大学に限らず、世界中の大学から建築を学ぶ学生がワークショップや短期プログラムで日本に来ています。日本の建築は国内ではあまり話題にもなりませんが、世界からは注目されているという何とも皮肉な状況です。(P.131)
○興奮状態の現場と静かな病室のギャップもあって、このような「芸術的」とも言える建築をつくるのはこれで最後にしようか、と考え込んでいました。これほどの時間とエネルギーを注ぐ仕事は、自分の建築人生で、もはやあり得ないだろうと思ったからです。(P.198)
○東日本大震災の復興と新国立とが共通しているのは、相手が公共の場合には誰も個人としての顔を見せてコメントしないこと、オープンな討論は一切しないことです。(P.202) -
Posted by ブクログ
あの震災以降、建築家の方々が自分の建築について、これからの建築についてどう考えているのか気になってた。
機会が無くて講演とかは行けなかったので、この本は私にとってとても気になる内容でした。
インターネットや雑誌なとで伊藤さんのお仕事については知ることができるけれど、コンセプトやプロセスなどはなかなか知り得ないのでとても興味深い内容でした。
現代の若者に対しての意見はなんとも賛同しにくいけど、震災以降の自分の建築に対する考え方の変化は私自身も自分の生き方について考えさせられた。
個人的には6章以降の話が面白かった。
仕事柄省エネ・エコ・自然エネルギー等々の話題は尽きないけど、まだ模索段階だなと感じることもしばしば。
今後の日本の建築が面白くなることを期待します。
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