古賀及子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最高だった、、
こんな文章を書きたい、こんな本を出したいと切望した、、
思い出というには別にそんな輝かしい記憶でもないけど、
すごく記憶に残っている、そんな話とその街とを組み合わせて、そして今その街に再度訪問してみるという構成になっている。
ノスタルジーだとか、切なさとかそんなのではなく、
ただ、誰しもこういうその街に残した記憶ってあるよな、といった感じで。
それが何とも言えない。
今まで『好きな文体』って自分にはよく分からなくて、
この作家が好き、だとかはたくさんあるけど、
文体が!と語れるほど、文体に惚れ込むといったことが無かった気がするが、
なるほどこれがそういうことなのか、と思った。
文字を大切に読み、吸収したい!
文字を目で追っていき、文章になってそのリズムだとか連なりとかが自分にグサー!っときた。
タイトル、装丁も素敵 -
Posted by ブクログ
古賀さんの文章を読める、という幸せを心から味わえる一冊でした。
古賀さんの幼少から社会人まで、記憶に残ったエピソード(特にそれぞれの土地にちなんだもの)を集めた一冊で、学生、短期留学、選挙管理事務所の事務、ショップ店員、会社員、劇団ワークショップなどなどバラエティに富んだ体験を読めるのがとても面白いです。祖父母の可愛い孫として、彼氏さんの家に一人で泊まる若い女の子として、素敵なお母さんとして、それぞれの顔をした古賀さんが、ペースを崩さず、物怖じせず、真っ当な感性で(羨ましい。。)周りの人と交流している姿がとてもとても面白かったです。毎度お守りのような本をありがとうございます。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ読書初心者の私が過去に複数読んだことのある、数少ない古賀及子さんの作品。
日記について語っているものが多数あって、普段から日記をつけている私にとって、(勝手に)師匠のような存在に感じている。
前半は、古賀さんなりの日記の在り方、書き方について。かなり繊細に、緻密に分析されている。
後半は、古賀さんの日々の日記。お子さんとの会話やお家での過ごされ方など飾らない毎日が、ウィットに富んだ表現で丁寧で優しく描かれている。
ドラマティックな出来事や華々しいイベントが出てくるわけではないのに、「将来こんな生活がしたいな」、と羨ましく思ってしまうほど。
生活の中で起きる何気ない出来事を、一つずつじっくりと味わい楽しむことができることが、人生の何よりの幸せなのかもしれない。
私は大学生のときから日記を書き始めた。かれこれ10年以上。書くことに一生懸命になってきたからこそ、私も私なりの"日記観"を作り上げてきた。
その"日記観"が古賀さんとは異なる部分ばかりで、ページを捲る度、驚いたり、考えさせられたり、本当に楽しかった。
比較しながら感想を。
《印象に残ったところ》
・日記の秘匿性について
-『日記と秘匿の濃淡は、公開するかしないかではなく、書き手それぞれの日記観からくる手つきに依る。』
序盤から早速ワクワクする。
秘匿の濃淡、そんな言葉で表現するのね。
私は日記といえば強い秘匿性のあるものだと思う。
読まれることを前提に書く文章は、「正しい言葉」で、「誰かを傷つけることにならないか」、「言葉にしにくい感情をどれだけ言葉にできるか」etc…
書いているうちに色々なことが過ぎって、純度100%のもにはならないと考えているから。
だから、私の場合
日記=自分だけの秘密のもの(≒公開するものではない)
これが大前提。
古賀さんは、ここからもう一段階踏み込んでいる。
日記に秘匿性はあるにしても、その濃淡が人により大きく異なる、と。
たとえ公開しないものだとしても、人物や専門用語をきちんと説明するタイプだったり、その逆で、断りなく誰だか分からない人物が登場するタイプだったり。行間をあけて読みやすくしてあるタイプだったり、あえて読みにくくしてあったり。
この辺りのバランスが人によって全く異なってくる、ということ。面白い。
私は完全に秘密寄りで、我が子にも見せられないような内容も多いけど、非公開型だとしても、公開しても問題ないような日記を書く人もいるんだ。
色んな人の日記を読んで、その人たちの日記観や秘匿性の濃淡をどの辺りに設定しているか、触れてみたい。
・嫌だったことや悔しかったことは書かない
その理由を『つまらないし、自分が興奮しないから』と表現した上、『簡単に言うと、つらいことが書かれていないことそれ自体には、本質的にはまったく意味がない』という潔さ。
世界を日記と現実で切り分ける。
書いてないからといって現実に起きたことに意味がないわけでない、ただ(嫌だったことは)興奮しないから書かない。
この部分については、もっと深い思考とともに理由が語られるのかと思ったからシンプルにまとめられていて少し驚いた。
私はと言うと、、めちゃくちゃ書きます。
根がネガティブだし、ぐちゃぐちゃの頭の中を整理するために日記を使うことが多いので。
でも、古賀さんから見れば、きっとこれは日記ではないのだな、と気付かされた。
思考整理ノートという別枠を作って、日記は日記として興奮するできごとを淡々と書くようにすることを一つの選択肢として考えます。
《素敵だと思った表現》
いつか自分の日記や人との会話の中でこんな素敵な言葉を自然に使えるようになりたいな、と思ったフレーズなどを少しだけ。
・友達と会うことの良さがここに極まる
・いただきもののきらめき
・人と物のぐずぐずした関係に感心する。
・「お味噌汁の「お」みたいに「野」が、うさぎをやさしくする感じあるね」
・「気持ちだけありがたくいただく」の最上級
・時間がかわいい
・源氏パイは(中略)脂と砂糖と小麦粉で、豊かさのかたまりなんだよね
《メモ》
日記を書く意味を時々考える。
その都度、なんとなくそれっぽい答えを導き出して納得していたような気がしていたけど、この作品を読んで、これまで私の中で浮かんでいた"それっぽい答え"にはないもの、古賀さんの別解を知ることができた気がする。
どちらが正解ということはない。
それでも、これまで書いてきてよかったと思えたし、もっともっと生活を丁寧に観察して、それを上手に言語化する力を身に付けていきたいと思った。
知らない熟語や言い回しも沢山出てきた。その都度メモをとって調べた。
"自分の言葉で表現する"
大切なことだと思う。でもせっかく感じたことを、今より解像度の高い言葉で表現できたら、もっと私の日記は良くなると思った。
表現力と同じくらい語彙力も大切だね。
地道な努力を続けていきたい。
私はこれまで、日記に読みやすさなんて一度も意識したことはない。
だって読んでもらうことを前提にしていないのだから。
古賀さんの日記を覗かせていただいてから、改めて私の日記を読むと、
私の日記は「私を見て!私こんなことがあってこう感じたの!こんなことを頑張ったの!私私私私私私!!!」と訴えるような文章だと思った。
でも古賀さんの日記にはそれを感じない。感情は乗っているのに、起伏をそこまで感じないのは、やはり後ろ向きなことが書かれていないからなのかな。
文章はふわっと柔らかく読みやすいのに、しっかりと読み手に残る何かがある、本当に凄いんです。
嬉しいという気持ち一つをもっても、沢山の表現の方法を持っているのが凄いし表現者だなぁ、と。
古賀さんの文章に惹きつけられるのは、この"読みやすさ"について沢山の叡智が注ぎ込まれているからだろうな。
真似できそうなワードはたくさんメモした。
私は今後も日記を公開する予定はないけど、
いつか自分の日記を読み返した未来の自分を驚かせるため、ここぞという時にぜひ使わせていただく。
読み終えてからこの感想を書いている数日間の私の日記の文章に、既にリトル古賀さん(烏滸がましい)が見え隠れしている気がする。
「ちょっとここは面白いこと書いたろ」と自分を試すようなことをしてみたり。
こうやって誰かから影響を受けることは良いことでもあるけど、これまで積み上げてきた私の日記のスタイルを崩すようで、そして後戻り出来ないようで、いままでにない複雑な感覚を感じながら書き続けている。
でも、未来の私が見たら、きっとこの複雑な感情の動きも、これまでとは少し違う、ちょっと背伸びした文章にも気付いて理解してくれるはず。
「あのとき古賀さんの本にめちゃくちゃ影響されてたな」って思うのかな。それもいいね。
文章も日常の切り取り方も、年齢や環境が変わるにつれて、きっとこれからも少しずつ形を変えていく。
でも、それも含めて私の日記の醍醐味!
これからも書き続けていきます。
日記を書く私をそっと肯定してくれるような、素敵な作品でした。 -
Posted by ブクログ
些細な一つの疑問に対する探究心が凄すぎて笑っちゃった。多角的な目線からの文章は論文かと思ってしまった。「どの食べ物が好きな私を、私が好きか」という結論….入口と出口のギャップが良すぎた。ただし、食に興味がないので、読み進めるのに時間がかかってしまったの、改めて食に興味ないんだと最悪だった。ちなみに好きな食べ物はピザです….辞めようと思ったので考えます!!!
というか、好きな食べ物が決まってからのフォントが変わったの、あれなんだったんですか!?意味あると思うんだけど、気づけなかった!!!!
(最後の上白石萌音の書評良すぎて、著書読んでみようと思った。→茄子です!あと肉も好きです。の勢い最高。)