辛酸なめ子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
辛酸さんの毒のある文章が好きで日頃から読ましていただいているのですけれども…今作はちょっとスピリチュアルな方向へと行き過ぎているため個人的にはあまり好きになれませんでした…
ヽ(・ω・)/ズコー
好きに、というか、あんまり興味が沸かないと言いますか…スピリチュアルとやらに興味を持つのは大半が女性と言いますから一応、性別上男子である僕は完全に蚊帳の外…本書を読みつつも疎外感に打ちのめされそうになりました…
ヽ(・ω・)/ズコー
まあ、そんな中でも「なめ子節」みたいなものは本書でも存分に発揮されていてそこは楽しめましたけれどもね…。いかんせん内容が僕の興味の範囲外であったためにこの評価と相成りました…さよなら。
ヽ(・ω・)/ズコー -
Posted by ブクログ
女子学院出身の著者による、女子校育ちという現象に関する観察と分析。
女子校育ちの罪と罰について語った本ではない。しかし、人は生まれ育った環境から自由になることはできない。女子校育ちであることの、よいこともそうでないことも含め今の自分がある。そんな風には著者は語らない。しかし、本書には、確実になんらかの呪いと祝福が隠されている。
本書は、著者の観察と分析、場合によってはアンケートやインタビュー、座談会の記録などで構成されている。アンケート・インタビュー・座談会は、本当に本物なのか?
アンケートやインタビュー、座談会の記録が本物でないとする理由はない。しかし、もし、これらを著者による創作と思って読むとすればどうだろう。
女子校育ちが女子校育ちについて語るということは、視点の微妙なずれが再帰的に蓄積するということなのだ。奇妙な発振現象がそこにある。
エピメニデスはクレタの人で、次のような金言を残している。「クレタ人はみなうそつきである」と。女子校育ちにも同様の構造がある。
もちろん、男子校出身者としては、なるほどという一冊である。 -
Posted by ブクログ
おしゃ霊スポット、除霊、スピリチュアルナントカの体験が盛りだくさん。
ひとりで読んでて冷やっとする場面もあるけれど、なめ子的なトークでニヤリとしたオチ。
占いとか前世とか見てもらいに行くのであるが、元々完全に信用してないから面白い。
疑心半分でその時に思ったことをつらつらと辛辣に書いているのも、あーわかるなーと。
言い方(書き方)、表現がすごく上手で「うまいこと言う!」と何度もツッコミたくなるんであるが、
今何に対してなのかそれを思い出してくれと言われてもなかなか思い出せない・・・。
読んでるとなめ子さんがかなりの霊体質ということが見て取れる、なのに一人暮らしていうところが何か余計怖いやん!
塩とセージはおしゃ霊なスピアイテムだとわかった(笑)。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ暇つぶしに読むには最高だよね。辛酸なめ子さん。
丁寧な文体に含まれる、毒舌批評がたまりません。
あの時もっと、勉強していれば、ということは、
ほんとうによく思うのだけど、
最近は、
自分はこれだけ中途半端さに甘んじてきた人間なのだから、その分一生努力し続けなくてはならないのだ、
という覚悟に変わりつつあります。
私は多分、お金持ちにはなれないような人間だろうけれど、
努力することを楽しく思いながら、自分の一生を過ごしていきたいと思います。
追記
わたしは、「女のヒエラルキー」というものから、ことごとく逃げて生きてきた人間なのだけど、
最近、「自分も確実にヒエラルキーの中に格付けされているのだ」と思い知らされる出来事があり、その「ヒエラルキー」について考えさせられる。
「女のヒエラルキー」って、恐らく大きな要因として男の目線が作ったものですよね?
小さい頃から、
「◯◯さんはOKだけど、△△さんはダメね」
というような男からの微細な線引の違いを肌で感じて、「自分の位置、自分の女としての価値」を思い知らされる。(で、その価値付けで優位にたった人間が、さらにそのヒエラルキー構築に拍車をかける)
わたしはひたすらそこから逃げてきた。
道化の一にいたり、「グループを組まない」事によって階級付から極力逃げてきた。
自分が傷つかないように。
しかし最近、なんとなく「劣位」に置かれていることに気付かされとても悲しい思いをしている。
(格付けから逃げてきたからといって、その上下関係がわからないわけではない。優位にいる人間くらいわかる。そんな人間に勝負を挑むはずなどないのだが、いつのまにか同じ土俵に立たされ相撲を取らされていたことに気づいたというか。負け戦の戦場に駆り出され、ボロボロに敗れたのを鼻で笑われている気分、を味わった。)
なにが悲しいかって、自分に女の価値がないって思い知らされたとか、そんなんじゃない。「『劣った人間』のことを、それでも心から受け入れてくれる人間がいる」ってことに、申し訳ないやら悔しいやらで泣けてきた。
「こんな自分」を「敗者の自分」を肯定してくれる。
私の発言は、ならば頂点にいる人しか、人に受け入れられる資格が無い、ってことを肯定してしまう発言だけど、そうじゃない。「自分の「分」なんて、自分が一番弁えている。思い上がらないから傷つけてくれるな。」ってことなんだと思う。
でも書きながら気づいたけど、「思い上がる」とか「傷つけられる」とか、それこそ「男の目」を気にした男性優位の発言だろう。
女は、ヒエラルキーに溺れない意志を持たなきゃならんと思う。
「男が許してくれたから、『私は許される資格のある人間なんだ』」なんてこと思っちゃいかん。私もどこかでそんな気持ちに甘んじているところがあったのだろう。
じゃあ、どう生きて行ったらいいのか。
悲しいかな「女も女を排除する」。
「何あいつ、勘違いしちゃってんの?」
そう思うことが、私の中にないか、逐一確認せなならん。
どうしたら、変われるんだろう?どうしたらもっと、生きよくなれるんだろう?