渡邉雅子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この本の重要性を説明したくなったので、まとめてみる。
まず現代社会の問題として、行き過ぎた多様性とその結果による各コミュニティ間での合意形成の難しさについては、昨今頻繁に言われている。
これに対して筆者は解決策を論理的にかつ例証までして提示している。
実はこれはすごいことで、世間にいまだにはびこっている多様性とは、他者性と接触しない自分の価値観を正当化するためのもので、つまり思考のモードは一つだけしか持たないものである。しかし全ての人が多様な思考のモードを同時に持つことができたら、多様性を持ちつつも普遍性も確保することができる。(これは哲学的課題である極端な普遍主義や相対主義のどちらにも陥らないための良い手段と言える。)
そういったことや、その必要性は感覚的に漠然と感じていた人はいると思うが、著者は特に論理的思考プロセスという思考の前提であるがゆえに語りにくい領域を使って、その論理的思考パターンを4分類して例証して論じてみせた。
論理的思考以外にも色んな思考のモードがあるはずで、それらについても同様に同時に複数持つことでより生きやすくく争いのない時代が来ることを期待できるだろう。それをまた著者に書いてほしい。
しかし一番の問題は、私たち日本人だけがそういう意識でいたとしても、その他の人達が限られた思考パターンしか持たないときに起きる非対称性だ。
なので、この本をイランなどでも販売していただけるよう、応援しています。 -
Posted by ブクログ
初めて読む渡邉雅子氏の著作だが、専門的な内容ながら論理展開が明晰で分かりやすく、具体例が豊富なので、素人にも読み通すことができた。日本とアメリカの小学校高学年対象に調査して、1)作文教育2)歴史教育3)クラス経営や評価の、3つの項目に通底する日米の相違点を分析解説している。少し前に話題になった『小学校〜それは小さな社会』(英題 The making of a Japanese)を彷彿とさせる、とても興味深い内容だった。日米比較した結果として価値判断をすることはなく、中立の立場で双方の長所と欠点を提示しながら、両国の国民性や行動様式の違いを指摘している。これを読むと、なぜアメリカでは起業が極めて盛んである理由も、日本人がグループでの共同作業が得意であるのかもとてもよくわかった。
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Posted by ブクログ
本書は、「論理」がたった一つの「正しい」ものがあるのではないこと、目的によって適切な「論理」は変化することを明らかにする。そのうえで、「多元的思考」を打ち出し、複数ある「論理」を必要に応じて、選択的に用いることを推奨する。なぜなら、「多元的思考」は、私たちが多様な社会や文化の中で豊かに暮らすために必要な方法と視点となり得るからである。
本書を読んで、それぞれの国の社会、文化、歴史が、「論理」を作り上げていることを知った。「対話」の大切さが謳われる場面が多いが、意見を擦り合わせるためには、その意見を作り上げている「論理」の擦り合あせが必要となる。この意味で、「対話」とは、本当に大変な作業なのだと改めて認識した。
著者の言う「多元的思考」を一人ひとりが身につけていくこと。それこそが「対話」を開いていくのだろうと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本書は、日本とアメリカの小学校における作文指導や授業内容、教師の語り方、通知表の構成などを比較しながら、両国においてどのように「納得した」という感覚が形成されているのかを明らかにしている。
要点として、相手を納得させるための説明の場面では、日本では物語の枠組み、すなわち時系列に沿った説明が用いられるのに対し、アメリカでは要約や報告の枠組み、つまり因果律に基づく説明が重視されていることが挙げられる。
時系列に沿った説明では、出来事と次の出来事がどのようにつながるかによって因果関係が想起されるため、出来事を並べる順序が重要となる。この場合、原因と結果は語り手によって明確に特定されず、どの出来事が最も重要かという判断は聞き手に委ねられる。
一方、因果律による説明では、結果として特定された出来事が最も重要なものと位置づけられ、一連の出来事はその結果への寄与度によって序列化される。結果に直接関係しないと判断された出来事は、語り全体から省かれる。
特に伝え方を意識しない場合、日米ともに時系列による説明に寄りがちである。しかしアメリカでは、作文指導の中でさまざまな文章様式を「技術」として習得する訓練が行われており、その結果、因果律による納得の形成が社会的に普遍化している。一方、日本の作文指導では、多様な文章様式が一括して「作文」として扱われ、文章技術の習得よりも、共感や、作文を通して出来事に向き合うプロセスそのものが重視されている。
自分が特に意識することなく普遍的なものだと考えていた「納得の構造」に、社会的な価値規範の違いが反映されているという点が非常に興味深かった。また、説明のスタイルの違いを知ることで、自分の思考や表現を相対化するメタ的な視点を持てたことが、この本を読んだ一番の収穫だと感じた。
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現代のグローバルな社会において日本の調和を重んじた考え方に疑問が湧くことが多くある。例えば、何かを競うときも日本人は遠慮しすぎ、もっと自分を主張しろなどと言われる。しかし、それはあくまで一つの価値観にしかすぎないことがわかった。今それが求められているだけでこれからパラダイムシフトが起きて価値が逆転することもあるだろうし、あるいは場合によっては和が大事ということもあるだろう。よってこの不安定な時代にこそ求められるのは多元的思考だ。一つの価値観に縛られることなく目的や状況によって思考法を使い分けていく、これが色々な価値観が分立する現代社会で生き抜く最良の方法だと思う。それに伴って共感的利他主義を元にした初等教育、そして思考法を技術として獲得するための中等教育、高等教育は理にかなっているし、実現されれば、日本人が抱えてきた今まで負の側面が長所として世界で重宝される時が来るかもしれない。
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前に読んだエマニュエル・トッド「世界の多様性」に引き続き、世界には本当にいろんな国があるもんだなぁという本。
この本はYouTubeの「ゆる言語学ラジオ」で知りました。
「結論から先に言いなさい」と教えられてきましたが、これはある限られた国で採用された表現形式であって世界共通というわけではないらしい。
論理というのは普遍的な推論方法ではなく、文化や社会の枠組みのなかで形づくられるものであるというのが本書の主張です。
そして、著者はこの文化的な枠組みを理解する鍵として「教育の在り方」に着目します。
子供たちへの教育原理はその国が重んじる価値観そのものと言えます。
本書ではこの教育原理を大きく4つの型に分類して議論を進めます。
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Posted by ブクログ
ネタバレ論理的思考とはなにか。
日本で社会人になってからの壁、「結論から話せ」になぜ戸惑うのか?
小中高の作文教育と歴史教育からその謎を紐解く。
ビジネスシーンではアメリカの影響が色濃く反映しており、アメリカ風な書き方5パラグラフエッセイを『論理的』としている。
「結論を先に提示する」ことで、まず何の話なのか明確になる利点はあるが、その結論が正しいものであると錯覚してしまう不具合が生じやすい(フェイクニュースを作りやすい)
フランス風な書き方では、テーゼ主張とアンチテーゼ反論を併記し、落とし所やジンテーゼ第三の論への展開が導きやすいが時間がかかる。
→ビジネスシーンのような(少しの間違いは許容して)早めの決断が良い場合は5パラグラフエッセイ、政治のようなより重要な意思決定が必要な場合はディゼルダシオンを選択することがベターと思われる。
⚪︎日本の作文
→こんな体験をして、わたしはこう思い、こんなふうに価値観が変わった。
(その人はどう考えている?その人あるいはその動物になりきって考えてみると?→八百万に魂が宿る信仰がベース?)
⚪︎英語の作文
→結論、それを補完する内容3つ、まとめ
(5パラグラフエッセイ)
⚪︎フランスの作文
→主題に対するテーゼ、アンチテーゼ、テーゼとアンチテーゼをいいところで落とし所をつけた結論
(ディセルタシオン)
⚪︎ イランの作文
→バイブルや有名な詩の一節を引用、バイブルを褒め称える -
Posted by ブクログ
合理性を、形式的/実質的、主観的/客観的の四象限に分けて相対化し、それぞれを代表する各国(アメリカ、フランス、イラン、日本)の教育文化を比較研究した本。とんでもなく面白かった。
個人的には、ビジネスで必要となる論理思考と、日本の教育にズレがあるのを常々感じていたのだけど、この本でその理由がかなりクリアになった。
ビジネス上の論理思考は、本書によるとアメリカに代表される「経済原理」の思考で、目的達成に直接結びつく効率的な行為が合理的な行動とされる。アメリカではこの原理に基づいた教育がなされており、エッセイという作文の教育を通じて、その論理思考が叩き込まれるのだという。
それに対して日本では、目的の達成よりも、目的(価値)に向かう正しい態度や意欲が重視される。(「社会原理」)そのために日本の教育は、他人の心を考えることと、それを自分の心とすり合わせて行くことに主眼を置いている。物語の登場人物の心情を問うたり、感想文を書かせることがその現れだと指摘されていて、興味深かった。
とはいえ、仕事をする上では、経済原理による論理思考は必須だし、フランスの「政治原理」として紹介される思考では、複数案を超克する論理思考が標準化されていて、これもビジネス上での応用ができる。イランの「法技術原理」は日本とは正反対なので、中々理解し難いが、自身の思考を客観視するには良い題材のように思える。各思考の優劣を論じるのではなく、さまざまな思考を使いこなすことは、総合的に豊かな社会生活につながりそうな希望が持てる。
という感じで、とても刺激的な読書体験だった。
ちなみに、本書はA5判で300ページ近くある。毎日寝る前に数節ずつチマチマ読んで1ヶ月近くかかったが、専門用語は序章に少し出てくるだけで、全体としては読みやすかった。値段も約5,000円とお高いのだが、その価値は十分にあった。