渡邉雅子のレビュー一覧
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岩波新書『論理的思考とは何か』の研究書版(というか、新書は本書のエッセンスを一般向けにまとめ直したもの)。学術的に書かれている分、著者の議論の特徴と問題点がより明確に出ていると感じる。
著者の主張のエッセンスは、学校教育で「何を・どのように書かせるか」ということ自体に、その国・地域の社会的・文化的な特性が反映されている、というもの。だが、その国・地域の最大の問題点は、「論理」を文化的・社会的に構築されたものと捉える着想は重要としても、それを検討するモデルとして学校教育の作文がほんとうに適切なのかはよくわからないところがある。各社会、各文化が求める作文の「型」が、それぞれの思考のスタイルを規定しているという仮説はたしかに分かりやすいが、作文の「型」がそこまで規定要因として重要と言えるかは疑問なしとしない。関連して、明示的に「型」の教育がなされているアメリカやフランスと、「型」が暗黙の要請として必ずしも明示されていない日本の感想文とを比較できるのかも気になる。
本書で議論されているのは、それぞれの国や地域が「どんな能力を育成しようとしているか」であって、「実際にどんな能力が育成されているか」ではない。よって、著者の「型」の分析は、教科書のメッセージを送り手側から見たものでしかない(教科書のメッセージには少なくともカリキュラムをふくむ教育政策や教育思想、実際の教員たちのハビトゥスや学校・教室文化の問題が介在するはずだ)。つまり、送り手側の「理念」「理想」がそのまま適用されているに過ぎない(日本の作文教育にかんする記述が典型的)。かりに「型」という仮説を認めるとしても、その「型」との交渉や葛藤こそが思考を析出する契機であるはずで、そう考えれば「型」とされるものではできないこと、それぞれの「型」の盲点にも関心を差し向ける必要があるのではないか。 -
Posted by ブクログ
■ 論理的思考に唯一の型はない
論理的に考えるとは、根拠を積み上げ、矛盾のない結論を導くことだと捉えていた。本書はその前提を揺さぶる。何を目的とするかによって、合理的な結論も、そこへ至る手続きも変わる。論理とは世界共通の単一の方法ではなく、それぞれの社会が重視する価値や教育のあり方とも結びついている。目的に応じて複数の論理を選択し、使いこなす「多元的思考」という視点が、本書から得た最大の収穫だった。
■ 論理学、レトリック、科学、哲学
序章で整理された四つの思考法も印象深い。論理学は演繹や帰納によって推論の妥当性を問う。レトリックは必ずしも唯一の正解がない問題について、相手と場面に応じ、反論も見越して説得を試みる技術である。科学のアブダクションは、意外な現象を説明する仮説を生み出し、その後の演繹と観察による検証につながる。哲学は常識を疑い、「そもそも何か」と概念の本質を問い直す。日々の仕事ではレトリックに触れる機会が多いが、原因を新たな角度から探るアブダクションや、問題設定自体を問い直す哲学的思考も意識して取り入れたい。
■ 四つの国の作文教育が映す価値観
著者はアメリカのエッセイを「経済」の論理、フランスのディセルタシオンを「政治」の論理、イランのエンシャーを「法技術」の論理、日本の感想文を「社会」の論理に対応させる。効率的な目的達成、対立を通じた公共善の探究、既存の真理や規範の保持、他者への共感と関係性の調整。文章の書き方は単なる表現技術ではなく、何を重視して判断するかという思考の訓練でもある。特に日本の感想文が、他者の心情を読み取り、場に応じて振る舞う力を育てるという指摘は、従来の感想文観を見直す契機になった。
■ 弁証法への共感とイランへの違和感
最も強く惹かれたのは、フランスのディセルタシオンである。自らの主張だけでなく、反対の立場を正面から検討し、双方を踏まえてより高次の結論を目指す。異論は退けるべき障害ではなく、認識を更新する資源になる。一方、宗教的な真理の保持を重視するイランの事例には、結論ありきではないかという違和感が残った。ただし、判断基準をあらかじめ定め、恣意的な運用を避けるという側面には、規則を扱う行政実務との接点も見いだせる。なじみにくい論理を直ちに無価値と断じないこと自体が、多元的思考の入り口だろう。
■ 「非論理的」に見える相手をどう理解するか
本書の核心は、同じ問題を論じていても、互いに異なる目的を優先すれば、相手の結論が非論理的に見えるという指摘にある。効率性を求める意見と、公平性や人間関係を守ろうとする意見は、必ずしもどちらかが間違っているわけではない。議論の前に、相手は何を達成したいのか、どの基準で判断しているのかを理解する必要がある。同時に、自分自身がどの論理に立脚しているかを自覚することが欠かせない。四類型は人を決めつけるための分類ではなく、対話の前提を点検するための道具として使いたい。
■ 傾聴から、判断を更新する対話へ
自分には、考えを早くまとめ、自分の合理性を相手に説明しようとする独善的な傾向がある。これまでの読書で「最後まで聞く」ことの重要性を学んだが、本書はその先を示してくれた。部下や他部署から異論が出たら、すぐに反論せず「何を最も重視しているのか」と問い、まず相手の論理を自分の言葉で確かめる。さらに、協議の後には「相手の意見で自分の判断は何か変わったか」と振り返りたい。結論が変わらなくても、異なる価値を十分に検討したかが重要である。自分が正解を提示するより、チームとして自分一人では到達できない答えを生み出す。そのための実践的な指針を得られた。
■ 多元性は、判断を放棄することではない
異なる論理を尊重することは、すべての主張を同じように正しいと扱うことではない。法令や事実の制約を確認し、最後は責任を持って判断する必要がある。大切なのは、自分の結論を絶対視せず、論点に応じて思考の枠組みを切り替える柔軟性である。知識を増やすだけでなく、人との関わり方と意思決定の手続きを変える。今回の読書を、そうした行動改善の出発点にしたい。 -
Posted by ブクログ
米・仏・イラン・日の小論文/歴史教育を綺麗に整理しきったのは素直に凄い。特にイランの法学的・神学的体系と循環的歴史観の共存は自分には知り得ない感覚。それが堅牢な論理構造になるというのも驚きでこの辺りは非常に良かった。
一方で、本書は最初から「教育が文化を基底する」という仮説から入っているが、初等教育ならまだしも高等教育だと国民全体から見てエリート層を重視する感じになってしまわないかなとは思った。特にフランスはバカロレアとかまで及んでしまっているのでちょっと怪しい。
決定的に引っかかったのは結論。各様式を認識し、ザッピングのように借用する、というのは結局各様式を間主観的に相対化していて、結構日本的に思える。この点、著者がこれにどこまで自覚的かは文面からはよくわらなかったが、仮に無自覚さであれば自己矛盾になっている気がしてかなりモヤっとしてしまった。
ただこのレビュー自体も私の視点からは逃れられないわけで、相対比較の難しさが最後に残る感じ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者が前著で示された4つの論理的思考の中でも、日本の社会原理の論理性に焦点を当てて、
ポスト近代の世界に対処するうえでどう活かせるか、どう打ち出していけるか、みたいな可能性を論じられていました。近代資本主義の矛盾が顕わになる今日、日本式の思考法が世界的に意義のある解決策となり得る、とのことです。
ポスト近代の多元的世界。
科学と哲学による新しい物の見方として、例えば、量子力学やそれを含む複雑系システムは私たちの世界の見え方をどう変えるか。
この二つは、何がどう見えるかが観察者の見ている(問題にしている)スケール、位置、視点によって異なるということを明らかにした。
何を一つの総体としてとらえるか、が視点によってそれぞれで、全てはすべてに対してローカルであり、ローカルとグローバルの区別はなくなる、というような話を原理レベルや宇宙レベルで説明をつけられるようになっていくと、私たちのものの見方や思考法も大きく変化させていく可能性があるという。
一つの統一的な見方は存在しえない。自己準拠という言葉もありました。
共感による利他主義。
日本以外の利他主義は、利己主義を土台にしている。新しいパラダイムにおいては、日本の教育が育んできた利他主義こそ、あらためて評価されるべき。95
利他主義は、コロナ期、思想家のジャック・アタリが自由から利他主義への転換を提言している。彼の利他主義は、合理的利他主義、と呼ばれることが多く、利他的行為が最終的に自己利益に返ってくるという合理性。また、共通の国際制度や機関の設置を提言している点で、理性的利他主義でもあるという。論理性分類では、政治原理に該当する。
ピーター・シンガーらの利他主義は、効果的利他主義に分類される。効率性と費用対効果を最大化している。経済原理に該当する。
主教の協議や戒律に基づく利他主義は、法・原理的利他主義。
そして日本型の共感による利他主義がある。
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Posted by ブクログ
ネタバレ前著「論理的思考とは何か」による教育原理の4類型(経済原理(技術目的×経験的知識)・政治原理(価値目的×大気的知識)・法技術原理(技術目的×体系的知識)・社会原理(価値目的×経験的知識)により、パラダイムシフト後のポスト近代社会(経済:成長・形式合理⇒持続可能性・価値合理、社会:機能的分業・競争⇒多様な価値共同体・協調相互扶助、規範:自然と切り離された人間・要素還元主義⇒自然と一体の人間・複雑系・間主観、政治:リベラル民主主義・代表民主制⇒協調的自由主義・直接参加民主主義)においては、日本型の社会原理に基づく教育が有効とする。
前著の明確な割り切りほどの切れ味はない。
・日本型教育でとりわけ、綴方は心学にも共通し「共感の論理」によるとする。 -
Posted by ブクログ
示唆深い内容だったが、あまり頭に入ってこなかったので、どれだけ理解しているか疑問である。
とにかくはっきりと理解したのは、何を思考するかでそれにマッチする論理的な思考の型が変わってくるということ。他の型で考える多文化圏の思考を自分の型で考えてしまうと、時に論理的ではないように思えることである。
本書では、論文の書き方を例に4つの思考のスタイルを示している。
また、言語による思考のパターンが分かりやすく図で示されている。(p49)
前半の思考の定義があまり頭に入ってこなかった。
「おわりに」で著者が高校生にも読めることを考えて著したと書いているが、高校生も対象に入れるのであればもう少し平易に書く努力をした方がいいと感じた。私の読解力がないだけかもしれないが。
(最近、少し難しい内容だと頭に入りづらくなっているという自覚がある。以前より集中力が無くなっているようだ。スマホの影響ではないかということなので、集中力を鍛えるためにもスマホを見るのを極力避けようと思う) -
匿名
文章を読むのが苦手な人に大人気
論理的思考について扱っているわりに、著者の思い込みによる議論のみが展開されており、そもそもこの文章自体があまり論理的に展開されてないという問題がある
また、下記サイトによると、そもそも著者自身の論理学などについての知識に疑念があるようだ。
https://sokrates7chaos.hatenablog.com/entry/what-is-logical-thinking-w