岸田メルのレビュー一覧
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“簡素な白い法衣をまとい、無造作に髪を伸ばした硬質な聖女の姿が自然と眼に浮かぶ。背にある巨大な翼が風に揺れ……でも、その翼は、偽物なのだ。
「そうだね、きれいで……そしてなんだか、少し寂しそうに見えた」
「寂しそう?」
「うん……それは、アリシアもだけど」
「私が?」
そんなこと、今まで一度も言われたことがないので驚いてしまった。
まじまじとリュクを見つめれば、リュクは自分のほうこそ寂しそうに笑う。
「アリシアもさ、いつもにこにこいい笑顔してるのに、たまにすごく寂しそうな、切なそうな顔をしてる時があるよね。……あれ、ライセン公爵のこと、考えてるんだろ?」
カシュヴァーンの名前を聞いたアリシアが -
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“「何って、カシュヴァーンおにいちゃんがいなくてアリシアが暇そうにしてたから、オルガン弾いてもらってただけだけど?で、ついでにノーラを弾いてみよーかなーなんて。でもごめんねぇティルぼっちゃん。ぼっちゃんが来るんなら、遠慮すべきだったね」
ルアークがわざとらしく名前を呼んだのは、カシュヴァーンではなく、ちょっとほっとした顔になっていた先の茶色い髪の若者。
ここアズベルグの山脈を挟んで東隣、肥沃な大地に恵まれたレイデン地方の領主ティルナード・レイデンである。とはいえ、シルディーン王国で成年と認められる十八歳に満たないため、領主としての権限は後見人のカシュヴァーンに握られている状態だ。
「な、なんだ -
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“カシュヴァーンの後を追って隠し部屋に足を踏み入れたアリシアは、「あの野郎」と夫が吐き捨てるのを聞いた。
かつてカシュヴァーンの父が使っていた年代物の文机の上に、二人が送った守り石が並べられ、降り注ぐシャンデリアの光に虚しい輝きを返していた。
「ルアーク、今ごろどうしているのかしら……」
ぽつりとつぶやくアリシアの口の中に、鶏肉が規則正しく運ばれていく。
悄然と肩を落とし、ルアークのことを心配しているのは嘘ではない。しかしここで食欲は落ちないのがアリシアだ。
「ああ、それにしてもこのお料理はおいしいわ……やっぱりもうひと皿いただこうかしら……」
途中から違うことを考え始めたアリシアに、ノーラは -
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“「ライセン?な、なんだ、僕は、ただ……」
青い瞳を大きく開けて、ティルナードは眼の前の男を見返している。
しかしカシュヴァーンの問いに込められた真意は、世間知らずのおぼっちゃんであるティルナードの胸にも次第に染み通っていったようだった。
「……僕を……疑っているのか?お前は……」
唇を震わせ、ティルナードはかすれた声で小さく言った。
「お前も僕を……いらないって言うのか……?」
言うが早いか、ティルナードは乱暴なしぐさでカシュヴァーンの腕を振り払った。
「レイデン伯爵様!」
アリシアの呼び声も無視して、素早く伏せられた瞳の縁がきらりと光る。服の袖で顔を覆うと、ティルナードは廊下を一直線に駆け -
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“「あなたが成り上がりでお金と地位しかない方で良かったわ。だっておっしゃる通り、うちにはもう名誉と歴史しかありませんもの。私、ライセン様がなんで私と結婚して下さるのか全く分かっておりませんでしたけど、今の説明で全て分かりました!」
はっきりとしたカシュヴァーンの言葉を、アリシアははっきりと復唱してみせた。カシュヴァーンはさすがに口の端を引きつらせたが、ぺこりと頭を下げたアリシアにはそのさまは見えなかったようだ。
「傷物で申し訳ありませんけど、どうぞ末永くよろしくお願いしますわ!誓ってライセン様を殺したりしませんのでご安心下さいませ。あなたほど私にぴったりの旦那様、もう二度と見つからないと思いま -
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前巻の希望の続きを観たくて読み始めたんだけど……
お話的にはまったく新たな依頼。
今度は”ヤ”の付く人が出てくるかなりやばい事件だ。
文章も、作者の語り口も、物語の展開も、
違和感なく、かなり達者で、読ませる。のだけど……
この物語は何かが足りない。
物語的にはいろいろ追い詰められて、
どうにもならなくなって、
そこから、逆転していく展開。
だから、ラストでは、一種の爽快感があっていいはずなのに、
この物語にはそれがない。
ただ、ほっとした安堵感はある。
たぶん、主人公の性格が問題なんだろうなあ。
ちょっと後ろ向きすぎるのだ。
それがこの物語の重苦しさを作っている。
けれど、それさえも -