“「ゼ、ゼ、ゼ、ゼ、ゼ、オ……!?」
「ああ、本当にティルだ!会えて嬉しいよ、ティル!!」
ティルナードの愛称を連呼しながら親しげな笑顔を見せるのは、アリシアは知らない黒髪の青年だった。
顔立ちはそれなりに整っており、着ている服も王宮に相応しい襟高の華美な貴族服だが、そんな者はこの王宮内にどれだけい
...続きを読むるか分からない。だがゼオと呼ばれた彼には、別のはっきりとした特徴があった。
額から頬にかけ、右目を通って斜めに走る醜い傷跡。
刃物によるものだろう。それもああり手練とは言い難い相手から受けた傷らしく、左右にぶれた傷口はよじれ、周辺の肌を引っ張っている。そのせいで唇の右側が少し持ち上がり、笑っていなくても笑っているように見えた。
だが今、ゼオは間違いなく心から笑っていた。傷を受けた右眼にも傷のない左眼にも、無邪気な喜びがあふれている。
「まあ、もがもが」
額にこのような傷があれば、眼帯などで隠すのが普通だ。ティルナードと知り合いらしいところも含め、聞きたいことが一気に唇からあふれそうになったが、カシュヴァーンとの約束がある。なんとかそれを思い出し、アリシアは自主的に口元を押さえて我慢した。
ゼオも一瞬ちらりとアリシアあを見たが、あえぐようにティルナードが漏らした声に、再び彼のほうに向き直る。
「はは、まるで幽霊でも見たような顔だな、ティル。まあ幽霊扱いには慣れちゃいるが」
「なんで、なんでお前が、なんでここに…..!」
顔面蒼白のティルナードに対し、ゼオは快活な笑顔で改めて名乗った。
「俺が王子だからだよ。ゼオルディス・フィラル・ド・シルディーン」”
ゼオの性格の悪さといったら。
ゼオとフロリアンとミューゼ。
この三人の関係はまだ謎のまま。気になるなー。
“「なあカシュヴァーン、お前も父親をとても尊敬しているようだな」
一度は緩んでいたカシュヴァーンの表情が凍りつく。
「……馬鹿な」
「だって父親と同じ事をしているじゃないか。名家の女を金で買い、自由を奪って無理やり我が物とする。正に男の浪漫<ロマン>だ。おまけに調教も完璧、まったく羨ましい」
その言葉はまるで、一条の雷のごとくカシュヴァーンの精神を貫いた。
落雷に幹を裂かれた大木のように、彼は声もなくその場に立ち尽くしている。
「ゼオ様、だめ、お父様の話はだめなの!」
二つも約束を破って大声を出したアリシアを見て、ゼオルディスは笑う。明るく快活に。捕まえた虫の足を無心にちぎる幼児のように。
「心配するなアリシア。お前の夫のこともジス義兄様のことも、俺がうまくとりなしてやるから。だって俺はカシュヴァーンの友達で、ジス義兄様の弟なんだからな」
カシュヴァーンを庇うようにその前に立ったアリシアを見ながら、ゼオルディスはきつい眼をしているフロリアンに話しかけた。
「久しぶりにお前以外の友達ができたぞ。もちろん喜んでくれるよな?フロリアン」
嘘がつけない性格らしいフロリアンは、何も答えようとしなかった。”