向坂くじらのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ分かる感覚なのに、小説としては読んだことがない話
新しい小説
恋愛とは違う、友情にしては踏み込みすぎる
個人と個人があまりにも近づきすぎたとき、境界が溶け合って、反発しながら、惹かれすぎて離れられない
「いてほしい」と「いなくなってほしい」が反復する様子を表したタイトルが上手すぎる
激昂に至るトリガーが「知らない男と連絡を取り合っていたこと」というのが、生々しくて良かった
ラストまで読んで「この後どうなるの?」と思ったけど、俯瞰で見たら、この二人は一生こうやってすったもんだして、別れないんだろうな〜と思った
これだけ人を好きになれる、好きな人がいるのは、どれだけ傷ついたとしても、尊いことだと思う
別れられないカップル
とっても良かった
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Posted by ブクログ
理解する、覚える、言語化する、考える、をどう考えるかから解説を始める。確かに学習法というからには、それら基本的概念から解説するべきなのだろうと思ったが、これは著者が別の言葉でそれぞれ言い換えている、つまり、この本で言うところの「理解」の実践なんだと思った。
学習法の説明でありながら、そのさきにあるもの見据えて語りかけてくる。落合のノックのように少しはずしてくる。
向坂さんの文章は熱いくて心に来る。柳原さんの文章は現在の学校教育・学習塾に対する憤りがベースにある。全然受験生とかではないけど、はじめにの文章を読んで気になりまくっていたので読めて良かった。
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Posted by ブクログ
ネタバレアンノと葉山の掛け合いは特に印象的だった。アンノの好奇心は世界を広く知りたいだけではなく、「自分が生きていける場所」や「生きていてもいいと思える世界」を探る動きに見えた。その時期、葉山の隣にいることがそれを保証していたのかもしれない。だから二人の会話は軽口でも戯れでもなく、生き延びるための確かめ合いのように響いた。
向坂くじらさんの文体は、物語全体に重さと陰影を与えている。その重さは不幸を演出するためではなく、痛みや執着の描写に倫理と敬意を保つためのものだと思う。どの登場人物にも血の巡りを感じたのは、向坂さんが彼らの歪みに最後まで寄り添っていたからだと思う。
アンノは踊りから離れていたのではなく、ただ踊らないまま生きていただけだと思う。身体は忘れない。筋肉も呼吸も、視界の端の光の取り込み方さえ、踊っていた頃の「瞬間」を記憶している。だからアンノは踊っていないように見えても、ずっと踊りと隣り合わせにいた。本人が気づかないまま踊っている場面すらあったのではないかと感じた。
タイトルについては、「自分に向けられている言葉」として受け取った。劇中でアンノは「踊って」と求められていたけれど、「生きて」ということかも、と解釈する。「愛より痛いほうへ」とは死を選べという意味ではないはずだ。むしろ、生きること自体が痛い。痛みを引き受けたまま生き続けることを肯定している。物語には決別も死別もあったが、その中でアンノは生きる側に残り続けている。 -
Posted by ブクログ
Twitterで誰かがおすすめして読んだ気がする
他の人のレビューを見ていると、米津玄師がお勧めしていたということで…なんかそれはめっちゃ納得 米津玄師ならこの本をまた見事楽曲化してくれたりするんだろうか笑
事情があり1時間で読み切らないと行けなくてウオオオっと読んだけど結果としてこの読み方が正解だった気がしている
詩的で抽象的な表現をいちいち振り返っていたら、進めなくなりそうだ
自分も高校の一番の親友だと思っていた友達と30歳目前にして、ケンカからの何やってもお互い傷つけあうことしかできない、みたいな状態になっちゃってるので なんか色々と刺さった
私もlineの履歴をずーっと残してるので、振り返ろうと思ったら親友との会話が高校生まで振り返れる(親友の方はスマホを一回壊していたのでデータは消えてる)なのでなんか主人公の気持ちがうっすらとわかった 高校生の会話ってスッカスカよなww
誰なのだこの女 と思うときと
でも多感で死にそうな時代を一緒に支え合っていたのはこの子なんだからやり直せないかという気持ちとがせめぎ合う
本当にずっとずっと仲がいいと思っていたのにな
ほどほどに仲良かった友達との方が細く長く続く気がする
黄金期みたいなものがあるとその記憶が眩しすぎて、口では親友と言っていても、もう前ほどは分かり合えなくなってしまった現状が際立つ
前ならこう返してくれたのになとかどうしても思ってしまう
幼馴染と大人になってもずっと仲良し!みたいな人たちって他にもいっぱい友達がいるのか、いい感じにアップデートできてるのか、どうやってるんだろう
まあそれでも親友とはいえ実家に住まれるのは冷静に考えて怖いけどwww
何をどう計画すればこのような文章が一冊の本になる長さまで膨らせられるのか すごいなと思った -
Posted by ブクログ
とても、よかった。
こんな風に世界を見たり、咀嚼したり、受け止めたりする人がいるのかと。
きっと感受性という言葉ではなまぬるい。
くじらさんは自身のすべてを以て、実体のないもの、ミクロなもの、この世のありとあらゆるものと向き合っているんだろう。
それは凡人の私からしたら感嘆すべきことなんだけど、それゆえにひりひりする思いもたくさん抱えてきたんだろうと思う。
ちなみに、私が読みながら思ったこと。
授業でも使えるし、中~大学入試にも出題されそうだな。
なんと、つまらない人間か…
いずれにせよ、向坂くじら、初読だったけど、俄にファンになりました!
もっと他の作品も読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ愛情がおぞましい、鬱陶しいと感じつつも、無意識にそれに縋ってしまっているように思えた。
抵抗していても、望んでいなくても、その愛情のもとに帰ってきてしまう。
抜け出すことができない。
アンノがテントで暮らしていることも、私にはそう見えた。
家を出ることにしたアンノは、両親に「わたしはもう、旅に出たんだと思ってください」と伝え、実家の庭にテントを設置して生活していた。
アンノ自身は親に頼らない生活をしているつもりかもしれない。
しかし実家の敷地内で暮らしていることは、アンノ自身が親から逃れられていない、自立できていないことを表しているようだった。
あーちゃん(元彼の祖母)とアンノの関係はとても興味深かった。
家族の愛情から切り離された(と思っている)二人は、友情を育んでいるように見えてそうではなく、ただこのときを一緒にやり過ごしているだけのような関係に見えた。
ともに過ごした時間は多かったかもしれないが、二人の間に愛情はなかったように思う。
アンノのバレエが忙しいしお金がないからと、アンノの母親は生まれるはずだった子どもを堕した。
その来るはずだった妹を、アンノがあーちゃんと弔う場面がとても好きだった。
遺影の代わりに自身の幼少期の写真を置いたアンノは、まるで昔の自分と決別しようとしているように見えた。
アンノの“頭が割れる”場面が、強く印象に残っている。
自分ではどうにもできないような感情が溢れ、激しく揺さぶられ、割れているから外のものが簡単に入ってきてしまう。
そのどうしようもない激情がよく表れていて好きだった。
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そのとき、足もとからふたりを見上げていたアンノの頭は、もともとそうなることが準備されていたみたいに、てっぺんからパカっと割れた。ひび割れからは脳がもりもりあふれだし、アンノは思った。ぜんぶ出ちゃう。そうしたらたいへんなことになる。だから、力のこもったお母さんの手を、それでも力いっぱいふりほどいて、あふれるままにしゃべった。
(P7) -
Posted by ブクログ
たしかSNSで見かけて、タイトルが気になって借りた本。タイトルからどの層に向けたものか分かりやすく、自分はその層ど真ん中だったのでとても好みの内容だった。
学校というシステムがいかに多くのものを排除して扱いやすい人間を生産するものになっているかという批判がとてもいい。
勉強することが、服従させようとするあらゆるものに抵抗する力になる。反抗して勉強しないことが、かえってもっと悪い服従につながる。
実践編として、英語・数学・国語・社会・理科の勉強の進め方が書いてあり、自分のやり方と概ね同じだった。
学生向けに書かれたものらしいが、言い回しが若干わかりづらいのが難点か。