あらすじ
初小説にして芥川賞候補作となった『いなくなくならなくならないで』に続く、向坂くじらの小説第二弾! 幼い頃から納得できないことがあると「割れる」アンノは、愛に疑念を抱いていて――
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小学校卒業近くまではバレエをやってて、中学は地元の学校へ、フリースクールにも週一回通い、高校卒業後は庭のテントでバイトしながらの生活。不機嫌でいびつで、神経質でろくでもなく、何者にもなれない、繊細で潔癖な子供の、誰も生まれないけど死ぬ人はいる物語。
好き嫌いがすごくわかれる作品なのではないかと思うけど、私は好き。
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友人に紹介してもらった芥川賞候補作品。
輪郭はある、それもぼやけて見えるけどきっとしっかりある。そう感じたのは平仮名の多さ?
頭が割れて噴き出す感覚に共感。
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アンノと葉山の掛け合いは特に印象的だった。アンノの好奇心は世界を広く知りたいだけではなく、「自分が生きていける場所」や「生きていてもいいと思える世界」を探る動きに見えた。その時期、葉山の隣にいることがそれを保証していたのかもしれない。だから二人の会話は軽口でも戯れでもなく、生き延びるための確かめ合いのように響いた。
向坂くじらさんの文体は、物語全体に重さと陰影を与えている。その重さは不幸を演出するためではなく、痛みや執着の描写に倫理と敬意を保つためのものだと思う。どの登場人物にも血の巡りを感じたのは、向坂さんが彼らの歪みに最後まで寄り添っていたからだと思う。
アンノは踊りから離れていたのではなく、ただ踊らないまま生きていただけだと思う。身体は忘れない。筋肉も呼吸も、視界の端の光の取り込み方さえ、踊っていた頃の「瞬間」を記憶している。だからアンノは踊っていないように見えても、ずっと踊りと隣り合わせにいた。本人が気づかないまま踊っている場面すらあったのではないかと感じた。
タイトルについては、「自分に向けられている言葉」として受け取った。劇中でアンノは「踊って」と求められていたけれど、「生きて」ということかも、と解釈する。「愛より痛いほうへ」とは死を選べという意味ではないはずだ。むしろ、生きること自体が痛い。痛みを引き受けたまま生き続けることを肯定している。物語には決別も死別もあったが、その中でアンノは生きる側に残り続けている。
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生きづらさと
それを物ともせずに、貫く魅力を感じた。
彼女の周りも彼女の魅力に気がついている。
てすが
やっぱり
私なら楽に生きたい。
そして彼女なりにこれからの生き様を
踊りで表現して欲しい
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愛情がおぞましい、鬱陶しいと感じつつも、無意識にそれに縋ってしまっているように思えた。
抵抗していても、望んでいなくても、その愛情のもとに帰ってきてしまう。
抜け出すことができない。
アンノがテントで暮らしていることも、私にはそう見えた。
家を出ることにしたアンノは、両親に「わたしはもう、旅に出たんだと思ってください」と伝え、実家の庭にテントを設置して生活していた。
アンノ自身は親に頼らない生活をしているつもりかもしれない。
しかし実家の敷地内で暮らしていることは、アンノ自身が親から逃れられていない、自立できていないことを表しているようだった。
あーちゃん(元彼の祖母)とアンノの関係はとても興味深かった。
家族の愛情から切り離された(と思っている)二人は、友情を育んでいるように見えてそうではなく、ただこのときを一緒にやり過ごしているだけのような関係に見えた。
ともに過ごした時間は多かったかもしれないが、二人の間に愛情はなかったように思う。
アンノのバレエが忙しいしお金がないからと、アンノの母親は生まれるはずだった子どもを堕した。
その来るはずだった妹を、アンノがあーちゃんと弔う場面がとても好きだった。
遺影の代わりに自身の幼少期の写真を置いたアンノは、まるで昔の自分と決別しようとしているように見えた。
アンノの“頭が割れる”場面が、強く印象に残っている。
自分ではどうにもできないような感情が溢れ、激しく揺さぶられ、割れているから外のものが簡単に入ってきてしまう。
そのどうしようもない激情がよく表れていて好きだった。
.
そのとき、足もとからふたりを見上げていたアンノの頭は、もともとそうなることが準備されていたみたいに、てっぺんからパカっと割れた。ひび割れからは脳がもりもりあふれだし、アンノは思った。ぜんぶ出ちゃう。そうしたらたいへんなことになる。だから、力のこもったお母さんの手を、それでも力いっぱいふりほどいて、あふれるままにしゃべった。
(P7)
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芥川賞候補作品
息を呑むような疾走感と
愛へのアンチテーゼ。
誰かを愛すこと、好きになることはすなわち、
その人以外の誰かを愛せないこと。
一見痛切な展開であり、期待を予見させたかと思えば、それは幻影でしかなく、本質は偏愛と過剰なまでの平等。
主人公目線で描かれるこの作品は、
その目まぐるしく変わる状況や内面をあまりにも繊細で高潔な文章、語彙で表現しており筆舌に尽くし難い。
にも関わらず、私はどこが生きづらい我々を客観的に見ているような気持ちに陥る。
終始偏屈とは一切感じないが、
その僅かな表現から滲み出る悲観は、近年極端に楽観を求められる世界にある種光を与えているのではないか。
そしてまた、一入の感情は余韻そのものでもある。
ある種の裏切りは我々をいつまでも楽しませてくれる。
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読んでいる間は手が止まらなくなり、一気に読んでしまったが、読後の感想が全然まとまらない。
主人公もあーちゃんも母も、感情や考えている事が説明されてない事が多く、かつ、混沌としているというか、あーちゃんのように「全部ちょっとずつそう」であって整理されていないのかもしれない。
自分の事すら分からないのに、小説の中の人物については行動や考えが整理されているのも都合の良い事なのかも知れない。
アンノの「割れる」は、初めて割れた時の言葉が一番理路整然としていて、成長や経験とともに失ったものがありそうでで切ない。
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「怒る」とも「泣く」とも違ったから、自分でそれに「割れる」と名付けた。(中略)それがアンノが自分のお母さんに失望した、初めての経験だった。
怒るでも泣くでもなく、自分が世界とうまくいかずに、頭の中を感情が駆け巡る。そんな気持ちに共感を覚えた。
アンノは常々、一人だけを愛し、それ以外を切り捨てる愛し方に「割れ」させられる。
一途とも残忍とも捉えられる愛を感じてきた未熟な少女が向かう先にあるものとは..
愛が持つ二面性をこれでもかと描き、読者に突きつける文章にとても惹かれた。
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淡々とした穏やかな文章で痛みの輪郭をくっきり浮き立たせられるみたいな本だった。私は彼女の踊りを見たことがないけど、彼女の踊りを知っているような気がした。
【読んだ目的・理由】芥川賞の候補作が読みたかったから
【入手経路】買った
【詳細評価】☆4.2
【一番好きな表現】流線形の犬のように走る体を、かぎりない遅さへと引き延ばすことが、そのときアンノの踊ることだった。(本文から引用)
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主人公が幼い頃はまだ大丈夫でも、成長するにつれてはみ出し、いられる場所が少なくなり、行き場を失う様子は悲しい。
気持ちがたかぶり、自分が割れてしまう感覚。おさえようにも、どんどんと中身があふれ出す感じが伝わって苦しくなった。
詩的で繊細な文章が良い。
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矛盾の上に成り立つ営みに私は折り合いが付けられず頭が割れそうになる。瞬間の中に特有なモノが見えるからと言って先回り出来るような便利なモノじゃない。
ここではないどこかへ行きたい。往きたい。愛より痛いほうへ。
主演は當真あみさんがお似合いだと思う。
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「アンノがはじめて割れたのも、アケミバレエスクールでのことだった。」p4
芥川賞候補作。
「割れる」という感覚を共有できるかどうかどうかがキモなのかもしれない。
傍目には、キレる、とか、怒る、とかになるんだろう。
自分が理解されなかった、相手が理解できなかった、怒りや悲しみ、衝撃が、ないまぜになって、言語化の難しい感情があふれでてくることなのだろうか。
子供の頃の、まだ感情も、言語もコントロールができなかったころのなまなましさを思い出す。(今でもできてないけれど。)
愛(のようなもの)というのは、絶望的にすれ違うし、取り違うし、勘違いするしで、やっかいだな。
Posted by ブクログ
怒りとも悲しみともまた違う感覚を「割れる」と呼んだ幼い頃の主人公アンノ。愛と暴力が結びついてしまった結果、痛みを求めることで結局は愛や命に向き合おうとしているように見え、その葛藤する彼女の姿には真っ直ぐで力漲るものがありました。
独特な表現センス漂う文章は難解だけど感覚的に訴えかけてくるものがあり、読み終わった時にはそれが言葉で表せず、またすぐに読み返しやっと書いた感想です笑。
〈心に残った言葉〉
"自分はひとりで生きていかれると思ってるんでしょ。傲慢といいますそういうことを"
Posted by ブクログ
芥川賞候補であったので興味が湧き読んだ
『割れる』という表現が怒り・悲しみ・泣くではない微妙な感情
家族愛や恋愛などが苦手なのだろう
バレエのように、しなやかにバランスが取れていたら
どんなに楽しい青春を過ごせた事だろう
Posted by ブクログ
読み終わってから改めてタイトルを眺めると
主人公へのメッセージでもあり、
読者や著者自身への応援なんだなと思いました。
気になったエピソードは
元彼の祖母との友情と、その後のいざこざ。
まだ若い主人公が、老女との交流を通して
癒されたり、傷ついたりする様子は
感情の動きが丁寧に、
ある意味でまる裸にされていて
これは小説の醍醐味だなぁ!という感じです。
映画にはしにくいし、
友達にも勧めにくい本かもなぁ。
読めて良かったなぁ。
★4つ
ほぼ初めましての作家さんだった、
その上でなんか良かったので★ひとつ足しました!
Posted by ブクログ
結構面白かっただけに評価が低いことに驚き。
主人公のアンノが精神的に立ち行きがいかなくなった時の「頭が割れる」という表現がとても好きです。
家族や恋人が自分に向ける愛ってなんだろう?ということに向き合った話だと思う。
どうしても納得がいかない出来事や許せないことがあった時、大人になっていつのまにか精神的に対処できるようになったつもりでいたけど、いつから対処できるようになったのかと考えてしまった。
本谷有希子の小説を思い出した。
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いわゆる『育てにくい子』を愛情という名で思い通りにしようと母親がいろんなことを押し付けて、お互いに辛い方向に向かっていくことになる怖さというか、生きづらさ、やるせなさが満ちている本だと感じた。
『あなたのため』という愛はほんと怖い
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愛も家族も信じられないために、自分のせいで愛を与えられずに生まれてこなかった妹の生まれてこなかったそれをアンノは生きている中でなぞっているように思えて読んでいてとても苦しかった。彼女にとっては庭に広げたテントもあーちゃんの家も眠るのに大切な子宮だったのではないだろうか。ならば唯一おなじ存在だと思っていたあーちゃんのちょっとずつの本当を内包した裏切り(というにはあまりにも無責任な期待や決め付けではあるのだけれど)の後に見ることになる解体された家の瓦礫の山に搔爬された命の影を見たんじゃないだろうか。眠る場所は奪われ、しかし体は各部位末端まではっきりと感覚を伴い生きている。この先、どうやって彼女は生きていくのだろう、その事をずっと考えている。
Posted by ブクログ
芥川賞ノミネート作ということで、興味を持ち、読んでみた1冊。
納得できないことがあると「割れる」という表現が「どういう意味なんだろう?」と、気になって読み始めた。
母親、葉山くん、明宏、あーちゃん。
それぞれからアンノは愛されていたように思える。
しかし、主人公のアンノは生きづらさを感じていたように思える。
家族、恋愛、自分の生き方について考えさせられる作品です。
これは、結末が分かったあとに、もう1度読み直したいと思うお話しでした。
是非、オススメです!
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短めなのですぐ読めました
アンノの感情表現、ふぉ〜こんな比喩があるのか〜
繊細だけどやっていることは結構過激で
あの赤いテントの行方も気になる
いなくなくならなくならないで
も読んでみたくなった
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生きづらさの原因は他者との感情のズレによるものか、不安定で複雑な人間関係によるものか。
「割れる」という感情の表現が素晴らしかった。
その度に愛が歪んでいくのかも知れなかった。
身体性と感覚表現の描き方が上手いのは詩人ならではなのかな。
スラスラと読めてしまったのも、もしかしたら実は韻文で書かれていたとかそういうことなのかもしれない。
Posted by ブクログ
わかいころはこうして何かと闘いを挑みたい気持ちになるよなあと思い出しつつ、また歳いったら「あーちゃん」のように闘いを挑むようになるのかなと。この世のさまざまなものに密かに闘いを挑んでいる人たちに届けたい本。
Posted by ブクログ
毒親ではあるけど世間ではよくある程度の親だけど、主人公との相性は最悪だった。それでも親元を離れない、自分を大切にしないのは一種の復讐?
無茶苦茶な選択をして、さいごも投げやりに見えてしまった。
頑張るだけが良い人生だとも思わないけど、やり過ごすことだけでも頑張らないと自分は守れないなと思った。
Posted by ブクログ
実家の庭に張ったテントでたてこもり生活をしている二十歳のアンノ。
母親に対してわりと一方的な確執を抱きつつも実家を離れることはしないあたりが、彼女の未熟さを粒立てていて面白い設定だなと思った。
アンノは、付き合っている明宏の祖母である"あーちゃん"の家に明宏と別れてからも出入りしていて、自分の本の置き場所としても利用させてもらっているが、やがてあーちゃんの半ば強制的な引っ越しや、自宅の庭を駐車場にするためのテント立ち退き問題などが起きて、不満と安寧の生活はやがて終わりを迎える。
俗に言う「キレる」に似た感情を「割れる」というオリジナルの表現にしたり、アンノという主人公の個性が随所に感ぜられる作品だった。
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またタイトルに惹かれて初めての作家さんに出会えました。橋の上で踊るアンノの描写から始まる物語。なんだろう…捉えどころのないように思えてイメージはクリアに浮かんでくる。そして読みやすい。私の人生でアンノほどの個性の持ち主は出会わないんじゃないかと思う。この先のアンノは どうなるのかな?
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幼少の頃にバレエを習っていたアンノ。ある日、実は妹が産まれる予定が、アンノのために中絶したことを知る。それがトラウマになったように、納得できないことが起きると、切れたように「割れる」ようになった。高校生になると自宅の庭でテント暮らしをするようになるおかしなことも。知り合った老婆のあーちゃんと緊密になるが、あーちゃんは亡くなる。最後に橋の上で踊るアンノは彼岸と此岸の間で彷徨っているかのよう。先に死ぬのか後に死ぬのかの違いかもしれない。読みやすいが、芥川賞候補作品らしいぶっ飛んだ小説だった。
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言葉の取り扱いが、丁寧だ。ただ、ストーリーとして、コミュニケーションがうまく行っていない状態が書かれているが、主人公のレジスタンスの方向が行き止まっているような感じを受けた。
この物語の主人公は、幼い頃からバレエに情熱を注ぎ続けている少女アンノである。彼女は、幼少期の経験を通じて、才能と夢を追い求める一方で、独特の性質も持ち合わせている。
それは、何か納得できない事柄に直面した際に、感情が「頭が割れる」と表現されるほどに激しく揺れ動くというものであった。それは、ある程度コントロールができた。アンノの感情はまるで破裂しそうな壊れやすいガラスのようであり、その繊細さと強さの両面を持ち合わせていた。アタマが「割れる」という現象は、怒りや悲しみとは異なる、彼女独自の感情表現である。これは、納得できないことに直面した際に湧き起こる強烈な感情だった。彼女の内面は、夢と現実の狭間で常に揺れ動きながらも、その純粋な心を保ち続けている。
アンノは、バレイ発表会の時に、自分たちの出番で、途中で踊るのをやめた。踊らないことによって、アンノの立場が悪くなり、母親からも距離を置かれるようになる。バレエの先生に対するレジスタンスだった。権利主張のストライキでもある。
ある日、アンノは自分の人生に大きな変化をもたらす衝撃的な事実を知ることとなる。それは、彼女の母親が自分のために二人目の子どもを産むことを断念し、その決断を下した背景にある深い事情があったことであった。この知らせは、アンノにとって到底受け入れ難く、心の奥底に重くのしかかるものであった。彼女は純粋な愛情とともに、母親の決断に対する複雑な感情と向き合いながら、生きる意味や自己の存在について深く考えざるを得なくなった。
やがて、成長を遂げたアンノは、自身の内なる葛藤と過去の傷を抱えながらも、新たな生き方を模索し始める。彼女は母親の「あなたのためを思って」という言葉に対して、次第にその真意を問い直すようになる。彼女はその言葉が持つ裏側にある複雑な感情や、自己犠牲の影を見極めるべく、真実を追い求める決意を固める。それは、過去のことであるが、未来にもつながる。そして、その思いの一環として、アンノは家族や社会と距離を置き、自分自身と向き合うための方法を模索し続ける。その一つの手段として、彼女は家の庭に赤いテントを張って暮らし始めることを決意する。
赤いテントは、まるで彼女の精神的な象徴のようであった。そこは彼女にとっての避難所であり、自分自身を見つめ直すための空間であった。外の世界から一時的に離れて、自らの感情を整理し、内なる声に耳を傾ける場所として機能している。その生活は孤独とともに、希望と挑戦にも満ちていた。アンノは弁当配達サービスのアルバイトをしていた。アンノは、この新たな環境の中で、自分の夢と向き合い、真の自分を見つけ出すための実験を続けるのであった。
アンノは、明宏と付き合っていた。そして、いつも明宏のおばあちゃんの家であった。そして昭弘と別れることになるけど、アンノはおばあちゃんと引き続き付き合うのだった。そのようなことをしていたが、おばあちゃんの家は引っ越しを迫られる。そこで、明らかになったことは。
テントが、否応なしに撤去される。アンノの抵抗は?
アンノのコミュニケーション不全の状態が、変わらないままに、物語は終わる。