向坂くじらのレビュー一覧
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居場所を求める朝日と、
失うことに臆病者な時子。
ただずっと若いと思った。
今の変わってしまった朝日より、
17歳の頃の朝日と会いたいだとか
身勝手なことを言っている主人公に
心底共感してしまう。
死にたい死にたい言いながら
君が居なくなったら死ぬとかを言いながら
いざ居なくなっても死ねない絶望にも。
自分から遠く離れているものに
人間は望み抱きすぎる。
自分との距離に希望を見出して
その遠さに安心している。
実体より幻想の方が遥かに愛しやすい。
それが叶ったら全てがうまくいくと
錯覚してしまう。
違うとわかった時には遅くて
更に失うことを恐れてしまう。
他人との関係は思ったよりは脆いし、
人間は思ったより強いし、しぶとい。
そして経年美化された過去はたちが悪い。
肉片とかビーズクッションが破れる?くだりがなんかよくわからなかった。空想や夢かと思ったら所々現実でびっくりした。 -
Posted by ブクログ
『ことぱの観察』で向坂くじらさんのファンになったので読んでみました
芥川賞らしい作品だなあというのが第一印象(実際は候補作品でとまり受賞には至らずですが…)
苦しい
作中も苦しく、終わり方もはっきりしない今後もこの状態が続いていくのかな…といった救われない終わり方
実際時子と朝日みたいに、ずっと仲良かったのに距離が近くなりすぎた結果、相手の嫌なところが見えてきたり羨ましく思うところを無視できなくなって、結果的に関係が悪化することってあると思うんだよね
でも、ああ〜…苦しいなあ…
せっかく再会できた2人なのになあ
向坂さんの今年芥川賞候補になってる作品も気になるな〜 -
Posted by ブクログ
実家の庭に張ったテントでたてこもり生活をしている二十歳のアンノ。
母親に対してわりと一方的な確執を抱きつつも実家を離れることはしないあたりが、彼女の未熟さを粒立てていて面白い設定だなと思った。
アンノは、付き合っている明宏の祖母である"あーちゃん"の家に明宏と別れてからも出入りしていて、自分の本の置き場所としても利用させてもらっているが、やがてあーちゃんの半ば強制的な引っ越しや、自宅の庭を駐車場にするためのテント立ち退き問題などが起きて、不満と安寧の生活はやがて終わりを迎える。
俗に言う「キレる」に似た感情を「割れる」というオリジナルの表現にしたり、アンノという主人公の個性が随所に感ぜられる作品だった。 -
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言葉の取り扱いが、丁寧だ。ただ、ストーリーとして、コミュニケーションがうまく行っていない状態が書かれているが、主人公のレジスタンスの方向が行き止まっているような感じを受けた。
この物語の主人公は、幼い頃からバレエに情熱を注ぎ続けている少女アンノである。彼女は、幼少期の経験を通じて、才能と夢を追い求める一方で、独特の性質も持ち合わせている。
それは、何か納得できない事柄に直面した際に、感情が「頭が割れる」と表現されるほどに激しく揺れ動くというものであった。それは、ある程度コントロールができた。アンノの感情はまるで破裂しそうな壊れやすいガラスのようであり、その繊細さと強さの両面を持ち合わせていた。アタマが「割れる」という現象は、怒りや悲しみとは異なる、彼女独自の感情表現である。これは、納得できないことに直面した際に湧き起こる強烈な感情だった。彼女の内面は、夢と現実の狭間で常に揺れ動きながらも、その純粋な心を保ち続けている。
アンノは、バレイ発表会の時に、自分たちの出番で、途中で踊るのをやめた。踊らないことによって、アンノの立場が悪くなり、母親からも距離を置かれるようになる。バレエの先生に対するレジスタンスだった。権利主張のストライキでもある。
ある日、アンノは自分の人生に大きな変化をもたらす衝撃的な事実を知ることとなる。それは、彼女の母親が自分のために二人目の子どもを産むことを断念し、その決断を下した背景にある深い事情があったことであった。この知らせは、アンノにとって到底受け入れ難く、心の奥底に重くのしかかるものであった。彼女は純粋な愛情とともに、母親の決断に対する複雑な感情と向き合いながら、生きる意味や自己の存在について深く考えざるを得なくなった。
やがて、成長を遂げたアンノは、自身の内なる葛藤と過去の傷を抱えながらも、新たな生き方を模索し始める。彼女は母親の「あなたのためを思って」という言葉に対して、次第にその真意を問い直すようになる。彼女はその言葉が持つ裏側にある複雑な感情や、自己犠牲の影を見極めるべく、真実を追い求める決意を固める。それは、過去のことであるが、未来にもつながる。そして、その思いの一環として、アンノは家族や社会と距離を置き、自分自身と向き合うための方法を模索し続ける。その一つの手段として、彼女は家の庭に赤いテントを張って暮らし始めることを決意する。
赤いテントは、まるで彼女の精神的な象徴のようであった。そこは彼女にとっての避難所であり、自分自身を見つめ直すための空間であった。外の世界から一時的に離れて、自らの感情を整理し、内なる声に耳を傾ける場所として機能している。その生活は孤独とともに、希望と挑戦にも満ちていた。アンノは弁当配達サービスのアルバイトをしていた。アンノは、この新たな環境の中で、自分の夢と向き合い、真の自分を見つけ出すための実験を続けるのであった。
アンノは、明宏と付き合っていた。そして、いつも明宏のおばあちゃんの家であった。そして昭弘と別れることになるけど、アンノはおばあちゃんと引き続き付き合うのだった。そのようなことをしていたが、おばあちゃんの家は引っ越しを迫られる。そこで、明らかになったことは。
テントが、否応なしに撤去される。アンノの抵抗は?
アンノのコミュニケーション不全の状態が、変わらないままに、物語は終わる。 -
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「言葉」に自分の定義をつけてみるという面白い発想。本書にあるのは、「友達、遊び、敬意、優しさ、忘れる、ときめき、愛する、寂しさ、わかる」など自分の頭に浮かぶ発想から「定義付け」してみると見事、友人、仲間との「ズレ」「思い違い」「勘違い」「思い込み」などがあることを発見する。特に「恋と愛」「好きになる」「片思い」など自分との感覚と感情のズレは気になるし、面白い発見をする。シンプルはいいが意味が通じなければ相手に伝わらない、分かり易い言葉を使う事への大切さは「言葉の定義」(認知バイアス)に大いに関係してくると思う。
私流の定義は『「恋」は一人で思うもの、「恋愛」は2人で語るもの』と自分なりの定義を持っている。さらに『「結婚」は2人を埋め合うもの』としているがどうだろうか。「観察」と言う一つの行動からもさまざまな発想と疑問、さらに想像から詩集などが生まれるのは素晴らしいと感じる。