アニーエルノーのレビュー一覧

  • 嫉妬/事件

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    読んだ印象は、文学だった、ということ。

    訳者のあとがきを見ると、『嫉妬』も『事件』も小説ではないのだそうで、自伝的「文章」「テクスト」なのだそうだ。すごい。

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    2025年09月25日
  • シンプルな情熱

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    自身の恋を剥き出しで語るところは確かに賛否が分かれそうと思いました。個人的にはあまりピンと来ないところが多かったですが、他の作品も読んでみたいです。

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    2025年09月15日
  • シンプルな情熱

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    5年前に、セルゲイ・ポルーニン観たくて映画化したのを観た。
    たしかに、「シンプルな情熱」に自分を捧げる期間は贅沢であるともいえる。
    しんどい気持ちを紛らわすためにさらにしんどかったことを思い出そうとする、みたいなのはわかる〜!って思った

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    2025年04月25日
  • シンプルな情熱

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    無駄なものを削ぎ落としたシンプルな情熱は、もはや芸術であり、それが爆発する過程を見ているようで、そこには極上の感動があった。

    最高だ。完璧な余韻。耳鳴りとして残る余韻に浸り回想する。

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    2025年01月04日
  • ある女

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    ネタバレ

    ある女

    著者:アニー・エルノー
    訳者:堀茂樹
    発行:1993年7月31日
    早川書房

    2022年ノーベル文学賞、アニー・エルノーの小説。日本で出版された最初の3冊である『シンプルな情熱』『場所』『ある女』のうち、今週は『場所』と『ある女』を続けて読んだ。『シンプルな情熱』は2年前に読んだ。『場所』は死んだ父親について書いた本だったが、この作品は母親について書いた本。前者を読んで著者の父親像を知っていくにつれ、その時に母親(妻)はどうしていたのだろう、どう受け答えし、対応していたのだろう、と何回も思った。この作品でその答えが出るのかと思っていたら、違っていた。父親(夫)との絡みは殆どなかった。

    父親の話は、父親が死んで15年たった1982年から書かれ、著者とは距離のあった父親について、父親にも自分にも距離を取りながら、客観的に書くことを主としていた印象だった。一方、この小説は母親が死んですぐに書き始めている。書き出しから、著者がなにも手につかない、なにもする気が起きない状態を表現し、母親について一定の距離を置いて描いてはいるが、自分との同一視的な視点も交えながら、父親とは違う描き方をしている。

    ノルマンディーの田舎出身の母親は、父親と同じような境遇に生まれた。農場の馬方と家の中でする機織りの夫婦の間に生まれる。12歳半で学校をやめさせられて、マーガリン工場で働いた。ただ、父親と違うことは勉強ができたこと。そのまま進学すれば小学校の教員になれただろうと著者は見る。しかしながら、やはり時代はそういう生き方を容認しなかったようでもある。下層の人間だから、上の階層に属する男と結婚するのが幸せであるし、そうなるように育て、仕向けていくのが親の務めでもあると時代が考えていた。

    1906年に生まれた彼女は、結婚後、暫くすると貧しさから脱却するために夫婦で小さな商売を始める。食料品販売、カフェも併設。開店は早朝6時、閉店は夜11時。早朝から開けないと紡績工場で働く女達が牛乳を買えない。夜はトランプやビリヤードに興ずる客がいる。それだけ働いて、女子工員1人分の給料をほんの少し上回る程度の稼ぎ。夫は勤めに出る。

    父親(夫)と違い、娘(著者)が勉強することを積極的に応援した。1967年に父親(夫)が死ぬと、暫くは店をしていたがやがて娘夫婦と同居することに。ただ、著者の夫が新たな役職を得て引っ越すと、その町にはなじめず、生まれた場所に戻ってワンルーム暮らし。感情の起伏は激しくなり、認知症だと診断される。

    1979年に交通事故にあって大けがをして入院となるが、そこまでは元気だった。しかし、1983年の夏には著者が面倒をみることになる。3年後、暮らしていた老人施設で死亡。ボーヴォワールが死んだ1週間後だった。

    彼女は階層社会であるフランスにあって、最下層の出身だったが、娘夫婦と暮らすと、言葉遣いや態度なども上位階層のように上品に振る舞っていた。娘やその夫の成功を誰かに自慢したいとも思っていた。しかし、一緒に暮らすようになり、そういう人たちが住む町にも最後にはなじめなかったわけである。時代と共に解消されるとまではいかないまでも、緩やかになっている階層社会の溝は、そう簡単にはなくならない心の溝であると感じる話でもあった。

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    2024年11月23日
  • 場所

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    ネタバレ

    場所

    著者:アニー・エルノー
    訳者:堀茂樹
    発行:1993年4月15日
    早川書房

    2022年ノーベル文学賞を受賞した作家。その年に、日本での翻訳出版1冊目である『シンプルな情熱』を読んだ。この『場所』は、日本における翻訳出版としては2冊目。フランスでは、『シンプルな情熱』が1992年出版され、『場所』はその8年も前の1984年に出ている。シンプルな情熱がベストセラーになって注目を集めたが、それまでの代表作は場所だったようである。場所はロングセラーだと訳者はあとがきで言っている。

    アニー・エルノーは自分のことを書く小説ばかりだが、ノンフィクションではなく、あくまで小説、訳者は「テクスト」という表現を使う。この作品は、私(作者)が死んだばかりの父親について小説を書くというテイで語られていく。名前は私も父親も母親も出てこないが、登場人物はほとんどこの3人のみ。

    父親の父親、すなわち作者にとっての父方の祖父は、フランスのノルマンディー地方の田舎出身。村で暮らし、8歳から死ぬまで、大きな農家で馬方をしていた。土地を持たず「体を貸す」仕事。結婚しても、週給は妻に渡し、妻は日曜日に夫がドミノの勝負や酒が飲めるように小遣いを渡す。夫は日曜日に帰ってきては機嫌悪そうにし、何でもないことに対して子供をひっぱたいたりした。読み書きは出来ない。

    その子である著者の父親は、2キロ先の学校へ歩いて通う。しかし、欠席しがち。収穫を手伝わされる。鉄の定規を持った厳しい先生は、「お前たちの親は、お前達も貧乏人になればいいと思っているんだな」と厭味を言う。しかし、幸いにして父親は読み書きが出来る程度には勉強をした。

    父親もやがて親から離れ、農場で働き始める。朝と夕の乳搾り、馬の手入れ。藁の布団で寝る毎日。それでも少しは暮らしが向上。第一次世界大戦時には男手が不足し、父親のような少年は大切にされた。

    やがて兵役につく。帰ってくると、もう農場に戻る気はなくなった。工場で働く。たくさん働かされ、搾取はされているが、少しずつは暮らしがましになっていく。そして、独立し、小さな食料品店を夫婦で営むことに。横から横に流すだけで食べていける。こんなことでいいのか?と最初は疑問に思うほど楽に。だが、掛け売りをし始めて苦しくなり、店を手放す。次は、食料品店とカフェを経営。夫婦で切り盛りし、父親が死んでも暫くは母親が続ける・・・そんな話だった。

    祖父は読み書きができない。暮らしにそんなものは不要。父親は読み書きができるが、勉強など必要がない、と考える。しかし、たまたま娘(作者)は勉強が出来る。密かなる誇り、表面的にはそうは言わないが。年を取り、生活に余裕ができると、父親もゆっくり新聞を読む毎日に。

    著者と父親には溝がある。著者はブルジョア階層の男と結婚し、子を産む。父親と祖父にも溝があった。訳者はあとがきで、フランスは大変な階層社会だということを念頭に置いて読むのが重要だと書いている。

    そういう、父と子の断絶というか、溝は多くの家族にありがちなこと。それをこの小説は客観的に、ある意味で淡々と書いている。でも、訳者は触れていないが、それは単なる階層とか、親子とか、そういった間に存在する溝ではなく、時代の溝でもある。字なんて読み書きできなくてもいい。そんなもの仕事の役に立たない、という考え自体は階層間や世代間のギャップだけではなく、時代のギャップでもある。昔はそう考える人が多かった。少しずつ、暮らしは良くなる、少しずつ、時代は前向きになる。そうあってほしいと思う。人は進化するのである。無理をする必要はないが、進化するのである。

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    2024年11月22日
  • シンプルな情熱

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    2022年のノーベル文学賞。
    読後、ポッドキャストの「翻訳文学試食会」、「空飛び猫たち」、「世界文学放談胡椒とマルガリータ」を聞いたり、ネット上での感想を漁ったり、した。
    読んでいる最中も賛否両論だろうなと予期していたし、実際そうだった。
    個人的には、どうーでもいいー体験がどうーでもいいー水準で綴られる文章だなー、と思っていた。
    というのも、作者自身を思わせる語り手が、エッセイとも当時の覚書とも区分けしづらい文章を綴る、その行為自体を描くタイプの文章だから。
    下世話な覚書を小説に昇華させようとする苦肉の策、とも。
    性質上、作家たるワタクシが、子供もいる中年なのに、子なし妻ありの若い男と期間限定数か月の性愛関係を持つことってどういう意味を持つんよ、と内省する記述の諸々を、数年前当時のメモをもとに再現したりしなかったり、みたいな、敢えて感情を移入しづらい書き方をしているので、読み込もうとする喉に小骨が刺さり続けているような気がして。
    先回りして、攻撃的になりそうな自分に対して書いて置いておくならば、作者の倫理として、行動ではなく感情を書くと凡庸になる、という意識は保たれている。その上、暴走的暴走はしない、冷静な書き手なのだ。
    解説文に斉藤由貴が寄せているが、彼女のように自己体験込みで書けるものがあれば、スッキリするものだろうけれども。
    あるいはセックスに突き抜ければ、言い訳っぽい記述って不要になるんろうが、まあそんな小説ってないよね。小説と言い訳って不可分。
    逆に冷静な語り手を、性に突き動かす何かを突き止めようとする、峻厳な記述があるかといえば、そこまででもないし。
    このユルさ、志の低い映画になりそうだなーと思っていたが、実際映画化されているらしい。
    おそらく水準は低かろうなーと、予告編しか見ていないが、原作であえてぼかされた男がバッチリキャスティングされている段階で、見る気にになれない……これは匿名性を打ち出した、原作の魔力か?
    いや、本作の中で、大島渚監督「愛のコリーダ」(阿部定事件)に言及されていたり、男をアラン・ドロン若き頃と描写していたりするので、映像化の欲望は盛り込まれているのだろうが。
    その映画化に対して、林真理子がクッソテキトーなコメントを寄せていて、笑った。
    に対して、小池真理子が原作に対して寄せた文章は、さすが。
    個人的には、山崎ハコ「橋向こうの家」を思い出したり、した。
    また、オートフィクションと、日本の私小説との違いを考えたりしたが、あまり益のない行為だと思った。
    と、脈絡を欠いてしまったが、作品がそうだから感想もそうなってしまう。
    回想したり、書き散らしたりする中で、書くこととは何かを意識していくって、この作品が行っていることだが、もしかしたらその後20年30年かけて、2ちゃんねるとか、私が知らないネットにて、文章だか動画だか知らぬうちに、同じ営為が行われているんじゃないか。
    あえて言えば、数十年前の女性雑誌で書かれていた投稿コーナーとか、この十年数十年でインターネットに各人が(匿名性を維持しつつ)書いた文章の熱量と、等価なんじゃないかしらん。

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    2024年10月15日
  • 嫉妬/事件

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    嫉妬/事件

    著者:アニー・エルノー
    訳者:堀茂樹(嫉妬)、菊池よしみ(事件)
    発行:2022年10月15日
    ハヤカワepi文庫
    初出:200年5月、単行本(早川書房)

    ノーベル文学賞が発表される時期になった。2022年の受賞者であるアニー・エルノーは、その年に初めて読み(『シンプルな情熱』)、去年も1冊(『凍りついた女』)を読んだ。これが3冊目。中編小説が2本収められているが、『事件』の方は2022年に「あのこと」というタイトルで映画化されたようである。この文庫本も、本来の表紙カバーと、映画化用のものと、2枚重ねになっていた。

    そのカバーにも書いてある「オートフィクション」というジャンル。自伝風の小説と言ったところ。どこまでが自伝なのか分からないが、アニー・エルノーはその名手と書かれている。これまで読んだ小説は、すべてそれだった。

    『嫉妬』は、ある中年女性が、6年間つきあった30代の恋人男性Wと自分から別れを切り出したものの、その後も会ったり電話をしたりという関係が続き、そんな中でWに新しい恋人が出来、その相手が47歳の女性で16歳の子供もいるということを知り、激しく嫉妬するという物語。30代の男性だから、まだまだ可能性が大きいのに、よりにもよって47歳のおばさんとは、と嘆くが、主人公も18年間の結婚生活があり、Wとも6年間付き合ってきたとしているので、重なっている年月があるとしても、結構な年齢じゃないかと思うが、どうなんだろう。なお、彼女にも別居しているが子供がいる。

    47歳の女性については、パリ第三大学の准教授で歴史学が専門としか教えてくれない。名前は不明。住んでいる通り名も分かっている。主人公は、その女性のことを必死で探ろうとする。論文を探し回り、候補を何十人とリストアップし、次々と電話をしてWがいるか?というような探りの電話を入れてみようかと計画したりする。

    日常のちょっとしたことが、全てその女性に関係しているのではないかと結びついて考えるようになる。激しい嫉妬心に苛まれた際の心理状態。自らがパネルディスカッションでパネリストになった時、会場に来ていた40代女性のことが気になる。もしかして私のことを見に、その相手が来ているのではないか、と考える。その女性が質問するが、主人公にではなく、主人公の隣のパネリストに質問したのだった。それもわざとだろう、と考える。

    次々に浮かんでくる嫉妬にまつわる逡巡。ものすごい心の内の暴露に染まったオートフィクションだった。

    *

    『事件』は、1963年の秋、妊娠が判明した主人公が、中絶をするまでに苦しみ、苦労をし、やっと中絶できたと思ったら、今度は肉体が傷ついて命が危なくなるという、そんな顛末を描いたオートフィクション。1963年はカトリック信者の多いフランスでは、まだ中絶は非合法であり、医療側も妊婦側も罰せられていた。やっと中絶が出来るようになったのは、1975年、ディスカールデスタン大統領の時代だった。

    主人公は学生だったが、遠く離れたボーイフレンドとセックスをし、妊娠してしまった。しかし、自分には子供を産むなどという感覚がなく、自分の体に別の命が育っていくということが想像もできなかった。だから、ほぼ機械的に中絶を選んでいるが、どこもしてくれない。医者に行くと、おめでとうございます、しか言わない。中絶を望んでいることが分かっていても、それしか言わない。

    友達などをたどり、中絶手術をしてくれる医師を必死で探す。やがて、パリの安アパートに住む准看護師を見つける。ゾンデを子宮口に突っ込み、胎児が出てくるまでそれで生活をする方式だった。彼女が勤め先からゾンデを持って帰れる日を指定し、その施術を受ける。主人公は学生都市に戻り、寮で生活をするが、なかなか出てこない。だが、やがて激痛に襲われ、排便にトイレに向かうと、榴弾が炸裂するように胎児が飛び出てきた。そして、へその緒がつながったまま股間に。

    その後、手伝ってハサミでへその緒を切ってくれたのは、大学1年から同じ寮に住むOだった。彼女はブルジョアのカトリック。そんな彼女が切るなどとは、皮肉だった。しかし、出血が止まらず、彼女は病院へ。入院する。

    胎児が飛び出し、中絶が成り立つところの描写は、なかなかエグいものがあった。

    それにしても、さすがはアニー・エルノー、さすがはノーベル文学賞作家。彼女の作品を読むのは大変だし、並大抵の覚悟では読めない。

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    2024年10月02日
  • 若い男/もうひとりの娘

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    エルノー。一見非常に私的な散文のように見えるが、ここまで究極に個人を描くと、翻って公的な社会のようなものが現れてくる。
    相手のことを見ているようで、実はその相手の中にいる過去の自分を見ている。身体に刻み付けられた過去の記憶という文章が印象的だった。

    でもやっぱりエルノーはフランス語で読んだほうが沁みるね

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    2024年08月31日
  • 嫉妬/事件

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    身体を傷つける具体的な内容や醜い心を包み隠さない内容等が書かれており、うわ!と思わず声が漏れてしまった。人間が窮地におかれた時の見せない醜くい部分も人間らしいなと思う。

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    2023年08月27日
  • 凍りついた女

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    ネタバレ

    凍りついた女

    著者:アニー・エルノー
    訳者:堀茂樹
    発行:1995年8月31日
    早川書房

    昨年、ノーベル文学賞を受賞した著者。1冊も読んだことがなかったが、昨年10月に「シンプルな情熱」という作品を読んだ。発売当時は日本でも大反響があり、「場所」「ある女」とあわせて〈証言〉三部作と呼ばれているらしい。それよりも前、1981年に書かれたのがこの「凍りついた女」。
    「シンプルな情熱」は、高校教師と作家をしている中年女性で、子供は大きくなって自宅にはおらず、普段は独り暮らし、東側の国の外交官でフランスに駐在する年下の男との、性愛について語る自伝的テクストだった。今回は、目指していた高校教師になれ、夫との間に2人目の息子が生まれたところまでを綴る作品で、やはり自伝的な作品。「シンプルな情熱」をはじめとした三部作は、小説でもエッセイでもなく、かといってノンフィクションでもない内容なので、テクストと呼ぶに相応しいと著者は言っているそうだが、この「凍りついた女」もそうなるだろう。幼少期から2人目の子育てが始まるまでのことを、一気に著者自身の心の声で、心情のみで語っていくスタイル。もちろん、自伝的な独白ものである。なお、書籍的には一応、小説となっている。
    240ページほどの作品だが、読み終わった瞬間は大作を読んだ気がした。ほっと息をつくほどの大作だった。文章はすべて「地の文」で、会話部分はなし。カギ括弧でくくられる言葉の部分はあるが、会話としてではなく、地の文に織り込んで書いている。章立て、節立てもなく、10ページに1回ぐらいのペースで、2行分の空欄があるのみ。
    訳者あとがきの中で、エルノーの中では最も「フェミニズム」的な作品だと書かれているが、僕には最もフェミニズム的なのかどうかは判断不可能だけれど、これがフェミニズム的な主張や視点があるのかと言われれば、そうは感じられなかった。みんな当たり前のように感じたから。著者は1940年生まれで、僕より20年近く前の時代を生きてきたので、女性の立場や扱われ方、そして男性というのはそんなのが当たり前だったのか、と理解するしかない。だとしたら、20年での〝進化〟は結構すごいし、男性である僕にとってもありがたいとしか言いようがない。
    結婚相手に対する不満や結婚生活そのものに対する不満や矛盾などは、当時の夫像(男性像)を描くことで表現されているだけじゃなく、周囲の女性たちの発言によっても表現されている。主人公(著者)が、夫に対してだけでなく、それが当たり前、その方が女に取って得策なのよ、という女性たちの発言や態度に対しても、大きな憤りを感じている、その姿が印象的だ。
    人口8000人のまちに生まれ育った彼女。両親は貧しかったが、なんとか頑張って雑貨(乾物)屋とカフェを兼ねた店を持つことができ、2人できりもりしていた。家計に余裕はなかったが、とびきり貧しいというほどではない。父親は進歩的な人ではないが料理はする。母親は娘に対してなにより大切なのは勉強だと言う。
    小学生のときからミッション系の女子校に入れられた。文学が好きな彼女は、それなりの成績は残すが、当然、思春期を迎えるとしたいことがいっぱい出てくる。17歳で初体験。バカロレアに合格して公立の高校へ。そして、大学に進学し、3年生のときに結婚し、4年のときに長男を出産。子育ての負担がすごく、上級中等資格試験には不合格。高校の教師への夢は実現せず。
    夫は、就職に苦労するものの、最終的にはエリートビジネスマンになっていく。家では料理どころか皿洗いもしない。自分の稼ぎと家事を比較しているに違いない。子育ては、おいしいところだけを持って行く感じ。真夜中の授乳など大変な部分は全部彼女が引き受け、休日に子供をあやしたりする場面では夫が主役になる。
    ある休日、子供の面倒を見るのに2人いても無駄だろ、僕は1人で映画を観に行ってくるよ、と出かける。そういう夫だった。
    上級中等資格試験に合格し、目指していた高校教師に。そして、2人目の妊娠、出産。ここで話は終わる。
    ****
    非の打ちどころのない母親たらんとして、私は毎午後、息子のル・ビクーを連れて外出した。外出、あれを「外出」と呼ぶとは。独身の頃の「外出」と同じ言葉を充てるとは。私にはもはや「外」はなかった。「内」が連続していた。いつも同じたぐいのことが頭の中を占めていた。
    「すべては三歳までに決定する」という精神分析学ののろいが、わたしの頭から離れない。
    ~トーンがどんどん高まっていって、最後に一刀両断にされるのだ~、それなら初めから、子供を持とうなんてしなければよかったんですよ。世界でいちばん素晴らしいこの仕事は、全面的に引き受けるか、それともいっさい遠慮するか。どちらかだというわけだ。
    そうか、わたしの三番目の孫が生まれるわけだな、と義父は勘定した。わたしは彼の誇らしさが理解できない。いやな感じさえする。家族の腹になったわたしのおなか。

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    2023年08月21日
  • シンプルな情熱

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    積読の本を「片付け」ようと思い手に取った。
    ノーベル賞受賞アニー・エルノーの代表作。映画化されて大層話題にもなった。A役が有名なバレエダンサーで適役だということだったように思う。

    さて、「シンプルな情熱」は、まさしく「シンプル」な「情熱」であった。(繰り返してる笑)
    「シンプル」であることの剥き出しの「情熱」。(再び繰り返してるだけ笑)

    そう、私(たち)はこのシンプルさにこそ感動し共感する。
    近代人はこのシンプルさを捨てて生きてきた。人生は複雑だ。複雑であることは人間にとって重要で、シンプルさを追い求めることは「人間性」の否定でもあり、近代人である我々は複雑さをそのまま受け止めてきた。それが知的な在り方であり、今もそうあり続けている。
    (時代は逆行し、シンプルで反知性的な社会になりつつあるがそれはさておき)
    その中での出来事なのだ。
    だからこの「シンプル」さは刹那的であり、だからこそ、振り切れなければならない。
    この振り切れ方にこそ、この小説の魅力がある。
    「沼にはまる」というが、「沼」にはまる自分をそのまま脚色なしに写しとってみせたのがこの小説だ。

    諸男性作家が書く恋愛小説とは決定的に違う。
    (快楽の仕組みと、権力構造が違うから?「沼」が性欲やフェチと切り離せないのが男性小説家の残念なところ?)
    切実であり、客観性があり、ポルノ的な方向性とは真逆にあるものを描き出せたのは、エルノーが女性だったから、とも言えるだろう。

    最後の斉藤由貴の解説が素晴らしく、そこにもまた感動。一つの場所にとどまらず、飛躍している女性は多い。(男性もいるとは思うが)

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    2023年07月30日
  • 嫉妬/事件

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    著者が過去の自分の手紙を読み返しながら、この小説を書いているようで、オートフィクションという特殊なこのタイプは、はじめて読みました。読みづらかったです。

    嫉妬では、心の中での私と、もう一人の私と、さらにもう一人のわたしで会話しているかのようで、自走、仮想、妄想とずっと一人で、狭い部屋にいる感じです。

    事件では、街の通行人とのすれ違いやカフェで隣りにいる会話などが常に主人公の孤独感を煽り、クライマックスでは、短い時間が長く感じるシーンが生々しく、罪悪感というか開放感というか複雑な場面が、R指定的です。
    男性が読むほうがフェミニズムの存在が理解しやすいと思いました。
    やはり事件の方が印象に残ります。

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    2023年07月09日
  • シンプルな情熱

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    おフランスの恋とはこのように没入的なのね…だけど時間をおくと、恋情もセックスもこのように乾いてカチリと表現できるのね。で、これがベストセラーになるのね。深いな、フランス。

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    2023年06月10日
  • 嫉妬/事件

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    ネタバレ

    全体的にかなり読みやすい。描写や表現はノーベル賞受賞するくらいだからやっぱり凄い、と納得した。
    「嫉妬」は主人公が別れた後、男性が他の女性と暮らしていることを知り、激しい嫉妬に駆られる心情が描かれた作品。女性心理を凄く強烈に描いていて、失恋後だったらちょっとは共感できるのかもしれない。嫉妬によって妄執に取り憑かれる様子がこんなに上手く言語化できるのが凄くて、読んでいて面白かった。でも女って恋人に執着している時間が過ぎ去ると結構あっさり忘れられるもので、それが良いのか虚しいのか、そこも上手く描かれていた
    「事件」の方は個人的にはあまり好きではなかった
    中絶という題材に加えて、描写がかなり苦しくて後半は少し流し読みした
    ただ知るべきことだし、普段興味や関心が薄いことを知れたのは読書のいいところだと思った 
    他の作品も読んでみたくなった

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    2023年04月26日
  • シンプルな情熱

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    映画化を観て、
    これが小説だとどのように表現されるのかと、
    楽しみにして読んだ。

    醒めた視点は共通するが、
    原作はなんという内的な情熱の物語か。
    独白とも異なり、
    このような出来事があったという事柄は少なく、
    あくまでも自己批判的、内省的なパッションと、
    書くことに関する言語化というか、
    何が私の中に起こっていたのか、
    がひたすらに書かれていた。

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    2023年03月19日
  • 嫉妬/事件

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    ネタバレ

    劇薬みたいな小説エッセイだった。
    40歳にもなって年下男の今カノを特定しようとする様はほぼホラーなのだが、その辺りの葛藤描写が精神病にも近い妄執となっており楽しめた。
    ここまで言語化できるという点が面白い。

    20代前半で望まぬ妊娠した主人公が3ヶ月間で如何にして堕胎したのかを書いた『事件』はよりショッキングな内容だった。
    宗教的に堕胎が許されない場合、闇医者に任せるしかなかったり、堕胎後の出血多量で行った先の病院での扱いも悪いという所がまぁ胸糞。
    何より主人公から胎児への愛情が一切無く、生と死と困難としか思っていない所はなかなか日本の小説では味わえない部分だなと思った。

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    2023年03月03日
  • ある女

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    母親が亡くなった後、記憶を頼りに書かれた母親の姿、回顧。ノルマンディの小さな村に生まれ育ち、貧しい中で常に上を目指して精力的に生きて来た母親と、大学に行き、いわゆる”社会的階級”の壁を乗り越えた娘。
    認知症になって施設に入った母親を、複雑な思いで見守る娘の気持ちが率直に書かれている。ボーヴォワールの「老い」と同時並行で読んでいるからか、なおさら「老いる」ことの”自然”と、哀しさを感じた。

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    2023年02月15日
  • シンプルな情熱

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    ネタバレ

    2022年 ノーベル文学賞受賞者アニーエルノーの代表作といってもよい作品。自身の不倫の経験を冷徹に観察することによって成立した作品。不倫相手を待つ苦しみ、不倫相手の離別との苦しみが主に描かれる。そして、情事の絶頂も少し触れる。情事の最中の肉体的な快感や葛藤には触れない。不倫という関係で得られる感情の起伏に人間の心理の真理があるのではないかとエルノーは考えているようだ。これは「場所」や「ある女」で自身の両親の心理に迫った手法で、自身の心理に迫ることで、人間の本質を捨象しより高い位置で理解したいと考えているようである。
     作品の前半、恋愛の苦しさにどうしようもなくなっている著者に日本なら和歌や短歌で思いを述べる方法があるのにと思って読んでいたが、読み進むとシャンソンに仮託する箇所がでてきて、やっぱりかと思った。

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    2023年02月03日
  • シンプルな情熱

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    とても短い小説なのですぐに読める。
    内容もただ「恋」の話だから難しくもない。
    文章もシンプル。
    .
    原題は『Passion simple』

    passionはもともと外部から被害を受けたときに生じる「苦しみ」「苦難」「苦悩」を意味する語であり、Passionとpを大文字で書くとイエス・キリストの「受難」の意味になるとあとがきで初めて知った。
    この作品は正しくPassionで、その様が簡潔な文章で綴られている。

    じっくり向かうとノーベル文学賞で、表面的に流すとただの不倫話。
    本場フランスでは賛否両論だったらしいが、それもよく分かる。
    否定的な批評は"平板な文体"と言い、支持派は"平板なのではなく簡潔""極限まで無駄を省いているのだ。剥き出しなのだ"と言う。
    私も支持派の意見に同意する。無駄を省いた語りであるからこそ本質が分かりやすく顕になっていると思う。

    女性読者が圧倒的に多いと思うが、エルノーの元に届いた手紙は"胸の内に秘めていた自分の体験に言葉を与えてくれたことに感謝する"という男性からのものが多かったらしい。

    私も正にそうだった。
    エルノーと全く同じで驚くほどだった。
    同じ気持ち、同じ感覚。
    だから共感しかなかった。

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    2023年01月24日