アニーエルノーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2023.1.14
喉の奥に胸の奥に、後味がざらりと残る。
追体験とはこのようなことを言うのか、
と考えさせられるくらい、とめどない感情の波に呑み込まれ揺さぶられてしまう。
読者の想像力や思考力を試しているかのような、畳み掛けるような筆致が続く。
これは、遠い昔の話ではないのではなかろうか。
いま我が身に起こったばかりのような迫真さ。
中絶にまつわる世界情勢が巻末で解説されている。
この本がノーベル文学賞受賞の話題と共に世界に広まることで、女性の人権と政治と宗教を見つめ直す契機とせねばならない。
だからこその受賞ではと思い巡らせる。
邦題は「事件」だが、映画版のタイトルは「あのこと」である。
私にとっての決定的な出来事を指すならば、このタイトルの方が身に迫ってくる。
映画を観に行こうと思う。
しかし、喉元の奥に引っかかるのは、主人公の子供への思いのようなものが描かれていないと感じた点。
敢えてのこの描写なのだろうか。
それとも、「中絶は子供の命を奪うこと」「罪である」という社会通念自体(または私に刷り込まれた考え)を、その成り立ちと共に冷静に批判的目線で見つめ直した方がよいのだろうか。
女性が感じる、感じさせられる罪悪感は、社会が罪悪視していることを内面化させられているのでは。
堕胎した女性が罪の意識に苛まされてしまう世の中がおかしいのかもしれない。
この感覚は日本だからだろうか。フランスの感覚とは違うのだろうか。
流産と中絶は異なるが、水子供養のようなものは世界にもあるのだろうか。
堕胎罪は。
日本の現状や文化や慣習や法整備の歴史を辿りながら、読後の違和感の正体を考えたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2022ノーベル文学賞受賞のアニーエルノーの作品。
母親の死を契機に、母の人生を咀嚼するように、振り返るために書かれたかのような本。
文を書くことで、母の人生を、母の価値観を、母の生活苦をそして母の心配を母の希望を母の喜びを追いかける。そうやって母の人生を文章で綴ることが唯一の追悼でああるかのようだ。これは場所で父親を追悼した時と同じ手法である。ただ母の場合は性についてより赤裸々に描写している。
日本では私小説という分野が盛んで、小説家の家族は結構なんでも赤裸々にバラされてあらあらということがあるが、これはネタ探しというよりもう少し内省的である。フランスの民衆も歴史に翻弄され、貧しいながらも懸命に生きていたことがよくわかる。日本の手練れの小説家ならこのエルノーの母親を題材に面白い小説を書けるのに、面白くかかないところにこの本の面白さがある。 -
Posted by ブクログ
「場所」や「ある女」、「シンプルな情熱」より、前半部分は少し読みにくかった。
日本と同じく、フランスの男尊女卑が当たり前のことだったということがわかったが、アニーエルノーが、自分の両親よりも大分前に生まれている世代なのだということに驚く。今でこそ日本でも認められつつある男尊女卑だが、その世代の人が、結婚当初には既におかしいと感じていて、1981年に本にしているという現実が、日本の遅れを感じさせられた。
現代のフランスは、どうなのか?日本と同じように、性による役割分担が、未だに染み付いているのだろうか。知りたくなった。
『女の場合、やる気はどれもこれもひとりでに、必然的に失せていく。』とは、まさに昨日私自身が夫に喋っていたことと同じ内容だった。女の場合=子育てではあるが。子育てをしていると、自分自身の興味関心好奇心なんて、それどころではなくなり、その内、それらはなくなっていく。もちろん、アニーエルノーと同じように、私は子供が可愛くて可愛くてたまらない。けれど、それとは別次元の戸惑い、空虚なのだ。 -
Posted by ブクログ
エルノー二冊目。母の記憶をつづった一冊。『シンプルな情熱』の時同様、淡々とした語り口が好きなので、作品も好きだった。
印象的な(視覚的に)冒頭のシーンも、母を冷静に見て、彼女が苦労したこと、階級を超えるために努力したこと、超えられなかったことも、淡々とつづられている。
フランスは(?)こんなにも階級がかっつりしているんだなあと思いつつ、このような小説は果たして今の世代に当てはまるのだろうか、将来もこういった”階級”の小説、階級を超えようとする営みはあるのだろうか、なんてふと思った。この本で描かれているような、工場勤めの労働者階級と、大学を出て知識人と、という形はもう少し違う形で、存在するのだろうなあ…そういうものを可視化する小説(狭間にいるからこそ書けるもの)を、どこかで目にするんだろうか。もう少し透明な色な気もするんだけど、そうでもないのだろうか。
というのは話の本筋の一つだけれど、『ある女』を読むと、父親の方の『場所』も読んでみたいと思う。
「この本は伝記ではないし、もちろん小説でもない。おそらく文学と社会学と歴史の間に位置する何かだと思う」
これは彼女の母の物語であり、アニー・エルノーの物語であり、そして娘の物語だった。私も自分の母の物語をいつか紡ぐことになるのだろうか。
そういったことをつらつら読みながら、静謐なフランスの雰囲気に囲まれる本だった。良かった。 -
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ノーベル文学賞つながりで、川端康成を本屋で買ったついでに平積みされているのをなんとなく購入。
私生活を書く人だと言うことくらいしか知らずに読む。
率直な感想は「私にはもはや遠い思い出」という感じ。
誰かを熱烈に想ったり待ち侘びたりする季節は過ぎ去ってしまった。
描写は簡潔でそっけないほどだ。
自己と対話するような語り口が同じフランス人作家のマルグリッド=デュラスを思い起こさせるが、例えば「ラマン(愛人)」や「太平洋の防波堤」のようにフランス領インドシナを舞台にした異国情緒による風景の拡がりみたいなものは感じられない。アニー=エルノーの描く世界は閉じた狭い街と部屋の中という感じがする。
今回、川端康成とアニー=エルノーを続けて読んで、ノーベル文学賞とはなんぞや?と改めて思った。
普段気に入った作家の小説ばかり読みがちなので、世間的に認められている本もちゃんと読んでおかないとなぁ!と反省しました。 -
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"passion"
元々の"受難"という意味もあり、
恋、情熱に生きるということは
自分の魂を奪われて、
意志が強く見える一方で、ある意味
主体性をなくしてしまっていることなのかも、なんて。
欲することの限界を向かえたいような、
向かえたくないような。
終わりを意識しながら
美しき時を化粧しながら、
ただひたすら"待つ"。
もしかしたら、ギャンブルのように
"待つ"ことのゲームを
楽しんでいるのかもしれない。
(Aが好き、というより、相手はAであることが相応しい、という感覚もある?)
恋、情熱について
哲学しているようでもあり、
情熱の温度が少しずつ
下がっていく様子さえ、
丁寧に描かれているのが良い。
Aがくるため、用意されていた
ウイスキーの記述。
クラフトビールや、好きなアイスを
買っておいて、別離したあとに
なんでこんなに買ってたんだっけって
思ったことあったな、なんて
回想したり。
愛人関係でなくとも、
過去の誰かとの逢瀬、情事に
思いを馳せる、そんな純文学。
山田詠美さんも薦めておられたのか、納得。
詠美さんも久々に浸りたくなった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2022年 ノーベル文学賞受賞者アニーエルノーの1984年発行でルノードー賞受賞作。
シンプルな情熱は1991年発行。
物語は著者の父親の生涯を描いたようなもの。しかし、編年体で何をした何がおこったということよりも、フランス社会の階層、貧困、そのなかでの幸せ、人間関係、暮らしをその地域特有の問題としてではなく、人間の普遍的な問題として捉えている。そして著者であるエルノーは大学にすすみ、文学で大学に職を得ることで、父親との精神的距離が遠くなる。父の操る言葉は決して上流階級のそれでも、文学的レベルが高級なものでもないが、それがなんだというのだろうか。生活にねざした言葉であり、劣等感に起因するおかしな言い回しでさえ愛おしくなる。
著者は冷静に父をみながらも、父の視点でものを見ている。
このような視点の多重性がこの作品の良さなのかもしれない。
小品なので2時間もあれば読めてしまいます。 -
Posted by ブクログ
赤裸々な体験、激しい情熱、衝撃の問題作…、カバーや帯にそんな言葉が踊る本作。
それほどにこれは特殊な内容だろうか。激しく重いのだろうか。
それを淡々と内に秘めている私は、そしてきっといるはずの、たくさんのあなた達は。
極めて主観的な主題も、客観性をもって綴られることで普遍的な物語へと昇華する。
情熱は至ってシンプルだ。単純で、時には愚かな受難でさえある。
どんな危険なものであってもいいから、痕跡を認めたいというような。
静かに静かに、それは発酵する。
山田詠美氏が大絶賛した、というのも納得。
どこか彼女の著作にも通ずる、とろりとした蜂蜜や、甘いバターの香りが漂う。
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Posted by ブクログ
「私はよく、ひとつの願望と、自分が引き起こすか犠牲になるかする事故、病気など、多少とも痛ましい何かとを天秤にかけてみる。私が自分の願望の強さを計測しようとする!そしてたぶん運命に挑戦しようともするとき、イメージを喚起して、自らの心にその願望の代償を支払う覚悟を問うてみるのは、かなり信頼できるやり方なのだ。たとえば、「いま書き進めているこれを首尾よく書き上げられるのなら、自分の家が焼失してもかまわない」というように」
「いわば私は、旧い痛みによって現在の痛みを和らげることができると、漠然としながら期待しているかのようだった」
という言葉に共感できた。
もっと大人になってから共感できる部分が増えるかもしれない。 -
Posted by ブクログ
恋のパッションが、客観的に叙述されている。情動を描くのに情動的な文章でないのが新鮮だった。あとがき非常によき。
105 彼が戻ってきたのは現実ではなかったという気がしている。あの夜のことは、私たち二人の物語の時間の内のどこにも存在しない。ただ一月二十日という日付だけが、残っている。あの夜帰ってきた男も、彼がいた一年間、そしてそのあとの執筆期間、私が自分の内にずっと抱き続けていた男性ではない。ほかでもないその男性には、私は絶対に再会することがないだろう。が、それにもかかわらず、あの非現実的で、ほとんど無に等しかったあの夜のことこそが、自分の情熱の意味をまるごと明示してくれる。いわゆる意味がないという意味、二年間にわたって、この上なく激しく、しかもこの上なく不可解な現実であったという意味を。
108 彼がいてくれたからこそ、私は、自己を他者から分離している境界に接近し、時折その境界を超えるようなイメージさえ抱くことができたのだ。
私は、時間の流れを、それまでとは違う仕方で、全身で感じた。