永井玲衣のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
前作の水中の哲学者?という本がとても好きだったので、こちらも読んでみました。
思ってたものとは違ったけど、永井玲さんがどんな人なのかは伝わってくる。
この本を読んで、中学生の頃、世界の紛争をまとめる授業があったことを思い出しました。
調べていく中で、残虐で酷い行為がいかに行われているか、その結果人間(殺され方や死体)がどうなるかを「生」でみた気がしました。みた時は、吐き気がしたり頭痛がしたり、ひどく身体が影響を受けていました。私はそれを皆に伝えるためには、まとめるのではなく、私が読んだものと同じものを一言一句違わず資料にまとめることを提案しました←この時点で普通の中学生じゃない笑 でもそうしないと、この悲惨さが伝わらないと思ったから、伝えるってこういうことなんじゃないだろうかと思ったから。
結局、先生にはもちろん却下されましたが…。「中学生には早い」などと、包丁を優しい毛布で包んでみたところで、それで何が伝わるのか。もちろん、世界はこんなにもひどいんだ!ということを自信たっぷり教えたいわけじゃなかったけど、「伝える」って難しいなぁと思った思春期でした。 -
Posted by ブクログ
前半の淡く不確かながらも違和感を持った思索と、自分と世界の距離の保存方法がほとんど自分と同じで驚く。わからないから耳を傾ける。わかろうとする。それでもわかりあえない。若い頃はそれは絶望に値することだった。わかりあえないものだと思っていても。
けれど、その「わからなさ」は、決して自分と誰かのあいだだけに留まるものではなかったのだと思う。自分の内側で感じていた距離や不確かさは、そのまま世界の広がりへと接続している。
大人になって随分経つが、わからないこと、わかりあえないことが理解できるようになった。そうやって世界を保存していくことは、とてつもなく孤独ではある。
その孤独の延長線上に、震災やパレスチナの問題のような、あまりにも大きな現実がある。到底理解しきれない出来事や、受け止めきれない他者の痛み。それでも、それらもまた「わからなさ」の中にある。
私たちは無力だ。それでも耳を傾ける。耳は傾けるのだ。わからないから。
枡野浩一、稲村弘、リチャード・ブローディガン、宮沢賢治らの文章にある哲学を紐解いてみせてくれるのも新しい。根底には小沢健二という人がいるのでは?引き寄せられるいつも小沢に。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ永井玲衣の独特な語り口が好きだ。
それはどこが過去に出会った親しかった女性に似ている。哲学対話にも興味があるので読んでいる。読んで新しいことを知るというよりは、なんかそんなことも考えたことあるなぁとか、そんなこと考えたことなかったなぁと、親しい人と何気ない会話をしているようなそんな感覚になる。
読み終わってこれといった学びはないけど、日常の出来事の新しい切り口というか、着眼点を得られるような感覚がある。
印象的だったところは、ハンセン病の被害者のうた。
会いに来てください明かりがきえるから 辻村みつ子
どうぶつ会議のラストシーン。ケストナー自身の姿。周りに馬鹿にされながらも試み続ける、あえなく失敗したとしても、またすぐにはじめようとする、それが作家の仕事なのだと。
そして最後のおれたちがこわいか?
10歳になる頃、アメリカ同時多発テロ事件、20歳になる頃東日本大震災、30歳になる頃、新型コロナウイルスが世界を覆った。わたしはそういう時代を生きた。
他者は脅威だか、なくてはならない。自分だけの世界に引きこもっていても何も始まらない。生まれて生きてるのになぜ死ぬのか。この宇宙はなぜこうも広いのにいま自分はここにいるのか。
問いが止まらない生き方をしていくこと。自分という他者とともに。
目的はないとダメなのか?そんなことはない。答えもないけど、問うこと。それをシェアすること。語り合うことを大切にしていきたい。ただ、あんまり語り合える人いないんだよなぁ… -
Posted by ブクログ
鈴木保奈美の本の番組にみうらじゅんが出てて、その中のランキングコーナーの売れてる本にあったので読んでみた。
コロナ禍の日記と雑誌などから集めたエッセイ。
LINEの打ち間違い、散歩、サッカー、やさしさ、色んなものを哲学者の目から見つめ直します。
哲学者というと、「昔の偉い人がこう言っていた」的な引用がたくさんあるのかと思ったら、そうでもなくて読みやすかった。それでいて、埴谷雄高や井伏鱒二、寺山修司、まだ読んだことない昭和の文化人の本に興味を持てたりもした。
「会社名」のところに「哲学研究者」と書かれた関係者パスを首に下げてサッカーを観戦すると、サッカー観戦記に一人の選手名も出てこないのが興味深い。
なので、笑えたり勉強になるところも多かったのだけど、「この人は何をグダグダ書いているのだ?」というところも結構あった。特にタイトルになってる「さみしさ」の下りとか。この辺は僕があまり「エモさ」とかわからないからかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前作よりも日記っぽかった。テーマに関連して引用される詩や小説の文章にまんまとぐっと来た。
「しゃぼん玉なんども食べようとしてるゾンビになってもきみはきみだな(野村日魚子)」
って詩でうっかり泣いた。駅のホームで。ゾンビになってもわたしはわたしだなって思ってくれる存在がいたらどんなにいいんだろう。お別れしてもまた会えたならそれでチャラよ。
たびたび3.11や地域紛争での虐殺の話などが差し込まれて、忘れちゃいけないこととか知らないといけないことがあるのを思い出す。
「家が流されてなくて、ずるいね」(179頁)
強烈すぎる。
あの日地震が起きたとき、山形でこんなに揺れてるんだから遂に宮城県沖地震が来たんだ!絶対お父さん死んじゃった!って思った。電気の点かない極寒の部屋でハムスターとふたり(ふたり?)、非常用のラジオ引っ張り出して心細い夜を過ごした。
運良くわたしは家族を失わなかったし、友だちもみんな生きてた。宮城県出身だけど、何も失ってない。ずるいよな。
3.11の被災者の言葉が書いてある本を読みたいなと思ったよ。
本、毎日「死にたいなあ」と思う自分の日常がぜんぜん尊いものであることを思い出させてくれる。がんばるよ。 -
Posted by ブクログ
時間はどんどん過ぎて、世界は変わっていく。
その一コマの切り取り方が独特で、些細な日常もこんな捉え方ができるのかという気付きがたくさんあった。
その一つ一つは、正直わかったようなわからないような。哲学ってそういうものなんだろうか。
心に残ったのは「かくれる」。
好きな人、大切な人の一部になることが、その人を保存することになるという気持ち。
適切に保存しようと思うあまり、体の一部を食べてしまいたいという欲求が生まれる。
少し前に読んだ「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った」と通じるところがあるなと思い出した。
何かが消える、失われる、忘れられることに、多くの人は無意識のうちに恐怖を感じているのだなぁ。