山際素男のレビュー一覧

  • 不可触民と現代インド

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    最初『不可触民と現代インド』読んでよく分からなくて挫折したんだけど、『アンベードカルの生涯』⇒『マハーバーラタ』読んだら分かるようになった。日本史YouTuberもこの本勧めてたし、この本は現代インドの明るい部分と暗い部分が均等に書かれてて良いと思った。

    山際素男
    1929年三重県生まれ。作家。’98年、古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』の翻訳で第34回日本翻訳出版文化賞を受賞


    一九二〇年前後から一九四〇年代始めにかけての独立運動時代、ヒンズーの支配体制、カースト制の強固な擁護者であり、〝神〟のごとく 崇められていたマハートマ・ガンジー(一八六九~一九四八)は、自分の偽善性を鋭く批判し、不可触民解放のために自分に楯ついてやまぬアンベードカルと会見することになった。その時初めてアンベードカルが〝不可触民〟であることを知り、大層驚いたという。その時まで彼をブラーミンだとばかり思っていたのである。〝不可触民〟風情が、こんなにまで崇拝されている〝マハートマ(偉大)〟たる自分に逆らうとは夢にも考えられなかったのだ。

    アンベードカルによって 播かれた種である仏教と不可触民解放運動は、他の低階層にも広がり、それらの階層一般を広く指して使われるようになったヒンズーの〝ダリット〟(倒れし者、虐げられた人びとの意。指定カースト民、指定部族民、その他後進カーストが含まれる)民衆にもインドの歴史の秘められた真実が明かされるようになってきた。

    こうした疑問は、アンベードカルが驚くべき知識と努力で解明しようとし、提出してきた。  彼はアメリカのコロンビア大学に留学、経済学博士号を取得したのを皮切りに、ロンドン大学政治経済学院、グリーズイン法曹学院で弁護士の資格を取り、社会活動を開始した。彼の学識は多岐にわたり、後に法務大臣となり、新憲法草案者に選ばれたのは、彼において他に適任者がいなかったからだといわれる。

    この国、いや外国においてすら、アンベードカルほど波瀾に富み、刺激的でロマンチックな人間は稀であろう。牛糞にまみれた不可触民の子として生まれ、不治の業病のように忌み嫌われた少年時代を送り、床屋、宿屋、寄宿舎、寺院、役所といった社会的施設の総てから拒否され、飲水、食物も与えられない過酷な人生を歩まされ、やがて世界的最高学府で学位を取りながら、その一歩一歩を徒手空拳、血と汗を流し、一つ一つ獲得してゆかねばならなかった。  有力な政党、新聞、ジャーナリズム、財力の一切を持たず、むしろそれらと戦いながら、その実力によって法曹界、政界に地歩を築き、遂にインド憲法の父と崇められるに到った。

    アンベードカルは新聞も編集した。経済学、社会学、歴史、政治の分野に健筆を揮い、膨大な著作を残した。幾つもの学校、大学を興し、労働組合運動のリーダーとなり、政党を創設と、その一つだけを取り上げても普通の人の一生の仕事となるような事柄を次々と成し遂げていった」  また著者は別のところでいっている。 「マハートマ・ガンジーを不可触民の父といっているが、これは正に歴史の 捏造 である。アンベードカルこそが不可触民の父なのだ」  著者はブラーミン出の著名な伝記作家だが、彼の公正な目は出身カーストの壁によって少しも曇らされていない。

     一九三二年、イギリスはインド社会の分断を狙って、多岐にわたる職能、宗教階層に対してそれぞれの属するグループ 毎 に選挙権、被選挙権を与えた。医者は医者、教師は教師、イスラム、クリスチャン、それぞれの社会成員を選挙し、国会、州議会に送っていいというわけである。イスラムはこれを機にインドからの分離独立の機運を具体化してゆくことになる。

    今、アンベードカルの播いた種は見事に開花し、仏教徒は一億人を超すといわれる。そして、その最先端に日本人僧がおり、何百万ものインド仏教徒に慕われ尊敬されていることを今回の滞在で改めて実感した。

    話しているところへバハル氏の奥さんが現れた。熱気がむんむんしている大会場の演壇の後ろのテントで話をしているからお互いに大声でないとよく聞き取れない。バハル氏の声はよく通るがミセスの方もはきはきとしていて聞き取り易い。絹の美しいサリーに大柄な体を包んだ彼女は、控え目な様子で腰を下ろす。バハル氏に劣らぬ立派な顔立ちである。  四十前後だろうか。大きな目、形の良い鼻、口、どうみてもかなり上層カーストの奥さんといった感じだ。バムセフのメンバーは指定カーストや後進カーストといった人びとを中心としているから、そんなに高いカースト出身とは思えないが、見た目といい物腰といい、気負ったところもなければ、成り上がり、といった感じは少しもない。自然で〝堂々〟としていた。

    〝バンギー〟(清掃人)という言葉の重さがずっしりと伝わってくる。  目の前の夫婦と、〝バンギー〟という言葉は余りにかけ離れていて結びつかないのだ。しかし、厳然たる事実なのだ。恐らく周囲の仲間も、その言葉からイメージするものとバハル氏夫妻の姿とのコントラストが面白かったのかもしれない。  カースト社会の中で最も忌み嫌われる人びと、それが〝バンギー〟だ、といっても過言ではあるまい。

    私は昔見た光景を今もまざまざと思い出す。  四十年程前、ビハール州のパトナ大学に留学していたことは前述したが、ある友人の家に遊びに行った時、内庭にふと目をやると、頭に大きな壺を載せた女性が庭を横切っていった。  よく見ると、壺には人糞が山盛りになっていた。彼女は壺を両手で支え、足を踏ん張るようにして外へ出て行った。異様な光景だった。思わず後から表へ出てみると、道の脇に大きな箱車が止まっていた。荷台の屋根の一部が開くようになっていて、彼女はその中にどさっと中身をぶちまけ、再び壺を頭に載せ、トイレに戻しにきた。箱車の上の籠の中には幼児がちょこんと座っていた。 「あんな〝バンギー〟なんかに興味があるのかい?」  友人は苦笑しながらいった。しばらく言葉が出なかった。都会の〝バンギー〟の赤裸々な姿を見たのはそれが最初であった。

     私が滞在していたインド人の家は 宏壮 な邸宅で、トイレは水洗式だった。しかしその頃は水洗といっても地中に浸透させる方式が大半であった。ホテルやレストランも大体がそれらしい設備のところが多い。都市の貧しい住居のトイレは、直接壺の上に垂れ流すのをその時に知った。田舎へ行けば、トイレは 無い のが普通である。朝早く小さな真鍮の水壺を片手に近くの草原に用を足しに行く男女の姿はどこでも見かける風景であり、その方がむしろ自然に思えた。素手で糞壺を頭に載せる姿の方がずっと衝撃的だった。

    「どんな人間にも何か才能があるものです。長所があるものです。それを生かすチャンスとチャンスを成功に導く努力です。私はそう信じています。  そして何よりも勇気です。生き抜く勇気です。  自分たちが切り拓いた道の上には、自分を生かしきれなかった、あるいは生かそうと必死になっている仲間が一杯いるのを知っています。バムセフの活動はそういう仲間に呼びかけ、励まし、共に歩むためのものなのです。アンベードカルの説く同胞愛、それを支えるブッダの教えが私たちの日常生活の土台になっているのは、それが本当に正しいのだと信じられるからです。〝バンギー〟というこの世で最も卑しめられ、虐げられてきた者にはそのことがよく分かるのです。アンベードカルも仏陀も、私たちを救うために生まれてきたんだと素直に〝実感〟するのですよ。虐げられている人びとへの共感とその共感を深め、広めるのが自分の使命だと素直に思えるのです」

    「ガンジーがいったように、カースト制度がなくなったらインドではなくなる、というのはある意味で当たっています。では代わりにどんなインドが生まれるのか?  今、RSSを基盤とするBJP(インド人民党)政府は、ブラーミン、クシャトリヤ、ヴァイシャ三上位カーストは元々インド人だった。我々も先住民族だったのだと、途方もないことをいいはじめています。彼らの歴史感覚は一体どうなっているのでしょうね」

    バラモンの聖典とされるヴェーダを教えることのできるのはバラモンだけであり、クシャトリヤ、ヴァイシャたちは学ぶことを許されていただけで教えることは禁じられていました。今でも大学などの教授をはじめ、教育者の大半をブラーミンが独占しているのもそのためなのです。ヒンズーの聖典をシュードラが〝立ち聞き〟していたというだけで耳に煮えたぎった油を注ぎこまれる罰――死刑ということです――を受けたことは、〝マヌ法典〟にくり返し出ています(マヌ法典=前二~三世紀に成立した最古の法典。マヌは〝人類〟を意味しインド人の生活法規の基準となってきた。その中で〈不可触民〉は徹底的に 貶められ、不浄な存在として人間的尊厳を奪われてきた)。

    アンベードカルがヒンズー寺院を〝不可触民〟にも開放せよという運動を進めている最中、寺院の門前で〝マヌ法典〟を焼いたのは有名な出来事であり、そしてその時実際に〝マヌ法典〟を焚書の刑にふしたのはブラーミンでした。

    「バラモン教典、マヌ法典など一切の文献は女性を〝シュードラ〟として扱っています。インドではどうしてこんなに女性一般を〝奴隷〟として扱ってきたのか不思議といえば不思議です。  結婚制度が何故こんなに厳しく、同族結婚制を強制してきたのか。上位カーストの男性と下位ヴァルナ――色の黒い先住民の意――の女性との結びつきを大目に見、生まれた子供を父方のカーストに帰属させながら、低ヴァルナの男性と比較的上位ヴァルナ(高いカースト身分に属する女性がカースト制度が確立された後生まれてきたわけだから)の女性との結びつきを極端に忌み嫌ったのは、結婚を利用して低位カーストの男性が上位に昇るのを避けたからだと考えられるでしょう。  こうして考えてみると、インドに侵入してきたアーリア人はほとんどが男であり、女は先住民しかいないのだから強引に先住民の女を自分のものにしてゆくしかなかったはずです。

    西ユーラシアの白人種の男たちは先住民の女性を片っ端から略奪し、強姦、暴行を働き征服していったはずです。すべての女性の地位が一様に低く、自分たちの妻となってもシュードラとして扱ってきたのはこのインド侵入時の状況が生み出した帰結といえるでしょう。

    ブッダは生涯を歩いて歩いて歩き通し、教えを説いて回ったとアンベードカルはいっています。ですから私たちも毎日、毎日、一つの所に留まらず、一年中歩きつづけることを実行してきました。バムセフの〝使者〟は常に休むことなくどこにでも現れる。そういわれることを誇りにして生きてきたのです。

     我々の目的は単純で明快です。我々が奪われていた自由と平等、友愛の精神を我々の間に甦らせ広めてゆくには行動しなくてはならない。ブッダとアンベードカルの言葉をくり返し伝え、共鳴させてゆくのです。そしてやる気を起こさせていきました。カンシ・ラムも実によく働き、動きましたが、我々はもっと働きました。彼は持病がありましたが、週に三日は旅を続け 行脚 していました。それを私は週六日やり通しました。その位歩かなくては信頼を勝ち取れないと思ったからです。

    ブッダの説いた教えが、高い教養、王侯貴族のような人びとに受け入れられたのは、誰よりも深い苦悩をなめた人びとの心に向かって、その人びとを救う教えだったからこそ権力者の心にも届いたのだと思います。その逆では決してありえません。  そういう意味で、仏教は絶対者への帰依を求める信仰の教えではありません。幸せになるためにはどう生きればいいのかを説いた教えです。現実的で実践的生き方を説いているのです」

    「アンベードカル博士の説くブッダの教えは、私たちや私たちの仲間のような人びとの心に一番早く届くことを私は知ったのです。ブッダも、アンベードカルも人の苦しみ、苦しんでいる人はどういう心なのかを誰よりも理解していました。ですから、誰よりも苦しんでいる人びとの心にその言葉は真っ直ぐ届いていくのだと思います。そういう意味で、『ブッダとそのダンマ』は我々ダリットに最も 相応しい、心に届きやすい書なのだと感じます。

    「仏教には前から関心があった。でも仏教について教えてくれる人は身近にはいなかったんだ。アンベードカル博士のことは噂で知っていた。同じ〝不可触民〟出身で、政治、経済、法律に通じる大学者で、初代の法務大臣になっていることも知っていた。たまたまある街に講演にきていた彼の演説を聞きにいき、直接会うチャンスに恵まれた。

    「カビールを若い頃から信奉しとったから自然と女性と距離を置く癖ができてしまったのかもしれないな。カビールは〝女には魔性がある〟といって女に近寄らなかったようだ。だからといってわしは女性を蔑んだりはしてこなかった。  仏教というものは本来、人間を性の違いで差別するものではない。男も女も同じ仏性を生まれながらに授かった同胞なんだ。ヒンズー教はカースト差別だけでなく、その上女性差別が徹底しているからインドの、特に下層カーストの女はいつもひどい差別をされてきている。ただわしの生き方には女性と特別な仲になることを避ける何かがあったのは確かだ。でもそれが差別だとは思わんがなぁ」 「アンベードカルは二度結婚しましたよね」 「あの方は、僧ではなかったし、サズゥでもなかった。世俗人として生き、苦悩する同胞を解放するためこの世に送られてきた、〝 菩薩〟だったのだよ。形にこだわることはないと思う。そういう姿で全身全霊をもって生き抜いた人なんだ。結婚していようといまいと、仏教は男も女もそういう人間を〝菩薩〟と呼んできたのじゃないのかな」

    イギリスが十九世紀の初めに〝サティ〟を禁止したのも、それが余りにひどかったのと、その当時盛んになってきたブラーフモ・サマージという運動に逆に影響されたことがある(ラーマ・モーハン・ロイというベンガルのブラーミンが興したヒンズー教の改革運動。彼は幼児婚、女性の社会的地位の向上、教育の機会均等、離婚と再婚の自由、特にサティの風習を激しく攻撃した)。  だから私は女の患者に未亡人や、夫と別れた女がいると再婚をどしどしすすめている。ブラーミンなんぞのいい出した、離婚は罪だの、寡婦の再婚は亡き夫と神への 冒瀆 だなどというたわ言に耳を傾けるなってね」

    ヒンズー教は未来永劫になくならないようなことをいっているが、インドには非ヒンズー的思想が大きなうねりをもって流れはじめているのだ。イスラム教、キリスト教、仏教も入って、特に一番保守的といわれる南インドのヒンズー社会に大きな変化が生まれはじめている。

     女も勉強しなくてはいけない。女性が目覚めなくては女性の惨めさは永久に変わらないんだと子供心に刻み込んだのでしょう。その思いが、私を社会改革運動に突き動かしたのかもしれませんね」  彼女は頰を緩め、脇にいる小学六年生の娘に温かい眼差しを向けた。娘さんは素敵な美人で、利発さが溢れんばかりだ。話の途中で、結婚制度に話が及び、「親の決めた結婚に従うばかりが能じゃないよね。自分で相手を見つけ、恋をし、一緒になるんだ」と私がいうと、うん、うんと深く 頷き、ぐいと片腕を伸ばし、ぎゅうと力こぶを作ってみせた。頼もしい小学生である。

    インド社会はカースト制によって分断された縦割り社会であり、各階層の横のつながりというものが古くから培われていません。アンベードカルもいっているように、窓のない各カースト別に分かれた塔のような社会で、互いの連帯感、共通の意識に欠けた建物のようなものです。それが、〝正しい〟社会秩序、世界観なのですから人間全体の平等観というものが全く育たなかったのです。  ダリットの女性が、男のダリットより更に低い、男のダリット社会からも一段と低い地位に止められている不平等さが、社会の〝正しい〟秩序なのです。  ですから女性への不平等、差別は〝当たり前〟なのであって、それを改めるべき〝悪〟だとは女性もひっくるめて誰も考えてこなかったのです。別に誇張していっているわけではありません。それが〝正しい〟倫理、道徳観だったのです。ですから男が女を殴ろうが、蹴り倒そうが、男がそうしたいと思えば誰も文句はいいません。当然だからです。それに抗議すること自体が反社会的、反道徳的、反逆者的行為とみなされ厳しく罰せられてきたのです。

    「ともあれ、カースト社会における最大の犠牲者は女性なのです。カースト間の争いで犠牲になるのはいつも女性です。男ももちろん狙われますが、 凌辱 の対象は女性です。  英字新聞や高級週刊誌などにはほとんど出ませんが、ヒンズー語、あるいは地方紙には今でも 度々 掲載される記事で、 ありふれた 事件です。カースト争いの見せしめに、頭を坊主にされた上、素っ裸にされて村中を首にロープを巻かれ引き回される女性の話などです。  こんなことは昔から日常茶飯事であり、事件ですらなかったのです。最近ですよ、こういうことが〝犯罪〟として報道されるようになったのは。

    逆毛結婚(低カースト男性と上位カースト女性との結婚)は特にタブー視され、それでも一緒になった若い男女が徹底的に追及され、遂に探し出されて双方の両親の目の前で村の広場で吊され焼き殺された、などという記事によくお目にかかります。ウッタル・プラデシュ州でも実際あった話で古いことではありません。  最近も、マッディヤ・プラデシュ州の田舎で、異カーストの男性と結婚した女性が、彼女の村の長老の命令で〝競売〟にかけられています。村の伝統的掟を破ったからです。

    また同カーストなのに親の許可なしに自由結婚、つまり恋愛結婚をしたというだけで、父親が娘を木に吊して焼き殺してしまいます。こういう残酷なことをするのは主に農村地帯で、しかも低カースト民の間で密かに行われ、警察にも知られず、闇から闇に葬られていくか、警察も知りつつ手を出さないかなのです。インドには二つのインドがあります。進んだインドと遅れたインドです。後進的インドでは恋愛結婚は未だタブーであり、進んだインド…

    結婚問題をはじめ、インド社会は今もすべての決定権を男に握られていて、女性の立場をいくら訴えても変わりません。その大きな原因は一番虐げられている女性が声を上げないからです。上げようとする前に支配勢力によって抑え込まれてしまうのです。  社会的に有名になったり、マスコミで活躍している女性は増えていますし、経済力を身につけてきている女性も幾らか出ていますが、ダリット女性は地面に押さえつけられっ放しです。それは宗教的イデオロギーが大きな要因です。インド人は信心深い。どこの家に行ってもヒンズーの神々の像が見られるほどです。

    しかしこれがダリット民衆、特に女性の自覚を妨げています。悩みが大きくなるほど信仰心の方へ傾いていくのは大昔から少しも変わりません。どこへ行っても、家では男に押さえつけられ、社会に出ていけば、残酷なまでにひどい対象の的になり、黙って神さまに祈るしかないと思いこまされ てしまうのです。  これは彼女たちの せい ではありません。教育を与えず、物事の理非を判断する知識も与えず、字も読めない状態を改善しようともしなければ、どうやって人は正しく世界を見ることができるでしょう。

    アンベードカルその人の思想、仏教観に私は共感しますが、アンベードカル信奉者やアンベードカル運動家のやり方には全面的には支持し難いものを感じます。やたらアンベードカルの像を…

    像だけ建てて、その前で時々集まって祭祀めいた行事をするだけでいいのでしょうか。アンベードカル信奉者、特に指導的立場にある人びとは、民衆と遊離しているように思います。アンベードカルの思想を広め、深めてゆくために働くのではなく、その名声や権威を利用し、自分の社会的地位や利欲に動かされている人が増えています。これでは彼らが批判するブラーミン的上層カーストのやり方と変わりがないではありませんか。アンベードカルの像を建てることが、目覚めたダリットの存在を象徴し、誇示しているのだというのも認…

    インド女性の社会的地位が極めて低いといいながら、故インデラ・ガンジー首相をはじめ、州首相や重要な社会的地位についている女性は珍しくない。しかし、〝指定カースト〟出身で高い人気を保っている女性政治家は稀だ。

    マヤワティーは一九五六年、チャマール(北インド一帯の最大の指定カーストグループ)の家に生まれた。父は電話公社の中級職員であった。彼女は学士、修士、博士課程へと進み、一九七七年、教師になった。そこで彼女は露骨なカースト差別の洗礼を受けた。彼女ほどに高い教育を受けていても、ブラーミンたち上位カーストグループの露骨な差別は容赦なかった。アンベードカルの書物は砂漠にまかれた水のように心に沁み入り、彼の著作をむさぼり読んだ。そして仏教への関心も増していった。  彼女の住んでいるカロルバグにバムセフのオフィスが生まれ、小さな事務所の窓から地面に届かんばかりに垂れ下がっている大きな看板を横目で見ながら通り過ぎていた。三年余りたって、IAS(上級国家公務員)受験の準備をしている頃、ある会合でカンシ・ラムと出会った。その日から彼女の運命は大きく変わってゆく。

    「インドはイスラム、特に石油産出圏のイスラムなくしては立ちゆきません。パキスタンとは積年の歴史的関係と反感から 歪みきっていますが、元々は同じインド人なのです。宗教的違いを除いて同じ人種、文化を基盤にしてきたのですから和解できないはずはありません。

    インド社会はどこを切ってもカースト制度が顔を出します。  リザーブシステムについても、国家公務員でありながらリザーブシステムを適用していないのはインド軍隊だけでしょう。ですから士官クラス以上にダリット出身者はほとんどいません。警察にはもちろんリザーブシステムは適用されています。この制度がなければ、ダリットには向上してゆくチャンスが与えられないのです。古代からのカースト制度は今もがっちり三上位カーストが押さえており、ブラーミンは教育、司法分野、クシャトリヤは軍関係、ヴァイシャは経済界を支配しつづけています。

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    2024年02月15日
  • 踊るマハーバーラタ~愚かで愛しい物語~

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    多分この本が無かったらマハーバーラタ読もうってならなかったからよかった。今のインド映画って多分マハーバーラタの焼き直しだろうなと思う。これ読むとインド世界追体験出来て楽しい。

    『マハーバーラタ』は、サンスクリット原典で全18巻、10万詩節、1200章、20万行を超える世界最大の叙事詩である。これはギリシャの2大神話『イーリアス』『オデュッセイア』を合わせたものの約8倍、聖書の約3倍半の長さに相当する。



    山際素男 (翻訳)
    1929年生まれ。古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』の翻訳で第34回日本翻訳出版文化賞を受賞

    『マハーバーラタ』
    『ラーマーヤナ』と並ぶ古代インドの二大叙事詩の一つ。18巻約10万詩節よりなる。祖形は前5世紀頃にあり,現在の形は5世紀頃にまとめられた。バラタ族のいとこの間の王位継承をめぐる戦争のいきさつを描く。多くの神話,伝説などが散在し,ヒンドゥー教に関する百科全書を思わせる。第6巻にある『バガヴァッド・ギーター』は有名。近世のインド諸語にも訳され,南アジア,東南アジアの宗教・文化に大きな影響を与えた。

    「叙事詩」歴史上の事件や人物をうたった詩。
    「叙情詩」作者の気持ちや心の変化をうたった詩。
    「叙景詩」自然の風景などを主観的・客観的にありのままにうたった詩。叙情詩と違い、作者がどう感じたかよりも風景や風物に重きが置かれている。


    心眼を発揮してルチーの下腹部を凝視すると、いた。羽虫ほどの男が、彼女の膣の襞の谷間に仁王立ちになり、一心不乱に真言を唱えているではないか。彼女の肉襞から何処からともなく泉の如く湧き出る愛液に全身滝に打たれたようにびしょ濡れになり、今にも足を取られそうになりながらも、必死の形相で踏ん張っている。

    「人間の体の中には〝性の化身〟という性的欲求が棲んでいる。地球四十億年の歴史の中から生じた根元的欲求とでもいうものでしょうか。性は本性的に美しいものです。年齢による表面的変化はあっても、季節毎に芽を吹く草木の種子のように、何百万年と人間の胎内に根付いている。性というものを知性や精神性と対立するもの、下等な衝動として隠そうとするのは間違いですよ」

    『いいえそうは参りません。風神、火神、水神その他天界人も、女にとってカーマほどに好ましいものではありません。女は性交が大好きなのです。一人の夫に献身する女なんか、何千人、いいえ何十万人に一人もいませんのよ。欲望に駆られた女は、家族も両親も夫もほったらかしてしまいます。幸せというものを求め、溢れた川が岸辺にあるものすべてを押し流すように家庭も壊してしまうのです。  創造主自らこういっています。女の不実に気をつけよ、と』

    古今東西、人間の愚かさは少しも変らぬ、と賢人はおっしゃる。愛しい子の遺体を前に嘆き悲しむ家族が、僧侶に化けた禿鷹とジャッカルにまんまと騙され胃の腑に納められる、というお話。〝こころ談義〟を餌に人の不幸と悲しみを利用し、人間を食う宗教屋は大昔からずうっとそれを 方便 にしているのである。

    そんな冷たくなった 亡骸 などにこだわるのはお止めなさい。その子の魂は新しい肉体を求めて飛び去ったのですよ。その肉体はただ 腐 果てゆく肉塊にすぎないではありませんか。  いかに残酷に聞えようとそれが真実であり、現実というものです。腐ちてゆくだけの物体に生前の想いを重ね合わせ、思い出にこだわるのは愚か者のやることです。放棄というもっと高尚な宗教的達観を養う努力に、その嘆き悲しむエネルギーを向けたらどうですか?』

    乳牛にまつわる物語が面白い。ヒンズー教徒がなぜ牛をあれほど敬う――大事に扱っているかどうかは別として――のかがよく分かる。 ダクシャという生類創造神のゲップからスラビ( 豊饒 の牛)という牝牛が現われ世界の繁栄を導いた、なんて話は楽しい。今も農村では牛糞を大切な燃料、家の壁に塗りこむなどして用いているし、アーユルヴェーダ(古代インド医学)では牛の尿を腎臓病の薬として使っている。 インド三大神の一人ヴィシュヌの妃ラクシュミーが牛の糞に宿っているという逸話に、なるほど、と感心したりもする。牛糞が渦を巻いているのは、ヴィシュヌ神の武器、円盤を 象っているからなのだ、といわれると、ああそれで、と納得してしまう。 それが何千年も前から伝わっているといわれればなおさらだ。

    苦しみから解いてやった牝牛、貧しいが故に十分養ってやれなかった牝牛の贈物は特に価値がある。寄贈者は仔牛を産みそうな健康な牝牛、持主の家から逃げ出したりしない牝牛に乳搾り用の白銅の壺をつけて贈るなら、牛の毛の数だけ長生きするだろう。良く慣らされ、荷を沢山運び、丈夫で頑丈な 牡牛 をバラモンに寄進すれば、乳牛の寄贈者のために用意された地へ赴き、共にたっぷり楽しめるであろう。  また牝牛を贈る相手は、牛に優しく、牛を自分の拠りどころとし、感謝の心を持ち、十分な生活手段を持たぬ者が適者である〟

    生類が誕生すると彼らは直ちに食物を求めて大声で叫んだ。ダクシャは彼らの要求を認め、自らも生類のために甘露をたっぷりと飲んだ。そのため盛大なゲップをし、素晴らしい芳香が辺り一面に漂った。そしてそのゲップから一頭の牝牛が生れ、ダクシャはそれをスラビ(豊饒の牛)と名付けた。スラビは沢山の娘を産み、彼女たちは世界の母となった。それらはみな黄金の色をしたカピラ牛であった。この乳牛たちは大量の乳を出しはじめ、その泡は大海の泡のようにあらゆる所へ広がっていった。

    インドは文字通り、頭はバラモン、手と胴はクシャトリヤ・バイシャ、足はシュードラ・不可触民階層という神話通りのカースト階層別社会である。 『マハーバーラタ』は戦闘場面、宗教談義、フォークロア(民間伝承)的世界に分かれている。戦闘場面はありとある幻術者集団、怪物たちも含めて千変万化の秘術を闘わせての大活劇シーンの連続である。宗教談義には有名なヒンズー教徒が聖典中(『マハーバーラタ』そのものが聖典扱いなのだが)の聖典の一つとする『バガヴァド・ギータ』(神の讃歌)も含まれ、ヒンズー教徒の宗教、倫理、社会、政治、経済といった世界観が全面的に展開され、壮観である。

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    2023年11月23日
  • 不可触民~もうひとつのインド~

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    ネタバレ

    不可触民という言葉はよく聞くし、理解しているつもりであったが、知らないことが多すぎた。(メディアで紹介されていることだけで知ったつもりになるのは危険だと再認識した)
    ヒンドゥー教がカースト制度を生み出していること等初めて知ることが多く、不可触民であればひき逃げをしても許されることに納得ができなかった。
    某世界史サイトで本書が紹介されていて手に取ったが、本書を読むことができて本当に良かった。

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    2018年05月04日
  • 〈完全版〉破天~インド仏教徒の頂点に立つ日本人~

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    まずは読み終わった達成感!
    アンベートカル博士の存在も知らなかったし、秀嶺さんももちろん存じ上げなかった。竜樹に導かれてインドで仏教復興の為命を懸ける生き様。机上空論だけでなく行動で事を成すその想いの強さ。聖人君主かと思いきや色恋に心乱れる己に恥じて自暴自棄。劇的な人なんだろうなぁ。

    カースト制のこともましてや不可触民という存在があるのも非常に勉強になった。インドという国の奥深さを多少なりとも感じることができた。

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    2017年11月12日
  • チベット問題~ダライ・ラマ十四世と亡命者の証言~

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    ダライ・ラマと筆者のインタビューである1章を飛ばして、亡命中のチベット人のインタビューから読んだ。
    中国のチベットに対する所業は断じて許されるものではなく、どの口で南京虐殺(かなり誇張)など言えたものかと。でも、チベットへの圧力を許そうもんなら、ウイグルや他の圧政に苦しんでいる民族の爆発も誘発するので今の共産党にはできるはずがない。ソ連的に共産党回答とともに独立を認めるような英断を望みます。
    ほんと酷いワ、中国

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    2013年12月08日
  • 〈完全版〉破天~インド仏教徒の頂点に立つ日本人~

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    インドで仏教を広める佐々井 秀嶺の伝記
    さまざまな経緯からインドに来て修行した後、日本に帰国しょうとする前夜に
    「我は龍樹なり。汝速やかに南天竜宮へ行け。汝の法城は我が法城。我が法城は汝が法城なり。南天鉄塔もまたそこに在り。」と白髪白髯の老人が現れ、佐々井上人に告げていったという。

    横紙やぶりというか、怒髪天をつくような、佐々井 上人の生き様は、迫力をもって我々に迫ってくる。インド仏教界の頂点に立つのが実は日本人だと言うのは、もっと知られても良いことだと思った。

    渾身の一作。アドバンスト マテリアル ジャパン社長の中村繁夫が「男は人生で何度、佐々井上人のような人間に出会えるかで、価値が変わる」と書いてあったが、なるほどと納得。

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    2013年09月14日
  • マハーバーラタ~インド千夜一夜物語~

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    今の騒がれているインドとは似ても似つかぬ
    その物語の深さ。
    神々は彼らのことをどう見ているのでしょうかね。
    きっと苦々しい顔で見ていることでしょう。

    異国の物語なので
    違和感ありありかな、と思ったら
    そうでもなく、結構人が生きるうえでの
    心理をついているのです。

    それに世の中の末という代物も
    描かれているもので。
    そこに関しては恐らく目を覆いたくなると思います。
    まさに今の私たちの住んでいる世界でないの、と。

    寓話的なものが多いですが
    最後のある部分だけ、
    何かが違います。
    そう、女性はどういうものかを知ることができます。
    ただし、刺激超強め。

    面白かったです。

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    2013年09月10日
  • アンベードカルの生涯

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    ネタバレ

    不可触民として生まれ、インドの初代法務大臣として憲法を作成して、不可触民制を廃止した人の伝記です。頭脳明晰で舌鋒鋭い行動派、不屈の心を持った巨人でした。このような人物が出てくるインドってすごい。
    アンベードカルのように、物事の細かな差異を認識できて、本質を明晰な言葉で表現できるようになりたいものです。不可触民問題についてガンジーに向かってうったえるくだりや、ガンジーの非暴力を批判している箇所は読んでいて痺れました。

    0
    2012年11月18日
  • 不可触民と現代インド

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    いままでのインドのいろんなイメージを壊された。

    インドの侵略者であるアーリア人が自分たちの地位を確固とするためだけに作られたヒンズー教、そしてカースト制度。

    インドの人々がこんなに辛い生活を送っているなんてショックだった。

    マハトマガンジーにしてみても、わたしはてっきりインドのヒーローだとばかり思っていたが、彼も結局はカースト支持者だったのだ。

    10億近くの人口のインド。
    カースト別人口はブラーミン(僧侶など)5%、クシャトリヤ(軍人等)7%、ヴァイシャ(商人等)3%、シュードラ(前上位3カーストに奉仕するカースト)約60%、残りの25%がカーストにも属せない「不可触民」らしい。

    前にも書いたプーランですらシュードラだったらしいから、それ以下の不可触民はいままでどんな扱いを受けてきたのか・・・

    考えるだけでもぞっとする。

    この本によると、今までヒンズー教を刷り込まれてきた人たちも、不条理に気づき始め、どんどん仏教に改教する人たちが増えてきているらしい。

    もともと頭がいいといわれているインド人。

    こういう差別をなくし、どんどん世界で活躍してほしい。

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    2011年11月28日
  • アンベードカルの生涯

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    [ 内容 ]
    「もし私が、私がそこに生れ育った階級が呻吟する、忌わしい奴隷制と非人間的不正をやっつけることができなかったら、頭に弾丸をぶちこんで死んでみせる」この国、いや外国においてすら、アンベードカルほど波瀾に富み、刺激的でロマンチックな人間は稀であろう。
    牛糞にまみれた不可触民の子として生れ、不治の病のように忌み嫌われた少年時代を送り、床屋、宿屋、寄宿舎、車、寺院、役所といった社会の総てから疎外され、飲水、食物すら拒否される人生を歩まされ、やがて世界的最高学府で学位を取りながら、その一歩一歩を徒手空拳、血と汗を流し一つ一つ取ってゆかねばならなかった。
    六五歳という短い生涯の中で、これほどまで多才な目覚ましい働きと学識を誇り得たということは、現代社会では恐らく類のない出来事であろう。
    『ブッダとそのダンマ』に賭けた仏教再生への凄絶な人生。

    [ 目次 ]
    二五〇〇年
    幼年、青年時代
    自立
    時の人
    奴隷制に抗して
    独立宣言
    輝ける星
    土地、労働、教育
    世界世論の審判
    ガンジーとの闘い〔ほか〕

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2011年04月12日
  • 〈完全版〉破天~インド仏教徒の頂点に立つ日本人~

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    インド仏教徒を率いて地位向上のために戦う佐々井秀嶺師の伝記です。仏教そのものに詳しいとは言えないのでもうちょっと色々調べたい。それにしてもとんでもない人ですね・・・・破天荒と言っていい。これ革命家だよなあ。宗教者としての側面が良くわからないんですよ・・・・・。でも昔から宗教=世直しでもありますね。仏教はかなり個人主義的な印象がありますけれど・・・・・。

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    2009年10月07日
  • 〈完全版〉破天~インド仏教徒の頂点に立つ日本人~

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    インドの仏教指導者・の半生を描いたこの本、読み始めてたちまち夢中になった。佐々井秀嶺については、山際素男の『不可触民の道―インド民衆のなかへ (知恵の森文庫』などに紹介されているのを呼んで、強い関心をもった。同じ著者に『破天』があるのは知っていたが、絶版となっており、なかなか手に入らなかった。それが最近、新書版で復刊されたのだ。

    読み始めると止められないほどだ。若き日の懊悩と何度かの自殺の試み、その果ての師との出会い、激しい修行、乗鞍山頂での「覚醒」、タイでの修行と失敗、そしてインドへ、と夢中で読みすすむ。ある程度は知っていた経緯だが、若き日の懊悩がこれほど深く、それが故に文字どうり死をも厭わぬ激しい求道に突き進まざるを得なかった様が、強く印象に残る。その激しい求道に刺激される。また、あらためて佐々井秀嶺という人物が、ある必然の流れのなかでインドへ導かれていったのだということが得心できる。

    おそらくこの本を読んだ誰もがもつだろう強烈な印象は、彼がインド仏教徒とともに、その先頭にたって続けてきたブラーミン社会との闘争の凄まじさだろう。徹底して平和的な闘争だが、彼らにとって常に文字通り命をかけての戦いであったことが分かる。なぜ佐々井秀嶺にこのようなことが可能だったのか。

    それは、彼が懊悩の果てに「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ」と一度はすべてを打ち捨てたからだろう。すべてを打ち捨ててしまい、あとはもう不可触民仏教徒のため、彼らとともに歩むことを徹底していくだけだった。おそらくその背後には、死んだアンベードカルの導きがあったのだろう。多くの不可触民とともにインド仏教復興への道を歩み始めようとした矢先に死んだアンベードカルにとって、佐々井ほどその志を継ぐにふさわしい人間はいなかったのだ。佐々井は「夢」に現れた竜樹=アンベードカルに導かれるようにして、その後の活動の拠点となったナグプールに一人乗り込む。

    一度はすべてを打ち捨てているから、その瞑想や断食行も徹底的に凄まじい。ガンディの断食にも似た政治的「効果」をもたらした断食も凄まじいが、人知れず行おうとした瞑想や断食も、読むものに強烈な印象を残す。

    正直いってこの本を読むまでは、まだ彼のことをよく知らず「ちょっとうさんくさいところもあるかも知れない」ぐらいに思っていたが、読後はそのような印象は全く消えた。確かに「色情因縁の業」の深さゆえの苦悩はとてつもなく大きいが、その絶望の深さが強烈な求道の根元にある。絶望の果てに、一切の私利私欲を打ち捨てた人間の潔さ。その潔さが、インドの地で一億五千万とも言われる仏教徒の絶大な信頼を獲得した理由のひとつであり、多くのインド人を引き付けつつ、仏教復興へと向っていく運動の原動力となっているのだ。

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    2010年05月06日
  • 不可触民~もうひとつのインド~

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    インド思想史などを読んでいたのでは、絶対に分からない、これほどに圧倒的な差別の現実を今まで知らなかったという驚き。これほどに情報が発信され受信される世界においても、抑圧される人々が発信の手段すら満足にもたなければ、2億の人々の驚くべき現実がかんたんに遮蔽されてしまうという事実への驚き。ひとつの制度の中で甘い生活を許されてしまった人間は、他者をどんなに苦しめようと、その生活を守っていこうとするのが現実なのだということの、大規模なレベルでの確認。

    今後私は、不可触民の視点を意識せずにインドの精神世界に接することはできないだろう。インドの不可触民問題は、たんにインド一国における差別問題なのではない。インドにあれほどに連綿と続いた高い精神性の伝統と、その一方でその伝統と一体となったカースト制度。人間を差別し虐げる文化的装置として、これほどに強烈で徹底的なものはない。その矛盾の深さ。

    この本を読んでこれほど強く何かを訴えかけられたように感じるのは、この矛盾の深さによって、人間とは何か、人間の歴史と文化とは何かという根源への問いかけを強いられるからだ。ここに人間とその文化の一面が剥き出しにされているのだ。

    「自分たちの一番厭な肉体労働、不潔な仕事の一切を、世襲的に背負わせ、土地をあたえず『農奴』としてただ同然に働かせる。女は男のセックスの慰み物として、好きなように扱う。‥‥こういう存在が一億以上もいて、人々に奉仕してくれるのなら、だれだってそういう制度は、あってくれた方がいい、と思うじゃありませんか。」

    こうしてしかも、衣食住については一切責任を負わないのだから、奴隷制よりもなお悪いと、不可触民は訴える。制度として保障されさえすれば、人は誰しもこうした文化装置のうえに乗ったっま、差別から眼をそむける可能性がある。現にそのような事実が3000年も続いてきたのだから。

    インドの精神性に引かれれば引かれるほど、カースト制の現実にもっともっと眼を向けていきたいと思う。

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    2009年10月04日
  • 不可触民と現代インド

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    著者が冒頭で語るインドでの体験――同乗する自動車のひき逃げ事件は、著者の衝撃的な「原体験」であり、それ以来、インド不可触民をはじめ最底辺民衆に関心を持つようになったという。

    この本からこれまで知らなかった多くの事実を学んだ。インドのカースト制度は有名だが、では現代インドでカーストが現実にどのように働き、政治的、経済的にどのような意味をもっているのかなど、よく見えていなかった。この本では、不可触民の側からカースト制によるインドの支配と被支配の実態が明らかにされる。

    ブラーミン、クシャトリア、ヴァイシャの上位三カーストで人口の15パーセント、指定カースト、その他後進階層85パーセントと言われるが、正確な数字は、1930年にイギリスが調査して以来、一度も公表されていないという。しかし実際にこの上位15パーセントが、今も政治権力、官僚制度、マスコミ、経済、議会等々、あらゆる分野で支配的地位にいるのは紛れもない事実だ。

    日本の教科書的な記述でははっきりとは書かれないが、インドの不可触民を中心とした人々は近年、次のような歴史認識を持つに至ったという。つまり、ブラーミン、クシャトリヤ、ヴァイシャたちは、もともと侵略者であり、先住民を追いやり、カースト制を作り、下層民として押し込めた。下層の人々は、その事実を口にすることすら許されなかった。教科書的な記述でカースト制をアーリア人の侵入との関係の中でとらえるにしても、ここまではっきりと述べた記述には出会ったことはなかった。

    山際氏は2002年にインドに取材してこの本を書いている。そのインタビューには、この国になお厳然と残るカーストの実態がかかれている。

    ある不可触民出身の政府職員は言う、「私たちがどこかに転勤になると、我々のカーストがいち早く次の職場に伝えられます。新任者のカーストが何であるかによって対応の仕方が決められるからです。その人間によってではなく、所属のカーストによって扱いが決まるからなのです。」

    別の不可触民出身の女性は、インドの最近の経済自由化について次のように語る、「貧困層は一層貧しく、金持ちは益々肥え太る政策以外の何ものでもありません。これは個人的成功、失敗のレベルの問題ではないのです。‥‥1990年から始まった、世界銀行、IMF主導の経済改革は、結論的にはダリットという弱者社会に大きな打撃を与えるにすぎません。社会主義的経済を資本主義的私企業形態に変えてゆくことは――銀行その他の政府系企業の私企業への移行――リザーブシステムで保証されていた職能分野の縮小を意味します。」

    現代インドについて全く別の視点から語る本をと思って、『インドを知らんで明日の日本を語ったらあかんよ』竹村健一、榊原英資(PHP、2005年)のカーストについて触れた部分を読んでみた。

    案の定というべきか、
    「‥‥巷間でいわれているほど、カーストが問題になることはないようです。ビジネスのネックにはならないでしょう」(榊原)
    「カースト制度がどうのこうのっていう話ではないわでですね。インドというと厳然としたカーストをイメージするのは、情報が古い。新しい情報が入らないと、子供のころから聞いている話で、インド観が固まってしまっているということですね。」(竹村)
    「実際に、企業が採用についてカーストを云々することはまったくありません」

    おそらく最先端のIT関連企業などでは、業種・職種が伝統的なジャーティにないこともあるのか、上のように言える面もあるのかも知れない。しかし、上のような言い方をしてしまうと、山際氏が報告したような深刻な現実は、まったく視野の外に置かれてしまうのだろう。自分が住む国でも、抑圧された人々の現実をあるがまま見るのはむずかしい。まして外国であればなおさらなだろう。この竹村、榊原の対談も、山際氏によるインタビューもそれぞれの立場から見た現実が語られているので、いちがいにどちらが正しいとは言えないだろう。しかし、少なくとも先の対談で語られているほどことは単純でないことは明らかだ。

    ところで、カースト問題を低カースト民が自由に触れることすら許されなかった時代は、アンベードカルによって打ち破られたという。ガンディーに対立してヒンドゥーの差別と闘い,インドに仏教を復興した不可触民出身の政治家であるアンベードカル。同著者の『アンベードカルの生涯』(光文社)も併せて読むべきだろう。

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    2010年08月30日
  • 不可触民の道~インド民衆のなかへ~

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    同著者の『不可触民・もうひとつのインド』は、著者が1977年にインドを再訪したときの見聞をもとに、最初は1981年に三一書房から出版されている。本書は、著者が1980年から81年にインドを訪れたときの体験を元にしている。前著にもまして凄まじい不可触民差別に接して唖然としてしまう。

    インドにおけるカースト的な差別と暴力が、どれほどに広く深く社会の底辺に巣食っているのかということが、読めば読むほどに分かってくる。同時に、一部の不可触民が、そのような抑圧から目覚め、組織的な抵抗を試み、大きな変化を巻き起こし始めていることも分かる。とくにアンベードカルが50万不可触民とともに仏教に改宗した都市、ナグプールの仏教徒たちの、驚くべき変化は、その地で活躍する日本僧・佐々井秀嶺の活動とともに印象深く語られている。

    この本ではとくに、著者がインドの最底辺の人々と接していくうちに、上層であろうと下層であろうと、インド人のすべてに共通する、ある精神性への気づきを深めていく過程が注目される。著者はいう。インドの悲惨さは民衆の無知に深くかかわる。その考えは変わらない。しかし、そのことと、人々の神への傾倒、深い宗教性、「神信心」とが深く密着し、それが人々の無自覚な状態を支えていると、今までは考えていたという。しかし、著者の考え方は次第に変わっていく。インド民衆の無知と、それゆえの悲惨さ、それと彼らの深い宗教性はまた別のこと、次元のことなった問題なのではないかと。

    「インド人は、特に底辺の民衆はある意味で、在るがままに生きている。無知であるとともに、先祖から受け継いできた大きく深い『智慧』をももち、それに支えれられ、辛うじて、ではあっても、それがなくては生きえない逆境を乗りこえてきている。それが人びとの、大きな遺産なのではないか‥‥」、そう著者は感じるようになったという。唯物史観的な考え方をもっていた著者にとっては、これは重大な発見だったのかもしれない。このテーマは、本書で何回か繰り返されるのだが、最終的には、著者が気づきを深めていったという、著者が理解する「インドの精神性」というものに、あまり魅力を感じなかった。この著者の「精神世界」への理解に深さが足りないからかもしれない。

    それよりも、本書の最終章では、佐々井秀嶺がインドに行ってから、どのようにしてナグプールに導かれ、どのようでにその地での活動を開始したかが、本人の言葉で詳しく語られている。インドを発とうとした最後の晩に金縛りにあった状態のまま、光り輝く老人から「我は竜樹なり、南天竜宮へ行け」と語りかけられたという話は他でも読んだが、その詳しい状況や前後の経過を知ると、非常に強い印象を受ける。

    インドのどん底、その地獄を知っていれば、南天竜宮はナグプールだと判断しただけで、その見知らぬ土地に単身乗り込んでいくことは、生命の危険をも覚悟しなければできることではないという。しかし佐々井師は旅立つ。そこに、本人の意志を超えた強い導きがあっただろうことを改めて感じた。あらためて『破天』を読んで見たいと思った。

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    2009年10月04日
  • 〈完全版〉破天~インド仏教徒の頂点に立つ日本人~

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    インドにはヒンズー教、イスラム教のほか、様々な宗教が混在している国であり、人々は今もってカースト制の中で暮らしている。カーストに組み込まれいない不可蝕民も存在する。
    不可蝕民解放の父としてインド憲法制定の時に法務大臣だったアンベードカルは、その死の直前に仏教に帰依した。インドはブッダ生誕の国であるが、インド仏教徒はほかの宗教から迫害され瀕死の状況であった。
    この本は、アンベードカルの意志を継ぎインドで不可蝕民解放と仏教復興運動に命を捧げている日本人僧佐々井秀嶺の一代記だ。
    現在インドの仏教徒は一億五千万人とも言われるが、佐々井師はその不屈な精神と無私のこころで仏教を広めてきた。それは破天荒な生き様である。この本は新書で2センチの分厚さだ。しかも中身は2段組!!面白い!!!

    インドのわけも分からぬ不条理世界の破天荒に挑むのは、日本の職業仏教教団の教えとその軟弱な体制ではかなわない。まずブッダ、竜樹の世界を実践していくこと、行動の宗教としての仏教を身をもって体現している佐々井氏の偉業は、まさにノーベル平和賞ものだと感じた。

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    2009年10月07日
  • マハーバーラタ~インド千夜一夜物語~

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    バガヴァッド・ギーター を読んだときも思ったのだけれど、古代インドの物語は、神話的な世界観の中でおそろしく通俗的で理屈っぽい説教が展開されていて面白い。輪廻、梵我一如、ヴェーダ、バラモン、ヴァルナ、等々、古代インドについて聞きかじってきた概念が肉付けされていくような読書体験だった。

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    2026年07月06日
  • 〈完全版〉破天~インド仏教徒の頂点に立つ日本人~

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    世界ふしぎ発見に出てはったのが初見だったバンテージ佐々井さん。その後Youtubeなどで見る機会も多くて気になってました。
    すごい濃い人で日本の枠に収まらず(本人は苦悩の末)インドへ。ものすごい文書量だけどどこを取っても面白かった。こんなパワーのある人がいるんだ。
    日本の荒んだ世界にも仏教は光を照らすと思う。
    それにしてもすごい人生。

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    2024年01月27日
  • 不可触民と現代インド

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    正直、インドほどよく判らない国はそうそう無い。学生時代は世界史を専攻していたので、インド史は覚えづらい人命やら王朝がわんさか出てきて苦労したのをよく覚えている。漠然と記憶しているインドとはヒンドゥー教の国である事、それによるカースト制度が存在する事、長らくイギリスの植民地支配下にあり東インド会社を中心に世界の貿易拠点となっていた?事ぐらい。人命ならマハトマ・ガンディー、初代首相のネール(ネルー)、チャンドラ・ボースにパール判事あたりだろうか。私はインドカレー好きだから周りにインド人も沢山いるが、彼らの国がどんなものか気にした事も無かった。近年は著名なIT企業(グローバル)の社長や役員に必ずインド人が含まれており、流石数学の得意な国だ、と漠然と感じる程度。
    本書はインドに暮らし学んだ筆者が記す、生のインドの声を集めたものだ。前述の通り厳しいカースト制度は未だインド国民の心を支配し、社会・政治・経済はカーストの厳しい身分制度の影響を強く受ける。バラモン(ブラーミン:僧侶)、クシャトリヤ(戦士・軍人)、ヴァイシャ(商人)に属する上位カーストは国民全体の15%足らず、彼らへの奉仕者であるシュードラ(奉仕者)が60%、それらカースト4姓制度よりも更に下位に位置する下位カースト・指定カーストと呼ばれる「不可触民」が25%と、下位層は85%を占める社会構造だ。海外から見たインドはヒンドゥー教の国であるが、それは身分制を維持したい上位カーストが何とか支えているものであり、実態は身分制の下位に甘んじ、就きたい職業にも就く機会さえない国民はそうした身分制を心から支持する事はない。然し乍ら、アーリヤ人が押し寄せた時代から侵略者達によって作られた(遺伝子調査で上位カーストはヨーロッパ系)身分制度は何千年と人々の心を支配したし、植民地化したイギリスにとっても、社会秩序維持のために好都合な制度だった。そうしてインド人の心の中に深く根差した身分に対する考え方がそう簡単に無くなる事はない。そうした考え方を制度面からも改善しようとしたのが、本書の中心的な存在となるアンベードカルである。不可触民出身でありながら様々な学問を修め政治の世界に身を投じた人物で、あのガンディーとも闘っている。ガンディーはインド独立の父ではあるが、それはヒンドゥー教上位階層が作り出したインドに都合の良い人物像とし、不可触民やシュードラなどの下位層を含まないインドの父であるとする。そうすると、下位カーストが85%を占めるインド人の大半はヒンドゥーの教えに則り自由が存在しない。アンベードカルはこうしたインドの現状を訴えガンディーとも対立するのである。
    アンベードカルはひたすらに身分制度撤廃に向けて活動を続けるし、初代法務大臣として下位カーストの社会進出促進のために様々な法を整備する。これにより学問さえ積めば公務員になる道も一定程度保障されるようになった。また身分制を根底とするヒンドゥー教を捨て仏教に改宗するとともに、その後のインド内における仏教回帰への力強い支えになる。その後日本人の佐々井秀嶺へと引き継がれ、インドの仏教復興へと繋がっていく、本書はこれをブッダのインドに始まり、中国・日本を経て再びインドに戻る回帰と表現している。
    それら社会的な風潮の根底にあるのは、人は誰でも自由平等であり身分による差別を受けない、という先進国の憲法に必ず含まれる当たり前の権利だ。インドという国が不思議に映る理由の一つがそれなのだが、女性に対する権利の低さは身分制に更に輪をかける。社会においても家庭内においても女性の立場は更に虐げられており、政界・経済界のリーダーも少ない。本書後半はそんな中で台頭した初の女性州知事マヤワティーにも触れる。女性の社会進出が身分制を超える以上に如何に大変で困難を伴う事か、そして改革するには極端にでもルールを変えていく強い信念が必要である事が伝わってくる。因みに本書中盤では、一時期書籍で話題になった女盗賊プーラン・デヴィを始めとした地方の盗賊にも触れており、インド社会の複雑さを理解する助けになっている。
    本書を読みインドへの理解を深めると共に、何も知らずインドへの投資を考えてしまった自分を恥じてしまった。

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    2023年06月10日
  • アンベードカルの生涯

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    不可植民の出身。カーストの外。触れてはいけないもの、近寄ってはいけないもの、視てはいけないもの。職業は便所掃除、ゴミ集め、靴職人、獣の皮剥ぎ、皮なめし、竹・ラタン(籐)細工、草刈り。夏の激しい渇き、労働後の渇きを癒すため、腐った溜まり水や汚水をすくって飲む。

    国家社会主義を目指したい。基幹産業は国が所有すべき。保険、農業も国家の事業とすべき。土地は国の所有とし、カースト・信条に関係なく、農民に貸し与え、地主も小作人もいない国にしたい。▼インド新憲法。いかなる不可触民制も廃止する。不可触民への差別は罪とみなす。

    仏教に改宗。クリシュナは神の中の神。イエスは神の子。ムハンマドは神の最後の預言者。ブッダ以外の宗教創始者は自己の無謬性を唱えた。ブッダのみ、教師の役割をもって良しとした。ブッダの宗教は道徳であり、仏教において神に代わるものは道徳律である。
    *高野山に銅像。

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    2024年04月24日