青木千鶴のレビュー一覧
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『用心棒』というだけで怪しげな邦題のジョー・ブロディ・シリーズ第二作。『続・用心棒』とは、何だか昔の時代劇映画みたいだ。マカロニ・ウェスタンの『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』が「続」とか「新」とか、まるで別の作品なのに、タイトルで売れっ子俳優クリント・イーストウッドの二番煎じ三番煎じを狙ったという当時の映画界事情が思い浮かぶ。
いかがわしさ満載のこの作品は、あの毒々しい当時の映画看板を思い出させ、何だか汗臭く、昭和っぽく、やたらと懐かしい。ぼくは仕方なく、C・イーストウッドのイメージでジョーを思い描くことにしています。
著者デイヴィッド・ゴードンが、前作『用心棒』で、従来の純文学にあわよくばと片足かけていた作風からエンタメ路線に一気に完全方向転換し、非常に庶民的、かつアクション重視のピカレスク路線をかっ飛ばし始めたのには、心底驚愕させられたものだ。そこのところを作家は、さらに確信と自信に磨きをかけ、好きなだけ愉しみ、楽しませてくれる、この続編を書いてくれたわけである。邦題はお約束の通り『続・用心棒』である。いいね。
描写には多分にしつこさやねちっこさが残るけれど、そういう個性まで捨てよとは言うまい。ジョークやブラックを文章の裏側から抽出しつつ、圧倒的スピード感すら感じさせるジョン・ウー監督まがいの最初のド派手アクションは、ただのイントロに過ぎず、その後、ゴッドファーザーを凌駕する各種暗黒街の総会みたいなノリで、彼ら親分たちに雇われるに至って、ジョー・ブロディはますます怪しげな存在になってゆく。
ただし、この作品、シリーズ主人公をさておいての個性的キャラクターのオンパレードが特徴でもあり、各人種・各異常性格、各人各様の裏切りや欲望等々、サブストーリーの分厚さと豊富さが、作者の語りに拍車をかける。まるで木戸銭を払って紛れ込む縁日の見世物小屋のような極彩色のオフビート・ギャング・ストーリーなのだ。タランティーノくらいしかこれを映画化することはできないかもしれない。
ジョーの親しいイタリア系マフィアの親分・ジオ。彼の個人的趣味や、その後の葛藤が、不気味で可笑しすぎるのだが、それぞれに絡み合うキャラクターの間の裏切りや企みを各ページに載せたまま、重戦車級のヘロイン&ダイヤモンド強奪兼取引現場へとストーリーが雪崩れ込む。舞台のニューヨークは、作者の育ったそうな怪しき町クイーンズ。人種のるつぼ。貧困と混沌の野外ステージ。
イントロとメインでの二つのビッグ・アクションの後、キャラクターたちは、それぞれの運命の岐路を迎えてゆく。いわば魔界の残務整理。それがまたきつい。過酷で容赦なく、血と欲望にまみれている。
個人的には多くのキャラの中でも、割とまともな二人の若手がぼくは好きである。アクロバティックなドライビングテクニックを駆使するキャッシュと、IT関連とりまとめ役でハッカーでもあるジョシュアだ。
さて皆さんはどのキャラのファンでしょうか? それほど個性のかき分けが凄いのだが、何せ登場人物が多すぎて頭の整理が大変、とも言えるごった煮料理でもありました。それにしてもなんという作品であろうか? -
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私の心はズタズタにされた。
家族を殺され、復讐をしてやると銃を手にすることから始まるであろう連鎖。
銃社会のアメリカが抱えている問題を子供の視点から、黒人のコミュニティの問題(貧しいあまりにドラッグの売人をやらざるを得ないことや、ドラッグに関わると芋づる式にギャングの問題に繋がること等)、それらを独特の詩の形式で炙り出す。
エレベーターに乗り込んでくる人たちが誰なのか。
一人一人の過去を辿っていくうちに視界が涙で滲む。
涙が止まらなくて、ページは濡れていった。
読んでいてなんとなく予想ができてしまうからこそ、心に重く響く悲劇の数々。
悲しかった。
大事な人を殺されたとしても、自分が怒りでどうにかなってしまいそうだとしても、復讐をしてはいけないとはっきりに示すこの小説が好きだ。
銃は何故誰でも買えてしまうのか?
何故黒人は映画を撮るためのカメラが買えないくらい貧しいのか?(銃は直ぐに手に入るのに?)
ドラッグを撲滅したいはずなのに減らないのは何故か?
異国の私達は何ができるだろう?と考える。
ジェイソン・レナルズの後書きも胸に刺さった。
そう、復讐をしたところで死んだ人は帰ってこないのだ。
彼も主人公と同じように誰かを殺したい衝動に駆られ、でもそうしなかったのは、やはり彼の周りの人達と物語に救われたからなんだろうな、と思う。
この本に出逢えて本当に良かった。 -
Posted by ブクログ
おととい兄のショーンが銃殺された。「掟」に従ってぼく(ウィル)は復讐する。ショーンの引き出しから銃を見つけ、ジーンズの腰に押し込む。殺したのはきっとリッグスだ。
アパートメントの8階からエレベーターに乗ると、7階から男が乗ってきた。それはショーンの兄貴分の亡パックだった。6階からは幼馴染の亡ダニが、5階からは亡マーク伯父さんが……。
各階で止まるエレベーターに乗り込んでくる身近な故人たちとの関わりを通して、短絡的な復讐の愚かさに気づいていく少年の物語。
*******ここからはネタバレ*******
横書きで、詩の形で綴られるこの物語は、情報が断片的でパズルを解くように真実が明かされていきます。
ショーンの兄貴分のパックは強盗で、ショーンに16発入った銃を渡した。
幼馴染のダニは、8歳の時ウィルとキスした日、撃たれて死んだ。
マーク伯父は、「結晶」の売人になって撃たれ、
父さんは、マーク伯父さんを殺した(と思った)やつを殺したせいで殺され、
フリックはパックを脅すつもりで殺してしまい、
ショーンは、パックの銃でフリックを撃った(これが減っていた1発分)。
いやもうここまで来ると、誰がどう読んでも、その虚しさに呆れることだと思います。
やっと1階に到着して皆が降りていく中、沈黙を通していたショーンの一言が効いていますね。
「おまえも 来るか?」
刺激的だけれども、復讐の愚かさや銃や短絡的思考の危険性を気づかせるには充分な内容です。
私としては、詩の形となっているところが読みにくく感じましたが、だからこその風情もあるので否定はしません。
生死を扱うので、しっかりした中学生以上におすすめします。 -
Posted by ブクログ
優れた自然描写と言えば、普通は優しく爽やかで癒される文章と考えてしまうところ、なんて汚くエゲツない風景が濃密に、しつこく殴りつけられていること…。
嫌われていることなどお構いなしの爬虫類や、捕食動物たち。
わをかけて不思議な行動の主人公。
暴力の匂いを惜しげもなく露わにする登場人物たち。
春を奏でる花々は、自己の遺伝子を残すために咲き、虫たちは生のために蜜を吸い、鳥たちは子育てのために、その虫を捕食し囀る。
身勝手で、不条理で非合理的な人間たちの理由は、そこでは通用しないようだ。
前半の遅々として進まない。でも非常に濃厚な舞台から、ラストシーンの殺し屋との対決まで、ギヤを上げ下げして走るマニュアル車の運転のよう。
重くのしかかるような、読後感。
汚く暗く、圧倒的な自然の存在。
ひさびさの読後感でした。
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Posted by ブクログ
兄を射殺された主人公が生まれて初めて銃を握りしめ、復讐を遂げるためにエレベーターに乗りこむ。地上階に降りるまでの間に、主人公は思いもよらない人たちとの再会をしていく。著者は詩人でもあるそうで、詩と小説の中間みたいなスタイル。独特な文章の配置や改行で、深い余韻と意味のつまった余白がそこかしこにある。銃撃が身近にある環境で育ったと思われる主人公は、憎しみの連鎖を止められるのか。物凄くスタイリッシュな映像とアイディアがあれば映画化とかできるんじゃないかって気がする。
誰かを溺死させることを
水が面白がっていないだなんて
どうしたら言い切れる?
(P.161) -
Posted by ブクログ
デイヴィッド・ゴードンと言えば、あの『二流小説家』で騒然たるデビューを果たした、あの作家。そう思っただけで、この本はポケミスであるにも関わらず、買い控えてしまっていた。当時はこの作家は、賛否両論で読者層を分断していたように思う。純文学への偏向が諸所に見られつつ、娯楽小説としても面白いということで、作品のミステリ部分だけが、何と日本で映画化された。ぼくはどちらも味わってみて、この手の小説は苦手なので、映画の方が面白かったかな、でもそちらも大したことはないか、などと正直うなされていたものだ。
それでも性懲りもなく、第二作『ミステリガール』も読んでしまったが、これまた苦行と言うべき読書体験であった。果てしもなく長く、くどく、脱線を繰り返す作品を、よく途中で投げ出さなかったと自分を褒めたいくらいだった。だから、6年ぶりくらいにこの忘れていた作家が戻ってきた、と知った時も、見て見ぬようにしていたのが正直なところである。
そして半年が経過して、ぼくはなぜかこの本を買っている。タイトルが『用心棒』と珍しいこと、そして300ページ程度の作品で、最近のポケミスにしては薄くて軽いということ、更に、どうやらデイヴィッド・ゴードンは悔い改めて出直したらしいぞ、ということ。我流で押し通すことをやめて、エンターテインメントに徹することにしたらしい、作風が全く変わった、新デイヴィッド・ゴードンだ、などの風評が聞こえてきたからだ。
かくして、本作の主人公ジョー・ブロディとのご対面となる。作品名は、そう『用心棒』。ゴードンという作家は、実は大の日本映画好きで座頭市シリーズや東映マークが大好きなんだそうだ。クロサワの『用心棒』は、マカロニ・ウエスタンで『荒野の用心棒』に書き換えられたことで更に有名になった。主人公は、これが映画デビューとなるクリント・イーストウッド扮するジョー(姓は無し、その後のセルジオ・レオーネ+エンニオ・モリコーネ音楽コンビの『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』併せた大ヒット3部作でもイーストウッドは常にジョーという名で通す)。まさに同名のジョー(但し姓はある、往年のプロレス・ファンなら亡きブルーザー・ブロディを想起するはずの姓が)。ヒーローが、ここに蘇る。それも、何とデイヴィッド・ゴードンによって。信じられるか?
スピーディでバイオレンスな序盤の展開から、映画のような強奪シーン、裏切り、また裏切り、個性的な強盗チームとFBI、CIA、テロリスト、マフィア(チャイニーズ、アフロアフリカン等々何でもござれ)を巻き込んで、国際紛争の様相をも帯びてくるフルスケール感。火薬と硝煙と血煙(Waaoh! どうしたんだろう、この作家。別人? ではないよね)そんな混乱の中で、このB級娯楽映画的チープ感と、溢れんばかりのサービス精神は、間違いなく本物なのである。とにかく面白いし、ページを繰る手が止まらない。
これほど一方の端からもう一方の端へと変貌した作家を、ぼくは知らない。しかも何と、このヒーローでの次作も用意されているようだ。でも、この作家の好みである純文学趣味は、ぎりぎりのところで残したようだ。主人公の設定である。ジョー・ブロディ。ハーバード大学を問題を起こして中退。特殊部隊をやはり問題を起こして除隊。愛読書はドストエフスキー。
現在は、読み過ぎ、擦り切れた『白痴』を再読中。相棒のロシア系ヒロインのエリーナを、君はどこかナスターシャに似ていると言うが、彼女自身は、あなたこそ、どこかムイシュキン侯爵に似ているわね、でも私は『悪霊』が一番が好きだわ、スタヴローギンの虚無主義に共鳴しているわけではないけど、とのたまう。ぼくの中のドストエフスキー・フリークが思わず再燃する瞬間であった。ううむ。 -
Posted by ブクログ
ポルノやSF、伝奇小説等ジャンルを問わずに小説を書いていた売れない作家ハリーの元に1通の手紙が届く。差出人は4人を殺して死刑判決を受けたダリアンだった。その内容は自分の告白本を書いてほしいと言うことであった。
その話にあまり乗り気ではなかったハリーだったが、マネージャを辞任する教え子の女子校生クレアに促され刑務所に向かう。待ち構えていたダリアンはハリーの小説のファンデ、そのために原稿を依頼したいと言うことだった。ただ、一つ条件がありそれは、ダリルにファンレターを送ってくる女性達に会い彼女らを元にしたポルノを書いて自分に読ませてほしいとのことだった。
仕方なしに話を受けたハリーが教えられた女性達を訪れると、やがて彼女らがダリアンと同じ手口で殺害され始める。ダリルは無実なのか、そして警察とFBIに目をつけられたハリーはクレアと、犠牲者の一人の妹ダニエラとともに捜査を開始する。
長編の割にはテンポがよく、話の起伏もちょうど良い。真犯人が判明した、と思った割には残りページが多く、最後にそう来たか、という感想。 -
Posted by ブクログ
ミステリへの愛に溢れた秀作で、ゴードンの才気溢れる筆致が堪能できる。売れない小説家ハリーを主人公に一攫千金のチャンスを掴みながらも、一筋縄ではいかない壁をどう乗り越えるかという展開がとにかく読ませる。メインプロットとは直接関係ないものの、ハリーが創作したホラーやハードボイルド、SF小説を抜粋して挿入する遊び心も楽しい。人物造型が巧く、特にハリーのビジネスパートナーとなる少女の多感な心の揺れの表現などが見事なのは、著者が普段から繊細な観察力を持つが故にだろう。さらに残忍/狂気性では突出する殺人鬼が登場する点でも忘れがたい印象を残す。時にオフビートな捻りを加えつつも、最後にはミステリとしてきちんと成立させたデイヴィッド・ゴードンの剛腕が冴え渡る。
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Posted by ブクログ
SFのようなミステリーのような物語。ハードボイルドSFと言ってもいいのかもしれない。物語の舞台は現代から見れば過去なのだが、設定はあくまでも架空の場所。ある1つの会社が世界を牛耳っている世界での物語である。そんな舞台で、特殊な能力を持った主人公の男が、不思議な事象に出会い、物語の舞台となっている物事の真実を暴いていく。そして自分自身への秘密にも迫る。
上巻は不思議なことがどんどん起こり、しかもテンポよく発生するため、あれよあれよと言う間に読み進められる。地味なんだけど、いや地味でもないか、淡々と物語が進行しているように思えて、結構激しく物語が進んでいく。面白いかと聞かれれば、地味なんだけど、いや地味ではないか、と迷いながら、「面白い」と答えることだろう。
下巻に向けてどのようなストーリーが展開するのかワクワクさせられる。