青木千鶴のレビュー一覧
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ネタバレこれは面白かった。
本筋とは別にジャンルを超えて幾重にも、マトリョーシカのように話が組込まれている。調べてみるとなんと、とっくに読まれている大評判のものだった。やっぱりどこからか今頃?という声が……
語り手(ハリー・ブロック)は、ミステリ、ポルノ、ヴァンパイア小説、SFなどを生活のために書いてきた、それでやっと糊口をしのいでいる冴えない中年作家。ジャンルが変われば名前も変えなくてはいけない。それぞれの本に貼る肖像写真を苦し紛れにあの手この手で、母親の写真まで細工して作り出すところがおかしい。
アルバイトに高校生の家庭教師までしている。できない子供には馬鹿にされるが、できる生徒はマネージャーができるほどに優秀でハリーに何かと助言をして、教える立場ながら教えられることが多いという自虐味たっぷりの一人称。
そこに80日後に死刑になる連続殺人鬼から、(彼は殺した女を写真に撮り警察に送り付けていた)要求に合格すれば告白本を書いて欲しいと依頼が来る。
迷った末にベストセラー作家を夢見て(結局は折れて)書くことを引き受け面会に行くが、殺人犯は知的で狡猾だった。
訳のせいか、作者のせいかとても読みやすく難解なところはない。それでいて、ハリーが今までに書いた作品(別人を装うためジャンルごとにストーリーに合わせて文体を作っている )の引用や、作者の生き方、思想、文学論もありコレがまた恐れ入るほど面白い。このバックインバック的(ハンドバックに入れる小物整理用バックです笑)物語がこれを読むだけでも作者の才能がわかるくらい。
この作者もミステリ好きで(そう書いている)、名の知れた探偵や刑事が織り込まれていて、ひょんなところで知ったお名前にお会いして、と言う具合で、読者サービスもちょっと嬉しい。
さすがポルノ小説を書いていることでもあり、話の中には露骨なシーンや言葉も出て映画化するならきっと15R。
ただ、ミステリには(ほとんど)始めがあって終わりがある。型どおり犯罪が起きて解決する、それはそうだが、そうやすやすと型にはまってはいない(と作者が書いているがそのとおり)こういうところも型破りな、変わったスタイルで面白い。
積読整理も捨てたものではないです(堀起こしながらニヤケて自画自賛) -
Posted by ブクログ
ネタバレ兄ショーンを銃で殺されてしまったウィルは、掟に従って仇を討とうと考える。
そして、ショーンが隠していた拳銃を隠し持って、母に見つからないように、自宅のある8階から、こっそり下りのエレベーターに乗り込む。
誰にも会いたくない状況なのに乗り込んできた男はジロジロと自分を見る。
俺がわからないのか?わかりません。バックだった。ショーンの兄貴分。
なかなか次の階につかないエレベーター、次々と現れる、もう会えないはずだった人々。彼らとの会話から、ウィルはだんだんと自分のやろうとしている事の意味を考える。
詩の形式で語られる物語。読みやすいが、深く心に落ちていく言葉。
銃社会のアメリカの悲惨な現実とその犠牲となった子どもたちに向けて書かれた、と思う。自らも敵討ちを計画したことのある作者だからこその現実感でウィルの悲しみや苦しさが描かれる。
最後の一言がとても効いている。
苦しくても踏みとどまれ!と呼びかけている。人それぞれに、選ぶ岐路が現れた時、どちらを選ぶかちゃんと考えろと。
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ネタバレおおいに楽しめる小説だった。まず『二流小説家』という邦題がなんともよろしい。原題では「The Serialist」(連載作家)となっている。主人公であり語り部である「ぼく」は、大衆雑誌にヴァンパイア系小説やポルノ小説を書いたり、バイトで家庭教師をしたりと気ままに暮らす「二流小説家」。その「二流小説家」がある日、連続殺人鬼で死刑が迫る囚人からファンレターを受け、独占の告白本執筆を持ちかけられるが・・・という物語。ミステリー小説なのに私小説風で、最初のうちは「ライ麦畑でつかまえて」のような感触を持ったが、主人公の書く連載作品が微妙な関連性を示唆しつつ並行して挿入され、読んでいるうちに「ぼく」の実在感覚が幻惑されていく巧みな構成に入る。そして「ミステリー」らしく、ちゃんと猟奇連続殺人に「ぼく」は巻き込まれ、作家から探偵に流れが変わり、本格推理を気取った「読者への挑戦状」まで用意されている。やがて明らかになるのは連続殺人犯人と被害者たち、そして「ぼく」の皮肉で悲しい人生の交錯。物語の横軸には愛と別れが綴られる。残されたのは小説家としての「ぼく」独り。そんな終わり方に、なぜかハードボイルドな爽快さが感じられた。評判通りの傑作。
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圧倒的な自然描写力、とはこういう本のことを言うのだろう。作者はヴァージニア州の山の中で育ち、ヴァージニア大学で法学と美術額を修め、ネイチャー系のライターをしながらこの初の創作に取り組んだそうである。
主人公は作者の想いを乗せたワイルドな主人公。メキシコ国境の砂漠での密売人の過去を振り捨てて偽名でアパラチア山脈で自然保護管理の職につき世捨人同然の孤独な生活を送っている。発端となったのは熊の死骸だった。皮をはがされ、熊胆(くまのい)や熊の手が取り出された残虐な殺戮。甘い蜜の罠に、犬たちの首輪に仕掛けられたGPS。現代の山の中での犯罪に、古いタイプの男が挑む。パートナーは、あからさまな暴力の犠牲となったが再生を目指す前任者のタフなる女性。
山間の町では、あからさまな差別や暴力が溢れ、どこの酒場にも濁った倦怠感が流れる。銃器を整え、車を修理し、バンガローを立て直す、手作りなアパラチア生活。
熊殺しの捜査として山中に二人が分け入る描写は凄まじい。ウィルダネス。木、草、鳥、獣たちの描写密度が凄い。流れゆく川は滝となり断崖をロープを使って下る。
メキシコ時代の過去が各所に挿入される。暴力と裏切りと愛した女の死。まるでドン・ウィンズロウの描いたメキシコ麻薬戦争の断面そのもの。
パートナーの喪失と傷心。そして投獄と脱出。過去からの使者。麻薬カルテルの手が迫る。死神の顔をした殺し屋がバージニアに辿り着く。追跡者の暴力のすさまじさ。殺戮のプロフェッショナル。熊殺しを追いながら、過去からの亡霊に命を狙われることで息詰まる時間が、本書の後半を埋める。
緻密な自然描写とそこに生きる生活の活写などが前半で展開され、何が起こるのか不明ながら不穏さだけが全編を覆う、ミステリアスな試走から、畳みかけるアクションの後半へと続く主人公の心の内外の描写が秀逸極まりない。2019年アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞、他各誌でも話題の作品として取り上げられたらしい。山育ちの新人作家は、本書に関連する二作品を現在執筆中とある。山や自然の好きなワイルド派読者にはうってつけの作家の登場を素直に歓びたい。 -
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ライス・ムーアはターク山自然保護区の管理人。資産家が周辺の土地を買い集めて私有地とし、みだりに原生林に立ち入ることができないようにしている。しかし、私有地となる以前から住民は森に出入りし、熊猟を行っていた経緯があり、密猟が絶えなかった。ライスの前にいた管理人である女性生物学者サラは、密猟者を摘発したことを恨みに思う何者かによって暴行の上強姦された。ライスの雇い主はサラを治療させるとともに、後任としてライスを山に向かわせたのだった。
ライスにとっても、自然保護区は身を隠すには絶好の場所だった。ゲートに施錠すれば、私道を出入りすることはできない。もし、そこを突破されても山小屋まで来る間に迎え撃つ準備ができる。ライスは恋人を殺したカルテルの殺し屋を撃ち殺し、組織から追われる身だ。勤務地では。名を変え、人に交じることもめったにせず、山に籠っている。それでも、相手は必ず追ってくることは片時も忘れることはない。
そんな時、キノコを採取しに山に入った男から、熊の死骸を見つけたことを教えられる。熊は皮を剥がれ。頭と両手、両足首が切断されていた。調べてみると、中国で野生の熊が減少し、「熊の胆(い)」の材料として密猟されたアメリカグマの胆嚢と掌が、マフィアのルートを通じ大量に輸出されているらしい。ライスは山を下り、地元の無法者であるスティラー兄弟に探りを入れるが、確証は掴めない。
保護区の中には、管理人でも足を踏み入れることを禁じられている地区がある。自分の残した荷物を取りに山小屋を訪れたサラとライスは親しくなり、暗視カメラの取り付けのために森に入り、禁断の地に足を踏み入れてしまう。大古から誰も足を踏み入れることのなかった場所は、今では他の地域では見ることのできない稀少な生物の宝庫だった。それだけではない。ライスはそこで不思議な体験をする。森の自然と一体化したような、自分と森の生き物との間を隔てる壁がなくなったような奇妙な体験だった。
ライスはそれ以来、自作のギリースーツ(迷彩服)を身に纏い、夜な夜な森を徘徊するようになる。はじめは、ライスを警戒していた生き物たちも次第に奇妙な闖入者に対する警戒を解き、スーツをかぶって息をひそめるライスの前を堂々と歩きはじめるようになる。ある夜などは、密猟のあった場所に集まる熊たちの集会に誘われるような気がしたほどだ。ところが、そこにバイクに乗った密猟者が現れ、ライスは密猟者と格闘する羽目に。
ライスはかつて恋人とメキシコ国境を越えて荷を運ぶ運び屋をやっていた時、逮捕されて刑務所に入っていた。ライスはそこで同房の男から、生き延びるための知恵と技を伝授された。男は名うての殺し屋で、ライスはその眼鏡にかなったのだ。ところが、密猟者の方もただものではなく二人は取っ組み合いのはてに崖から転落。這う這うの体で小屋に帰ったライスは心配して訪れたサラの運転する車で病院に運ばれ、治療を受ける。
ライスは恋人を無残な手口で殺めた男を殺し、ライスに弟を殺された組織の殺し屋はライスをつけ狙う。サラは強姦した男たちへの復讐を願っている。物語を動かしているのは、それぞれの抱く復讐の思いである。密猟者との格闘が思わぬ騒ぎを生み、ライスの素性が外部に漏れるという事態が起きる。危機を察知しサラと二人で山を下りる準備をしているとき、討手が現れる。暗闇の中での死闘は息詰まる迫力。
追われる者と追う者の死闘を描くノワールであるのは勿論ながら、普通のノワールと異なり、ほとんどの舞台が山の中。それもチェロキー族の言い伝えで「あまたの異様(ことざま)の山」と呼ばれる神秘的な場所だ。どこからともなく現れるキノコ採りの片腕の男は、ライスを森の神秘的な世界へといざなう導き手のようでもあり、熊の化身のようでもある。一度人を殺す経験をしてから、自分の中にあるもう一人の暴力的な自分に対し、神経質になっているライスは不眠症を患い、起きている間も時間についての感覚が怪しく、長時間、意識を失っていることもあるらしい。
通常の時間軸から乖離した時間の中での出来事は、現実世界ではないファンタジーの世界の出来事のように感じられる。まるで、人間という迷惑な存在が我が物顔にのさばり出すようになる以前の大古の森の中に生きているような濃密な生命感覚が溢れている。人間に見られることで存在する「自然」などではなく、人間などが地上に登場する以前から存在する大文字の自然。すべてがその中にのみ込まれていて、大きな一体となっているそんな世界だ。
麻薬組織の殺し屋として充分にやっていけるだけの能力を持つ男として、ライスの行動は悪辣ともいえるほどスマート。その一方で、自然の中に分け入り、その一部として生きているときの自然児ぶりには、警察犬のジャーマン・シェパードですら、鼻をくっつけ、舐めに来るほど。この二面性が魅力的だ。チェロキー族と黒人の血が混じる熊猟師のボージャー、DEA相手に一歩も退かない保安官ウォーカー、ライスの力量を認めるミラ、老ヒッピーの資産家スター、といったライスをとりまく登場人物も魅力的に描き分けられている。
何故なのか知らないが、近頃、世間から一歩身を引いたところで隠者のように暮らす人々の物語を立て続けに読んでいるような気がする。『セロトニン』もそうだったし、『オーバーストーリー』でもその種の人物が重要な役割を果たしていた。自分で選ぶのだからもとより理由はあるのだろうが、それだけでないような気もする。ひとは我欲に任せて他の存在を軽んじる人間の世の中に倦んでいるのかもしれない。せめて本の中くらい、人間などの出てこない自然の摂理の中で呼吸したいと思うのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
「ミステリが読みたい」「このミステリーがすごい」「週刊文春ミステリーベスト10」の海外部門1位との触れ込みも、本国ではあんまり評価が高くないと聞き、ちょっと手を出しにくかった本作。
正月休みに思い切って手を出してみたら・・・大正解!
面白い!
ちょっと自虐的な、皮肉交じりの一人称スタイルは「女王陛下の魔術師」を彷彿とさせる。
(まぁさすがにあっちの方が皮肉屋だけど)
途中で挿入されるハリーの小説もいい雰囲気を作り、もうこのままクレアちゃんとダニエラといちゃいちゃしてればいいんじゃないかと思い始めた中盤から一気に物語が加速する。
そこから最後まではもう目が離せない。
ミステリとしては謎解きはちょっと弱いんじゃないかとも思うけど、ハリーの語り口や哀愁漂うラストを評価して星5で! -
Posted by ブクログ
ヴェンチェンゾ・ナタリの映画『Cipher』の邦題が『カンパニー・マン』だった。ナタリの映画がちょいと気が利いていたので、本書も気になった次第。本書は原題も同じ。しかし、ミステリ賞とSF賞を受賞しているというように、なかなかにジャンルを特定できない小説である。
まずはスチーム・パンクないし平行世界もの。
19世紀終わり、ワシントン州のイヴズデンという漁村で発明家クラヒーを見出した実業家マクノートンが、マクノートン西部機械工業社を興し、ついにはその技術力でヨーロッパを脅迫して、第一次世界大戦を回避してしまったという、1919年の、開発で膨れあがったイヴズデン市が舞台。
加えて、ちょっとハードボイルド。
マクノートン社に雇われているヘイズは、いわば社の「諜報員」。比較的自由な立場で会社に関わる様々な秘密を調べる。しかし、アル中でヤク中。仕事をへまって、干されているところ。それが上司エヴァンスに呼び出される。また仕事を任せるというのだ。ただしお目付役の助手、もと従軍看護師のサマンサを付けるという。
そして、超能力もの。
ヘイズは他人の心が読めるのだ。いや、心の声が聞こえるのだ。ただしそんなに精度のいいもんじゃない。隣の部屋のささやきを聴き取るようなもので、当該の人物の近くに寄り、ゆっくりと時間をかけることでだんだん聴き取れてくる。会社重役のブライトリーが心を読まれないようにヘイズと面談する様はおもしろい。
ただこの能力のため、ヘイズはアルコールやアヘンに手を出さずにいられないという意味で、これはギフト、すなわち能力/毒なのである。
ヘイズの任務は労働組合のサボタージュ行為と、その裏で暗躍する何者かを探ること。しかし会社は何か隠していると彼は思う。
そこに、組合員急進派を乗せた地下路面列車で11人が惨殺されるという事件が起こる。いったい誰の仕業か。しかも人間業とも思えない殺し方も謎。
他方、マクノートン社はいったんどんな秘密を隠してこの技術革新を成し遂げているのかも謎。
20世紀初頭の超科学都市を超能力探偵が駆けるということになるのだが、実際は泥臭い話。他の登場人物も存在感がある。ヘイズと親しく、協力関係にある刑事ガーヴィーと有能で正義感溢れるサマンサは主役級の扱いである。
そして、イヴズデン市自体も主人公といっていい存在感を示す。最新技術に駆動された未来都市でありながら、成功を求めて多数の労働者が流れ込み、劣悪な労働環境下にスラム街が多発している都市。超絶的に生き生きとしつつも死にかかっている都市、イヴズデン市もまた重要な登場人物なのだ。本書が探偵小説だとすれば、解かれるべき謎を湛えているのは、イヴズデン市なのである。 -
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カンパニー・マンとはマクノートン社に雇われる「諜報員」であるヘイズのことであろうか。最後に上司ブライトリーに「組合もへったくれもない、企業もへったくれもない」と言い放つにせよ、彼はマクノートン社の命で組合員の調査に当たっているのだから。
お目付役にサマンサを付けられ、社内の下級労働者のみを面接しろと命じられながら、彼はすぐに逸脱し、労働組合の指導者ミッキー・タッツに接触する。それがきっかけとなって、事態が大きく動く。刑事ガーヴィーは窮地に立たされ、ガーヴィーを愛するサマンサは、彼を助けるためにとった行為のためにマクノートン社から解雇される。謎の突破口をつかみ出したヘイズは自分自身と彼らを救うために勝負に出る。
謎はまず組合員殺人事件の謎。この小説の冒頭で出てくる、運河で死体で見つかる組合員と、地下路面列車内での大量殺人とどう関わるのか。探偵小説としてはこれが重要なはずだが、その謎はむしろ副次的なものにすぎない。
もっと大きな謎はマクノートン社が驚くべき技術革新を成し遂げた裏にどのような秘密を隠しているのかということである。もっとも、それはだいたい見当がつくというもので、時代を超えた技術がもたらされたとすれば、その由来は宇宙からか、未来からかしかあるまい。ということで、やはり話はSFの方向に行く。
そして、もうひとつの謎はなぜヘイズが人の心の声を聞く能力を持っているのかということである。圧倒的な科学力で屹立しているが実は死にかかっている都市イヴズデン、本当に生きているとは言えない生を送っているヘイズ、この物語は両者の再生へと収束していく。
ロバート・ジャクソン・ベネットはこれまで4冊の長編を発表しており、いずれも好評らしい。ジャンルは横断的で、ファンに訊かれて、自身をファンタジー作家と答えているという。SFとしてさほど目新しいアイディアは投入されていないが、ハードボイルドで味付けして、20世紀初頭のあり得ない都市の圧倒的な描写を加えることで、類例のないような小説になっている。他の作品も読んでみたい。 -
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麻薬や犯罪が日常化するアメリカ社会では、衝動に駆られ行動を起こしてしまう少年少女が多い。10代に向けて書かれたこの小説は、全文を詩で綴られている。
おととい兄のショーンが殺された。
アトピーにかかっている母さんのために石鹸を買いに出かけて…。
15歳のウィルは、兄が隠していた銃を箪笥から探し出しこっそり家を出た。
「泣くな。 密告はするな。
"掟"に従って犯人を探し殺すのだ!」
8階から動き出すエレベーター。
7、6、5…各階でドアが開く度に、乗ってくるのは二度と会えないはずの人たち。煙草の煙と軋む音の中で交わされる声、声、声。
密閉された空間とLobbyまでの1分間。
エレベーターという硬質なものと、揺れ動く少年の感情とが絶妙に組み合わされている。詩形式なので臨場感が伝わり映像が見えてきた。
「Loser」喪失した"悲しみ" を、
「見知らぬ人に突然ペンチで奥歯を抜かれ、衝撃が頭蓋骨まで達する。ぽっかりと開いた空洞をいつまでも舌の先で探りつづけてしまうこと」と表現する。詩人らしいと思った。
兄ショーンの最後の言葉が心に残った。
著者から読み手へのメッセージだろう。
ウィルは踏み留まることができたと信じたい。