久山葉子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレトーベ・ヤンソンをきちんと知りたいと思い読んだ。
印象に残った作品についてメモ。
芸術に対する極めて真摯な考え方は、青春譚と重ねて描かれ、心を洗われる。
随所に出てくる自分勝手で迷惑な人物たちは、マンガであれば戯画化され滑稽さを楽しめるものの、小説の形式だとおもしろくはあるのだけれどもリアリティというか生々しさを感じた。
海や冬や、それら情景描写は確かに北欧感がある。
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■コニコヴァへの手紙
トーベが友人エヴァ・コニコフに宛てた実際の手紙を下敷きにしたとされる作品。
アメリカに旅立ったエヴァに対する主人公からの手紙という形式で描かれる。
芸術について熱く語ること、それを語りぶつける友がいるということが、とてつもなく尊く思えてくる。
物語としては、その友が遠くに行ってしまっているという距離感もおもしろい。
■ボートと私
十二歳の主人公がペッリンゲ群島一周を試みる話。
海と島と冒険、というテーマがトーベ色の景色として胸に響く。
主人公の年齢設定も絶妙。島に来た異邦人たちへの厳しいまなざしはトーベならではか。
■卒業式
「幸福」というものの描写。
青春を感じる。
■ローベット
「己のみに起因する諸事情により、遺憾ながら貴女との知人関係を終了させてもらう」
という手紙を実はクラスメイト全員に足していた級友の話。
こじらせた青春、というよりは、崇高な若者の哲学を感じる。トーベは彼のような人間をきっと賛美している。
■夏の子ども
「嫌な人物」の描写としてとても参考になる。夏の子どもエーリスの皮肉な感じが生々しく嫌。それにより幸せだった島の家族の平和が脅かされる、という情景描写も。
トムとエーリスが島に取り残される様子はこの上ないピンチ。そのカタルシスを経てのラストシーンは、よい読後感を与えてくれる。
■ある愛の物語
ヴェネツィアで尻の彫刻に惹かれた夫と、妻の話。いい話。
■人形の家
老いた家具職人と銀行員(ともに男性)が引退後に同棲する話。
キッチンでミニチュアハウスを作り始め、二人の間に壁ができ、やがて電気職人がやってきてろう家具職人との盛り上がりを見せ、元銀行員の疎外感が非常にスリリングに描かれる。
が、最後には家具職人と元銀行員の信頼で結ばれる。読後感がよかった。
これも芸術の話、芸術を分かることについての話であり、盟友の話でもある。
■軽い鞄ひとつの旅
男の船旅。自己主張の強く自分勝手な人物の描写がトーベならではか。
■大旅行
パートナー関係にあると思われるローサとエレーナだが、ローサは母親の存在を怖れ、忖度し、自分では意思決定ができず、それをエレーナは突き放す。
身近なこともあり、非常に腑に落ちる空気感と気持ちの悪さだった。
■自然の中の芸術
芸術の島の警備員が、すべてを包む芸術を理解する話。
■リス
孤島に住む女性は明らかにトーベがモデル。それとリスとの関係。
全体に暗さというか、孤独というか、生きづらさを感じた。主人公の統合失調的な自分勝手さは何らかのデフォルメだろうか。
■コニカとの旅/墓/ウワディスワフ
ちょっと小説としてうまく創っている感じはする。
霊的なものの示唆はちょっと直截的で、トーベらしくない気はした。
大芸術家ウワディスワフ氏の自分勝手で迷惑な感じはトーベっぽいか。
■カーリン、わたしの友達
キリスト教や神が主題。トーベはどのような立場なのか、まだ理解できていない。
トーベ自身は宗教者ではなかったと思うが、しかし宗教的なものに対する何らかの距離というか、感覚があることを感じた。
■文通
タミコ・アツミという女性からの手紙。
なんとなく迷惑な感じが強い。
■思い出を借りる女
芸術家を志していた青春時代の同居人の女性に15年ぶりに再会する話。
主人公は名を成したが、彼女はずっとその場所に留まっていて、どうやら精神を病んでしまっている。彼女が思い出をすげ替え、事実を書き変えているさまはホラーだが、それが輝かしかったはずの青春と重ねられることで不気味さを増している。
身近な人も彷彿させた。
■リヴィエラの旅
母娘の旅の話。
なかなかキャラの濃い母親。
■絵
絵が認められ、どこか辺鄙な村から、奨学生として都市のアトリエに滞在することを許された主人公と、その父親との対話。芸術もテーマとしつつ、父と息子の対話としておもしろかった。
■メッセージ
トーベが受け取った手紙。どれも自分勝手で迷惑な手紙ばかり。こういうのばかり本当に受け取っていたのか、そういうものを笑い話として蒐集して、苦笑いして載せたのか、どうなのだろう。
本書解説にある通り、芸術家を目指した頃のトーベと、名を成した後のトーベ、という対比としてみるとおもしろさがある。 -
Posted by ブクログ
先代の作者スティーグ・ラーソン没後、ダヴィド・ラーゲルクランツが引き継いでからの3作目
ミレニアムのその後が読めてうれしいのだが、今作はどうもしっくりと来ない作品であった
話の展開が緩慢であることに加えて、登場人物が多すぎる
これはまとまりのない印象につながり、一人一人の魅力が薄れてしまう
ミカエルしかり、リスベットしかり、
今作から読み始めた読者は遡ってミレニアムを読んだときに戸惑うのではないかと思う
クールに実行あるのみのリスベットに関してはかなり印象が違うのと、過去の事実をかなりなぞっていることで逆に今作の焦点がぼけている気がする -
Posted by ブクログ
スティーグ・ラーソンがミレニアムの3部作を発表後、亡くなってしまったので後のミレニアムを引き継いだダヴィド・ラーゲルクランツの三作目
比べるのも何だが、スティーグ・ラーソンの描くミレニアムが息をつく暇もなく主人公たちをおいつめるのに対してダヴィド・ラーゲルクランツの展開は緩慢に感じる
主人公の一人、リスベット・サランデルの心情を多く描いているからかもしれない
そして今作のリスベットは決断しない、なかなか決断しない
物語は変死した浮浪者がミカエルの電話番号を持っていたことから始まる
浮浪者はなぜミカエルの連絡先を持っていたのか、そしてなぜ亡くなったのか、指などが損傷している浮浪者は何者なのか?
DNA鑑定の結果は?
彼はどんな人生を経てミカエルのもとに流れ着いたのか?
どうも話の展開が私には緩慢に感じられて私には今ひとつでした -
購入済み
スマホにつかれる前に必読
ここ数年、自分の集中力が格段に落ちている事には薄々気がついていました。パンデミック宣言以降、YouTubeで短めの動画を次々見る時間も増え、長い文章を読むのが辛くなっている自分に気がつきました。
かなりショックでこの本を読みましたが、当面の対応策が見つかりました。
この本は、
脳が人間の進化の過程でどのように発達してきたか、
だから今のスマホ環境に対し、どう反応しているのか、
分かりやすく説明してくれます。 -
購入済み
スマホ認知症の次はスマホ脳
スマホ依存症と呼ばれ始めて注目されたが、
さらに脳を削っている、
とでも言うべき事態になりつつあるようだ。
新聞を、線を引いて2度読みしていると、
霧が晴れるように、理解できることがある。
スマホなどでネットの世界を泳いでいると、
溺れそうになり、脳が苦しむ。
自分の自覚に自信がある間に、脳が削られないように、
注意しよう。
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Posted by ブクログ
ネタバレ国家犯罪捜査局の元凄腕長官ヨハンソン67歳。
引退して悠悠自適だが脳梗塞で倒れ、後遺症の麻痺が残る。
入院中に女医から過去の迷宮入り事件を相談される。
女医の父は牧師で、懺悔で25年前の未解決事件の犯人について聞いていたというのだ。でも誰の懺悔か?誰を指したのかもわからず。
9歳の少女が強姦されて無残に殺された事件だが、時効になっていた。
ラーシュは相棒だった元刑事、義弟、介護士、兄から送られたボディガードらを手足に、事件を調べ直す。
長編だが一気に読んでしまった。
解説を読むと、このヨハンソンはシリーズ物らしくて、これが最終巻とのこと。
なんでこれが一番初めに訳されて出版されるのか?
些細な証拠から犯行現場を推測して、そこから地道に捜査をする。
自分は動けないので周りの者を手足にして犯人にたどり着く。
さて、そこからどうするか?時効によって刑事責任は問えない。
1.このまま放置する。
2.殴り殺す。
3.マスコミにばらす。
4.被害者の父親にばらす(父親は米国で成功した有力者)
5.犯人に悔い改めて自ら刑務所に行く選択を与える。
ここから何を選択するのか?
長い割に物語自体は割ととんとん拍子に進むので飽きは無い。
面白かったのは、ミレニアムの登場人物の名前が結構出てくる。
名探偵カッレ君とか(これは登場人物ではないけど)
ラーシュが介護士にネットは使えるか?と聞くと「リスベット・サランデルほどじゃないけどね」とか。
最近読む小説の主人公が高齢者(戻り船の伝二郎は68歳)が続くが、皮肉屋で台詞「」の後に、自分の本音がはさまって、なかなか愉快。
もっと邦訳が出て欲しい作家。 -
Posted by ブクログ
作者がかわって2巻目、前巻はやや遠慮もあったそうですが、今回は現作者の特徴が色濃くなったようです
前作者はスピード感のある展開で、勢いで読ませる感じがありましたが、現作者は練り込まれた展開をじっくり読ませるタイプのように感じます
どちらが面白いかというと、好みもありむずかしいところです
同じ要素を使って書かれていて、表現は寄せてあっても違うものですね
上巻では複数の出来事が描かれ、何がどのように関連していくのか期待させられます
書体の違うパートが何を意味するのか予想しながら下巻へ
登場人物が多く、イニシャルなどもあってややてこずりました
現在の経済の話や、宗教問題、人が形作られる要因の話など、意欲的なテーマを複数盛り込んだ割に、どこか消化しきれていない印象を受けてしまいます
最後に次巻を予期させるところは、もうおなじみの感じです
次巻の方が面白そうな予感はしますが、どうなのかな? -
Posted by ブクログ
ドイツの法律家フェルディナント・フォン・シーラッハは、作家自身の実務経験に基づいた現実的な素材を元にした短編小説が特徴であるが、スウェーデン作家レイフ・GW・ペーションは犯罪学の教授である。そしてシーラッハとは対極的に同じ実務経験で得たものを長編小説に加工して提示している。現実に起きる事件はこんなものであり、それはこうして小説の素材になってしまうんだ、と二人のスタイルの違う経験豊富な作家たちが別の表現でエンターテインメントの地平に提示しているかに見える。
長編小説としての本書は、シーラッハのように最小限の関係者だけで恐ろしい犯罪のエッセンスを数ページの掌編に込める方法ではなく、恐ろしく地味で、現実的で無駄も余白も多い捜査模様のうちに個性的な捜査官たちを配置し、それぞれのショートカット・シーンを幾人も幾通りもも積み重ねてゆくことによって、大きな舞台装置を演出しているように見える。
ペーションという作家は初の邦訳作品『許されざる者』は、心臓を患った元警部ヨハンソンという、アームチェア・ディテクティヴ(車椅子探偵)ならぬ医療用ベッド探偵の推理、およびその手足となって彼を助ける元捜査官ヤーネプリングの活躍を描いたもので、ヨハンソン・シリーズの最終作が実は最初の邦訳となってしまったのだが、本書はその5年も前に書かれた作品で、ヨハンソンは後半戦で満を持して登場する。
本書は、優秀厳格なヨハンソンとは対照的に、ちびでデブでエゴ丸出しでいいとこなしの駄目警部ベックストレームのシリーズ第一作である。故R・D・ウィングフィールドの人気シリーズ・フロスト警部みたいにユーモラスで頑固な親父捜査官なのだが、フロストのような捜査のシャープさがなく、部下に厳しく己に甘い半アル中の捜査官なのである。
事件は警察学校の女子学生がアパートでレイプされて殺害されたという単純なもの。事件現場には未登録のDNAが遺されていたので、ともかく家族関係、知人関係のDNAを検査するということだけが、ベックストレームの捜査方針。だが、刑事たちはいずれも個々により深い捜査や推理にこだわり、彼を苛つかせる。それぞれの捜査官たちの個性や物語も、シリーズ第一作らしく、微に入り細に入る。
捜査は脱線と寄り道を繰り返し、単純な事件に見えるのに、マスコミとの戦争、社会現象としての捜査陣批判、的外れな捜査、無駄な捜査と、時間ばかりが無為に過ぎてゆく。ページは前に進むのに、物語は一向に進まない。本筋とは縁のない的外れな枝葉末節と思われる事象に寄り道し、捜査官の個々の描写に寄り道し、ベックストレームによる事件以外の汚職的行為の数々にも触れて読者を呆れさせる。
ヨハンソンが事件に介入する後半部分では、こんな事件一昼夜で解決させられるじゃないか、との見通しで、それが当たららずとも遠からずの展開になる辺りで、ようやく読者は心地よさを得ることができる。全体に現実的すぎる事件の曖昧な動機、真犯人の性格の焦点が絞りにくい点、新装に至る歯がゆさ、などなど実際の事件とは、凡百のミステリー小説のようにミスリードや伏線による面白さではなく、こうした社会事象の積み重ねみたいな、人間模様の複雑怪奇さに面白さがあるんだよ、と犯罪学教授としての作者らしき声が聞こえてくる気がする。その辺りでシーラッハとの共通の地平があると、ぼくは感じた次第。
誰にでもおススメできる小説とはとても言えないが、一昨年『許されざる者』の読者にとっては、あの頑迷で強推理のヨハンソンとのまさかの再会は、ある意味たまらなく嬉しく感じられるに違いない。 -
Posted by ブクログ
ドイツの法律家フェルディナント・フォン・シーラッハは、作家自身の実務経験に基づいた現実的な素材を元にした短編小説が特徴であるが、スウェーデン作家レイフ・GW・ペーションは犯罪学の教授である。そしてシーラッハとは対極的に同じ実務経験で得たものを長編小説に加工して提示している。現実に起きる事件はこんなものであり、それはこうして小説の素材になってしまうんだ、と二人のスタイルの違う経験豊富な作家たちが別の表現でエンターテインメントの地平に提示しているかに見える。
長編小説としての本書は、シーラッハのように最小限の関係者だけで恐ろしい犯罪のエッセンスを数ページの掌編に込める方法ではなく、恐ろしく地味で、現実的で無駄も余白も多い捜査模様のうちに個性的な捜査官たちを配置し、それぞれのショートカット・シーンを幾人も幾通りもも積み重ねてゆくことによって、大きな舞台装置を演出しているように見える。
ペーションという作家は初の邦訳作品『許されざる者』は、心臓を患った元警部ヨハンソンという、アームチェア・ディテクティヴ(車椅子探偵)ならぬ医療用ベッド探偵の推理、およびその手足となって彼を助ける元捜査官ヤーネプリングの活躍を描いたもので、ヨハンソン・シリーズの最終作が実は最初の邦訳となってしまったのだが、本書はその5年も前に書かれた作品で、ヨハンソンは後半戦で満を持して登場する。
本書は、優秀厳格なヨハンソンとは対照的に、ちびでデブでエゴ丸出しでいいとこなしの駄目警部ベックストレームのシリーズ第一作である。故R・D・ウィングフィールドの人気シリーズ・フロスト警部みたいにユーモラスで頑固な親父捜査官なのだが、フロストのような捜査のシャープさがなく、部下に厳しく己に甘い半アル中の捜査官なのである。
事件は警察学校の女子学生がアパートでレイプされて殺害されたという単純なもの。事件現場には未登録のDNAが遺されていたので、ともかく家族関係、知人関係のDNAを検査するということだけが、ベックストレームの捜査方針。だが、刑事たちはいずれも個々により深い捜査や推理にこだわり、彼を苛つかせる。それぞれの捜査官たちの個性や物語も、シリーズ第一作らしく、微に入り細に入る。
捜査は脱線と寄り道を繰り返し、単純な事件に見えるのに、マスコミとの戦争、社会現象としての捜査陣批判、的外れな捜査、無駄な捜査と、時間ばかりが無為に過ぎてゆく。ページは前に進むのに、物語は一向に進まない。本筋とは縁のない的外れな枝葉末節と思われる事象に寄り道し、捜査官の個々の描写に寄り道し、ベックストレームによる事件以外の汚職的行為の数々にも触れて読者を呆れさせる。
ヨハンソンが事件に介入する後半部分では、こんな事件一昼夜で解決させられるじゃないか、との見通しで、それが当たららずとも遠からずの展開になる辺りで、ようやく読者は心地よさを得ることができる。全体に現実的すぎる事件の曖昧な動機、真犯人の性格の焦点が絞りにくい点、新装に至る歯がゆさ、などなど実際の事件とは、凡百のミステリー小説のようにミスリードや伏線による面白さではなく、こうした社会事象の積み重ねみたいな、人間模様の複雑怪奇さに面白さがあるんだよ、と犯罪学教授としての作者らしき声が聞こえてくる気がする。その辺りでシーラッハとの共通の地平があると、ぼくは感じた次第。
誰にでもおススメできる小説とはとても言えないが、一昨年『許されざる者』の読者にとっては、あの頑迷で強推理のヨハンソンとのまさかの再会は、ある意味たまらなく嬉しく感じられるに違いない。